直哉成り代わり♀が野望の果てを目指す   作:一夏 茜

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七海視点

 

 禪院直哉という人は高飛車な態度を隠さない、まさに呪術師らしい人だ。いつも薄笑いを浮かべており、話す言葉には高慢さが滲み出ている。本人は隠しているつもりなのだろうが、自分より弱いものを見下しているのがありありとわかるのだ。

 

 「あんさんらが、私の同級生やね。なんやパッとしないツラやな。ま、よろしく頼むわ。せいぜい足は引っ張らんといてな」

 

 教室の椅子に一足早く腰掛けていた少女。鮮やかな金髪に染め耳にピアスを山ほど開けた彼女はこちらをジロジロ見てハッと鼻で笑うと興味なさげにふいと視線を逸らした。米神が引き攣る。

 

 初対面は最悪。この人と仲良くなれることはないだろうと七海は思ったのを覚えている。しかも五条や夏油の前だとあからさまにパッと顔が明るくなるのだから始末が悪い。弱肉強食といえば聞こえはいいが、弱者を軽蔑している直哉のスタンスはあからさまだった。

 分かりやすく直哉のセリフを抜粋すると……

 

 「はあ? 好きなもんと嫌いなもん? ……嫌いなんは雑魚とポンコツ。雑魚いくせに口だけは達者なポンコツとか……もう死んだらええねん、生きてる価値ないんやから。好きなんは強い奴。あ、雑魚と仲良しこよしするつもりはないから、勘違いせんとってや」

 

 「弱い者いじめ? どうとも思わんわ。……まああえて言うならそれでストレス発散する根性はみっともない思うけど、自ら助けたいとは全く思わへん。だって弱いんが悪いんやろ。弱者に価値はあらへん。術師やったら尚更。呪術師のくせに弱いんなんてゴミ同然や。」

 

 これには問いかけた灰原も苦笑いし、弱い者いじめ云々には夏油は青筋を立てた。七海もとんでもない奴と同級生になったと思ったものだ。

 

 ……しかし、直哉にも尊敬できるところはあった。

 直哉は、そのままでも同級生である七海や灰原と比べても実力が頭一つ抜けていたが、それを過信することもなく淡々と上がいることを認め、上にいく努力をし続けていた。

 直哉は間違いなく努力家だった。どんなに直哉のこちらを見下した態度が鼻についたとしてもこれだけは認めなければならない。見ていてこちらが青ざめるほどの鍛錬を自主的に毎日欠かさずこなし、あの五条や夏油に嬉々として体術訓練の相手を申し込む。

 あの二人が、生意気な後輩をボコボコにできる機会を逃すわけがない。その稽古は常に一方的なものだった。そして、直哉が気に入らないらしい五条は特に容赦なかった。

 

「……ッこんなの訓練じゃない。ただの……暴力です」

 

 本来、直哉は七海たちが敵わないほど強い。禪院で仕込まれたのか、軍隊っぽく、無駄も隙もない、急所を集中して狙ってくる戦い方をする人だ。それが、殴られ、蹴られ、毎回手も足も出ずに這いつくばされているのを見て、七海は顔を歪め吐き捨てた。隣で灰原は顔を真っ青にしている。しかし直哉も直哉で、骨が折れても血が出ても、たとえ嘔吐しようと気絶するまで何度も何度も立ち上がり五条に向かっていく。七海は直哉が諦めたり、逃げたりするところを見たことがなかった。そういった行為を直哉は一番嫌っている。直哉と出会ってまだ短いが七海はそれが分かり始めていた。

 

 「相ッ変わらず弱えな。お前の弱肉強食の理論で言うと、直哉も他の奴らと大して変わんねえ雑魚だから(強者)に何されても文句言えねえよな。あれ、聞いてる? もう落ちた? おーい雑魚の直哉ちゃん♡」

 

五条もすっかり体術訓練だという名目を忘れて日頃のストレス発散とでも言いたげに直哉を甚振っていた。ポケットに手を突っ込み、長い足で直哉を蹴り飛ばす。あれだけ普段飄々とした態度でこちらを見下すあの直哉が、血反吐を吐きながら蹴り転がされる姿は、気が晴れるどころか痛々しく見ていられない。直哉はもう力が入らないのか立ち上がれず地面に蹲っている。

 

 「もうやめてください!」

 「もう十分でしょう、五条先輩。本人が言い出したとはいえ、誰がどう見てもやりすぎです。見ていられません」

 「はあ? 俺が悪者なわけ? 手を抜かずに思いっきりやれっていったのは直哉自身だぜ」

 「限度ってものがあるでしょう!……ですが確かにここまでになるまで止めなかった私たちにも責任はあります。これ以上は死にますよ、彼女」

 「そうだよ、もう──」

 

 「まだや」

 

 ハッと振り返り見れば、血の混じった痰を吐き捨てた直哉が膝を立てて立ちあがろうとしていた。間違いなく肋骨は折れているだろうに、何をそこまで直哉は必死になるのか。七海は理解できなかった。直哉は膝に手をつき、ふらつきながらも何とか立ち上がる。普段、勝気な表情を浮かべることの多い端正な顔には痛々しいドス黒い痣が浮かび、そのこめかみには血が一筋滴っていた。誤魔化せない痛みに歪んだ顔。誰がどう見ても、彼女は限界だった。しかし、その瞳。その目だけはギラギラと闘志のようなものが揺らめいて輝いている。

 

 「まだや、まだ足りひん……こんなもんじゃ届かへん……」

 「直哉さん、もう──」

 

 みかねて駆け寄ろうとした時、直哉はチラリともこちらを見ずに鋭く放った。

 

 「邪魔せんといてや」 

 

 まっすぐ前だけを睨め付けるその瞳。七海は直哉が放つ狂気のような気迫に気圧されるのを感じた。直哉は、忌々しそうに拳を握りしめて自分に言い聞かせるようにブツブツと言葉を溢している。七海や灰原なんて目に入っていない。文字通り、眼中にないのだ。彼女の世界には、強者だけが立つことが許される。

 

 「こんなんで……こんなもんでダウンするような弱者は届かへん。もっと、もっとや。こんなところで立ち止まってる暇ないんよ、私は……。悟くん、待たせて堪忍な。もう一回頼むわ」

 「ッ……お前……」

 

 直哉のその顔を見た五条は、顔を歪める。

 まっすぐ五条だけを射抜く直哉の瞳にはギラギラとした炎が燃えている。アザだらけのその口元には笑みさえ浮かんでいた。並みの精神では立てるはずない。それだけの怪我。そしてそれだけの実力差だ。残酷だが、五条と直哉の実力差は誰の目にも明らかだった。それは誰よりも強さに敏感な直哉が一番理解しているだろう。だが、その瞳に諦めや妥協といったものは一切浮かんでいなかった。

 

 七海が思うに……直哉は誰よりも強さに真摯で、誠実だった。

 直哉にははっきりとした目標があり、そこへの最短距離を突っ走ることしか考えていない。それに思い立った時、七海は尊敬の念を覚えるより先に畏怖を覚えた。直哉の瞳に理解できない狂気を感じた。直哉にとって『強さ』と言うものは他と比べるかでもない何よりも大切な基準なのだ。直哉は強さに、誰よりも強く焦がれ、手を伸ばし続けている。きっと直哉はそれを手に入れるためにはなんだって犠牲にできるのだろう、自分の命でさえも。彼女の根源にあるのは決して消えることのない圧倒的な力への渇望だ。直哉の魂はごうごうと燃えさかっていて、その火はきっと誰にだって消すことはできない。

 

 完全に直哉の放つ気迫に気圧された七海だったが、あの後灰原は何をとち狂ったのか直哉ともっと仲良くなりたいと言い出した。どうせ相手にもされないだろうからやめておくように言ったのだが、灰原の決意は強かった。

 しかし七海の予想に反して、直哉はしつこく話しかける灰原を邪険にすることはなかった。直哉は彼女がいう雑魚には見下した視線を向けるが、どう言うわけか話しかけられれば言葉を返す素直さも持っていたのだ。彼女には強さと言う信念があり、常識はないが話は通じる相手。それが七海からの直哉の評価だった。

 

 

 

 

 「呪術師はクソだ」

 

 それが呪術高専に入学し、呪術界に足を踏み入れた七海の出した結論だった。時代錯誤の男尊女卑に術式差別、家柄差別、ここでは差別と名のつくものは数えきれない。この世界のどす黒さを初めてその肌で実感して思わずこぼしてしまった七海を責められるものはいないだろう。しかしこの同級生から放たれた言葉は辛辣だった。

 

 「だったら辞めたら?」

 

 直哉は足を組み、机に肘をついて興味なさげに視線をこちらに向けている。いかにもくだらないと言いたげな表情だった。

 

 「ちょっと直哉! まだ入学したばかりだよ!」

 

 嗜める灰原に直哉は意にも介さず、「はあ?」と片眉を器用にくいと上げた。

 

 「いやだってそうやろ、少しでも嫌だと思うのにわざわざ術師続ける意味わからんわ。あんさん別に術師ならんくても、帰るとこも生きる道もあるやろ」

 

 なぜ自分が咎められるのか分からないという顔だ。澄んだ瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。直哉は呪術家庭出身として、勘に触ったから言ったのではない。心からの親切心で言っているのだ。七海は直哉のその目を見て理解した。

 

 「帰るところがなくなるから、他に生きる道がないから、貴女は呪術師を続けるんですか」

 「半分正解、私にとっては呪術師として生きることは当たり前やからな。他の道とか考えられへんねん、今更非術師たちと混ざって生きていけるとも思わんし。私が呪術師辞めるとしたら、それは死ぬ時やろね」

 

 窓から吹く風に頬を緩めながらもどこか誇らしそうに言った直哉。直哉は、呪術師としての自分の生き方を誇りに思っている。理解できないが、彼女はもう自分の歩む道を決めているのだと思った。きっと彼女は死ぬ寸前になったとしても、それを後悔しないだろうとも。

 

 

 「確かに私含めて、大体呪術師はみんなクズや。呪術界出身は特にな。けどな、私はそれも別にええんとちゃうかと思う。だってそうやろ、どうせ私たちは呪術師として生きて、呪術師として死ぬ。みんな、そうやって生まれた時から呪術師として生きるうちに、ちょっとずつどっかおかしくなってるんや。逆にいえばそれくらいイカれてなければ呪術師はつとまらんってことやと思うしな」

 

 

 「呪術師として少しでも長く生きるためにクズでいる必要があるんやったら、別にそれで全然かまへんと思う」

 

 

 「だって私の人生や。クズと言われようが人でなしと罵られようが私が生き残るためならどうだってええ。どんなに悔い改めて真っ当な人間として生きることを選択したとしても、結局私の呪術師としての人生の責任は私にしか取れへんのや」

 

 直哉は勝気に唇を吊り上げて言い放った。七海は動揺を押し殺し、言葉を搾り出す。

 

 「……理解できません」

 「理解したくないの間違いやろ。だから雑魚やねんで」

 

 呪術師として生きるしかない人と非術師の世界に帰るすべを持っている人はやはり決定的に違う。それを今、まざまざと理解させられた。

 

 「直哉はすごいなー」 

 

 言葉が出ない七海だったが、灰原は相変わらずニコニコと笑っていて、今はその呑気さに少し救われる部分もあったのだった。

 

 

 

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