存在しない筈の過去の罪に押し潰される鴉。
そして狼は、己に眠る獣を知る。

1 / 1
第1話

「はぁ・・・はぁ・・・」

「っ・・・ふんッ!」

「がはっ!」

息も絶え絶えに、這いつくばって呻き喘ぐ少女。そんな彼女の胸倉を掴み上げ、その腹に拳を叩き込む。涙に潤んだ瞳が裏返りかけるのは、これで今日の幾度目か。

手に残る、無抵抗の肉を打った柔らかい感触。耳に響く苦悶の声。苦痛に歪みながら、それと同時に昏い悦びに朱に染まる頬。

哀れだ。虚しい。かつて機体を並べた、あんなにも頼もしかった・・・あんなにも強く、私を超えて羽ばたいた戦友が、今やこんな有り様だ。鳩尾の奥底では、ヒリヒリと焼け付くような痛みが私を締め付ける。

だが・・・

「ラス、ティ・・・も、っと・・・」

「だが、これ以上は・・・」

「いいから・・・お願い・・・ラスティ・・・」

「っ・・・分かった。これもまた、私にしか出来ない事だ」

彼女が望むから。私にしか、それは叶えられないから・・・そんな屁理屈を言い訳に、歪につり上がる己の口許を知らぬ振りが出来る程、私は・・・このラスティは、酔ってはいなかった。

 


 

彼女との再会は、偶然であり、また必然だったのだろう。

カーマンラインで、オルトゥスを駆け戦い、そして敗れた・・・その記憶を持ったまま、私は別の世界の、別の時代の、別の命として目覚めた。

いつかフラットウェルが語っていた、輪廻転生と言うものだろうか。

最初こそ混乱した。しかし、私はあの場で死んだ身だ。喚いた所で仕方が無い。そう自分の中で区切りを付けて、新しい子供としての人生を歩む事を決めた。

この世界では、世界を支配するのは企業でなく国、そして法だった。そして、私のいた世界とは比べ物にならない程に、平和だった。

無論、紛争やテロは数えきれない程にあるだろう。だが、それを水面下の出来事にしてしまえるだけの、日常への信頼があったのだ。

両親は、極々一般的な夫婦なんだろうと思う。この平和な世界の常識において、だ。餓えて痩せ細る事も、企業に搾取される事も無い。昔の私達が、ルビコニアンが望んだ、平和な家庭だった。

そして、学校にも通った。精神年齢の関係上、当然ながら私は他の子供よりも大人びていると思われた。委員会活動では、いつもまとめ役をしてくれと引っ張り凧だ。女子からは特に。

スポーツ部からも、助っ人の依頼が引っ切り無しに届いたものだ。出来る限りの協力を尽くし、疲れ果てて帰宅して、家庭料理を食して眠りに就く。

いつの間にか高校生になるまで繰り返したそんな日常に、私は満足しているつもりだった。

あの日までは・・・

 

『転校生が来る』

そんな噂が、学年中を駆け巡った。

珍しい事もあるものだと思いつつ、そんな相手への自己紹介を無意識に考える。新しいメンバーに自己紹介をするのは、前世からの特技の1つだった。アーキバスは末端のMTパイロットにも十分な訓練を積ませているが、それすら軽く蹴散らす者も少なからずいたからだ。

そんな過去を思い出していると、ガラガラと教室の扉が開いた。担任教師の後ろに、件の転校生と思わしき少女が着いてくる。

彼女が正面を向いた瞬間、私の脳は落雷のような衝撃を受けた。

暗い表情、黒々とハッキリ浮かんだ隈、空虚な瞳。決して健康的とは言い難い彼女はしかし、戦場に立つもの特有の圧力を纏っていた。

そして、その重い気配。私がそれを間違える事など、決してあり得ないだろう。

「・・・戦友?」

誰にも、隣の席の生徒にすら届かないであろう、小さく零れ落ちた呟き。しかし、彼女は驚いたように微かに眼を見開き、私を凝視した。

 

━━━

━━

 

転校生への校舎案内。担任のその発案に、私は過去最大の意力を以て手を上げた。

気迫が滲み過ぎていたのか若干顔がひきつっていたが、気にしない。絶対に、外しはしない。

その甲斐あってか、私は案内人の立場をもぎ取る事に成功した。級友達が茶化してくるが、私にとってみれば何処吹く風だ。

「では、よろしく頼む。案内しよう、着いて来てくれ」

「う、うん」

転校生を連れて、教室から出る。少々離れた階段を登り、その踊り場で、私は彼女に話し掛けた。

「・・・果たしたか?戦友」

「ッ!やっぱり・・・ラスティ・・・!」

間違いでは無かった。思い違いでは無かった。彼女は確かに、私の戦友だった。

「あぁ、そうだ。積もる話はあるが・・・まぁ、今は間が悪いからな。さっきの質問に答えて欲しい」

「・・・うん、やったよ。私は、あの後・・・」

「・・・そうか」

重い沈黙。彼女は唇を噛み締めており、眼は斜め下を泳いでいる。

「積もる話はあるが、時間が時間だからな。放課後、屋上に来てくれないか。わが校は今時珍しく、屋上解放なんだ」

「・・・うん、分かった」

 


 

私は今、目の前の男子生徒と2人きりで、傾いた日差しが照らす屋上にいる。

彼は、最も私を慮ってくれた人の1人。そして・・・私が、この手で殺した相手。

「うぅむ、そうだなぁ。改めて、何と言ったものか・・・うん。久し振り、だな。戦友」

少し困ったような様子で微笑み、爽やかに小首を傾げて見せる彼・・・ラスティ。

その態度は、私がした事、私にされた事を、何も気にしていないようで・・・

「ねぇ、貴方は・・・私と戦った・・・相対した、ラスティ・・・だよね?」

「・・・そうだな。私はあの時、カーマンラインで君に挑み、そして・・・敗れた」

「そっか・・・やっぱり、そうなんだね・・・」

本人から与えられた、確定的な情報。間違い無く、私と戦ったラスティだ。だったら・・・

「ねぇ、ラスティ。1つ・・・お願いを、聞いてくれない、かな」

「・・・どうした」

眼の焦点が定まらない。心臓がドクドクとうるさい。

ラスティはそんな私を見て、真剣な表情で一歩の距離を詰める。肩に手を乗せ、私の眼を覗き込むその瞳には、純粋な心配が浮かんでいた。

あぁ・・・私、酷いな・・・

「私を・・・殴って、欲しい」

 


 

「戦友・・・な、何を」

「耐えられないの・・・誰も、私を知らない。私のした事を、誰も・・・」

そう言って彼女は、倒れ込むように私に身体を寄せて来た。両手を私の胸元に当て、そこに顔をうずめて・・・泣いていた。

「あの後、私は・・・決別した相棒も殺して、ザイレムが火を着けるのを見て・・・逃げたの。ラスティも、エアも、チャティもカーラも・・・ご主人さまも・・・みんなみんな死んだのに、私だけが生き残ったの。

誰も、私を責めてくれないの」

「・・・」

「ねぇ、ラスティ。あなたには、私を罰する権利がある。そして私には、それを受ける義務があると思う。唯一最後のルビコニアンとして、私を知っているラスティとして・・・お願い」

戦友は私の手を取り、自分の首に当てた。その瞬間、私の腹の底で何かが囁いた。

 

『故郷の仇だ』

 

「っ!」

心に深く沈めていた、無意識に眼を背けていた、その感情。

戦友への、粘りつくような熱。

「っ~!君が、君のせいでッ・・・!」

「ぐっ・・・」

視界が赤黒く染まる。私は激情のままに彼女の首に手を掛け、ギリギリと締めた。

「君のせいで私は、私の故郷は!最期まで立って歩く事すら許されなかった!」

おい、止めろ・・・

「ルビコンの為、未来の為、そうやって心に蓋をして、幾人もの同胞を手に掛けた!派閥思想は違えど、同じ地で同じものを食べ、同じ歳を重ねた同胞を、この手で殺した!」

みっともない事はよせ。すべて、私の実力が届かなかったせいじゃないか。彼女のせいじゃ・・・

「それも全て!お前が立ち塞がったせいで犬死にだ!」

頭のどこかで、冷静な私が肩を叩くのがわかる。だが、止まらなかった。十数年間掛けて、世界が違うから仕方が無いと諦めたフリを続けていた感情が、今やその諦めの枷から解き放たれている。

「お前が、お前のッ・・・お前さえッ・・・!」

「う・・・ぐぅ・・・かっ・・・」

目の前の仇は、白眼を剥いてビクビクと痙攣し始める。

そうだ、もうすぐだ。もう少しで、故郷の仇を、戦友を・・・

「ッ!?」

「がはっ!」

頭を殴られたような衝撃が走り、手を離す。彼女は激しく咳き込みながら、潤んだ瞳で私を見ていた。その顔は、歪んだ恍惚そのもので・・・

「わ、私は・・・私は何て・・・!」

「ラス、ティ・・・」

「せ、戦友!」

未だにへたり込んで咳き込む戦友に、私は思わず跪く。彼女の顔色はどうにか戻っているようだが、しかし明らかに、悦びの朱が差していた。

「やっぱり・・・ラスティは、私を罰してくれる・・・」

「そんな!私にはそんな事は・・・」

「そんな事無い。言ったでしょ?ラスティには、ルビコニアンとしての権利がある。故郷を滅ぼした、最悪の魔女を裁く権利が・・・」

「そんな事、私は・・・望んでなど、いない!」

嘘だ。本当は、彼女の事が憎くて堪らない。でも、彼女を、戦友を尊敬し、尊重したいと言う気持ちは、決して嘘では無い。その筈だ。

「待って、ラスティ」

負け犬のように虚勢を張って叫び、逃げるように扉へと手を掛ける。そんな私の背に、戦友が呼び掛けた。そどれだけ逃げたくても、それを無視する事はどうしても出来ず、ピタリと脚を止めてしまう。

そんな私を、彼女は背後から抱き締めた。

「ごめんね。感情、ぐちゃぐちゃだよね。分かる。私もそうだから。

私、明日も、明後日も、ここにいるから・・・ラスティがもし、我慢できなくなったら・・・」

スルリと離れる、布越しの体温。喉元を真綿で絞められるような感覚に陥りながら、眼だけで振り返る。

「私、待ってる」

「っ!」

 

そこから先は、あまり覚えていない。気が付けば、私は家のリビングにいた。

両親は、共に夜勤が当たっていて家にいない。そんな人の気配のしない家で、私は彼女の事を思い出す。

「っ~!」

洗面所に駆け込み、蛇口を開いて冷水を頭から被る。刺すような冷たさが脳に響き、ほんの少し気持ちが落ち着いた気がした。

「ハァ、ハァ・・・」

荒い息遣いと鼓動を感じながら、私は両手を見る。彼女を、戦友を絞め殺そうとした、この腕を。

彼女の肌の感触、脈拍、体温、汗・・・全ての感覚が、鮮明に掌に焼き付いていた。

「は、ハハッ」

何だ、誰の笑い声だ、そう思い、ふと視線を上げると、自分と眼が合った。鏡の中の、歪な悦楽に顔を歪めた自分と。

「私、は・・・笑って?・・・うッ!?」

鳩尾がひきつる感覚。

私は慌ててトイレに駆け込み、腹の中のものを全てぶちまけた。

 

「・・・」

翌日の放課後。私は、屋上への扉の前で立ち尽くしていた。

手に掛けたドアノブは、容易く捻ることが出来る筈なのに、とても重い。

ダメだ。こんな事、やって良い筈が無い。理性が痛い程に叫ぶ。だが私は、結局忘れられなかった。

私の内の餓えた狼には、引き下がる事など、出来はしなかった・・・

 

━━━

━━

 

「来てくれたんだ、ラスティ・・・」

夕日を背に、嬉しそうに微笑む戦友。しかしその視線は妖艶に私を舐め回し、頬は夕日よりも赤く染まっている。

「信じてた。だってラスティは、いつも、私の所に来てくれたから」

金縛りに逢ったように動けない私を、妖しい魔女は優しく抱擁した。

心臓は早鐘を打ち、視界がチカチカと瞬く。口から吐き出される吐息が、炎のような熱を孕んでいた。

「もう、我慢しなくて、良いんだよ?」

「ッ!」

私は、彼女に拳を振り抜いていた。

「ぐぶっ!?」

無抵抗な腹を打つ感触が、拳に伝わってくる。

私の脳内には、パチパチと痺れるような感覚が芽生えた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。