ウマ娘プリティーダービー『The Player』 作:K.T.G.Y
おかしいなあ、あれほど育成したのに仕上がったウマ娘が3人いないぞ
デバフ要因を引っ張ってきた方がよかったかな?
待ちに待った天皇賞春の前日、Player、タキオン、カフェは京都入りした。
……結局、カフェの精彩を欠いた状態は最後まで元には戻らなかった。
カフェ自身も元気はなく、このままでは勝算は薄いとの見方がメディアの予想だった。
「Player君、京都と言えば観光地として世界的にも有名だねぇ」
「そうだね」
「しかし……観光するにはいい場所だが、住むには勘弁願いたい場所でもあるとか」
「内陸地の為夏は暑くて不快なうえ、地元の人間はわけのわからないカースト制度を紐づけて差別的、そう聞いている。あくまで伝聞証拠だけどね」
「京都の花魁のように着物で着飾るのもいいね。私とカフェが着たらさぞ見栄えがするだろう」
「それは、見てみたいかな」
「そしてPlayer君は帯を取って、よいではないかよいではないかとくるくる~、と」
「芸妓は体は売らないよ。金毘羅船船は見てみたいけどね」
「…………」
「あのさ、Player君、私は何度も思ったんだが……君、中の人は女性だったりしないか?」
「いやいやそんな事はないよ。所詮中の人は冴えない中年男性さ」
「本当かねぇ……」
カフェを他所に、Playerとタキオンは会話に没頭している。
その後ろを、カフェは後ろめたさでもあるかのような足取りで一言も喋らないまま付いていく。
「…………」
(……何をやってるんだろう、私は。最低だな)
最近は『お友だち』もあまり語りかけてこない。きっと失望しているんだろう。カフェは勝手にそう思っている。
「だからねー、歴史と伝統なんてものは常に先を見据える科学者としては毛頭許容しかねる事象でねー……」
「……Playerさん、タキオンさん、すいません、私は一人で観光してきます……」
「え、カフェ、あー、ちょっと……」
カフェは踵を返してその場を去っていった。
「……ううん、重症だねこりゃ」
「乗り越えなければならない試練、としてくれないかな。幸い目覚まし時計は潤沢にあるし」
「……誰に問題があると思ってるんだい?」
カフェは、とぼとぼ……というオトマトペがぴったり合うような足取りで京都の観光地を巡っていた。
やっぱり全然楽しくない。スマホがあるから迷子になる心配はないが、今どこを歩いているかよくわからない。
「はぁ……」
こういうのは些細な切欠さえあれば解決するかもしれない。が、そんな簡単なものがポロリと零れてくれることもなく……。
にゃーん。
「……あ」
目の前を、不吉を予感させるような黒い猫が歩いていた。野良らしく、首輪は付いていない。しかし逞しく生きているのだろうか、毛並みは鮮やかだった。
「可愛い……」
しかし猫は太々しくも車道に降りてしまった。まるで自分は轢かれる事などないとばかりに自信気に。
だが早々都合がよい事もない。猫の前に、大型トラックが今まさに突っ込んで……!
「……! 危ない!」
カフェも車道に躍り出る。猫を抱え、ウマ娘の恵まれた運動能力を用い、何とか猫も自分も無事なままで歩道に戻ることが出来た。
「ほっ……。もう、うかうかしてる猫だね。めっ……」
ぽか。
「痛……ん?」
『ウカウカシテルノハ君ダロウ、カフェ』
「あっ……」
話しかけてきたのは『お友だち』だった。
『全ク、ウマ娘ガトラックニ轢カレテ異世界転生ナンテシャレニナラナイダロウ?』
「うっ……ごめんなさい」
『デモ今ノ走リ、スゴクヨカッタヨ。ヤレバデキルジャナイカ。ドウヤラ脚ハ、錆ビツイテイナイヨウダネ』
「……うん。脚だけは、ね」
『サア、行コウカ』
「え、行くって……何処へ?」
『観光ニ決マッテイルダロウ』
カフェと、『お友だち』と、抱えた猫は何処までも走っていくように京都の名所を訪ね歩いた。
ウマ娘の脚なら、何処へだって行ける。北から南へ。東から西へ。
にゃーん。
「……ふふ、バイバイ」
『アノ猫、カフェニ懐イテイタネ』
「え、そうかな……。でもこれでいいよ。トレセン学園はペット禁止だし、あの猫は一匹でも生きていけそうだから……」
『カフェハ誰カノ為ニ走レルウマ娘ナンダネ』
「……え、そうかな? そ、そんな事、ない、よ……」
『私ハ自分ノ為ニシカ走レナカッタカラ。……正直、カフェガ羨マシイ……』
「えっ……」
『フフ、内緒……』
そう言うと、『お友だち』の気配は消えた。
相変わらずな娘だ。本当にやりたい事と言いたい事だけいうとすぐにその場を去っていく自由奔放な娘……。
「……気分転換に誘ってくれたんだよね。有難う……あなたにはいつも助けられてばかりだね」
そうだ。思い出そう。自分は何のために走ってきた? あの娘の背中を超え、抜く為だ。こんな所で立ち止まってはいられない。
「…………」
『カフェハ誰カノ為ニ走レルウマ娘ナンダネ』
そうだ。思えば有馬記念の時、自分はこれ以上ない仕上がりと絶好調を保っていた。
それは偏に、サポートし続けてくれたPlayerの恩返しという側面もあった筈だ。
自分が迷走した切欠もまた、Playerの想いと自分の想いが混迷したからだと推察できる。
ならばそれをすっきりさせなければ……、
ヴーブー。
「……タキオンさん」
タキオン『カフェ、そろそろ日が暮れるよ。戻りたまえ』
カフェ『分かりました。戻ります』
タキオン『君が来ないと高級ディナーにありつけないのでねぇ』
タキオン『Player君が屋形船を丸ごと貸切ってくれたんだよ』
タキオン『鱧の焼き物が私の胃袋に収まるのを待っているのでねぇ』
カフェ『タキオンさんをしばく用に木刀買っておきますね』
タキオン『土産なら生八つ橋にしてくれよ~(´Д⊂グスン』
カフェ『LINEだからってキャラ崩さないでください』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…………」
当日。マンハッタンカフェは既に控室にいた。その部屋にはタキオンとPlayerもいる。
現在は第9Rを消化したところ。もうじき係員が呼びに来るだろう。
瞑想状態にあるものの、やはり気分は落ち着いていない。先程から立ったり座ったりを繰り返している。
「うーん、これは、駄目みたいだねぇ」
「昨日は落ち着いていたんだが、昨日は昨日で今日は今日か。困ったね」
Playerは既に目覚まし時計の使用を覚悟している。あれを使えば時間が巻き戻り朝からリスタートできる。惨敗を喫してもなかった事にできるだろう。
「…………」
(毒を食らわば皿まで、かな……)
「……よし、決めました」
「うん、何をだい?」
「……Playerさん」
「私を……この場でハグしてください。ぎゅーっと」
「え……?」
「なっ……!?」
「お願いします。そうすれば、頑張れる気がするんです……」
「そ、そうなのかい……?」
「……はい」
「おっ……おお……おおおおお……!」
タキオンはハイライトのない眼を見開いてわなないていた。
「Player君! 遂に……遂にカフェがデレたよ! あのカフェが! 隠すこともなく!」
カフェの性格からして、自身の心を外に持ち出す事は決してないと思っていた。
例え負けても戦犯を他人に押し付けることもしないだろう。
そのカフェが、ここまで露骨なスキンシップを求めるとは……。
「家族が増えるよ。やったねPlayer君!」
「はっはっは。そのネタは危ない上にもう古いよ」
「……タキオンさんの事はいいですから。Playerさん。お願いします」
「うーん……、まあ、そういうことならやぶさかではないということで……」
控室でPlayerとカフェは腰にガッチリ腕を回して抱き合う。
「…………」
カフェは感じた。本当に人間ではないのだな。温もりも、匂いも、何もない。まるでマネキンを抱きしめているみたいだ。
なのに、こんなにも心が安らぎ、あれ程までに揺らいでいた想いが和らいでいく……。
ぎゅうううぅぅぅ……。
「ちょ、ちょっとカフェ、かなり強くないか? 私に痛覚はないが、普通の人なら背骨が軋んでいるよ」
「……いいんです。黙って抱きしめられてください」
「感じる……感じるぞ……カフェではなくともアドレナリンがドバドバ出ている実感が」
「タキオンさんは黙っててください……。あと動画撮るのも止めてください」
ガチャ。
「マンハッタンカフェさん。お時間です。レース場まで……え、ええっ!?」
係員が見たのは色んな意味でやばい光景だった。
これが(うまぴょい)なのか……。
「ああ、カフェのルーティンだよ。あれをやらないと落ち着かないらしい」
「……タキオンさん。誤解を招く嘘は、付かないでください……」
「あ、いや、え、えーと……」
「ふう……」
カフェはPlayerを抱きしめるのを終える。その表情は何ともいえぬほど恍惚としていた。所轄『ヘブン状態』である。
「……あ、すいません。係員さん……、少し遅れると伝えてくれますか?」
「あ、は、はい」
「あとこのことは、他言無用でお願いします……」
「わ、分かりましたー!」
ガチャ。バタン!
「やれやれ……」
「カフェ、これでいいかい?」
「ええ。もう大丈夫です。ですが……」
「着替えるので、ちょっと後ろを向いてもらえませんか?」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアツッ!!!!
「あれ、おかしいな。マンハッタンカフェ、出てこないぞ」
「まさか、出走停止か?」
場内がにわかにどよめく。あの黒いシルエットは、見れば背後からでもすぐマンハッタンカフェだと分かる筈だ。
「……。何やってんだカフェの奴。まさか、俺の前に敵前逃亡じゃねえだろうな?」
既に場内入りしていたジャングルポケットが舌打ちする。
「お、出てきたぞ」
「あの黒いシルエットは……って、ええ!?」
場内が再びどよめく。カフェの勝負服は、いつもとは全く違うものだった。
「何だあの服は……?」
「ご存じないのですか!? あれこそは、トレセン学園近くの商店街のバレンタインイベントを盛り上げる為発注されたマンハッタンカフェ特別和装ですよ!」
「そういえば、グラビアで見たような……」
「知らないのかよお前。俺は自分用、布教用、別の使用用に重版のも込みで雑誌を買ったぜ!」
「あれで今日は走るってのか……」
ざわざわ……ざわざわ……。
目立つようで目立たない。目立たないのに走ると目立つ。カフェのレース場での印象はそんな感じだ。
だがこの衣装変更は大きな効果があった。周囲の空気を一変させ、支配するほどに。
「可愛い~めちゃ可愛い~」
「か、可憐だ……」
「マンハッタンカフェってこんなに可愛かったのか……」
「おいカフェ!」
そこへジャングルポケットが話しかける。
「ルール上勝負服変更は認められるがそんなので……」
ニコニコニコニコニコニコニコニコ。
「……え、何か言いましたか? ポッケさん……」
「え、おいおい、随分と上機嫌じゃねえか」
「そうですか……?(ニコニコ」
「まさか、走る前から勝ったつもりでいるってんじゃねえだろうな?」
「……いえ、そんなことはありませんよ(ニコニコ」
「じゃあその態度はなんだよ!?」
「……いや、つい先程、トレーナーさんと(うまぴょい)したので」
「なっ……なにぃっ!?」
「……冗談です」
「お、おい、ちょっと待てよ!」
そんなやり取りに動揺せず、虎視眈々と集中力を高めマンハッタンカフェ狩りを狙う面子がいた。
日経賞を勝ったマチカネタンホイザ。阪神大賞典を勝ってきたライスシャワー、連闘の鬼イクノディクタス、
他にもメジロライアン、マヤノトップガン、エイシンフラッシュ、メジロパーマーといった精鋭が揃っている。
「負けませんよー。今日は自信あるから。むん!」
「今日こそ勝って、ライスはブルボンさんとの約束を果たすんだ……!」
「勝つ為に走る。それだけです」
「うーん、それにしてもこれほどまでにクスリが効きすぎるとはねぇ……」
カフェの上機嫌をPlayerと共にタキオンは観客席から見ていた。
「もう絶好調の頂点じゃないか。驚いたね」
「私は特に何かしたわけじゃないんだがね」
「いや、あれは特別な何かだろう。分かってないね」
「そうかな?」
「そうだよ」
しかしカフェが本来の調子を取り戻したとて厳しい戦いになるのは間違いない。何より脚質が違う。
(バレンタイン衣装カフェは追込を軸とした型。通常の差し型とはまた異なるわけで……)
つまりこれまで取ったスキルのうち、差しでしか発動しないスキルは全て無駄になるわけだ。
懸念点があるとすればそこだ。つまり単純なステータスの暴力で殴る手段で勝負するしかない。
今のカフェに、そのような走りが出来るかは未知数。祈るしかない。
(レース直前にトレーナーと(うまぴょい)だって……!?)
(……ええい! 落ち着け! 落ち着け俺! カフェの口撃に惑わされるな! 俺は俺の走りをするんだ!)
ポッケが頬をバシバシとはたいて気合を入れる。
そしてスターターが昇り、旗が振られ、ファンファーレが鳴り響き、客席から歓声が上がる。
『京都レース場。今日は晴天に恵まれました』
『最も長いGⅠ、春の天皇賞! その栄誉ある盾を手にするのはどのウマ娘なのか』
『展開としてはどうでしょうか』
『いやー、メジロパーマーとマヤノトップガンがハナを競り合い、マチカネタンホイザとライスシャワーが先団。マンハッタンカフェが中団に控え、最後方からジャングルポケットだと思いますけどねー』
『メジロパーマーが逃げを選択するでしょうから長期戦と言えどハイペースが予想されますね。残りのウマ娘がスタミナを温存できるか注目です』
『各ウマ娘、枠入りは恙なく行われています』
『長距離ですからスタートに失敗しても盛り返せますからね。ただ誰がどう行くのかは注目です』
(春の盾をー、えい、とる、むん!)
(距離がどうだってパーマーさんの走りは変わらないよ)
(今度こそ負けねえ!)
(ライスは……勝つんだ。そして祝福を……!)
(……ニコニコニコニコ)
ガコン!!
『スタートしました。各ウマ娘いいスタート!』
『みんな集中していますね! 好いレースが期待できそうです!』
『ハナを取りに行くのは……やはりこのウマ娘だ。メジロパーマー』
「いくぞおおおおっ!」
「いけー! パマちん!!」
『続いてマヤノトップガン。2番手に付けました』
「よしここでいい。パーマーちゃんとは無理して競り合わないからね」
『ライスシャワーとマチカネタンホイザは4、5番手あたりか。……っと、マンハッタンカフェ。出遅れたんでしょうか。何と最後方です。ジャングルポケットより更に後ろ!』
「な、なんだと……。なんか落ち着かねえな。見られながらレースするのは」
「…………」
メジロライアン、エイシンフラッシュあたりは中団に構えている。長距離戦と言えど、極端に自分のスタイルを変えるつもりはない。
ワアアアアアアアアアアアアアアッ!!
『さあまずは一周目の正面スタンド前。歓声に包まれながらウマ娘達が駆け抜けていきます』
『メジロパーマーが積極的に逃げているからか、隊列は既に縦長の展開になっていますね』
『1000mタイムは、58.6! 今年は早いぞ天皇賞春!』
パーマーは既に2番手とは5バ身は離している。如何にこれが自分のスタイルとはいえ、3200mで逃げを打つのは勇気がいる。
だがそれをやるからこそ彼女は強いのだ。
「バカと笑うなら笑いな! まだまだいくよっ!」
向こう正面に入ると緩めるどころか更に引き離しにかかる。
この前に誰もいない景色が彼女は好きだ。距離やスタミナなどは考慮しない。何処までも走っていける気分になる。
『メジロパーマーの大逃げだ! さあ後ろのウマ娘は届くのか!?』
『番狂わせは起こるのか? 前崩れはあるのか? 彼女の走りに注目が集まります!』
ここまで引き離されると他のウマ娘もじわりと焦り始める。
パーマーを意識するという事は彼女のペースになっていることに他ならない。
ウマ娘のレースは生き物の勝負である。競艇やオートレースではない。
自惚れる者は堕ち、有利を死守しようとする者は脆くなる。自分のレースをしようと思い、考えてもいざ本番でそれを発揮するのがいかに難しいか……。
そんな事はない、全てはステータスとスキルの優劣だと考えているのはモニターの「あなた」、そう『Player』だけだ。
「気持ちよく逃げてるねぇ。本当に逃げ切りかねないんじゃないかい?」
「無理だね。3200mを大逃げで勝つと想定した場合、要求されるスタミナは推定1400に根性1200、金回復三つと白回復2以上だ。
白い青だけなら複数あっても足りないし、緑スキルと3.5%回復も要求される。有馬の2500なら可能性があるが」
「私は君のそういう解説は好きではないなあ」
「これはウマ娘のレースなんだ。競馬ではないからね」
『さあメジロパーマー、まもなく坂を駆け上がり第3コーナーに入ります』
まだ失速はしていない。このまま楽に逃がしていいものか……後ろのウマ娘は迷っただろう。たまらず先団にいたマチカネタンホイザが追撃にかかる。
京都レース場は第3コーナーに坂があるためここで脚を使うと外側に膨らみがちになる。余程コーナー周りに自信があるウマ娘でないと厳しい。
(ここはリスクを取っちゃいますよー!)
(うーん、ならマヤは譲った方がいいかな……)
2番手を進んでいたマヤノトップガンは少し体を外に持ち出し、内側を譲る。
二人を競り合わせスタミナを削り、最後の直線で捕まえてそのまま逃げる。これがマヤの算段だった。
その時、観客の誰もがメジロパーマーの周囲に注目していただろう。
誰が競り合いに勝つのか。
差しは間に合うか。
後方勢はいつ脚を使うのか。
視線はパーマーに集中していた。ただ二人、タキオンとPlayerを除いて。
『メジロパーマーにマチカネタンホイザが迫る! パーマー一杯か!?』
「やばっ、よく来るねー。こんな速度落とさないとやばい地点で」
「周るのは得意なんですよー」
しかしパーマーにはまだ余裕があった。大逃げをやるためにどれだけトモを鍛えてきたか。この日の為、3200を走りきる為にスタミナ練習も熟してきたのだ。
一度抜ける、と思わせておいてロングスパートを行い、心が折れたマチタンを置き去りにする腹積もりであった。
(もう最後方とは20バ身ぐらい差はある筈。差し勢も追込勢も届かない。いける! 逃げ切れる!)
4コーナー手前で追いつこうとするマチカネタンホイザ。ギリギリまで引き付けようとするメジロパーマー。二人の消耗を狙うマヤノトップガン。
貫徹して直線勝負を狙うライスシャワー。ロングスパートを狙う差し勢。ジャングルポケットは仕掛け所を迷う形になったか……。
では、彼女はどうなのか。
いや、全てのウマ娘は彼女こそ意識すべきだった。
一度は絶不調の烙印を押され、ノーマークにしてしまった彼女を。
マンハッタンカフェを。
「追いつきましたよーさあ勝負勝負!」
「今だ! ……ここっ!」
ザッ!!!!
その二人を、いつもと違う衣装の、漆黒の幻影が並ぶ間もなく抜いていった。
「へっ……?」
「なっ……!」
その脚はまだ3コーナーに差し掛かる直前に進出を開始した。
目の前のジャングルポケットを抜き、
仕掛け所を見誤った差し勢をかわし、
直線勝負を狙った先行勢とライスシャワーを置き去りにし、
マヤノトップガン、マチカネタンホイザ、メジロパーマーを飲み込んだ。
電光石火どころではない。例えるならば、真速の領域の脚。
『マンハッタンカフェ! マンハッタンカフェだ! とてつもないキレ味の超超超ロングスパートであっという間に先頭! こんな脚は見たことがない!』
「な、なんだありゃ!」
「いつの間にあんな位置に!?」
「嘘だろ!? ついさっきまで一番後ろじゃなかったのか!?」
観客もどよめく。当然だ。誰もが視界の外だった。誰もが彼女を蚊帳の外だと思っていた。
瞬きする間も罪だと主張しながら、カフェは一瞬あれば充分とばかりに駆け抜けた。
コーナーも坂もお構いなしにカフェは減速するどころか加速した。一人だけ脚にロケットでも搭載したかのようだった。
もしウマ娘の走りが、あらゆる音を置き去りにできるというのならば、それは正に「今」だろう。
「カフェ……! 君は遂に……遂に……化けたか!」
タキオンが目を見開いて興奮する。あれだけ遠く引き離していたはずのライバルが、もうすぐ隣にいる感動の震えが全身を心地よく包み込む。
目の前に自分が追い求め、焦がれた、ウマ娘の無限の可能性が駆けている。これほどの刺激はない。失禁ものだ。
「そうだ。カフェ、壊してしまえ。常識も、レコードも、全て……」
Playerはほくそ笑む。ああそうだ。自分はこんな走りが見たかった。
確かにゲームでは長距離で仕上がったウマ娘なら2位以下を大差で勝利するケースもままある。しかしそれを間近で見られる感動は、この位置でしか味わえない。
「わりぃな! 先、行くぜぇ!」
「ジャングルポケットまで!」
「さあ勝負だカフェ!」
ダダダダダッ!!
「俺と、勝負、するんだよ……!」
ダダダダダ……。
「しょう、ぶ……」
強気なポッケだったが、その背中は追っている筈なのにどんどん遠のいていく。
(何だよ……。何だってんだよ……なんでこんな独走を許してるんだ、俺は……?)
その日、京都レース場を走っていた全員の心がへし折れたその時、カフェは既にゴール手前にいた。
『マンハッタンカフェ今ゴールイン! 圧倒的大差でレースを制した!』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ワアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!
割れんばかりの大歓声の中に、どよめきが響いている。
レース場に設置された電光掲示板は信じられない結果を刻んでいた。
大差。
2着とは10バ身以上の差は勿論天皇賞春史上初。
いや、URA史上でも大差勝ちを重賞で成し遂げたのはサイレンススズカの金鯱賞以来。GⅠでは無論初の快挙だ。
『レコード! なんとタイムはレコード!』
『3:03.1! 上がり3ハロンは29.9! 信じられないタイムが出ました!』
『こ、これ世界の3200mのコースレコードじゃないですか!?』
『いやそれどころか今後抜かれることはないようなとんでもないタイムですよ!』
解説者も呆気に取られている。リアルでは到底ありえないタイムだ。
だが、『ゲーム』なら可能なのだ。それを知っているのはPlayer他2名だけだが。
一体何を見せられたんだ? 夢だろ? 夢だと言ってくれ。そんな声が聞こえる。
「ふう……」
カフェが走り終え、声援に答えるべく手を振る。
他のウマ娘は心へし折られゴール板を通過した後、皆その場に座り込んでいる。
「勝利の一杯、できあがりです……」
まるでコーヒーをそっと置くような『おもてにゃし』を込めて、カフェは笑顔を観客に向けた。
そして即座にPlayerの元へ歩いてくる。
「いかがでしたか……、トレーナーさん……?」
「100点どころか200点のレースだね」
「いいものを見せてもらったよ、カフェ」
にゃーん。
「……あ、あなたも応援に来てくれたんですか?」
ぴょんとカフェの胸元に飛び込んでくる。
「わっ……! もう、人慣れにも程があるね……」
(ふふっ……、折角だし、インタビューの時……この子を抱いたままするのもいいかな?)
「待った!」
勝利に浸っている時、観客席の横から大声が聞こえてきた。テレビカメラとマイク。どうやらメディアの人間のようだ。
「ありえねえ! こんな滅茶苦茶で常識外れの勝ち方できっこねえ! トレーナー、あんたマンハッタンカフェにドーピングしやがったな!?」
ざわざわ……ざわざわ……。
カメラが回っている。以前あれ程懲らしめてやったのにまだ懲りないようだ。流石メディア。常に上から目線故に図太い。
「そうだろ! オイ!」
「……。勝利に水を差すのがあなた方の常識なんですかね?」
「だってそうだろ! 幾ら何でもこのタイムはおかしい! 薬物使用はタイム対象外、優勝もはく奪! ウマ娘は半年以上の謹慎処分だ!」
「おいおい、このプレ……トレーナー君がそんな白ける処置をしたとでも?」
「落ち着こうかタキオン。……いいでしょう、今すぐ勝負服に付いた汗を調べてください。それから尿検査と血液検査も行いましょう。いいね、カフェ?」
「……トレーナーさんが、そこまで言うのなら……構いません」
「よし、言質は取ったぞ! すぐに検査の準備をしろ!」
結局、カフェのヒーローインタビューは中止となった。無論ウイニングライブも。
ファンは特大のブーイングをかましたが、Playerは冷静だった。
ウイニングライブの代わりは、後日動画という形で配信しますのでそれを見てあげてください、と。
そして検査結果が出た。判定は、カフェの異名に恥じない……否、相反するかのような見事な『シロ』。
何処からも薬物は検出されなかった。
「馬鹿な……ありえねえ……!」
「これで分かったでしょう? これがマンハッタンカフェというウマ娘の真の実力です」
「う、ううう……」
「さて、折角の優勝に水を差し、段取りを壊した方々には、それ相応の責任を取らせなければなりませんね……」
「ど、どうするつもりだよぅ……」
「……それは、後日改めて」
その後、カフェの勝利にケチを付けた報道陣を見た者はいない。
殺されたのではない。
Playerがデータに介入し、最初から「いなかった」ように存在を削除(デリート)したのだ。
しかし彼らのいちゃもんそのものは、緘口令を敷かれることもなく、しかも全国に中継されていたため、多くの人間が知る「七不思議」のようなものとしてしかと刻まれたという……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
春の天皇賞を終えて数日後、マンハッタンカフェは改めて取材を受けていた。
相手はご存じ、月刊『トゥインクル』の乙名史悦子記者。レース後に起きた『問題』もあってか、信頼できる人のみ取材に応じるという事になった。ブン屋でいう所の「抜き」である。
「では改めまして、本日は取材を受けていただいて有難うございます!」
「……いえ、こちらこそよろしくお願いします」
カフェはクリーニングされた和装衣装に袖を通していた。膝の上にはあの『猫』がいる。
別に連れてきたわけではない。カフェの事がすっかり気に入ったのか、荷物に紛れてやってきたのだ。命の恩人というのも、カフェを気に入った理由かもしれない。
トレセン学園がペット禁止ということもあり、今は学園周辺の「新居」にて充実した一人暮らしを始めている。
「天皇賞春のあの走り……! 素晴らしいですっ!! 私何度もビデオを見ました!」
「……少し、照れますね」
「改めて走った感想をお願いできますか?」
「そうですね……。正直、ほっとした……そんな気分ですね」
「しかし、カフェさんは絶不調だと伝えられていたんですが……その辺はどうなのですか?」
「はい……。確かに、調子は悪かったですね。ですが、主にメンタル面だったので、自分を学園とは違う街で見つめ直し、なんとか復調する事ができました……」
「そうでしたか! 京都、いいところですものね!」
「天皇賞春の素晴らしい走りは、今や世界中が知ることになりましたが、その辺りについて感想をお聞かせください!」
そう、春天のカフェの走りは今や動画で世界中の人間、ウマ娘が共有する事になり、そして世界中が呆気にとられた。
こんな走りをするウマ娘がいるのか? 世界一ではないか? 誰なら彼女に勝てるんだ? 等々。
「……うーん、そうですね。確かにレース中凄い力が湧いてくるようで、どこまでも走っていけそうな感覚はありました。まるで、飛んでいるように……。
ですが……走った後、控室でトレーナーさんに言われました。もう二度とあんな走りはしないでくれ、壊れてしまう、選手寿命を縮めてしまうから、と……」
「なんとっ……! 素晴らしいですっ! トレーナーさんは世界記録をだした担当のウマ娘を何処までも労わる優しさと沈着さを兼ね備えており、
驕ることも甘えることもなく、常に最高のパフォーマンスを引き出すように努めているのですね!」
「……そう、ですね。変人扱いこそされていますが、あの人は私の『普通』をありのままに受け入れ、心を豊かにしてくれる……最高のパートナー、ですね……」
カフェはこっそり惚気た。
その後も興奮する乙名史記者と淡々と答えるカフェのインタビューは続いた。
「今後のレースについて教えてください!」
「その辺は、……なんとも言えません。全て、トレーナーさんにお任せしていますので……」
「……マンハッタンカフェさん。実は、ここにきてある議題が上がっているんです。マンハッタンカフェを今年の凱旋門賞に出すよう陣営に打診できないか、と」
「凱旋門賞、ですか……」
成程、確かにあれ程のパフォーマンスを見せられたら、日本のウマ娘を管轄する協会等も色めき立つだろう。
凱旋門賞制覇は海外に追いつけ追い越せを掲げてきた日本にとって悲願でもある。
もし遠い異国の地で勝てるようならば、『お友だち』にも劣らない力を身に着けたという指標にもなり得る。
「……ちょっと、トレーナーさんに伝えてみますね。今年の凱旋門賞に私を派遣したいという希望があるらしいですが、どうお考えですか? ……と」
ピロン。
「あっ、返信が来ました」
「ど、どうですか!?」
「えーとですね……、『カフェをフランスに連れていくつもりなら、私を殺してからにしろ、と伝えておいて』だそうです。
ああ、これは可能性ゼロですね……」
「はう……」
当然だ。史実のマンハッタンカフェは、遠征適性がまるでないにも関わらず凱旋門賞に向かわせ、13着惨敗した挙句屈腱炎で引退を余儀なくされた事をPlayerは『知っている』。
カフェの幸せを第一に考えている彼が、そんな真似、いや暴挙を許す筈がないのだ。
「……まあ、今後は国内に専念すると思います」
「では、やはり次走は……宝塚記念、でしょうか!?」
「……それも、分かりません。でも私としても、おそらく出るであろう、タキオンさんとの直接対決には興味があります……」
「もし決まれば宝塚記念は完全な2強対決……是非出場を表明してほしいですね!」
Playerはトレーナー室にいた。
「……。分かってはいたが、岐路に辿り着いてしまったか」
そう。アグネスタキオンとマンハッタンカフェを育成したとするならば、避けては通れない目標がある。
その一つが、やってきたのだ。
アグネスタキオン:宝塚記念で3着以内。
マンハッタンカフェ:宝塚記念で3着以内。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
天皇賞春の熱気もまだ冷え切れぬ時、タキオンはかつて戦ったあるウマ娘と会っていた。
「やあやあ、クロフネ君」
「……ブラックシップだ」
そう。ブラックシップ。いや、『クロフネ』。おそらく永遠に使われぬであろう馬名を持つ、今なおダート界歴代最強と謳われる、
短すぎる期間に、全てを濃縮したような伝説を持つ一人のウマ娘と。
ダート転向を嫌がる素振りはなかった。彼女の生まれ故郷アメリカは、ダート大国なのだから。
そしてその僅か2戦で、彼女はその名を確かに、鮮烈に刻んだ。その2戦、どちらもレースレコードを1秒以上縮める圧勝劇。
見る人は戦慄し、こう語った。まるでこの世のウマ娘とは思わなかった。まるで人間とウマ娘の競争のようだった。と……。
しかしその栄光は、残酷なまでに短命だった。
2戦した後、右前浅屈腱炎を発症。リハビリしようにも再起は困難とされ、彼女は引退を決意。
そして、トレセン学園を去り、故郷のアメリカに帰る手続きをし、今日がその日だった。
「残念だよ。君が初の海外ダービー出走権利を持つ、その名の通り開国要求者になるのではないかと騒がれたのが、もう遠い昔に思える」
「……もう終わった事だ。もうヒートエンド……燃え尽きた炭に過ぎない」
キャリーバッグを持った彼女は、どこか哀愁が漂っている。
そうだ。怪我さえなければ……そんなウマ娘が今日までどれ程いたことだろう。
何よりも史実のアグネスタキオンがそうであったように。
「プロローグから始まって、物語が進んで、エピローグが綴られて、エンディングを迎える。スタッフロールはない。……そう。それだけだ。その先にはもう何もないんだ」
「君が綴った物語は、極めて爽快で濃密だった。ビデオで見た君の走りは、今も忘れられないよ」
「怪我をした時は、部屋で一人で泣いた。悔しいさ。でも車椅子生活になりたいのかと脅されたら、諦める他ない」
「……そうか」
ああ、また一人、偉大なウマ娘が去ってしまう。諸行無常の結晶が指の間から零れ落ちていくのだ。
「タキオン……」
「何だい?」
「おまえは、『いつ』まで走るつもりなんだ?」
「……分からない。私自身ですら分からない。ある日突然心不全でこの世を去る可能性があるように。ウマ娘の運命は科学では解明できない領域にある」
「ならば、GODにでも祈れ」
「神? あの理不尽で不公平な偶像にかい?」
「それが、ヒューマノイドの限界だ……」
言うだけ言うと、キャリーバッグをガラコロ鳴らして、彼女は去っていった。
「……ふふっ、いるさ。神なら。目的の為ならメアリー・スーすら厭わない狂気の子供、『Player』君がねぇ」
KFCでチキンを食べました
カーネルなゴルシが入ってました
ああ、あとシングレアニメ化決定しましたね
3期→新時代と順調にプリティ要素が失われつつあったのはこの布石だったんですかねえ?
でも絶対12話じゃ収まりませんよね。大河ドラマ級ですもん
ディクタストライカさんが実名で実装されるのか注目ですね