ウマ娘プリティーダービー『The Player』 作:K.T.G.Y
朝、マンハッタンカフェは鏡を見て異変に気付いた。
「ん……、何、これ……?」
見れば銀色の髪、見ればウマ耳ではなく狼のような耳、見れば尻尾がない。
(……やられた。タキオンさんに、一服盛られた……!)
仕方ないのでそのまま寮を出て授業へ。皆は驚いていたが、Playerさんはタキオンさんの薬でしょっちゅう光っているのであれと同じようなものだと察した。
放課後、理科準備室へ。
「やあやあカフェ、おお、おお……これはこれは、実験は成功だねぇ!」
タキオンさんをフルボッコにして、解毒薬はないかと尋ねたら、
「ないよ」と言われたのでもう一度フルボッコ。時間制なため明日には効果が切れるらしい。
そこへPlayerさんが。
「おや、カフェ、随分奇天烈な風貌だね」
「……タキオンさんに、やられました」(続く)
「ぼ~~~~~~~~」
ゴリゴリゴリゴリ……
「ぼ~~~~~~~~」
ゴリゴリゴリゴリ……
「ぼ~~~~~~~~」
ゴリゴリゴリゴリ……
タキオンとカフェが使用する理科準備室にて。
マンハッタンカフェは心ここに在らずという有様のまま豆を挽いていた。
「…………」
「…………」
その放心の様を、心配そうに見つめるタキオンとPlayer。
「カフェ~。エスプレッソを淹れるのは構わないけど、いつまで豆を挽くつもりなんだい?」
「もう豆はとうに粉になってるよ」
「……! 煩い! わたしに話しかけないでください!」
カフェが怒鳴り散らす。その勢いで、嗾けたお友達が部屋の備品を数多く傷つけた。窓も割れた。
「あわわわ、ビーカーや試験管が、製作中の薬品がぁ~」
「……。ふむ」
パチン!
Playerが指を鳴らすと、部屋の破壊されたものが全て元に戻った。タキオンの薬品は駄目だったが。
「君がこれほど感情的になるのは珍しいね。何かあった……のは明白だね」
「カフェはああ見えて繊細だからねぇ、でもこれははっきり言って異常だ」
「悩み事があるなら言ってごらん。私はPlayerだが、君のトレーナーでもあるんだ。打ち明けてくれると嬉しい」
「……。わかり、ました……」
「……。成程。菊花賞で勝った勢いで、『お友だち』に挑戦したが完膚なきまでに打ちのめされた、と……」
「はい……」
カフェはなお、しゅんとしている。
「カフェ、私は気にすることはないと思う。君は未だ発展途上。彼女は既に高みに昇った身だ。もはや彼女に伸びしろはない。最後に追い抜けば、それでいい」
Playerは動じていない。常に淡々としている。ゲームのトレーナーではなく、あくまで「Player」として、タキオンとカフェ相手に立ちまわっている。
それは優しくもあり、冷徹でもあるということだ。
「では、カフェ、君には次のステップに進んでもらおう。君の次の出走は、説明不要の年末の祭典『有馬記念』だ」
「わたしが、有馬に……?」
「ああ。史実のマンハッタンカフェも菊花賞の後有馬記念に勝利している。中山の2500m、君なら造作もな……」
「……! なんですか! 史実史実って!」
カフェが吠えた。
「馬のマンハッタンカフェがどうとか、わたしには関係ありません……。あなたからすれば、わたしは単なるゲームの1キャラかもしれませんが、わたしは……わたしは……血の通ったウマ娘なんですよ……!」
「…………」
「別に、優しくしてほしい……とかじゃないんです……。一人のウマ娘として扱ってほしいんです……。そうでなければ、わたしが報われない……!」
「…………」
Playerに動揺は見られない。いや、顔に出ない、というのが正直なところだ。
Playerのアバターには笑顔はないし、泣き顔もない。口では笑っても、眼だけは笑わない、そうプログラムされている。
「……。ふむ。いやはや、これはPlayerくんの負けだねぇ。繊細な年頃の少女にデリカシーのない対応をした。大罪だねぇ」
タキオンはニヤニヤとその常に何か考えているような視線でPlayerを上から見つめた。
「…………」
Playerは、何も言わなかった。言わぬまま、膝を付き、額を付き、手を付き、土下座した。
「済まない。少々無機質的に接し過ぎた。この場を借りて、深く謝罪しよう」
「随分とあっさり詫びるんだねぇ」
「私は二人を幸せにしたい。その気持ちは、君たちの前に現れて以来ずっと変わっていない。そう振舞ってきたが、些か度が過ぎたようだ。申し訳ない」
「……。わかってくれれば、それでいいんです……」
カフェがPlayerを見つめる。
「……Playerさん。ああは言いましたが、私はあなたに感謝しているんです。私に道を作ってくれた……。私を信頼してくれた……。私を大切にしてくれた……。それは、嬉しいんです。だから、不躾に扱わないでください」
「了承した。もう過ちは犯さない。第三者であることは変わらないが、私も少しは色気を出すようにするよ」
「手打ちは済んだかい?」
タキオンが机のビーカーに入れられた怪しい薬品を飲み干した。
「ふっふっふ……今週末は府中2000mの物語、天皇賞秋……。私が恐れる程の決戦の場だ」
眼を見えを切る歌舞伎役者の如くクワッと開く。体は七色に輝き始める。
「見ていたまえカフェ。このアグネスタキオンの物語の、一つの分岐点を! そして魅せよう! 躍動する己が肉体を!」
「……まるで真昼の星空みたいだね」
「……アドマイヤベガさんが喜びそうですね」
なおトレセン学園にとって年に二度行われる聖蹄祭。今年の秋も様々な催しが行われた。
その一方で、アグネスタキオンはシークレット開催で『アグネスタキオンによるモルモット体験』という催しをデジタルの製作したポップで執り行った。
予定では30名という事だが、一瞬にして100人の希望者が現れ旧理科準備室はパニックになった。
エアグルーヴが大至急駆け付け直ちに中止となったが、その幻のイベントはトレセン学園の一つの伝説として残ったという……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
10月末の第四日曜日。舞台は東京レース場。数々のウマ娘に栄光と歓喜を、一方で魔物と絶望を見せてきた府中の舞台。
誰かは言った。「府中には魔物が住んでいる」と。
天候は晴れだが、前日雨が降りバ場状態はやや重となっていた。
既に本日のレースはよどみなく行われ、内側の芝は剝がれていて走り難い状態になっている。
直前の投票は最後まで混戦模様だった。
「二度と見られない顔ぶれ」「10年に一度のメンバー」「誰が勝つか神様でも分からない」人々は口々にそう言う。評論家も頭を悩ませた。
そして大混戦となった勝ちウマ娘投票券の集計結果は、
一番人気:オグリキャップ
二番人気:アグネスタキオン
三番人気:スーパークリーク
四番人気:タマモクロス
五番人気:ヤエノムテキ 以下略
オグリキャップが流石の人気で一番人気を取ったが、過去二度一番人気に推されながら勝てていないジンクスを考えると、できれば一番は避けたかったかもしれない。
「…………」
(関係ない。応援してくれる人がこれだけいるのだから。私は、負けない……!)
「ふぅン。ま、シニアの皆さまとぶつかってこの投票率なら、大健闘といったところかねぇ」
「気は楽になったかい? それとも、気落ちしているのかな?」
「まさか、自分でも高揚感が増しているくらいだよ」
「納得いきません~。どうして前回優勝している私が三番なんですか~。ぷんすこ」
(相変わらずヒール役ですか……。オグリちゃんと同世代って、つくづく損ですねー)
「でも、勝つのは私ですよ。オグリちゃん」
『さあ今年もやってきました秋の中距離王決定戦。天皇賞秋に、豪華15人のウマ娘が集いました』
『投票数はクラシック三戦をはるかに上回る数。誰が来るのか、私にも分かりません』
『勝つのは新時代の天才か、誰もが認める葦毛の怪物か、それとも浪速の華か江戸の華か、あるいはディフェンディングのスタミナ王者か』
『既にパドックは終わり、もう間もなくウマ娘がレース場に現れます』
「おまえ誰が来ると思う? 俺はオグリに入れた」
「俺はスーパークリークかなあ。やっぱ二連覇してほしいしな」
「私はタキオンね。あの脚はシニア級でも通用すると思うわ」
観客も固唾を飲んで見守る。本当に誰が来るかまったく予測が付かない。誰が来てもおかしくないし番狂わせだって十分ありえる。
ワアアアアアアアアアアアツ!! ワァァァァァッ!!
そしてウマ娘達が一人、また一人とレース場に姿を現す。
「…………」
タキオンはゲートに入るまでの間軽くストレッチを始める。
「よう、タキオン」
そこへタマモクロスが話しかけてくる。
「まさかこんなに早く直接対決できるとは思わんかったで」
「先輩方にはご指導ご鞭撻を教授いただき、誠に感謝しているよ。その成果を、レースで示したい。まあ、お手柔らかに」
「ほう、お手柔らかに、か……」
タマモクロスがシングレ顔のギロリとした眼光を向ける。
「ウチとやるんなら、トイレにでも行っときや。レース中に漏らしてもしらんで」
「極稀だが、レース中に失禁するウマ娘はいると聞いているが」
「なら……今日がおまえさんの『その時』や……」
言いたいことを言うと、踵を返して去っていく。
いや、タマモクロスだけではない。他のウマ娘が、レースを始める前から全方向にプレッシャーを掛けバチバチにやりあっているのが分かる。
(ふぅン。レースは始まる前から始まっている、というわけだ。勉強になるよ……)
観客席とは全く違う緊張感だ。もはやターフの上は、台風接近中の大海原のように濁渦を巻いている。
その様を、Playerとカフェ、そして推し活に来たアグネスデジタルが見つめていた。
「ああご安心を。お二方の邪魔はしませんので。デジたんは最前列から行く末を見守りたいだけですから」
彼らだけではない。各メンバーのトレーナーだけではなく、大一番を見守ろうと学園のウマ娘が見守っていた。
今日走る予定のサクラチヨノオーを見守るマルゼンスキーもその一人だった。
「…………」
(走るのね。チヨちゃん。最後のレースを)
この日の前日、二人は顔を見合わせた。チヨの脚はもはや限界に近付いており、このレースが最後のレースになりますと呟いていた。
先輩として、これを見守らないわけにはいかない。
彼女が学園に入った頃から、ずっと見守ってきた相手なのだから。
(チヨちゃん。このメンバーでは悔いなく終われるのは難しいでしょうね。でも大丈夫。あなたらしい走りをしなさい)
そして遂に、スターターが昇り、旗が振られ、陸上自衛隊のファンファーレが鳴り響く。
ワアアアアアアアアアアツ! ワアアアアアアアツ!!
『さあいよいよ始まります。怪物と天才と王者が犇めくこの大一番!』
『お互いが牽制し合うから、ミドルペース……いやスローペースが起こると見ますが、さあどうなるか』
『枠入りが始まっています。一人、また一人とゲートに入っていきます』
数多くの大舞台を経験してきた猛者と猛者と猛者がやり合う秋の中距離王決定戦。
その頂点を取るのはどのウマ娘か……。
「…………(今度こそ秋天を獲る!)」
「…………(勝つのはウチや!)」
「…………(誰にも一位は譲りません!)」
「…………(一意専心の覚悟で、いざ!)」
「…………(いっちょやるか!)」
「…………(始めようか)」
空気が一時的に冷えた。
ガコン!!
『さあスタートしました。各ウマ娘綺麗なスタートです』
『位置取りが熾烈になりそうですが、まず誰が行くのか!?』
『オグリキャップが行く! アグネスタキオンも先団狙いだ! スーパークリーク、ヤエノムテキも張り付くか!?』
まずは最初のコーナーを曲がり、全員が向こう正面に入る。モブウマ娘達は全員控えた。いや、ついていけないと踏んだか。
ワアアアアアアツツ!!??
『おや、先団狙いをするウマ娘がもう二人いる。タマモクロスとイナリワンだ!』
「おいおいマジか!? 後方から直線一気じゃないのか!?」
「確かに二人とも先行策は経験があるけど、この中に割って入る気か!?」
観客も動揺を隠せない。
「……。おいおい、まさかウチと同じ考えとは思わんかったで」
「いっぺんやってみたかったのよ。こういうバチバチの喧嘩みたいなレース。参加しなきゃ損だろ?」
「そのちんまい体の何処にスタミナが残るんや? 東京の直線は長いんやで」
「おまえさんがそれを言うかい?」
「へっ! どうなってもしらんで!」
「へへっ! おまえさんこそな!」
両者が先行策に参加したことで、前の位置取りは更に過酷さを増す。
「……あれ、ひょっとしてこれはひょっとしちゃう?」
「もしかするともしかするかも……じゃあ控えておこうっと」
モブウマ娘は控えた。この中に入っていくのは得策ではないと判断した。
これにより、先団は完全に一塊になり、互いが互いをバチバチにプレッシャーを掛け合うという異常事態となった。
「おいおいこれは危険だぞ」
「まるでブラックホールじゃないか……」
観客席の連中もこの事態に動揺を隠せない。
前目のウマ娘が皆終始「掛かり」っ放しの状態でレースをするようなものだ。
しかし実力に自信のあるプライドの高いウマ娘はここから逃げ出そうとは考えない。
受けて立つ覚悟でのレースを選択する。
その結果何が起こりうるのか。
当然、雨の中の不良重バ場のような、ドロッドロの泥試合である。
『1000mタイム、1分3秒3。とてつもないスローペースです』
『しかしこの展開は、あまりに危険ですよ!』
飛ばす逃げウマ娘が一人もいない中の超スローペース。もはやマラソンのようなスタミナ勝負だ。
「はあっ! はあっ!」
「はーっ! はーっ! はーっ!」
「はっ……はっ……はっ……!」
こんなにゴール板が遠い天皇賞秋を見るのは初めてだ、観客はそう思った。
しかしそれは走ってるウマ娘も同様。おそらく、一人、また一人と、脱落していくようなレースになる。
それも先行のウマ娘をすり潰しつつ後方に控えた相手からも逃げなければいけない。
想像しただけでぞっとするようなレースで終わることは明らかだった。
『さあようやく先団が第3コーナーから第4コーナーに入ります!』
もはや脚が鉛のように重い。直線前なのに一杯だ。後は枯れるまでのスタミナとド根性勝負。
『さあ決着を付けよう天皇賞秋!』
大歓声と同時に先行策のウマ娘が横一線に並ぶ。
その中、サクラチヨノオーの首が完全に上がる。
「……っ! ぐはっ!」
「チヨちゃん!?」
観客席のマルゼンスキーが身を乗り出す。
(……すいませんマルゼンさん。わたしはここまでみたいです)
そして沈んでいくサクラチヨノオー。
更に続いてヤエノムテキも首が上がり始めた。
「くっ……! だ、駄目だ。ここで……情けない……!」
仕上がりは今日のウマ娘の中で1、2を争う程だった。それでもこの異様なスタミナ勝負の前に脚は残らなかった。
「心持だけでは、駄目だというのか……くっそぉっ……」
「くそっ! ウチの脚、もう少し頑張らんかい!」
「あたいの脚だって、まだまだ……まだ……!」
タマモクロス、イナリワンも一杯に見える。
お互い、脚質を変えての勝負に悔いはない。自分が望んだことだ。それでも勝てると思った。いや、本気で勝ちに行くための選択だった。
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
オグリキャップも苦しい。一番人気のジンクス、それを跳ね返すには勝つしかない。どれだけの人に支持されたか、彼女が一番よく知っている。
(あれだけ食べたんだ……! スタミナを付けるために前日に……! そして今日勝って勝利の食べ放題……!)
何軒もの食べ放題を出禁になるほど食べてきたオグリ。しかしもし今日勝てたら、一日だけ出禁を解禁してくれると言ってくれた店があった。
その為にも、勝ちたい。絶対に勝ちたい。
「はあああああああっ!!」
しかしその願いを打ち砕くウマ娘が一人。スーパークリークだった。オグリを捕らえ、先頭に出る。
(スタミナ勝負なら上等です。これでもスタミナだけには自信あるんですよ……!)
そう、直前のコーナー、最高のタイミングで『円弧のマエストロ』が決まったのだ。ほぼ全員がガス欠の中、ただ一人油を給油できたようなもの。
決まるのか? 今年もスーパークリークか? 誰もが固唾を飲んで残り100mを切った直前。
その更に横を、疾走するウマ娘がいた。
「……!?」
「……!!?」
「なっ……!?」
そう、アグネスタキオンだった。
「……流石だよ、スーパークリーク。『円弧のマエストロ』に『末脚』。直前に『先行ためらい』も決まっていたんだろう。君がこの泥試合に最後に生き残ることは、理解っていた……」
観客席のPlayerは目の前のレースが白熱する中、各ウマ娘がスキルを発動する様を淡々と見ていた。
「でもタキオンはね、君と練習する中『円弧のマエストロ』を貰っていたんだ。そして『U=ma2』の発動。そして『レースプランナー』……。スタミナ勝負では負けてないのさ」
Playerはこの日の為にどれ程の骨を折ったか、他の陣営は知らない。ケガ率0%のまま、リスクを負わない練習量故のスキル不足が懸念される一方で、黙々とステータスを上げた。
その結論は、スキルをスタミナ回復に振り、スピードはステータスの強さで捻じ伏せるというものだった。
それでもシニア級の連中に勝つにはギリギリ足りていない。先行策とはいえ、前をブロックされたら簡単に紛れる危うい状態。
こればかりは、運を頼りにするしかなかった。
しかし最後の最後、賭けに勝った。
『さあ入れ替わった! 先頭はアグネスタキオン! しかし後方勢も伸びてくる! どうか!』
「とどけええええええええっ!!」
下剋上を狙うモブウマ娘の猛追。
しかし最後に捻じ伏せたのは、白衣のウマ娘だった。
『アグネスタキオン押し切ってゴールイン! やった! アグネスタキオン! 天皇賞秋制覇!』
ワアアアアアアアアアアアアアアツ!! ワアアアアアアアアアアアアア!!
「凄え……凄えよ。やりやがった、アグネスタキオン……!」
「シニア級のウマ娘相手に勝つなんて……」
「ああタキオン様! その光の粒子の先に行ってしまったのですね。素敵です! 一生付いていきます!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
タキオンはゴール板を確認し、膝を付いた。
(……勝った……のか、私は……。そうか……)
喉はカラカラで一刻も早く水分を補給したいと考えながら、タキオンは通り過ぎたゴール板を見つめた。
(……。ふふ、ウマ娘の無限の可能性の一片を自らが体現するのも……悪くはないねぇ……)
「あーもうくそっ! あと50……いや30mあればー!」
「(ぐぅ~~)うぅ……負けたのも悔しいが、食べ放題……!」
「そんな、あそこで伸びてくるなんて……」
全員が出すもの全て出し切っての泥試合。これを制したのは大きい。今年の年度代表ウマ娘の座が、見えるところまで見えてきた。
「…………」
タキオンは糸が切れた人形のような足取りでPlayerとカフェの前に来た。
「はぁ……はぁ……勝ったよ。Playerくん」
緊張の糸が切れているのか、『トレーナー』とは呼ばない。
「お疲れ様、タキオン」
「お見事です、タキオンさん……。普通に感動しました……」
「タキオンさん……あひょぅぉ……」
横のデジたんは昇天していた。
「ってだめだめー! タキオンさんの素晴らしい走りを啓蒙せねば! 収まれ私の右手ー! 戻って新刊の準備します! 冬コミには間に合わせますよー!」
そういって頭に魂を取り付けたままUターンして帰っていった。
ワアアアアアアア!! ワアアアアアアアアア!
「うぅ~、五月蠅い。悪意なく私を讃えてくれているのだろうが、今の私には耳障り過ぎる」
「タキオン、紅茶の銘柄は何にする?」
「ガラムマサラとクミン」
「……それは香辛料では?」
「うぅ~~」
そしてフラフラと縦横に揺れながらインタビュー前まで来た。
『放送席! 放送席! 見事優勝したアグネスタキオンさんです!』
「…………」
『素晴らしい勝利でした。今の感想をお願いします!』
「……疲れた」
『……はい?』
「今までのレースの中で一番疲れた……」
『あ、あの……』
「悪いがウイニングライブはボイコットさせてもらうよ。他の出走者もボロボロだろうからね。あと今年はもうレースに出ない。じゃあ、私はこれで……」
そのままフラフラと去っていった。
『…………アグネスタキオンさんでしたー!』
インタビュアーがやけくそに吠えた。
その後、タキオンはシャワー室に行ったのだが、待てども待てどもやってこない。
どうしたのかとPlayerが思案していたところ、
タマモクロスがやってきて「タキオンのヤツ、シャワー室で眠り呆けてたで! 風邪ひくからさっさと回収してやりぃな!」と控室まで言ってきたので、
カフェの手でバスタオルで体を拭いて、服を着させて、そのままPlayerのお姫様だっこで運ばれ、東京レース場を後にした。
「すぅ……すぅ……」
タキオンは全く起きなかった。セクハラをしても起きる気配がないほどだった。まあPlayerはそんな真似しないが。
その夜、Playerはトレーナー室にいた。
「……4戦3勝。うちGⅠ3つ。素晴らしい程順調だ。後はカフェに有馬を勝って貰えれば、今年のクラシック期はほぼ100点で終われる」
菊花賞をカフェに譲り、代用の秋天で勝利。最も理想的な落としどころではある。
「いける……いけるぞ……二人を最高のエンディングに導くルートが、この先にきっとある。頑張らなければ」
そういって、データを保存して、ログアウトした。
後には灯りが消されたトレーナー室しかなかった。
(BGM:Unwelcome School)
「ん、先……Playerさん、私と、あっちむいてホイをすべきです」
「カフェはそんなキャラじゃないだろ。めっ!」
私は不機嫌になると同時に、何故か体から湧き上がる情欲の衝動に駆られ、Playerさんを押し倒す。
「カフェ、いくらブ〇ーアー〇イブがR-18が許可されているとはいえ、これは」
狼狽えないPlayerさんに何故かイラッとくる。もういい。今の私は砂狼だ。このまま(ブルぴょい)してしまおう。
「ふー♡ ふー♡」
ヒュン!
Playerさんはログアウトとログインを行い私のマウントポジションから逃れる。
残念……。
「ふむふむ……、この薬は興奮剤の効能もあるのか。メモしておこうかねぇ」
懲りないタキオンさんを三度フルボッコにして、今日はそのまま練習した。
翌日、体は元に戻った。でもあの状態も何か馴染むのは気のせいかな?