悪魔執事の主は、その傷が気になり、治っているのか気になるが、本人に聞けば、大丈夫、なんともないと答えるに違いない。
本当のところどうなのかを確かめたい。その思いで、つい思い付きを実行に移そうとするが…。
なぜ脱衣所に現れたのか、について書いて見ました。
普通に考えたら執事達の脱衣所に顔を出すはずのない主がなぜわざわざやってきたのか
という短いお話です
先日、ナックと黒猫ムーと一緒に町へ出かけた。
ナック・シュタインは、館の経理担当であり、夜を徹して見回りもしている働き者の悪魔執事だ。隙あらばサボろうとする仲間もいる中で、日々地道に仕事をこなすマジメな存在だ。
16人の執事の中には、主である私に対して、激しく自己PRして自分を一番にと主張する、押しが強かったり、ちゃっかり距離を詰めようとする者もいる中、ナックは正攻法で来る要領の悪いタイプかもしれない。
だけどそんなところがナックのいいところなんだよねと思いつつ、皆の手前、黙っている。
でも、こないだ出かけた先でナックが見せた姿に、驚きを隠せなかった。
「天使が出た」と悪魔執事を呼びに来た見知らぬ男に「天使が出たときの警報が聞こえなかったが」と冷静に指摘をしながらも、急かされて、とりあえず現場に着いた時だった。
私たちを騙した男たちはナックにとびかかってきて、悪魔執事を殺せば金になるとかそんな話をしていた。
ナックは今まで見たことのないような表情でにやりと笑い、あっという間に男たちを返り討ちにしたが、一人の男が私に走り寄り、ナイフを振り下ろした。
しまった。逃げられない。
そう思ったのに、痛みは感じなかった。ナックがとっさに私をかばって、代わりに背中を刺されたのだった。
ナックの実力に恐れをなした男たちは逃げ、とりあえず応急手当だけして、私たちは館に帰り、ルカス先生に手当てを頼んだのだった。
「主さま、怖い思いをさせてしまいまして、申し訳ございません」
痛みをこらえながら、笑顔を見せようとするナックに、私はナックのおかげで助かったのだと言ったが、
「これくらいなんでもありません。ともあれ主さまがご無事で良かったです」
大したことはないんだという顔を見せようとするナックの姿に胸が痛んだ。
こんな時くらい、痛いなら痛いと言ってくれたらいいのに…。
あれから二、三日ほど経った。
傷口が塞がってきたのか気になったが、聞けばナックは「主さまがお気になさるようなケガではございません。
もうすっかり治りましたから」と笑顔で答えそうだ。
どんな様子か知りたい。私をかばってケガしたのだから。
ルカス先生は順調に治ってきていると言っていたけれど、かすり傷ではなかったし…。
ふと浮かんだ考えに、不安を覚えながらも、ある行動を実行することにした。
題して、脱衣所潜入捜査。
いや。捜査ではないけれど、シャワー後の隙を狙って、そうっとナックの背中を見てみよう。
シャワーが済んで最低限の下着をつけ、髪や上半身をタオルで拭っているタイミングでチラッと…。
いやいやいや。でもまずい…よね。脱衣所にいること自体、説明がつかないし…。
ナックに見つかったら、説明すれば納得してもらえるかもしれないけど、万が一、他の執事たちに見つかったらなんて言い訳しよう…。ナックの傷見に来たなんて言えばヤキモチ焼かれかねないし、困った。
思い立って勢いで近くまで来たものの、いざとなると勇気が出ない。
脱衣所手前で悩んでいると、誰かがやってくる気配が。
まずい。か、隠れよう。
つい目の前のドアを開けて飛び込み、慌ててドアを閉めた。
息をひそめていると誰かがパタパタと足音を立てながら通り過ぎて行った。
「行った…良かった」
思わずドアの取っ手を握ったまましゃがみ込んでしまった。
と今度は違う方向から鼻歌が聞こえてきた。
えっ!誰!?
反射的に振り返ってしまい、誰かの足が見えた。
……ど、どうしよう…
鼻歌が不意に止まって、一瞬の沈黙。
「…え?」
ナックだ。
「あの…その…まさか、主さま…でしょうか?」
「はは、そ、そう。まさかの主です」
(まさかの主ってなんなんだ)と自分に突っ込んでみたけど、どんな顔すればいいかわからず、とりあえず笑顔を取り繕って立ち上がった。
「なぜこちらに…主さまが…その、いらっしゃるのでしょうか」
ナックも混乱しているらしかった。頭を拭いているタオルに片手を当てたまま、固まっていた。
「あっ、失礼しました。こんな格好で」
急に気が付いたようにタオルで胸を隠したかと思ったら、背中を向けた。
(いや、脱衣所に乗り込んで来る方が悪いんだから、ナックが謝ることないんだよ…)
その瞬間、脇腹近くにテープで止めた布が見えたが、それより体のあちこちにある傷に目を奪われた。
ハッとして、私もナックに背を向けた。
「あ、あの、こないだのケガが気になって…何も考えずに、つい来ちゃって。ごめんなさい」
なんとか言い訳が口をついて出た。
そのことにウソはないけれど、その傷より無数の古傷がある体を目の当たりにして、なにかとっさに謝らないといけない気がしたのだった。
「あ、そ、その傷なら問題ないです。ちょっとまだ沁みるのでシャワーの時は当て布を外してませんが、もう大丈夫ですから」
やっぱり大丈夫、という答えか、とは思ったものの、まさか布をめくってまで傷口を見るわけにもいかないので、素直にさっさとここを出ようと、背を向けたままドアノブに手をかけた。
「良かった。早く治るよう祈ってます」
出て行こうとするとナックが私を呼んだ。
「主さま…私のケガをそこまで気にかけていただいてありがとうございます」
振り向けずにドアの前で立ち尽くしていると、
「もう振り向いて大丈夫です」
その言葉に恐る恐る振り返ると、バスローブ姿のナックがいた。
「あの、お見苦しいものをお見せしてしまって、申し訳ありません」
それは、あの古傷のことなんだろうか。
「私は別に何も…布があって傷口は見てませんから」
「…そうでしたか」
ふと心配になってナックに声をかけた。
「あの、私がここに来たってことは、その…内密に…」
「もちろんです!このナック・シュタインが」
急にいつも通りの大きな声に切り替わって思わず、指を自分の口に当てて、シーッと示すと、
ナックが黙ってうなずいた。
「秘密にしてください」
「主さまと私だけの秘密ですね」
声をひそめてナックが嬉しそうに言った。今度は私がうなずいた。
じゃあ、とささやき声で行ってドアの外に出ると、タッチの差で、誰かの声が聞こえた。
「あ、ナックさん、さっきなんかデッカイ独り言言ってませんでした?」
「そうですね、つい、大声で独り言を」
独り言、を強調したナックの口調が嬉しそうなので、なんだかひやひやしてしまう。
静かにさりげなく、素早く逃げようとせかせか自室へ向かっていると、誰かの気配がした。
「あれ、主さま、こんなところでどうかなさいましたか」
ルカス先生だ。
「この先は倉庫と脱衣所くらいしかありませんが、何か御用でも?」
「あ、あのぼんやり歩いてて間違えてこっちに来てしまったみたいで」
「ほ~。そうでしたか。自室から迷われても中々ここにはたどり着かない気はしますが」
にっこり笑う鋭いルカス先生の眼差しに負けずに、笑顔を返し、
「よほどぼんやりしてたんですね、私」
と早く部屋まで行かなければと焦った。
「なんなら次に迷ったときは私のところに来てくれて構いませんよ、歓迎します」
「そ、そうですか」
「脱衣所みたいなサービスはありませんが」
「えっ?」
「いえいえ、なんでもありません。ま、医務室はけが人の来るところですからね。どうせ迷い込むなら脱衣所の方が健全でしょう。フフフ」
「はっ、な、何のお話でしょう」
「ま、お気になさらず。今度は迷わずにお帰り下さい、主さま」
どこまでわかってるのかわからないルカス先生の言葉にドキドキしながらも、部屋まで帰り着いた。
結局何しに行ったやら…。それでも、あの時の傷が治りかけているようだから、安心だ。
そして見なかったことにしたけど、ナックの体中にあった無数の古傷。
悪魔執事はそれぞれいろんな過去を持ち、普段見せなくてもいつも心のどこかに絶望を抱えているようだ。
まだ私は彼らのことを知らなすぎる…。