鬼滅の刃~世界を渡った剣聖・閃とヒノカミの鬼殺譚~ 作:来斗
「杏寿郎…おれが言えたことではないけど無茶しすぎだ…」
リィンが傷だらけの杏寿郎の姿を見て如何にか絞り出した言葉がこれだった。それほどの重傷であり、それを聞いた杏寿郎は僅かに口元に笑みを浮かべながら何処かバツの悪そうな様子で答えた。
「すまない…だが君を死なせるわけには行かなかった…もしも君が死ねば適合者も騎神の力を失ってしまう可能性がある以上こうするしかなかった…何よりいずれ故郷へと帰る君に消えない傷を残すわけには行かないからな…」
その言葉を聞いたリィンは「…ありがとう…」とだけ言いつつ東の空へと顔を動かさないようにしながら目を向け、空がほんのわずかに明るくなっているのを確認し、続けて杏寿郎に目を向けた。
「(…杏寿郎の怪我の状態を考えるとここで猗窩座を仕留めるのは無理だ。何より猗窩座はまだ本気じゃない…夜明けが近い今なら時間をあと少し稼げれば猗窩座は撤退する。それにおれ達が勝つ条件は猗窩座を仕留める事ではなく全員生き残る事だ…だからここは次の勝利につなげる事を優先する。杏寿郎も構わないな?)」
リィンは一連の思考をリンクシステムを利用して杏寿郎と共有し、それを聞いた杏寿郎も「(了解した…今は猗窩座との会話を少しでも続けるとしよう)」と同意し、二人の思いが通じたかのようにすぐに猗窩座が口を開いた。
「…お前達二人とも素晴らしい腕だ…それは嘘じゃない…だが生身を削る思いで戦ったとしても無駄なんだよ…お前達二人が食らわせた素晴らしい斬撃も既に完治してしまった…だが杏寿郎、お前はどうだ?致命傷は避けたとはいえリィンを庇った際に左目を失ってしまった…もう取り返しがつかない…鬼であればすぐに治る…人間でいう所のかすり傷だ」
そう告げたのちに猗窩座はリィンに目を向けた。
「そしてリィン…おれは確かに言ったぞ。弱者には構うなと…あの時お前に隙が出来たのはそこの弱者が動こうとしたのを止めたからだ。お前ほどの男ならそれさえなければ隙をさらすことは無かっただろう…何よりおれはどう足掻いても人間は鬼には勝てない…そう思っていた…だが前言撤回だ…お前はまだ実力を隠している…本気ではあるが全力ではないのだろう…」
猗窩座のその言葉を聞いたリィンは静かに口を開いた。
「…鋭いな…確かにおれは本気でここにいる全員を守るために戦っている…けど全力ではないのも事実だ…皆を巻き込みたくないからな…」
リィンの言葉を聞いた猗窩座は笑みを強めると口を開いた。
「成程…本当に残念だ。この場、この状況でなければお前と本気かつ全力の勝負ができただろうに…」
猗窩座は本当に残念そうに告げると技を構えた。
「故に最高の一撃をもってお前たちを屠るとしよう!」
それを聞いたリィンと杏寿郎も構えた。
「ならばおれはおれの責務を全うする!おれも含めてここにいる者は誰一人として死なせはしない!!」
「そうだな…だけど一つだけ間違ってるぞ。おれの責務じゃなくておれ達の責務だ」
そう言うとリィンは炭治郎に意識を向けると静かに告げた。
「炭治郎。自分のせいで隙を作ったなんて思うな。これはおれの失敗だから気に病むな」
リィンの言葉を聞いた炭治郎は無意識に涙を流した。リィンは本当に自分の失敗としか思っておらず、炭治郎を攻めるようなことは全く思っていなかった。
『ほんとに良い先生だよ…おまえは…(ならおれもやるべきことをやらねぇとな…)』
クロウもそんなリィンの姿を見てある覚悟を決め、それを余所にリィンは口を開いた。
「炭治郎、よく見ておくんだ。今から八葉の奥義の一つ…七の太刀を見せる。先手は頼むぞ杏寿郎」
リィンの言葉を聞いた杏寿郎は刀を構えながら「了解した!なに無茶はしない!片腕を斬り飛ばす程度に留めておこう!」と告げそれを聞いたリィンも刀を構えその姿を見た炭治郎は気を引き締めた。
「(…リィン教官がおっしゃった様にこれは見取り稽古だ…失敗を後悔するのは後でいくらでもできる!今はリィン教官の技をこの目に焼き付けることに集中しろ!)」
炭治郎がそう決めたのとほぼ同時に三人は技の準備に入った。
「術式展開!―」
「炎の呼吸・奥義!―」
「明鏡止水・我が太刀は閃―」
そして最初に動いたのは猗窩座と杏寿郎だった。
「―破壊殺・滅式!!」
「―玖の型・煉獄!!」
猗窩座が編み出した技と杏寿郎の家名を持った二つの奥義はぶつかり合い拮抗しだした。
「素晴らしい闘気だ!これ程の傷を負いながらこの気迫!この精神力を保つとは!」
猗窩座の言葉を聞いた杏寿郎は笑みを浮かべると「当然だ!おれは柱だからな!だがおればかりに気を取られていいのか?」と告げ、猗窩座は「何!?」と呟きそのため一瞬だが技が緩み、杏寿郎は即座に腕を斬り飛ばした。
「!(狙いは腕だと!?頸ではないのか?まさか!)」
猗窩座はハッとして東の空に目を向け、夜明けが近づきつつあることに気づき目を見開いた。
「(そういう事か!狙いは夜明けまでの時間稼ぎか!)」
「(気づいたか。だがもう遅い!)」
猗窩座は二人の狙いに気づくと即座に腕を再生させ、杏寿郎に再び目を向けたが杏寿郎は直ぐに「頼んだぞ!リィン!」と叫び、その叫びを聞いた猗窩座は先ほどの場所にリィンの姿が無いことに気づいた。
「!(リィンの姿が無い!いや違う!闘気そのものを感じない!?馬鹿な!闘気を持たない人間などいる筈が無い!生まれたばかりの赤子ですら僅かな闘気があるはずなのに、そもそも先ほどまでおれは確かにリィンの闘気を感じていたはずだ!何処だ?何処にいる!?)」
猗窩座は戸惑いを隠せずに辺りを見回した直後だった。
「ここだ!」
「!」
完全な死角からリィンの声が聞こえ、猗窩座は直感的に防御に回るべきだと悟り、守りに入った直後だった。
「ハァァァァーーーー!!」
普通の人間ならば目で追う事が出来るかどうかの速さで駆け抜けざまに猗窩座を斬り、そのまま続けて別の場所から斬ると言う動きを繰り返し、敵である猗窩座は勿論だが味方であるはずの炭治郎達ですら圧倒された。
「(は…速い!目で追うのがやっとだ!)」
「(こ…これがリィンの本気だって言うのかよ…圧倒的じゃねえか…)」
「(捕えきれない速さでは無いが最初の一撃を喰らった時点で防ぐしかないか!これで全力ではないとは恐れ入る!)」
やがてリィンは刀を横凪に振るうとそれを鞘に納めつつその技の名を告げた。
「これぞ八葉が奥義の一つ、七ノ太刀・落葉!」
そしてリィンが刀を完全に収めると同時に猗窩座を無数の斬撃が襲った。
「ぐっ!?こ…これは!」
猗窩座はギリギリのところで斬撃に耐える事が出来たが体制を崩してしまい如何にか踏みとどまったもののここまでの傷では再生の為に僅かながら隙が出来る事から猗窩座は動くことこそ無かったがリィンを油断なく見据えており、それを見たリィンも油断なく構えると口を開いた。
「…まだ戦うのか?」
そのリィンの姿を見た炭治郎は直ぐに悟る事となった。
「(今からでは猗窩座は本気を出したとしても痛み分けに終わる…何より夜明けが近い…それに平静さを保ってるけどリィン教官も間違いなく疲れている…だけどおれ達が勝つ条件は全員の生存…つまり…)」
炭治郎がその先の思考を続けるより先に猗窩座は俯きつつ口を開いた。
「…いいだろうリィン、杏寿郎…今回はおれの負けだ…だがリィン…お前に一つ言わせて貰おう…」
そう言いながら猗窩座はリィンを見据えると静かに告げた。
「今日は引こう…だが次に戦う時は全力で来てもらう…次はおれも本気で相手をしよう」
猗窩座の言葉を聞いたリィンは同じ様に猗窩座を見据えつつ答えた。
「…わかった…いつになるかは分からないが八葉の剣士として何より剣聖としてその勝負受けさせてもらう」
リィンの言葉を聞いた猗窩座は笑みを浮かべると「楽しみにしている…おれともう一度戦う時まで死ぬな」とだけ告げるとそのまま森の方へと駆け出し、やがて姿が見えなくなった。
「…行ったみたいだな…」
リィンがそう告げた直後、突然杏寿郎がふらつき膝をついた。
「!煉獄さん!」
「杏寿郎!」
「お!おい!大丈夫か!?」
すると杏寿郎は三人に微笑みかけた。
「問題ない…少し気が抜けただけだ…人間である以上誰にでも起こり得ることだ」
それを聞いた炭治郎はふらつきながらも立ち上がり伊之助の手を借りながら杏寿郎の下へ向かうと彼の目の前に座った。
「竈門少年。傷は大丈夫か?」
杏寿郎の当たり前の様な問いかけに炭治郎は困惑したが如何にか答えた。
「は…はい…おれは大丈夫です…でも煉獄さんの方が…」
炭治郎は杏寿郎の怪我を気遣ったが杏寿郎は直ぐに「気にしなくていい…確かに片目は失ってしまったが上弦相手に誰一人として死ななかっただけ儲けものだ…」と言いながら制止するとリィンに目を向けた。
「何より来たるべき決戦の為にも君を失うわけには行かなかった…何より柱である以上後輩を守るのは当たり前だ…リィンも同じだろう?」
杏寿郎はリィンにそう問いかけ、リィンも暫くして頷いた。
「そうだな…杏寿郎の言う通りだ。勿論ただで死ぬ気は無いけど自分だけ生き残ろうなんて言うつもりは無いよ…それに杏寿郎はおれがいなかったとしても炭治郎達を守ってくれたんじゃないか?」
リィンは杏寿郎の質問に答えつつ問い返し、彼も頷き返すと「勿論だ。仮に君がここにいなかったとしてもおれは竈門少年達を守っていた…それは断言できる」と答え、それを聞いた炭治郎は勿論だが伊之助も何も言えなくなりクロウも今は何も言わない方が良いと判断し無言で見つめ、朝日が昇りつつある中リィンが口を開いた。
「そうだ。杏寿郎、炭治郎に伝えたいことがあるんじゃないのか?」
リィンの言葉を聞いた杏寿郎は「そうだったな」と答えると炭治郎の目を見て語り掛けた。
「竈門少年。先ほど言いかけたことだが…おれは君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。汽車の中であの少女が自分が傷つくことも躊躇わずに血を流しながら人間を守るのを見た。鬼だろうと異国の者だろうと異世界の住人だろうと関係ない。命をかけて鬼の手から人を守ろうと戦う者は誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ」
杏寿郎の言葉を聞いた炭治郎は戸惑いの表情を浮かべたが禰豆子が認められたという喜びに涙を流し、クロウも穏やかな笑みを浮かべ、ただ『良かったな…炭治郎』とだけ告げ、リィンはそれを見て口を開いた。
「自分のせいで隙が出来てしまったなんて思わないでくれ。さっきも言ったけどあれはおれの失敗だ。何より柱なら若い芽は絶対に摘ませない。それは柱以前に教師でもあるおれも同じだ。炭治郎達ならもっと先へ行ける。何より炭治郎達はおれ達の動きを追えたんだからそれだけの才はあるんだ。だから自信を持つんだ」
「リィン教官…はい!おれはまだまだですけど…これからもっともっと修行していつか本当の意味で隣で戦えるようになって見せます!」
リィンの言葉を聞いた炭治郎はそう決意表明をし、伊之助も口を開いた。
「当たり前のこと言ってんじゃねぇぞ源太郎!おれだって負けられねぇ!少し休んだらすぐに修行だ!行くぞ!先ずは鈍逸の奴を探さねぇとな!」
伊之助は炭治郎を半ば引きずるようにしながら善逸を探しに行き、その姿を見た杏寿郎は口を開いた。
「しかしリィン…あの三人を指導するのは大変ではないか?」
杏寿郎は半ば冗談めかした口調でそう問いかけ、それにリィンも答えた。
「確かに手はかかるけど…何も起こらないよりはずっと良いよ。Ⅶ組の皆を思い出すし教えるのは嫌いじゃない…それに炭治郎を見てると時々だけど昔の自分を見てるような気分になるから放っておけないんだ…(そう…禰豆子を守るために戦う姿を見るとなおさらそう思うんだ…)」
リィンは離れたところで二人が禰豆子が入った箱を背負った善逸と合流するのを見ながら物思いにふけっていた。
無限列車編は完結です。ですが追憶と望郷編はまだ続きます。
次回からは暫くオリジナル展開です。