ウマ娘プリティーダービー『The Player』 作:K.T.G.Y
車に轢かれて粉々になってましたが。
おまけにその日は雨。泣きっ面に蜂とはこのことです。
言いようのない虚しさと泣き出したい思いを奥歯でぐっと堪えながらショップに行きました。
皆さんも落とし物には気を付けましょう。
「うりゃあああああああああああっ!!!!」
ジャングルポケットはフリースタイルの荒れた芝の上を豪快に走っていた。
学園のレース場もいいが、ここは舎弟たちの応援があるのでより気合が入る為、今もしょっちゅう顔を出している。
「はぁ……はぁ……はぁ……まだだ。まだ足りねえ。この程度じゃ、タキオンやカフェには勝てねえ! もう一周だ! おまえら併走付き合え!」
「勘弁してくださいよ、ポッケの姉貴~。うちらもう限界っすよ~」
「じゃあそこにいるおまえら! 来い! 大阪杯も近いんだ! 芝2000を想定してやるぞ!」
「ひぃぃ、ウチらっすか!?」
「ポッケの姉貴、気合入ってんな~」
「そりゃそうだ。昨年はクラシック三冠は全て挑んでどれも負け、ジャパンカップは勝ったけど、有馬じゃ先輩方の走りに翻弄されて二桁敗着だし」
「今年もメディアは中距離以上のGⅠレースはタキオンとカフェが総ナメするんじゃねえかとか言われてるからな。そりゃカチンとくるだろ」
「ライバルとしてシニア級は意地でも負けられねえって事か」
「世代交代の波が起きるからな、なんだかんだで」
「どうした急に?」
「ヒーローだアイドルだとか言うけどそいつらもいずれ消えちまう。メディアなんて薄情なもんさ。次の主役を求めてそいつの尻を追っかけ回す」
「オグリキャップも引退を表明したんだっけな」
「オペラオーもな」
「今年の顔はタキオンとカフェってことか……」
「おいそこの奴ら! 聞こえてたぞ! おまえらも併走来い! 特別に春天3200で勘弁してやる!」
「ひえええええ、藪蛇突っついちまったぁ~!!」
(負けねえぞ! タキオン、カフェ。クラシック級とは一味違う事を思い知らせてやるからな!)
大阪杯は間近に迫っている……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
3月。春のGⅠシーズンが高松宮記念から開幕し、第4週。大阪杯がいよいよ阪神レース場で行われる。
GⅠだけではない。皐月賞や桜花賞のトライアルレースも行われ、レース場に足を運ぶ人々を熱を帯びるこの時期。
シニア級として恥じない走りをする事を宣言しようとメディアに吹かせたアグネスタキオンは、いよいよ本番当日を迎え控室にいた。
週末は自らは走らないまでもレース場に足を運んだ。かつて自分たちが挑戦したクラシック世代の走りがどのようなものか見物する為に。
「ふむ……」
タキオンは直前までトライアルレースを走っていたウマ娘達の研究レポートを見ていた。
未だ若輩の身でありながら高みに昇らんとする彼女のレース内容は大いに参考になる。
(このウマ娘は、掛かり癖があるので当日は消し。このウマ娘は末脚は光るものを持っているが仕掛けがいつも鈍い。皐月賞は、この娘一強という評判だが……)
「タキオンさん、人の事を考える余裕があるんですか?」
カフェが言う。
「その言葉、そっくり君に返させてもらうよ、カフェ」
「うっ……」
カフェの胸中は未だ五里霧中であった。もがけばもがくほど糸は食い込み、タイムすら遅れていく。
「まあ私の走りを見て原点を思い出したまえ。見る聞く話すは自分を見つめ直すよい口実だ」
「……その上から目線、やめてください」
「普段は人の話なんか聞かないのにね。そう思うだろ? カフェ」
「……Playerさん」
ガチャ。
「アグネスタキオンさん。時間です。レース場までお越しください」
係員がドアを開け、連絡を繋ぐ。
「ふわぁ~……あ、こらこら、ドアを開ける前はノックだろう。気を付けたまえ」
「あ、す、すいません!」
「…………」
(……タキオンさんは、どうしてあそこまでリラックスしていられるんだろう)
(タキオンさんなりのメンタルトレーニングがある……? それとも……)
「さあ、己が限界の先へとたどり着くまでの駄賃として、トロフィーでも貰いに行こうか」
「期待しているよ、タキオン」
「ああ、大船に乗ったつもりでいたまえトレーナー君。今の私は豪華客船さ」
「……タイタニックは最後に沈みますけどね」
ワアアアアアアアアアアアアアァァッッッッ!!!!
タキオンがレース場に現れた時、会場の声援が一段と高くなった。
「出たぞ! 超光速のプリンセス、アグネスタキオン!」
「昨年の年度代表ウマ娘!」
「シニア級でも魅せてくれよ! タキオン!」
「ああ……タキオン様、今日もお美しい……」
「…………」
タキオンは観客席には目をくれない。
(期待されると裏切ってしまうんだけどなあ、私は……)
周囲の視線が気になる。どうやら皆タキオンマークで一致しているようだ。
己が負けてでも一着は取らせないという腹積もりなのか、どこまでマークを徹底されるのか、今は分からない。
(……だからこそ面白い)
研究者として心躍り興味が湧くレースになってもらわなければ困る、そのように思考を張り巡らせていた。
「おい、タキオン!」
背後から、ジャングルポケットが怒気を張り上げる。
「ん、やあやあポッケ君。……おやおや、これ以上ない仕上がりみたいだね」
「当たり前だ。おまえも強くなっているみたいだが、俺だって強くなってる。おまえに勝つ為に、大阪杯に出走を表明したんだ」
「春天は走るのかい?」
「当たり前だ。おまえにも、カフェにも負けるつもりはねえ」
「ふぅン……。ではいい事を教えてあげよう。カフェは今絶不調だ。当日までに仕上がらなければ間違いなく負けるよ」
「なに……!?」
吹奏楽団のファンファーレが流れ始める。雑談の間に、いつのまにかスターターが昇がっていたようだ。
大歓声が上がる。大阪杯もいよいよ開幕だ。
「おっと雑談はここまでだ。ではゲートに行くとしよう」
「…………」
(相変わらず食えねえヤツだぜ……!)
(さて、今日はマークされる側なのに加えて外枠を引いてしまった。苦労しそうだね)
『人気と実力を兼ね備え、注目のアグネスタキオンは外枠16番ですが、どうでしょう?』
『外枠からでもスッと先行するのが彼女の『型』なんですが、ここまで外だと厳しいかもしれませんね』
解説もタキオンの苦戦を予感している。
『さあシニア級春の中距離戦線、大阪杯! いよいよスタートです!』
「…………」
「…………」
「…………」
ガコン!!
『スタートしました! 各ウマ娘綺麗なスタートです』
『誰が先行するのか注目ですね!』
「む……」
タキオンの出足に問題はない。しかし、やはりマークされているのを直感的に理解する。
(……ふむ。流れも、悪いね)
『集中力』『根幹距離』『地固め』などスキルは発動したものの、
内枠組がベタっと内ラチに張り付くように先行した為結局外を回らざるをえなくなり、しかも前まで斜行覚悟で強引に塞がれた。
外側からスッと内に入りたかったが、残念ながら序盤の位置取りは失敗と言える。現在は7、8番手辺りか。
先団でレースを進めるのが自分の得意な『型』なのだが、強気にハナを取る覚悟で加速した方がよかったかもしれない。
(まあ悔やんでも後の祭りだ。しかし2000mの短期戦なんだ。この流れを意図的に断ち切らなければ勝ちきれないか……)
タキオンの脳細胞が活動を始める。この悪い流れの中どう立ち回るべきか。
(まずは後ろのウマ娘を……)
タキオンがペースを落とす。わずか0.1秒程度だが、前に出るのではなく落とす。
「え、ちょっと、中盤から垂れてるんじゃないわよ……走り難いじゃない」
前がつっかってたまらず外側に体を持ち出すウマ娘が現れる。
(さあ、これをどう捌くのかね君は?)
そのウマ娘がたまらずじわりと前に出た為、タキオンの前を走っていたウマ娘が反応する。
「何? 私とやり合う気? まだ向こう正面よ」
「うるさいわねこのままじゃ前に出れないまま沈むのよ」
(今だ!)
意識がタキオンから外れた瞬間を逃さず、内側をスルリと抜くように前に出る。
「あっ、し、しまっ……!」
「君、注意力散漫だね。私の防壁役をやるには些か力量不足だ」
「あーもー、タキオン徹底マークって考えてたのにー!」
(では、次だ)
まず今日の出走メンバーの有力ウマ娘を思い出す。
エイシンフラッシュ、トーセンジョーダン、メジロドーベル、マーベラスサンデー……。
(つまり差し型が多い。私を封じるために前に出たウマ娘が多く、事実有力ウマ娘はまだ後ろの方で直線まで楽な状態で脚を溜めているわけか……)
ならばこの内ラチに張り付いたウマ娘を動揺させるのが肝要とタキオンは判断した。
「おやぁ、そんなに内に張り付いて大丈夫かい? 垂れたウマ娘に前を塞がれたら終わりだよ」
「な、何よ」
「有馬記念を見ただろう。私もカフェも大外をブン回しても届く力があるんだ。一度も内に入れないというのは得策だが、それだけでは封殺は不可能だよ」
「う、うるさいっ。喋りながら走るな!」
しかしこの口撃は充分な効果があった。前を行くウマ娘がペースを上げ始めたのだ。
(そうだ。いいぞ、もっと前に行け。私が『後ろの方に』なるくらいにねぇ)
『さあ比較的早いペースで各ウマ娘が第三コーナーを回りまもなく第四コーナーに差し掛かります』
『ここから一気にレースが動きます。注目のアグネスタキオン、まだ上がってきません!』
「「よし、このまま……」」
どくん。
「「え……?」」
(何、どうしたの、きゅ、急に体に力が……スピードが出ない……)
アグネスタキオン:覚醒スキルLv3『独占力』発動。レース終盤に後ろの方にいると前の速度を下げる<中距離>
更に直前のコーナーで固有スキル『U=ma2』発動。持久力を回復しさらに少しの間速度を上げる。
「機は、熟したねぇ……」
華麗なコーナリングで好位置を掴むと、最後の直線。溜めてた脚を一気に放出する。
『中距離直線〇』、『末脚』が発動。顎が上がってきたウマ娘を並ぶ間もない程追い抜いていく。
『抜けた! 抜けた抜けたアグネスタキオン! 一気に先頭に躍り出る!』
『しかし後続も追い縋る! 最後の直線、食らいつきます!』
「タキオンさん、勝負です!」
「仕事もレースも両方熟すって、決めたんだ!」
「マ~ベラ~ス!」
「でりゃああああああああっっ!!!!」
しかし差し脚を伸ばすウマ娘を更に後ろからぶち抜いてきたのは、やはりジャングルポケットだった。
「来たかポッケ君!」
「当たり前だ。おまえに吠え面かかせる為に、俺がどれほど練習を重ねてきたか、俺がどれだけ走り込んできたか、それが、この脚だ!」
「いいねぇ。素晴らしい脚だ。並みのウマ娘なら委縮して次対戦した時も相手にしたくないと震え上がらせる代物だ」
「有難よ! これでおまえの天下も終わりだ!」
「でもねぇ……」
ザッ……!
タキオンの脚のギアが更に一段階上がった。
「な、何、だと……!?」
『これは凄い! アグネスタキオン、ダービーを彷彿とさせる見事な二枚腰! 』
『ここにきてまだ余力を隠し持っていたとは驚きです! ジャングルポケット厳しいか!』
「……! …………」
その様を観客席から見ていたカフェは刮目していた。
菊花賞直後に勝負した『お友だち』が見せた二枚腰の末脚、あの姿に、タキオンが重なって見えたのだ。
(まさか……まさか……タキオンさんはもう『お友だち』の領域に……!? いや、そんな……)
その光景をPlayerもまた、思いを巡らせながら見つめていた。
(やはり、『血』かな。ダートと芝に差はあれど、あの己を業の炎で燃やし周囲を圧倒するほどのこの脚……)
(そうだろう? なあ、『SS』……)
カフェの横で走りを見ていた『お友だち』は何も言わなかった。そして消えるように去っていった。
気が付けばアグネスタキオンはゴール板を通り過ぎていた。
観客席は大歓声。有力なウマ娘を圧倒し、ジャングルポケットとは3バ身引き離しての完勝。
『見事アグネスタキオン! 年度代表ウマ娘、やはりシニア級でも強し! 大阪杯を制しました!』
『いやーしかし見事でした。序盤から中盤はマークもあってもたつきましたが、逆に揺さぶりをかけるかのように立ち回り見事に捌き切りました』
『前を塞がれても冷静さを失いませんでしたね』
『状況が悪い時にどう立ち回り、どう凌ぐか、お手本のような走りでした』
観客席からのタキオンコールに、少しだけ手を振って答える。
しかし彼女の目的は声援に答える事ではない。
「プレ……トレーナー君、勝ったよ」
「お疲れ様、どうぞ、スポーツドリンク粉増し増し」
「有難う、いただくよ」
「……。タキオンさん……」
「カフェ、見ていたかい? 私の走りを。君にはどう映ったかな?」
「…………」
「君の『お友だち』と今の私、競争したらどっちが早いだろうねぇ……」
「……!」
「さて、面倒くさいがインタビュー席にでも行こうかな。さて、今日は何を話そうか……」
「くそっ……!」
ジャングルポケットが内枠を拳で殴る。暴力はいけないのは重々分かってはいるが、それでも抑えがきかなかった。
(あれだけ練習したんだぞ! あれだけ……! なのに、なのに、こんなに差があるってのかよ!?)
自分がシルバーコレクターとなりつつある状況に憤りを隠せない。
もはや昨年ジャパンカップを勝利した事など、誰も覚えていないだろう。
タキオンとは初対戦になったウマ娘達もそうだ。
実際にレース場で相まみえた時、あらゆる状況を想定してはいた。しかし、これほどまでに実力差があるのか、と。
本当に、今年の中長距離はタキオンとカフェが総ナメしてしまうのではないか、考えるだけで頭痛がする。
それだけの力が、タキオンの背中から、脚から、頭脳から周囲に電気の様に伝わってくる。
一体どれ程の尽力があればこんなウマ娘が仕上げられるのか。
しかしPlayerの解答は、いつも「怪我をさせない練習をさせる、それだけです」と一貫している。
確かにレースを走るウマ娘もアスリートである以上、怪我は付き物だ。だが全く怪我をさせないトレーニングなどあるのか?
インタビューの時間がやってきた。
しかしタキオンからまともな返答が得られることなど、もはや周囲の人間は諦めている。
今日もマイペースでレースの感想など聞けはしないだろう。
『放送席、放送席、今日のヒーローとなるアグネスタキオンさんにお越しいただきました!』
「有難う」
『えー、さて、今日はどのような事が聴けるのでしょうか?』
もうインタビュアーもまともな発言をしてくれない事は分かっている。
「そうだねぇ……今日は少々長くなりそうなので、後日動画という形で配信したいと思う」
『動画ですか? しかして、その内容は?』
「内容はいたってシンプルだ。題して『アグネスタキオンの研究レポートその1:人間とウマ娘の走りの差とは何か』だ」
『人間とウマ娘との差異のレポート、ですか……興味がありますね』
「うまチューブで誰でも見れるようにしたいと思う。既にアカウントも登録済みだ。期待していてくれ」
『では楽しみにしています。あー、タキオンさん、待ってくださいー』
言うだけ言うとタキオンは帰りの挨拶もせずにその場を立ち去って行った。
勝利の美酒に酔うタキオンの一方で、カフェの心境は複雑だった。
絶不調から未だ抜け出せていない中見せられたタキオンの走り。あれは『お友だち』を彷彿とさせる、全ての相手を飲み込む天賦の走りだった。
(私が追いかけなければならない背中を、タキオンさんは既に追い越してる……? いや、そんな筈は……)
(くそっ、私は何をやってるんだ!)
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さて、公言通りタキオンの動画がアップロードされる日がやってきた。
動画を撮ったのは勿論Player。当然編集技術もお墨付きである。
「やあやあ諸君。春のGⅠ戦線、楽しんでいるかな? アグネスタキオンだ」
場所はいつもの旧理科準備室。紅茶を片手に制服に白衣を着て喋っている。
「さて、本日の研究レポートの内容は……人間とウマ娘の違い、というシンプルなものだ。
しかし、ウマ娘には未だ解明されていない点も数多い。そこに触れるというのは、興味深いものになるに違いない。私と共に、その真実を究明していこうではないか」
動画は各映像だけでなく、テロップも添えられて非常に分かりやすく見やすいものになっていた。テレビの編集技術と寸分違わない高度な内容だ。
「さて……、ある人間のアスリートがかつてこう言ったそうだ。『人間もウマ娘も同じ二足歩行なのに、どうしてこんなにスピードが違うんだい?』と。
……成程。確かに疑念が尽きない点だ。人間は精々出せて時速40km。対してウマ娘は出そうと思えば時速70kmほどの速度で走れる。何故だろう?」
タキオンは学者を気取っているのか、派手に身振り手振りを交えて流暢に語り始める。
「自然界で最高速度を出せる動物といえばチーターだ。その時速は凡そ110km。しかしこれは四足歩行の動物の速度だから比較するには些か異議がある。
人間もウマ娘も、前脚は手であり、四足で走る動物ではないからね」
動画には人間、ウマ娘、チーターの時速が棒グラフ表示されている。
「では、人間とウマ娘の速度差は何故起きるのか。私は古い文献を紐解きつつ、科学的に分析した。その結果がこれだ」
そこには人間の歩数とウマ娘の1秒当たりの歩数差が表示されている。
「仮に人間が1秒間に脚を前に、前にと動かし走った場合の歩数を10歩としよう。それに対するとウマ娘は16~17歩という計算が出た。
つまりウマ娘は人間の1.5倍の速度で脚を動かす事が出来る為、人間の約1.5倍の速さが出せる、そのような結論に達した」
テロップには『ウマ娘は人間より1.5倍の速度で脚を動かすことができる!』と表示されている。
「これは別に歩幅に特別差があるわけではない。しかしウマ娘は、人間とは比べものにならない身体能力や心肺機能によってこの領域を日常的に行うことができる。
やはりウマ娘という種族は、人間からすればチートの様に畏怖される存在であるのは間違いないだろう」
タキオンはここで一旦閉じる。
「……ではウマ娘はアスリートとして選ばれしものであり万能不変なものなのか……、私はその意見に対しては異議を唱えたい。
それは選手寿命の差と在り方だ」
映像とテロップが変わる。
「そもそも人間のアスリートのピークは20代半ば頃だと言われている。この時期が最も優れたパフォーマンスを出せる時期となる。
しかしレースを走るウマ娘は学生であり、10代半ばにしてピークを消費し、後は衰えていくだけになってしまう。これはとてもとても悲しい事象だ」
タキオンはやれやれと手を拡げる。
「無論、20代以降も走れないわけではない。だがその走りは全盛期に比べれば見る影もないものと化している。何故か?
答えはシンプルだ。人間とは比べものにならない走りができる反面、人間とは比べ物にならない負担が体にのしかかってしまうからさ……」
テロップには『人間以上の身体的負担による選手寿命の短さ』と出ている。
「筋肉や骨密度という箇所は、練習や食事によって強化することが出来る。しかし腱や関節といった部位は強化する事が極めて難しい。
事実、屈腱炎や繋靭帯炎などウマ娘にとって未だ不治の病とされる怪我は多い。ずば抜けた身体能力から繰り出されるパフォーマンスに負担の大きい部位が付いてこれないからだ」
「選手寿命もそうだが、実はウマ娘は寿命も短いという統計が出ている。昨今では人間は100歳を超える事もザラではないが、ウマ娘は未だ100まで生きたケースがない。
寿命も過去に比べれば少しずつ伸びてはきているが、現在の統計上の平均寿命は約62.4歳程度。長寿の人間の半分程度だ」
モニターには棒グラフが表示され、『ウマ娘の平均寿命の低さ』というテロップが出ている。
「私が推測するに、これもまた人知を超えたパフォーマンスが繰り出せる反面、副作用として老いも早く訪れるからだろう。
ずば抜けた身体能力、怪力、内臓器官、人間より優れている面が多いのにこの平均寿命という事は、肉体の衰えも人より早いのだろうね。悲しい事だ」
タキオンはよよよと泣くふりをする。
「今回の点を強引に纏めるならば、ウマ娘は人間より遥かに優れた生態系の上に成り立つ種族であるものの、失ったものも多い、といったところかな。
これ以上は面倒くさくて喋りたくないので今日はここまでにしよう。
この動画が参考になった、という人は、チャンネル登録・高評価・あと通知設定もしてくれたまえ。ではさらばだ」
動画の最後には勝負服を纏ったタキオンのデフォルメ画像が現れている。
「う~ん、改めて見たが、中々の出来栄えじゃあないかPlayer君」
「こういうのは得意だからね」
「このような形でウマ娘の世界を啓蒙しつつ自身の調査結果を報告できる。一石二鳥じゃないか」
「次も撮るかい?」
「まあ研究次第だねぇ」
「運営から銀の盾が送られるのを期待しようか」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はっ……はっ……はっ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
大阪杯の疲れも癒えた後日、タキオンとカフェは学園のコースで併走していた。
「…………」
しかし2400m程度を走ったところで、タキオンは走りを止めてしまう。
「どうしたんだい、タキオン」
「あ~駄目だ駄目だ。今のカフェと併走したところで、得られるものなんて何もない。Player君に言わせれば、ステータスは上がるかもしれないが誤差だよ誤差」
「うっ……」
「Player君、併走相手を変えてくれ。あの、なんだ、サポカ? それを組み直せば誰か来るだろう」
「……私の、立場は無視ですか? タキオンさん……」
「う~ん、おかしいな。カフェの調子の悪さは深刻なんだが、特にバッドステータスが付いてるわけでもないんだが……」
「君ねぇ、今それを言うかい?」
「…………」
カフェが踵を返した。
「何処に行くんだい? カフェ」
「……今日はもうあがります」
「そうか……」
「どうしたんだろうカフェは」
「……この朴念仁(ぼそっ」
「はぁ……」
カフェは自室のベッドの上で膝を抱えて落ち込んでいた。
(……本当に、何をやっているんだろう私は)
(モウコウナッタラ(うまぴょい)スルシカナイ!)
(告白シチャオウ!)
「……出来ないよ。Playerさんにとって、私は単なるゲームの登場人物に過ぎないんだから」
三次元と二次元の垣根を超える。人によっては垂涎モノの筈だが、Playerはトレーナーという立場を崩す気が微塵もない。
カフェの『お友だち』達が何度も頭をぽかぽか叩いてもびくとも反応しないのだから。
「……Playerさんは、私たちの面倒を見るのは三年と言ったんだよ。つまり『育成』期間がそこで終わる。それから先は、もう何もない……。精々エピローグがあるだけ……。
きっと、私とタキオンさんの時間軸を巻き戻して、……記憶すらなかった事にして、また出会いから……1から『育成』し直すだけなんだ」
そう、アグネスタキオンとマンハッタンカフェが二人同時に幸せになれるルートを模索しながら、何度も何度も時間軸を行き来する、そのような行為を繰り返すのだろう。
そして残念ながらカフェにもタキオンにも、それを認識する事は出来ない。
ひょっとしたら、これがもう『何回目』かもしれない……。そう考えるだけで背筋が凍る。
Playerにその素振りはないのでおそらくは『一回目』だろうが、言い換えれば今回は『β版テスト』のようなものなのだろう。
「……あの人は、とても現実的……、というより、実際的な人なんだよ。立ち振る舞いに、人の意思がない……。自分まで、ゲームの思考ルーティンみたいになってる……」
やり辛いなぁ、とは常々思うのだが、悪い人でない故に余計タチが悪い。
「……ここで負けたら、あの娘に、合わせる顔がないな。どうしよう……」
トレーナー室でPlayerはカフェのステータスを改めて拝見していた。
何度見ても素晴らしい数値だ。
「おかしい。これ以上ない仕上がりを春天で見せられるというのに、何故カフェの調子はあんなにも悪いのだろう……」
バッドステータスが付いているわけでもない。怪我をさせたわけでもない。体力もある。問題点など一つもない筈。Playerは本気でそう思っていた。
「……私が介入したことで、何らかのバグや不具合が発生したのかもしれないな。いっそ修正パッチを個人で作ってしまおうか」
R-18の世界ではユーザーがバグだらけのゲームに対してユーザーデバッグ及びパッチを作るのは半ば日常的だ。
それを用いてカフェの無駄な感情面を削ぎ落とすのも手か……。
強引な手段だし、キャラ崩壊であることは重々分かってはいる。だが必要とあれば禁忌にも手を出す。そのつもりでいる。
「目標としては三着以内なら次のステップには進める。だが史実のマンハッタンカフェは春天を勝っている。できれば勝たせてあげたいが……」
Playerはデスクの上の『目覚まし時計』を見る。当日はこれを使用することになるかもしれない。
カフェの内面には一応心当たりがある。
だがPlayerのやりたいのは育成SLGであり恋愛ADVではない。
「それをやったらお終いなんだよ。カフェ、分かっているかい……?」
サービス業にとって夏休み期間はかき入れ時です。連闘続きです。地獄です。
あーこんな話を書きたいなーと現実逃避しながら働いております。
筆が荒れてたら素直に謝ります。すいません。