線路をまたぐ何本もの歩道橋の下を電車が走り抜け、一瞬の影を作って朝陽が閃光のように車内を照らす。
仕事という概念が今のところない私にとっては実感のないものであるが、今日は休日らしく、家族連れの姿も見える。
窓からは快晴の空を反射するビル群と自然とが調和した美しい景色が流れていく。
揺れ一つない車内は喋り声こそ聞こえるものの、静かな空間に感じられた。
「ねぇ、ジアちゃん」
「どうしたんですか?お姉さん」
「いや、ねー、ジアちゃんがアンニュイな感じで窓の景色を眺めてたからさ、なんとなく、ね」
「···そうなんですか?」
思い当たる原因としては、ワイバーンとあのコルス・リファントというらしいレインコートの魔法少女との連戦による精神的な疲れのせいだろうか。
まぁ、そもそも表情の変化に乏しいのでそう見えているのかもしれないが。
「ジアちゃんって、不思議だよね〜」
お姉さんがふと呟いた。
それに対して、私は黙ったまま彼女を見つめた。
「小さいのに大人びてるし、出会ってほんの数日なのに、こうやって一緒に出かけてる。でも、キミのことでわかるのは名前と、そう、クールで可愛いことぐらいだね!」
お姉さんは最後に明るい調子で話すと私に、ばちこーん☆と音がなりそうなウィンクをキメた。
きっと事情を話せていない私に気負わせないための配慮なのだろう。
確かに、私は彼女に何も伝える事が出来ていない。
教えた名前は即興で考えたもの。
彼女が心配しているであろう私の親はそもそも存在し得ないこと。
そして、それの根本的理由である、私の正体が魔偽禍であること。
それと、私が記憶喪失かつ異世界の存在であること。
彼女は私が魔偽禍だと知ったら受け入れてくれるのだろうか、裏切られたと怒りを露にするのだろうか、それとも恐怖するのだろうか。
そんなことを考えながら、私は「あれっ?スベった?」と焦る彼女にウィンクを返してみた。
◇
「着いたー!」
電車を降りて徒歩で数分、私達はショッピングモールに到着した。
中は衣料品店や化粧品、土産物店など色々な店が並んでおり、多くの買い物客で賑わっているようだ。
私がショッピングモール内の様子を見ているとお姉さんは私の手を握った。
「じゃあ、早速服を見に行こっか」
「わかりました、でも私の分は大丈夫ですからね」
「ほら、遠慮しないでいいからさ!」
私はどうにか服を買ってもらうことを回避しようとしたが、妙にテンションの高い彼女は止まりそうにない。
断ろうにも、着たいものはデザインを模倣すれば良いという、服を買う必要がない本当の理由を話すわけにはいかないので、彼女には私がただ遠慮しているだけにしか見えないのだ。
私は断りきれずに彼女に手を引かれていった。
◇
そうして彼女に衣料品店へ連れていかれてから、私は彼女の着せ替え人形にされていた。
彼女のテンションが妙に高かったのもそういう理由だったのだろう。
「これもかわいい~~!」
「ならよかったです」
今の私の恰好は白いワンピースに麦わら帽子という、夏が近づいている今の季節感に合ったものだ。
私には明るすぎる気もしたが、着てみると案外悪くないかもしれない。
「へぇ、こんなのもあるんだ。ジアちゃん、着てみてよ!」
そうして次にお姉さんから手渡されたのは、黒をベースに白いフリルがふんだんにあしらわれた、所謂ゴスロリと呼ばれるような服だった。
何故こんなコスプレのようなものの在庫があるのか不思議だ。
「まぁ、いいですけど」
私はそれを受け取ると試着室のカーテンを閉じた。
そして、普通の服よりも着にくいので、手間取りつつもなんとか着替え終えた。
「どうですか?」
「きゃ~!かわい~!」
お姉さんは試着室から出てきた私の姿を目に入れると黄色い悲鳴をあげた。
それどころか、私を抱きしめてみたりとスキンシップが増えている。
「そんなにですか?」
「うん、ジアちゃんはお人形さんみたいにかわいいからね」
そうしてお姉さんに可愛がられ、何枚も写真を撮られた後、お姉さんは私の普段着と、たいそう気に入ったらしいゴスロリを買って店を出た。
「付き合ってくれてありがと。もうこんな時間だし、そろそろお昼にしよっか」
お姉さんが壁にかけられた時計を指し示した。
時刻は1時手前といったところで、確かにもう昼食を食べてもいい時間だ。
「そうですね、行きましょうか」
◇
フードコートへ向かう途中、私の高い聴力と特殊な視覚が迷子の少女を見つけた。
姉を探しているらしく、か細く声を出しながらしゃくり上げている。
「お姉さん」
「どうしたの?」
私はお姉さんを引き止めると、少し離れたところにいるその少女を指差した。
「あの子、迷子みたいです」
「えっ、よく気づいたね?」
私達がその子どもの前まで行くと、私はその顔が見たことのあるものだと思い出した。
短めに切りそろえられたピンクと白のグラデーションの髪に、エメラルドのような瞳。
私がスズメに擬態して近づいたあの姉妹の妹の方だった。
私が少女のことを思い出していると、お姉さんが屈んで少女に話し掛ける。
「ねぇ、キミ、一人でどうしたの?」
「お姉ちゃん、探してるの···」
「そっか、じゃあ私もお姉さん探すの手伝っていいかな?」
「うん···」
少女は目を擦って涙を拭きながら、俯いていた顔を上げた。
「ジアちゃん、どうしよっか、迷子センターに行った方がいいかな?」
「そうですね、でも近くにいるのなら、見つけた方が早いので周囲を見てからにしたいです」
「りょうかーい」
少女が姉から逸れてそこからあまり移動していないのなら、まだ周囲で妹を探している可能性がある。
それならば人が多いとはいえ、割とすぐに見つける事が出来るだろう。
私は少女に視線を戻すと、お姉さんが少女と会話をしていた。
「キミ、名前は何て言うの?」
「···リリー」
「そっか、いい名前だね。私はルースト、よろしくね。あと、この子はハイドレンジア、ジアちゃんって呼んであげてね」
そう言って私達の紹介をするお姉さん。
私は小さくリリーに手を振った。
「よろしく、リリーちゃん、ジアって呼んでくれると嬉しい」
「···ルーストさん、ジアちゃん」
「うん、それと、ジアちゃんは多分歳も近いだろうし仲良くしてあげてね」
これはどうすればいいのだろうか。
ねっ!と彼女からウィンクと共に託されたが、私はこの世界での小学生ぐらいの年代の話題などよくわからない。
テレビなどの情報からはやはり魔法少女が人気のようだが。
わからないのなら悩んでいても仕方ないか。
とりあえず、何かしら話し掛けてみることにした。
「リリーちゃんはお姉ちゃんと一緒にここに来たの?」
「うん、一緒に魔法少女ショー見に来たの」
「そうなんだ、魔法少女ショーには誰が来るの?」
「えっとね、イリスちゃんが来るんだって!」
にこにこしながらそう話す彼女の顔を見ながら考える。
魔法少女ショー、これは多分元の世界で言うヒーローショー的なものだろう。
もしも何かしらのパフォーマンスが行われるとしたら、出演する魔法少女の魔法が使われる可能性が高い。
模倣するいいチャンスになるかもしれない。
普通に見てみたくもあるので、お姉さんに後で聞いてみるのもいいだろう。
「リリーちゃんは魔法少女好きなんだね」
「うん!みんな強くてかっこよくてかわいいから!」
「私も魔法少女ショー興味あるかも───あ、お姉ちゃん見つけた」
「ほんと!?」
私が指差す先には、妹と同じエメラルドの瞳と白髮にピンクメッシュの入ったツインテールの少女が、必死に周囲を見回して妹を探していた。
「お姉ちゃん!!」
「あっ、リリー!良かったぁ」
リリーは我先にと姉の方へと駆けていき、姉に飛びついた。
姉の方は急に呼ばれたからか目を丸くしたが、飛びつく妹を抱きとめ、安心した表情を見せている。
「二人がお姉ちゃんのこと探してくれたんだよ!」
「あの、ありがとうございました、何かお礼を···」
「あー、いいよ、お礼なんてそういうつもりじゃないから」
「そうですね」
彼女のお礼の申し出に対して断るが、それでは気がすまないようで、彼女は申し訳無さそうな顔をする。
「でも···」
「あっ、だったらわたしジアちゃんと魔法少女ショーに行きたいな」
「じゃあ、それにしよっか。ね、ジアちゃん」
リリーが姉に抱きついたまま、弾んだ声でその提案をすると、お姉さんが便乗した。
お姉さんは私達の会話を聞いていたようで、いたずらっぽく笑いかける。
「でも、それは妹が一緒に行きたいだけですし···」
「それがいいです、お礼」
それでも渋る姉だったが、私はその提案に賛成して無理やり納得させることにした。
リリーは私が肯定したことに反応して、目を輝かせる。
「···うーん、まぁ、お二人がそう言うのなら」
「よし、それで決定ね。あっ、その前にお昼食べに行くけどね」
「大丈夫ですよ、時間には余裕があるので」
お姉さんが先程までフードコートに行こうとしていたことを思い出した。
そして、私達はフードコートで食事を済ませた後に魔法少女ショーに向かうことになった。
リハビリしなくては···