ウマ娘プリティーダービー『The Player』   作:K.T.G.Y

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あー長かった
ようやく二人の始動が書ける
一安心


始まりはいつだって希望が満ちている

 

アグネスタキオンのメイクデビュー戦を1週間後に、

マンハッタンカフェのメイクデビュー戦を2週間後に控えた日曜日。

 

Playerは二人に休暇を与えた。

 

というのもここ数日二人は学園中のウマ娘と邂逅しながら練習しっ放し。

流石に二人も休みが欲しいという要望を適えた結果だ。

 

なにせトレセン学園のウマ娘にとって週末は貴重なレース日和。トゥインクルシリーズのレースも勿論だが、

模擬レース、選抜レース、種目別競技大会、そして自主トレ、やる事は山積みで練習場は大いに盛り上がる。

まだ専属のトレーナーが付いていないウマ娘、自身をアピールしたいウマ娘、一層の力を付けたいウマ娘、

彼女たちは一日を通して額に汗を流す。

 

だが、タキオンとカフェにはそんな空気は何処吹く風だ。

 

「~~♪」

アグネスタキオンは大量に砂糖を入れた紅茶を飲みながら旧理科準備室で実験に励んでいた。優雅な休日というやつだ。

 

……ヒュン!

 

そこにPlayerが現れる。

 

「おや、タキオン、休日も研究に精を出すとは、君は本当に研究が好きなんだな」

「虚空から現れるのは止めてもらえないかいPlayer君。びっくりするじゃないか」

「ログインした、と言ってもらおうか」

 

「カフェは?」

「趣味の登山に行っているよ。山の上だとお友だちの声がよく聞こえるんだそうだ」

「ふふ、カフェらしい」

 

「……しかし、デビュー一週間前に休暇とは、随分余裕があるんだねぇ。普通なら最後の追い上げをするものなんだが」

「体力ゲージは減っていた。ここで無理をすると怪我をしてしまう恐れがある。それに、タキオンは気分屋だ。ここで機嫌を損ねるのは得策じゃない」

「何というか、君は本当にロジカルというか、ウマ娘をゲームのキャラクターとしか見てないんだね……」

「プロ野球選手なら月曜日以外は毎日試合だよ。それに比べれば甘いほうさ」

 

「それに、ほら」

Playerがタキオンのパラメータを表示する。

 

「見てくれこのステータスを。とてもデビュー前とは思えない数値だ」

タキオンの能力はほぼオールD。メイクデビュー戦の相手が大体オールF程度となれば比較にならない数値ではある。

「これで勝てなきゃどうしようもないだろう」

「でも、レースに絶対はないよ。君からすればゲームの登場人物でも、わたしたちにとっては生身のウマ娘だ」

「そうだね。レースに絶対はない。出遅れ、掛かり、前のウマ娘に進行方向をブロックされる、敗因の可能性は絶えず付き纏う……でも」

 

Playerは『馬』のアグネスタキオンのホログラフィーを虚空に表示する。

 

「史実のアグネスタキオンは僅か4度のレースで神話となった。文字通り超光速の粒子だった。だけど君なら、光速のその先……誰もが夢見たifを人々に見せてくれると信じているよ」

「おだてるねぇ」

タキオンはニヤニヤと笑っている。

 

「ならば見ていたまえ、光を超えた速さの世界を君に見せると約束しよう」

「期待しているよ、タキオン」

 

 

「ところで、そろそろ昼食の時間だね。日曜はカフェテリアもやってないから外食する娘も多いが……」

「お弁当を出そうか」

「なんか今日は脂っこいものが食べたい気分だねぇ」

「中華かい?」

「……ところでPlayer君、君は酢豚にパイナップルを入れる派かい?」

「入れないけど」

「あれはダメだぞ! 酢豚にパイナップル派は人類の敵だ! 私のオススメは柚だ!」

「……そんなことよりメニューは決まったかい?」

「ん~……ピーマンが入ってない青椒肉絲」

「それじゃただの肉の細切り炒めじゃないか。回鍋肉にしておきなさい」

「じゃあそれで」

 

ぽん!

 

「いただきま~す。……う~ん、美味しい。プレイヤー君、トレーナーを辞めた後も私の専属シェフとして働いてくれないかい?」

「……考えておくよ」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

所変わってこちらはトレセン学園から電車を跨いで数10km。

マンハッタンカフェはデイキャンプ用品をバッグに入れて登山道を登っていた。

 

今日は快晴。山登りには絶好の日和だ。

「はっ……はっ……はっ……ん? うん、大丈夫。疲れてないよ……」

周囲にいる「お友だち」にも笑顔で答える。今日の目的地は山頂に設置されたキャンプ場。今日は日曜日、この時期だと車で来る客もいるだろう。

カフェは喧騒を嫌う。本来なら誰もいない山頂に一人……といきたいところだが、

 

(水場は欲しいし、やっぱりトイレが、ね……。誰もいなくても、お友だちはいるし)

 

「着いた……」

まだ春の名残がある日の光が眩しい。雲も少なく、暑いくらいだ。

「ふう……」

タオルを取り出し、汗を拭う。

やはりちらほらと利用客がいる。

「デイキャンプを、予約していた、マンハッタンカフェですけど……」

受付に行くと、作務衣を着た顎鬚のたくましい男が出迎えた。

「はい、800円になります。では、ここに名前を。薪は一束500円、芝生の上での焚火は禁止です」

「あ、大丈夫です……。テーブルを、持ってきましたから……」

「そうですか。しかし、ウマ娘が来るのは珍しいですね。ここはアクセスが悪いので車でないと厳しいですから」

「走るのは慣れてますから……。うん。それじゃ……行こうか……」

「……ん?」

 

「へえ、向こうは牧場になってるんだ……」

木々の間の先は大きな牧場になっており、牛が放牧されていた。

「うん、あっちにはいかないよ……。動物が……目当てなわけじゃないから。さあ、設営しようか……」

デイキャンプなのでテントは必要ない。とはいえ、芝生に座るのも良くない。寝転がるのはいいかもしれないが。

 

「椅子よし、テーブルよし、クッカーよし、バーナーよし……。そして後はコーヒーの粗挽き用の道具、と……。水は……炊事場で貰ってくればいいか……」

手際よく道具をテーブルに置き、炊事場で水を汲む。

コーヒーを煎れる前に椅子に座って一呼吸置くことにした。

 

「いい風……。気持ちいいね、みんな……」

トレセン学園の喧騒から離れ、一人自由な時間。穏やかな風が、頬を撫でる。

「……みんなも、気持ちよさそうで良かった……。今日は本当にいい天気……ん、どうしたの……? タキオンさんから離れて嬉しそう? そんな事ないよ……」

傍から見ればカフェが何もないし何もいない所に話しかけているようにしか見えないだろう。

だが、カフェにとって「お友だち」はかけがえのない隣人のようなものである。そしてここなら、会話をしても不気味がられることもない。

「ん、あなたは……へえ、ここに住んでるんだ。時々キャンプ場で、マナーの悪い客を驚かせてるの……? 困った子だね。ふふっ……」

 

「……さて、そろそろコーヒーを淹れようかな」

袋ラーメンぐらいなら一つ丸々入るクッカーにお湯を入れ、バーナーに火を付ける。ここは山頂だ。お湯が沸くのも早いだろう。

その間に最近お気に入りのブレンドを袋から取り出す。これは中挽き。ネルドリップで仕上げる。

グラインダーに豆を入れ、手動でゴリゴリと削っていく。

 

「この豆……? ……うん、あの人から貰ったものだよ。……あの人が来て以来、海外から、豆を取り寄せることもなくなったね……」

お友だちは、不機嫌そうな顔をした。

「あの人のこと? ……そうだね、私は信用していない。胡散臭さが……服を着て歩いているようなものだしね。

……でもそう言っても、あの人は笑うだけなんだろうな……」

きっと「彼」には、お友だちも見えているし、私の心情も察していることだろう。

「……私には、目標がある……。あの『娘』に、追い付きたい、そして追い抜きたい……。私を光ある世界に導いてくれたあの娘に恩返しがしたい……」

何度挑んでもその背中に届かなかったあの『娘』の走り……。彼女を超える。それがカフェの夢。カフェの願い。

「その為なら、利用できるものは利用してみせるよ……。あの人が、私を支援するというのなら……」

 

抽出した琥珀色のコーヒーが透明なガラス瓶に落ちる。

お気に入りのマグカップに注ぎ、息を吹きかけながら、そっと口に含む。

「ん……美味しい……」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

いよいよ、アグネスタキオンのメイクデビュー当日を迎えた。

最終調整を終え、体調は良好、状態は万全だ。

 

「どうだい、アグネスタキオン」

「絶好調さ」

 

Tシャツ、短パン姿に着替え、ゼッケン、蹄鉄も付けた。

彼女の希望あって、デビューでいきなり勝負服は着けない。

 

控室にはタキオン、カフェ、Playerがいる。

 

「タキオンさん、調子よさそうですね……」

「ああ。気分屋の彼女のやる気を維持するのは大変だったよ」

 

(……心地よい緊張が、私を包んでいる)

(かつての意志の弱い私なら、直前で逃げ出してしまっていたかもしれないねぇ)

 

「研究の果てに出来たプロテインVer1.16のおかげで全身に筋力が付いた感じがするよ。これならいい走りが出来そうだ」

「あれ、やっぱり効くんですね……。半信半疑でしたが、私も、あれを飲んで以来……足腰が強くなった感じがします……」

「Player君の毒見のおかげでもあるけどね」

「まったく、タキオンのモルモット役をやらされると苦労するよ」

 

コンコン……。

 

「アグネスタキオンさん、お時間です」

係員がタキオンを呼びに現れる。

 

「時間だ。では、行ってくるよ」

「応援しています……」

「期待に応えてくれよ。タキオン」

 

 

『さあ、千里の道も一歩からと言いますが、ここを勝てなければ道は開かれない。今日の東京3Rはメイクデビュー戦です!』

 

「大丈夫。大丈夫。大丈夫……」

「この日の為に必死に練習してきたんだ。必ず勝つ」

「落ち着け、落ち着くんだ。練習の通りに走ればいい」

 

(みんな緊張しているみたいだねぇ。まあ無理もないか……)

 

一方でタキオンは相変わらずの泰然自若。その表情に、緊張の色は見られない。

しかし引いたのは大外枠。スタートを決めなければ好位は取れそうもない。

狙いは前目に付ける先行策。向こう正面までは様子を見て、第4コーナー辺りで仕掛け、最後の直線で突き放す。

さて、思い通りにいくか……。

 

『今日の注目はやはりアグネスタキオン。一番人気です。しかし大外枠なのでやや厳しいか。

各ウマ娘、ゲートに入り態勢整いました』

 

「……」

「……」

「……」

 

ガコン!!

 

『スタートしました! おっと三番出遅れたか!?』

 

「やらかしたー!」

「よし、チャンス……え?」

 

アグネスタキオンは抜群のスタートダッシュからあっさり好位置を掴む。

そのまま番手で控え、まずは1コーナーをカーブ。

 

「はっ……はっ……はっ……はっ……」

「うぐ、走り難い……負けてたまるかー!」

「ちょっと、ペース速くない? 脚を溜める余裕が……」

 

その様子を、Playerとカフェは観客席から見ていた。

「……勝ったな」

「もうですか……?」

「先頭はタキオンのプレッシャーで掛かりっぱなし。後ろは付いて来れない。後は時計がどう出るかを待つだけだよ」

 

一方、タキオンは初めての実践、2000mという長さでもマイペースだった。

(いける……先頭の首が上がり始めた。後ろは食らい付くのに精いっぱいで脚を残せていない……よし!)

 

『おおーっと! アグネスタキオンここで仕掛けた! まだ第3コーナーですがこれは正解でしょうか!?』

 

「嘘!? ここからさらにスピード上がるの!?」

「差が……全然縮まらない……」

「む~り~……」

 

『さあ最後の直線にアグネスタキオンが入る。後ろの娘たちは間に合うか……駄目だ! 独壇場です! アグネスタキオン悠々の一人旅だ』

 

(これは終わりではない。始まりだ……)

(自らの力で掴み取った、私が追い求めるスピードの第一歩だ……!)

 

『アグネスタキオン! 余裕の走りでゴールイン! お見事! 今から次のレースが楽しみです!』

 

ワアアアアアアアアッ!!

 

「凄い。一人だけモノが違うぞ」

「アグネスタキオン……これは凄い大物が出てきたな」

「インタビュー取れるかな」

観客席にいた報道陣もざわめき立つ。それだけ鮮烈なデビュー戦だった。

 

「勝ちましたね。タキオンさん……」

「祝いにサバラガムワかキーマンを用意しておこうかな。それじゃ、控室に戻ろう」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふぅっ……検証完了だ」

「お疲れ、タキオン」

Playerが袋二つ分のスポーツドリンクとタオルを差し出す。

「おやおや、そんなに瞳をキラキラさせて。まるで無垢な子供の様だよ」

「まあこの面子なら勝って当然だけどね。まあ私としては無事に走り終えた事だけが幸いだよ」

「そうか……だがデータを取るにはあまりに不足だったね」

 

ガチャ!

 

「タキオンさん!」

控室にノックもなしに興奮気味に入って来た客がいた。ダイワスカーレットだ。

「観客席で見てましたよ! 凄い走りでした! やっぱり速いって噂は本当だったんですね!」

「ハッハッハッハ! そんなに褒めても何も出ないよ。まあ君の好意は受け止めておくよ」

「この後はウイニングライブですね。『Make Debut!』最前列で見てますから」

「…………え?」

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

長く、淀んだ沈黙が、場を支配した。

「タキオン……さん……?」

 

(し、しまった。ダンスの練習なんてまるでしてないぞ……。このままでは音楽の中、棒立ちの姿を公衆の面前に晒してしまう。それだけは避けなければ……)

 

「ああ、いたいいたい。タキオンちゃんこうちゃののみすぎでぽんぽんがいたい」

「…………は?」

 

「うーむ、これではダンスなどできないな。仕方ない。ウイニングライブは諦めよう」

「タキオンさん、まさか……」

「というわけで私はこれにてとんずらさせてもらうよ! Player君、後の事は上手くごまかしておいてくれ! では、さらば!」

 

バタン! ドタドタドタ……。

 

タキオンは慌て過ぎていたのか、トレーナーをプレイヤー呼びしたまま大慌てで控室を飛び出していった。

呆然と立ち尽くす数名。

 

「これ、ウイニングライブを……ばっくれたって記事になりますね……」

カフェが言う。

「体調不良を訴えたと言う事で中止、とでも言っておくさ」

「はは、ははは……」

「後で本人に伝えておくよ。今回だけで二度目はない、ってね」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

ヒュン!

 

「ログイン完了。アバター映像に異常なし」

「……Playerさん、虚空からいきなり現れるのは止めてもらえませんか……? ……お友だちも驚きます」

「ログインしただけだよ。まあ、そのうち慣れてくれると助かる」

「学園内でも、話題ですよ……。変人には変人が付いている、と……。……私まで巻き添えなので恥ずかしいのですが……」

 

研究室はいつも通り。カフェの私物に動きはない。しかし、タキオンがいない。

「タキオンは?」

「ああ、タキオンさんならさっき……」

 

 

ガラッ!!

 

「アグネスタキオンーーー!!!!」

 

旧理科準備室の扉を勢いよく開けたのは生徒会副会長のエアグルーヴだった。

 

「うわっ!? な、なんだい、急に。副会長様ともあろう者がえらい剣幕で」

「マンハッタンカフェから聞いたぞ。貴様、ウイニングライブをばっくれたそうだな!」

「なっ……カフェは喋ってしまったのか」

「はい……」

 

「新聞を見たか!? 鮮烈デビューを飾ったウマ娘が一転問題児扱いだ!」

「……新聞は、事実を書いただけなのでは?」

「たわけ! 貴様の問題行動はトレセン学園全体の問題に波及する!」

「トレセン学園にはウマ娘が山のようにいるんだ。個性的な娘がいてもいいじゃないか」

「言い訳はいい。さあ来い。今日は門限までみっちりダンスの練習を叩きこんでやる!」

「ええぇっ!? いや、しかし私にはデータの参照と実験が!」

「そんなものは明日やればいいだろう! さあ来るんだ!」

「だ、誰か~、カフェ、助けてくれ~」

 

 

「とまあ、そんな感じで……エアグルーヴさんにズルズルと引っ張り出されて何処かに行きました……」

「うん、自業自得だね」

 

 

「ところで、Playerさん……」

「ん、どうしたんだい?」

「……私は、勝てるでしょうか?」

「…………」

 

Playerがパラメータ画面を映し出す。

「これが現在の君の実力。そして、これが戦うウマ娘の実力」

デュアルモニターのように虚空へパラメータを表示させる。

「これで負ける要素があるとしたら、君が勝利を拒否した時ぐらいかな?」

 

ぺちぺち。

 

Playerの頬をお友だちが叩く。そういう事を聞きたいんじゃない、空気を読め、そう言いたいのだろうか。

 

「……。一つ、昔話をしよう」

Playerはカフェ愛用のソファーに座りながら静かに語り始めた。

 

「一頭の『馬』がいた。その馬はとにかく醜く、あんな酷いのは見た事がない、見るのも不愉快、そう罵られた。

買い手も付かず、病気で生死を彷徨い、事故で重傷を負った。まるで呪われた馬ではないかと言われた。

しかしそんな地獄すら生温い環境がその馬を強く、逞しい馬へと成長させ、最終的に歴史に名を刻む名馬となった」

 

「…………」

カフェは、その話を静かに聞いていた。

そしてその背後の一人の『お友だち』もまた、真剣な面持ちで話しを聞いていた。

 

「何が言いたいのか、って顔だね。結局、人もウマ娘も、大事なのは心持なんだよ。

怯えを勇気に変える時、人は素晴らしい力を発揮する。真っすぐに瞳を未来に向けてごらん。その先に答えはあるよ」

 

ぽん。

 

「お茶菓子をだしておくよ。何かあったらトレーナー室まで来てくれ」

 

そう言って、Playerは部屋を出て行った。

後には一人取り残されたマンハッタンカフェだけがいた。

 

「…………」

カフェの周りのお友だちが不安そうな顔でカフェを見つめていた。

「うん、大丈夫……。私の瞳の先は決まっている。あの娘に勝つ事。それだけだよ……」

そうだ、こんな事で怯えていられない。カフェは深呼吸をして拳を強く握りしめた。

そしてコーヒーを一口啜り、Playerの出したお茶菓子を一つ食べた。

「美味しい。私好みの味……。別に言ってないのに。怖い人だな、あの人は……」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

そして、マンハッタンカフェのメイクデビュー戦の日がやってきた。

 

「…………」

カフェは無言でストレッチをして体をほぐしていた。

その光景を、タキオンとPlayerが見つめている。

 

(自覚はしてないだろうけど、カフェの状態は絶好調といったところだねぇ)

 

「カフェ、予め言っておく」

「……何ですか?」

「おそらく、『お友だち』は君の遥か前方を突き抜けていくだろう。だが慌てて掛かっては駄目だ。目の前のレースに集中するように」

「分かっています……。デビュー戦の時点で、彼女に勝てるだなんて……最初から思っていませんよ……」

 

ガチャ。

 

「マンハッタンカフェさん、時間です。レース場へ」

「了解です……」

 

「さて、私達はじっくりと見物させてもらうよ、カフェ」

「言われなくても大丈夫です。……勝ってきます」

 

 

『さあ今日の第4Rラウンドはメイクデビュー戦。昨日の雨が影響してか、バ場状態は稍重となりました』

『天気持ってくれるといいですね』

『一番人気はこの娘、マンハッタンカフェ。期待通りの結果を見せられるか?』

 

『各ウマ娘、ゲートに入って態勢完了しました』

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

ガコン!

 

『今スタートが切られました。各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切りました』

『誰が抜け出すのか注目しましょう』

『おっとマンハッタンカフェ、一度後方に下がりました』

『体が出来上がってないウマ娘にとって2000mは厳しい距離ですからね』

 

「……おかしいな。スタートした瞬間、何かにぶつかったような感触があるんだけど」

「…………」

 

「ふむ、2番と5番、あと8番が先団でやり合う形になったか」

「マイルレースならこのペースでもいいが、2000mではどうかねぇ」

「新人となれば結果を求めるあまり前に出たがるものだ。それでもカフェが動じずあの位置にいるということは、型がしっかり出来ている証拠だ」

「最後の直線までじっと我慢の子というわけか」

 

「……ところでPlayer君」

「なんだい、タキオン?」

「全てをネタバレする必要はないが……カフェが目指す高みの『お友だち』、彼女はそんなに強いのかい?」

「通算成績14戦9勝2着5回。連帯率100%で勝ったGⅠは6つだよ」

「それは凄いな。カフェはそんなウマ娘を目標にしているのか」

(……その『馬』の血が、タキオンとカフェ、二人に流れていることは今のところは黙っておくか)

 

『さあレースは終盤。最後の直線に入りました!』

『勝負所です。目が離せない展開ですよ!』

 

「はぁ……はぁ……はぁ……まだなの? ゴール板が、遠い……」

「もう脚が、もたない……」

 

「…………」

 

『おっとここでマンハッタンカフェ仕掛けた! 他のウマ娘を一気に差し切り、先頭に躍り出た! これは決まったか!?』

『まるで測っていたかのような走りです! まるで獲物を狙う黒ヒョウのようだ!』

 

『マンハッタンカフェそのままゴールイン! お見事! メイクデビュー戦を制しました!』

 

「……ふう」

走り終えたカフェは息を吐き、そして、ちょっとだけ笑った。

 

 

「見事な走りだったな」

「新人離れした落ち着き用と末脚だな。見ろよ、上り3ハロンが35秒を切っているぞ」

「この前のアグネスタキオンもそうだが、将来が楽しみなウマ娘が現れたな」

報道陣も熱気立つ。

 

「あー負けた負けた! また一から鍛え直してもう一度頑張ろう! カフェさん、勝利おめでとう!」

「…………」

「……? カフェさん?」

「……あ、すいません。ボーッとしてました……」

カフェの瞳の先には、ウイニングランと言わんばかりに早くも向こう正面を元気に走っている『お友だち』の姿があった。

(……実践だと、こんなにも差があるんだ。……やっぱり、悔しいな……)

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

『見事な勝利でしたね』

「有難うございます……」

『脚を溜めている印象でしたが、どうですか?』

「トレーナーさんは……、自分の持ち味は差し脚だと言われていましたので、直線まで我慢していました……」

『漆黒の塊が一気に駆け抜けていくようでした』

「デビュー戦で走るウマ娘も少なかったので……。今後は、外に持ち出す事を覚えなくてはと思います……」

カフェのヒーローインタビューは淡々としていた。

別にカフェは無口なわけではない。本来は感情表現豊かで、笑顔も見せる年相応のウマ娘だ。

タキオンに対しては塩対応だが。

 

そしてインタビューはPlayerに対しても向けられた。

「今後の予定について教えてください」

 

「……タキオンは年末のホープフルステークスに直行。カフェは京都ジュニアステークスで重賞に挑戦してもらいます」

「オープン戦を入れずに重賞直行ですか!?」

「この時期、デビュー間もないウマ娘はマイル距離を目標にしますし実際大半はそういうレースです。しかし二人は中距離以上で輝くウマ娘だと考えています。適性の問題です」

「しかしアグネスタキオンは2戦目がジュニア級GⅠとは強気の采配ですね」

「そもそもホープフルの前身のラジオNIKKEI杯はGⅢからスタートしました。たまたま我々が走る今がGⅠなだけです」

「勝算はどれ程でしょうか……?」

「結果で示して見せます。そして皆さんは知ることになるでしょう。アグネスタキオンというウマ娘を……」

 

陣営の強気の姿勢に報道陣は震えた。それほどまでにウマ娘を『信用』……いや『信頼』しているのだ、と。

 

 

「聞いてたよPlayer君。君、私たちに負けず劣らずのキャラクター性だねぇ。俳優を目指したらどうかな?」

「それならジェームズ・ボンドがいいかな?」

「……Playerさん。勝ちました……」

「うん、おめでとうカフェ。はい、なでなで」

「茶化さないでください……」

「……で、お友だちはどう見えたかな?」

「……彼女が黒い閃光なら、私は、砂鉄程度ですね……」

「はは、でもその差は必ず埋まるよ。私の手腕を持ってすれば、ね」

「やあやあめでたい。カフェにコーヒー味の紅茶を差し入れようじゃあないか」

「……いりません。ウイニングライブ、踊る準備をします……」

 

 

ウイニングライブで『Make Debut!』を踊るマンハッタンカフェは美しかった。

取っつきにくそうで純朴な表情、流れるような綺麗な黒髪……。

 

しかしマスコミが撮った写真には、「見えてはいけないモノ」が幾つも写っており、写真の加工に苦労したとか……。

 

 




次はホープフルを書きます
クロフネについても少しだけ触れます
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