白地に金の神経端子が刺繍のように彩られたパイロットスーツを身に纏い、ふと、
ーー私はなにをしていたのでしょう?
と一瞬呆ける。
コックピットに映るモニターには、残骸となったMSや戦艦、そして人間だったものと思われし“何か”が自機の周りを浮かんでいる。
これは私がやった。そう。私がやったのだ!
「これ以上撃つな! ラクス!」
「なんで! こんなこと! よりによってあなたが!」
パブリックチャンネルでアスラン・ザラとシン・アスカが叫ぶ。
「ネイビーちゃん《202f55番》からピンクちゃん《ff69b4番》、イエローちゃん《ffdc00番》まで、お客様を歓迎して差し上げなさい」
私は羽虫を追い払うようにビットをけしかけるが、アスランとシンはビームサーベルや対艦刀でビットを次々に落としてゆく。
もう既にゲシュマイディッヒ・パンツァーを装備したこのビットの弱点は知られている。高出力なジャスティスのシュペールラケルタビームサーベルとデスティニーの対艦刀アロンダイトの前にはこの可愛いビットたちの色とりどりな柔靭装甲も無力だ。
しかしこのラクス・クライン専用モビルスーツ、ハルモニアアエウムガンダムには彼らに対抗しうる武装が存在する。女神を彷彿とさせるその機体の背部から放たれた閃光はビットが生み出す力場によって干渉を受け、曼荼羅のような幾何学模様を描きながらジャスティスとデスティニーに全周囲から殺到する。
ジャスティスは更に速度を上げ、それらをビームシールドで防ぐ。それにより出来た空白地帯に、光の翼を背負ったデスティニーが滑り込み、一気に彼我の間合いが詰められる。流石は学生時代から優秀なアスラン・ザラ。幾何学の計算も得意ということか。それに即座に合わせたシン・アスカも美しいコンビネーションだと驚嘆せざるを得ない。私も知らないいつの間にか、彼らは特別な絆と信頼で結ばれるようになっていた。
ーー人類が皆、そのような絆や信頼、友情や愛情を持てていれば私はこんなことをせずとも良いのに。
デスティニーの光の翼に対抗し、アエウムも機体を飾る羽衣のような推進機構を起動。の力場も強めることで磁場が相互干渉し、アエウムは踊るような挙動でデスティニーの横をすり抜ける。強めた力場の副次的な効果としてミラージュコロイドの電場が掻き消され、デスティニーの分身が消える。無防備なその背中の翼を刈り取ろうとするが、横から滑り込んできたジャスティスの蹴りが邪魔をする。その足先から発せられたビームサーベルの磁場に羽衣を引っ掛け、わざとアエウムが押し退けられるようにして距離をとる。
アスラン・ザラの戦いの経験、シン・アスカの反射神経、どちらもラクス・クラインには持ち合わせがない、勝ち目がない分野だ。ただ私にも張り合える部分もある。まずひとつはモビルスーツの性能ならこちらが上! 彼らの戦いに付き合う必要はない。アエウムの有利な間合いで、ジャスティスとデスティニーを轢き潰す!
アエウムの全身に備えられたビーム砲から無数の高出力ビームが放たれ、力場によって幾何学模様を描いたそれらは光の刃となってジャスティスとデスティニーを襲う。幾何学の問題は徐々に難易度が上がっている。お勉強ならアスランとシン、そして私とどちらが出来るのか。既に出題者の私にも解けるか分からない難易度に達している。難しい盤面を更に複雑にしていった先を見通せた者がこの戦場の勝者となる。
似た攻防が何度も繰り返されているが、今度は先ほどのような突撃はない。彼らの動きには迷いが感じられる。それは当然そうだろう。何故ならば、彼らが私を討ったとしても、彼らが帰投する母艦もなければ、帰るべき家《プラント》もない。計画は既に最終段階を終えようとしている。
人類絶滅級衛星型砲台タントゥラムによる砲撃を端に発した私の計画の最終段階。
これまでに存在した大量破壊兵器、ジェネシスやレクイエムの技術を使い、一度に複数の目標を壊滅させることが出来るこのタントゥラムは第一射でプラント本国を射ち、そのまま第二射、第三射と全プラントやその他コロニー、宇宙基地、宇宙ステーションまで、人間が居住可能であろう座標を次々に焼いていった。八度目となる次の砲撃は、地球全土を焼き尽くす。視界の右下に映るプログレスメーターは、まだ中頃。次にこのメーターがいっぱいになったとき、私の計画は全て完了する。
人生を世界を平和にするための活動に捧げてきた私が、今度は世界を焼こうとしている。この行いに矛盾はない。私は私の意思で、そうあって欲しいと願い、世界を平和へ導こうとしてきた。ならば、私は私の意思で、世界を焼こうと思ったならば、それをしてはならない理由はないはずだ。だから私は、つまらない癇癪《タントゥラム》で世界を滅ぼす。人類を一人残らず絶滅させる。
お互いに牽制の為のビームを撃ち合った後、ジャスティスが仕掛けてくる。ビットを蹴り、それを推力にしての急加速。赤い機体が彗星のように鮮やかにビットの間を進む。これはアスランにビットが作り出す磁場による相互干渉の癖を掴まれてしまっているようだ。ビットが直接撃つビームは自動照準なため、ビットの位置を操作され、アスランが作り出した死角には対応できない。それでは次の出題を、と高出力ビームを放とうとするが、ジャスティスの背部にマウントされたリフターが突撃してくる。高出力ビームで直接リフターを狙いリフターを爆散させるが、その影に隠れたジャスティスが迫っていた。磁場誘導で軌道を逸らされないようにするためか、ジャスティスはビームサーベルの発振をせず、そのまま機体をぶつけてくる。
それだけならVPS装甲の両機は傷付くことはないが、エアウムの全身から生えた羽衣はジャスティスの全身を貫いていた。
「ラクスー!」
接触通信で聴こえたアスランの慟哭から、次に何が起きるか察する。慌てて羽衣でジャスティスの動力部を斬り刻む。ジャスティスの自爆は寸前で防げたようだ。
警告音が鳴る。いつの間にかビットの檻を掻い潜り背後にデスティニーが回り込んでいる。アエウムからビームが放たれる。脚と頭部、腕、胸部と次々に被弾しているデスティニーだが、勢いは衰えない。
コクピットを対艦刀が貫いた。
右下のプログレスメーターはちょうど100%になっていた。タントゥラムの光がエアウムの機体を照らす。
出来るだけのことはやった。私は私のわがままを最大限叶えた。だから、まぁ満足と言っていいのではないでしょう。
ただなにか、忘れている気がする。なに寂しい。誰かがいない。
「ラクス」
寂しいと思ったとき、声を聴きたいと思ったとき、その人は声をかけてくれた。これほど嬉しいことはない。
私はデブリベルトに存在する、ユニウス7跡にいた。ラクス・クライン専用モビルスーツ、ハルモニアエアウムガンダムの正式名称は、ZGMF-X888A ハルモニア “ミーア” エアウム。ラクス・クラインが超光速通信により遠隔操作される、ラクス・クラインの身代わりとなるための機体。最近試験運用され始めた量子テレポーテーションによる超光速通信と神経端子の接続による脳波制御により、完全無人かつ、無数のビットを同時に操作出来る機体だ。
私は、指一本動かすこともなく、世界を滅ぼしてしまった。
「私を、殺すのですか」
私の問いに、彼は答える。
「ううん。そんなことしない。だってする必要ないでしょ。さっきアスランから通信があった。ラクスのガンダムはシンが破壊したって。身体の神経、あのモビルスーツを操作するために全部神経端子と接続させちゃって、もう身体が動くところ、ないんじゃない?」
私がいるこの場所を見事に当てた彼も、少し乙女心というものがわかっていない。私は合成された電子音声で、スピーカー越しに答える。
「聴覚だけは残してありますわ。最後に貴方の声を、直接聴きたくて。でも聴覚も使っていたらアスランとシンに勝てていたとしたら、ちょっと後悔するかもしれませんわ」
「うん。それはどうだろう。あの二人、強いから」
目も見えてはいないが、監視カメラの映像を確認しなくとも、彼がちょっと困った顔で微笑んでいるのがわかる。
「あの二人のこともそうだけど、僕のことを信じてくれてたみたいに、他のみんなのことも信じてあげたほうが良いと思うよ」
私は無言で返す。困惑を表情に出そうとしても、既に表情を動かす機能は失っている。
「タントゥラムの砲撃、マリューさんとムウさん、イザークとディアッカたち、他にもいっぱいの人がナチュラルもコーディネイターも関係なくみんなで協力して、全部防いだんだ。プラントにも、地球にも、あの砲撃は一撃も届かなかったんだ」
戦いで犠牲になった人は少なくはないけどね。と、彼はどこまで悲しそうに付け足す。
世界を滅亡させることには失敗したらしい。けれど私は安心していた。私なんかが本気になったって、世界を滅亡させることなんて出来ない。世界中の人が一つの目的の元、協力し合うことは不可能ではないということに。
その福音を彼は運んで来てくれた。
私は満ち足りていた。破壊と死を振り撒いた私がこんな気持ちになってはいけないのかもしれない。でも私は今この瞬間、望むもの全てが手に入った気がした。
「ラクス」
彼の声が聴こえる。
全身の神経を神経端子と接続してしまった私は、もう既に生存が可能な状態をしていない。
もうすぐ私の熱は燃え尽きる。この最期の夢も終わる。
「ラクス、ラクス」
思考も想いも消え、ただ彼の声だけが残る。
瞳を開くと、キラが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「キラ……」
酷く喉が渇いている。全身を汗が濡らしていて、気持ち悪い。
「酷くうなされていたけど、大丈夫……?」
ーー彼を見ると、愛おしいという感情が湧き上がってくる。
「夢を……悪夢を見ました。どんな夢だったかはよく覚えていませんが、でもキラが来てくれたから、そうじゃなくなった。そんな気がしますわ」
私はキラの首に腕を回し、無理矢理引き寄せる。
キラは「おっとっと」なんて言いながら、バランスを崩して私の上に倒れ込む。
「でも悪夢の中でたくさん暴れられて、スッキリしたかもしれません」
「暴れられてって、ストレスでも溜まってるの?」
少しだけ考えて、私は我儘を口にする。このくらいの我儘だったら許されてもいい。
「そうかもしれませんわね。今度時間があったら、キラにモビルスーツの操縦を教えて欲しいですわ。貴方を守るためには、プラウドディフェンダーの操縦ももっと上手くならないといけませんし」
コクピットで二人きり、キラに手取り足取りモビルスーツの操縦を教えて貰う。ちょっとときめくシチュエーションだ。
「うん。でも、危険だからあんまり戦場に出ようとは思わないで」
キラの語気が強くなる。それは優しさ故。でもその優しさを私は守りたい。これも私の我儘だ。
私は更に腕に力を入れ、耳元で囁く。
「でもキラが守ってくれるのでしょう? 信じていますわ」
そう。きっとキラと二人なら、世界を平和にすることが出来ると、私はそう信じている。
付録
オリジナル機体・兵器設定
・ZGMF-X888A ラクス・クライン専用モビルスーツ・ハルモニア エアウム ガンダム
大量のビットを“けしかける”桃色の女神。
キャバリアーアイフリッドにも使われている超光速通信とラクス・クラインの演算能力により、無数のビットを操る。
ビットはゲシュマイディッヒ・パンツァーを装備しており、ビームを曲げ防御と全方位攻撃を同時に行う。
コクピットもあり分類としてはモビルスーツだが、本当の名前はハルモニア エアウム “ミーア” ガンダム で、遠隔操作で運用されるある意味一種のビットとも呼べる機体。どことなくハイレグがすごい。
名前はマフティー・ナビーユ・エリンを意識してバラバラな言語からなる造語。ドラグーンではなくビットなのはララァ・スン専用モビルアーマーのパロディなため。
ラクス様の夢なのでビットの数はカット毎に都合よく変わる。
・人類絶滅級衛星型砲台タントゥラム
ネオ・ジェネシスとレクイエムを組み合わせたよりもっとすごい感じの人類が絶滅しちゃうラクス様が想像出来る限り最もすごい兵器。
その砲撃はビットのゲシュマイディッヒ・パンツァーで曲げることが出来るため、エアウム自身がレクイエムの中継ステーションの代わりになれる。
射出されるビームは超高出力デュートリオンビームと呼べるもので、専用受光システムを持つエアウムとビットはタントゥラムの攻撃にわざと巻き込まれることでエネルギーを回復出来る。
カロリーたっぷりの美味しいご飯をお召し上がりになられたラクス様はお腹いっぱいなためパイロットは補給が必要なく、理論上エアウムとタントゥラムの組み合わせにより人類が絶滅するまで無限に戦い続けることが出来る。