艦内のレクリエーションルームに集まり、舷窓からディオキア基地の様子を窺う。ガルナハン基地を突破したミネルバは内陸部を抜け、黒海に面したディオキアへと辿り着いたのだ。緑の山と白い家並み、そして澄んだ青い海に目を奪われる。
こんな落ち着く場所は随分と久し振りだ。海上、基地、山の中、様々な場所で戦闘続きだった故に尚更そう思うのか。外に出ればきっと、気持ちよい潮風が味わえるだろう。自分の故郷にも似た、穏やかな─────
「なんだ、あれ?」
捨て去った筈の郷愁の念に駆られたシンの耳にふとそんな戸惑いの声が聞こえて来たのは、シンの目にもピンクにカラーリングされたザクが降りて来るのが映った時だった。胸部にはでかでかとLOVE!の文字がペイントされていて、どう見ても戦闘用のモビルスーツとは思えない外観。そのザクが注意深く胸に手を抱え込んでいる。よく分からない外観に、謎の姿勢─────あれは一体何なんだと疑問が浮かんだ時、部屋中に曲が響き渡る。
アップテンポで聞く者の心を躍らせる明るい曲だ。途端、ヴィーノが歓声を上げてモニターに飛びつく。彼が操作したモニターに、ピンクの髪を靡かせた少女が大写しになった。
「えっ、
「うそおぉぉっ!」
外に降り立った人物が誰なのかに気付いたクルー達もまた歓声を上げ、舷窓やモニターに駆け寄る。思わぬ人物の登場に呆けていたシンが、クルー達の勢いに追いやられてしまう。お陰で舷窓の外が人垣に遮られて見えなくなり、仕方なくモニターへと目を向ける。
ラクス・クラインだ─────ドレスをはためかせ、軽快なステップで踊りながら歌唱する少女は紛れもなく、プラントの歌姫だった。弾けるような笑顔が映像に映し出され、それを目にしたクルー達が大きく沸く。そんな彼らへ上陸許可が下りれば果たしてどうなるかなど、想像するに難くない。実際にそうなった途端、クルー達は我先にと争うようにしてハッチを飛び出して行った。シンも、ルナマリアに誘われるような形で艦を降りた。
コンサート会場の手前で立ち止まり、盛り上がる観客の後ろからピンクのザクの掌で歌う少女の姿を眺める。それはシンがラクス・クラインに対して抱いていたイメージとは少々掛け離れたものだった。シンとて当然、彼女の歌を耳にした事はあったが、再び表舞台に現れるようになってからのラクス・クラインの歌とそれ以前の歌とではどうしても違和感を拭えない。衣装もあんな際どいものではなかったし、何か心境の変化でもあったのだろうか…?
以前、ヨウランとヴィーノに薦められてプラントで行われた慰問ライブの映像を見せて貰ったが、異様な盛り上がりだった。彼女の歌と励ましの言葉を直接聞いた者達は、さぞ意気を高めた事だろう。─────あのラクス・クラインが、常に人々へ戦うという行為の虚しさを説き続けていた筈のラクス・クラインが、今は随分と変わったのだと驚かされた。
─────シンは今のラクス・クラインが苦手だった。
「あっ…!」
その時、シンの隣でコンサートを見ていたルナマリアがよろけ、小さく悲鳴を上げてシンの方へ寄り掛かって来た。彼女の身体が思い切り押し付けられる形となり、シンは驚きながら咄嗟に身を引く。
「「─────」」
シンが身を引いた事で、二人は至近距離で、正面から視線を交わす事となる。ここまで近くからルナマリアの顔を見るなんて初めてだ、等と呑気な事を考える。彼女の肌は白く、染み一つなく、瞼から伸びる睫毛は長く、鼻筋は細い。…アカデミー時代から色々な人がそう言っていたのは聞いていたが、やはりルナマリアの顔立ちは整っているのだと改めて思い知らされる。
「ご、ゴメン!誰かがぶつかって…」
「あ、あぁ…」
ルナマリアが頬を赤らめて詫びた。確かに今、自分達は会場への通路の真ん前に立っている。遅れて会場に駆け付けた兵士達がラクス・クラインの方に気を取られて走って来るから、ぶつかられても仕方ないのだ。
「危ないし、向こうに行こう」
「う…うん」
恥ずかしいのは分かるが態度に出すのは止めてほしい。そんな風にされると装っていた平静の皮が剥がれてしまう─────とにかくルナマリアの顔を決して、断じて、絶対に見ないようにして建物の方へと歩き出す。
「あれ、お姉ちゃん?見なくていいの?」
「あ、えぇっと…うん。アタシはいいかなー…」
その場から立ち去る二人に気付き、メイリンが声を掛けて来た。ルナマリアが咄嗟に返事をするが、ハッキリとしない姉の口調に不思議そうに首を傾げてメイリンが再び口を開く。
「ふーん。折角有名人が目の前に居るんだし、サインでも貰ってけばいいのに」
「別にいいわよそんなの…。アンタも程々にして戻った方がいいわよ」
会話が続く程にいつもの調子を取り戻したか、心なしか頬の紅潮も薄くなっている気がする。メイリンの方も特段自分達を怪しんでいるという様子もなく一安心だ。
『勇敢なるザフト軍兵士のみなさぁーん!平和の為に、本当にありがとうー!』
一曲歌い終えたラクス・クラインがコンサートを見に来たザフト兵へ、そしてフェンスに張りついて見守っている民間人にも手を振る。
『一日も早く戦争が終わるよう、わたくしも切に願っておりまぁす!その日の為に、皆でこれからも頑張っていきましょーうっ!』
コンサート会場が彼女の言葉で大いに沸く。兵士の集いの中にいるシンの耳に聞こえて来るのは、
「ねぇシン。やっぱり、変わったよね…ラクス様」
「…うん」
会場から離れ、建物へと歩いている途中にふとルナマリアが話し掛けてきた。それにシンは頷きながら同意する。
「俺もそう思う」
やはり、今のラクス・クラインは苦手だ─────そう思いながら歩くシンの視界の端で、不意に紅の色が入った。
基地の一角に立っているのは、一機の
目が引かれそうになるのを我慢しながら歩くシン。彼の意識は背後から聞こえて来るラクス・クラインの歌ではなく、あっという間に新型と思われるモビルスーツへと向けられるのだった。
「…盛り上がってるなぁ」
どちらかというと崇拝に近い人気から、イメージを明るく煌びやかに変える事で一気に熱狂的な人気へと変貌している。
それに
ラクスの顔で、ラクスの声で、人を戦いに誘き出す言葉を吐く彼女が気に入らない。本人がそのつもりではないと分かっていても、彼女は飽くまで無意識下で操られているのだとしても、この感情はどうしても滲み出してしまう。
「…落ち着け」
今すぐにあそこに飛び出して、真実を突きつけたいのは山々だがそういう訳にもいかない。その瞬間、迫られるのはザフトとの全面戦争だ。そうなれば詰み、普通に死ぬ─────いや、流石に無理だ。俺はまだ生きていたいし、生きて帰りたい。
─────落ち着け、
そう自身に言い聞かせながら、まだまだ盛り上がりを見せるコンサート会場に背を向けて、道路脇に止めていたバイクに跨る。ハンドルに掛けておいたヘルメットを被り、ベルトをしっかりと締めてからエンジンを起こしてアクセルを捻り少しずつスピードを上げていく。
心地よいエンジン音と風に全身を満たしながら、道沿いにバイクを走らせる。アズラエルさんから息抜きでもして来いと言われて外に出たは良いものの、やはり見に来るべきじゃなかったかもしれない。ディオキアにデュランダル議長が来るという情報を聞いて思い立ち、気紛れに偽のラクス・クラインのコンサートを覗きに来たが、息抜きどころかただ気を悪くするだけに終わってしまった。別にそれが目的ではなかったし、よしとしよう。…うん、よしなんだよ。
俺がここ、ディオキアまで来た目的の一つは、この場所に来ていると思われる
原作ではディオキアにステラ、スティング、アウルが息抜きに街を散策していたし、ネオ・ロアノークも付近のどこかに母艦を停めて息を潜めていた。もし原作通りにファントムペインの部隊が動いているとしたら、フレイが近くにいる筈。
会いたい。会って話がしたい。今までどこにいて何をしていたのか、何故地球軍にいるのか、そして生きていたのなら何故、俺達に会いに来なかったのか─────。もしかしたら前回と同じように記憶操作がされているのか、だとしたらまた思い出させてやればいい。
「はい」
『見つかりましたよ。ディオキア付近に、地球軍の潜水母艦が』
単刀直入に、俺が欲している情報を淡々と口にする通信相手─────アズラエルさんの口調が微かに面白がっている様に聞こえるのは気のせいだろうか?しかし、やはりファントムペイン隊はディオキアに入っていたらしい。原作通り、執拗にミネルバを追い掛けているようだ。
「やっぱりそうですか。一度戻ります」
『そう慌てなくても良いでしょう。もう少し息抜きを続けてはどうです?』
「そんな気分じゃないです」
恐らくミネルバがディオキアを発つまでは留まるだろうし、アズラエルさんの言う通りそこまで慌てなくとも大丈夫なんだろう。ただついさっき見たあの光景が、ここにいても微かに耳に届く盛り上がりが耳障りだった。少しでも早くここから離れたい。
『…見に行きましたね?』
「…」
『だから止めておいた方がいいと忠告したのに』
「ここまで損なうなんて自分でも思わなかったんですよ」
実は艦を出る前、アズラエルさんからある事を忠告されていた。今ここに来ている偽のラクス・クラインのコンサートには行かない方がいい、という忠告だ。その時はただ、偽物が担ぎ上げられている事を俺が複雑に思うのではと気遣ってくれたのだと思っていたが、なるほど。アズラエルさんはその更に先まで見通していたらしい。通信機から聞こえて来るアズラエルさんの溜め息が胸に痛い。
『まぁいいです。戻って来るのなら道中お気をつけて』
「はい」
僕は呆れていますという内心を全く隠そうともしない溜め息混じりの口調で言うアズラエルさんに、ただ素直に一言返事を返す事ができなかった。向こうから通信が切られ、端末をしまってから再びバイクを走らせる。
周囲から不審な視線は感じられない。尾行の気配もない。警戒を張り巡らせつつ拠点へと戻る道を走る。
「…
道中で呟いた俺の声はバイクのエンジン音に掻き消されて周りには響かない。第三者に聞かれる心配はない呟きは、たった一人俺の胸に重くのしかかる。
また新たな、そして厄介な戦力がミネルバと合流した事になるが、気になる点が一つある。それはセイバーのパイロットが一体誰なのかだ。実際に確かめた訳ではないが、インパルスはシン・アスカが、ザクウォーリアとザクファントムはルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレルがパイロットだろうし、グフにはハイネ・ヴェステンフルスが乗っている筈。なら、セイバーは─────?アスランはザフトに復帰せず今はオーブだ。考えてはいるが、正直パイロットに誰が座っているのか分からない。本編には出て来なかった外伝の誰かが当てられたか、或いは俺の知らない物語に出てくる事はなかった何者かが乗っているのか。
どれだけ考えても、この場で結論はどの道出せはしない。ディオキアに滞在中にヒントの一つでも掴めれば…、アズラエルさんが放った諜報員が、例えば外見の情報を持って来てくれれば絞る事ができるかもしれないが。
「─────」
そう、ここで考えても何も分かりはしない。なのに、どうしても頭の中で何かが引っかかって仕方がなかった。何か大事な事を見落としている─────そんな気がしてならない。一体何だっていうんだ、この感覚は。
「くそ…ッ」
思考がスッキリせずモヤモヤしたまま帰路に着くしかない。結局拠点へと戻り、アズラエルさんとの情報交換が始まるまでこの感覚は消えなかった。
沈みかけた夕日の色に空が染まり始めた頃、ミネルバには一人の客人が訪れていた。何でもデュランダル議長の遣いの者との事で、シン、ルナマリア、ハイネの三人はその客人の呼び掛けでハッチへと向かっていた。
まず驚かされたのはここディオキアに議長が来ているという事だった。プラントで忙しくしている筈の議長が地球に、それも決して大規模ではない基地であるディオキアに訪問されるなんて、一体どういう理由なのか。そしてその議長が何故、何の用でたかがパイロットを呼び出すというのか─────。
ハッチへと向かう途中、ルナマリアはどこか落ち着かない様子だ。肩に力が入り、歩き方も少々ぎこちない。…緊張しているのはシンも同じなのだが。ルナマリア程ではない、と自負しているが議長直々の呼び出しなのだ。固くなってしまうのは仕方のない事だろう。
一方のハイネというと、流石はFAITHというべきか。飄々とした様子で、普段と何ら変わりなく見える。その度胸を今この時だけ、ほんの少しでも分けてほしいとシンは心の中で願ってしまう。しかしそんな願いは当然の如く届かず、シンとルナマリアの緊張は僅かにでも解ける事がないままハイネと共にハッチへと着く。
そこに立っていたのは三人と同じ、赤服の制服を身に纏った少女だった。年の頃はシンと同じくらいだろうか─────一つに束ねた白銀の髪が、廊下の照明に照らされて輝いている。シン達が近付いてくる足音を聞き、壁に寄り掛かった体勢だった少女が姿勢を正して向き直る。
「─────」
向き直った少女と、シンの視線が合わさる。切れ長できつい印象を思わせながら、少女の髪とは対の黄金色の瞳につい吸い込まれそうになる。心の中で無意識に、綺麗だと思った。
「お待ちしておりました」
クールな容貌に似つかわしい、涼やかな声が少女の口から発せられる。
「案内役を任じられた、
少女は簡潔に自己紹介をしてから軽くお辞儀をして、顔を上げると再びシン達と向き直った。
「議長がお待ちです。艦の前に車を停めてありますので、そちらへどうぞ」
淡々と案内を始める少女は、丁寧な口調とは裏腹にシン達に全く興味なさげだ。案内役というのにシン達がついてきているのか見向きもしない。車に乗った際は一応、バックミラー越しに全員乗ったか確認の為に目線をこちらへやったが、それ以外は全くシン達へ視線の一つもやらない。
─────何なんだ、こいつ…?
人によっては失礼と取られかねない態度に、気を悪くこそせずとも違和感は拭えない。それとも、自分が気にしすぎなだけなのだろうか…?ハイネは全く気にする素振りはなく、ルナマリアは─────もうすぐデュランダル議長と対面する事で頭が一杯なのだろう。身体がガチガチだ。
内心溜め息を吐きながら、バックミラー越しに車を運転する少女の顔を覗く。するとすぐシンの視線に気付いた少女がバックミラーへと目を遣った。ハッチで初めて対面した時と同じ、少女の瞳に吸い込まれそうになる感覚─────だがそれも一瞬。少女の目が鋭く、シンはミラー越しに睨みつけられた。
「ッ…!?」
まるで見るな、とでも言わんばかりに強烈な視線をぶつけられたシンは咄嗟にミラーから目を逸らす。一体何だというのか…。何だってこんな奴を議長は案内役に選んだのか?そもそもただ見ていただけで何をそんなに怒る必要が─────ある、のか?男から不躾に見続けられれば、気を悪くするのは当然なのだろうか?そういえば、昔にマユからそんな事を言われた様な気が…。
「…」
これ以上考えるのは無駄だろうと、シンは思考を止めた。どうせこの時だけの付き合いだ、と割り切って少女…アナンヤの事は気にしない事にした。
─────尚、そんなシンの考えが覆されるまであと少しだという事は勿論、誰も知る由もなかった。
新キャラ(既出)登場。はい、PHASE17の最後にチラッと出たあの子です。そしてお待たせしましたセイバー君もやっと登場です。…コメントは以上です。