ウマ娘プリティーダービー『The Player』 作:K.T.G.Y
皆さんもホープフルステークスに助けられてる一人でしょう
ザバザバ……ザバザバ……。
バシャバシャ……バシャバシャ……。
年末の重賞に向けて、アグネスタキオンとマンハッタンカフェは今日もトレーニングに取り組んでいた。
今日のメニューは水泳によるスタミナ強化。二人とも体育用の水着に着替え元気に泳いでいる。
トレセン学園のプールは競泳用に仕上げられており、とても広く、飛び込み台もある。
よくテイエムオペラオーが華麗なジャンプを決めるために使われることで有名だ。
泳ぎの苦手なウマ娘用にビート板も貸し出されており、更衣室にはシャワー設備もある。
秋川やよい理事長は「温泉ッ!……とはいかなくてもサウナぐらいは!」と嘆願していたが、たづな秘書に止められたとか。
「……ぷはっ! プ……トレーナーく~ん、もう疲れたよ~。今日はこれでいいだろ?」
「分かった。タキオンはこれで終わりにしよう」
「後でマッサージしておくれよー。胸と尻以外ならどこを揉んでもいいからさ~」
「はいはい……」
「私は……まだいけますが……」
「流石カフェはスタミナお化けだな。でもそろそろ貸し出し時間が終わる。今日はこれで上がりにしよう」
「分かりました……」
「いやーカフェと違って私は胸が大きいからねぇ。泳ぐのも一苦労なのさ」
「…………」
ザバァッ!!
「ひょごっ!? ひょっ、びょっどがっふぇ! ごんがどこぼでおひょぼがぢをげじかげばみれぐで! おぼふぇびゅ! おぼででぎがぶぅ!」
「……私は何もしてません」
「逆鱗に触れたようだね」
ザバァ! ザバァ! ザバァ! ザバァ!
「終わりました。マスター、タイムは?」
「全然駄目だ。タイムもそうだが、後半特に遅れている。ブルボン、もう一回だ!」
「反復を了解。ミホノブルボン、再始動。いきます」
プールの反対方向ではミホノブルボンと黒沼トレーナーがいた。
開始から全く休みなしで泳がせている。
「うわー……流石トレセン学園一の鬼教官と言われるだけあって凄い猛練習だね」
「昨日なんて坂路ダッシュ30本は熟してたよ」
「トレーナーも怖いけど、あれについていけてるブルボンさんも凄いよね」
「普通のウマ娘ならとっくに壊れちゃってるよ」
Playerの側にいたモブウマ娘が噂していた。
「……」
(ミホノブルボン……その正確無比なラップタイムと強靭な身体能力から『サイボーグ』と言われている逃げを得意とするウマ娘……)
(当然来年のクラシック戦線にも現れ、脅威として立ちはだかるだろう……だが)
(その正確な時計の針が狂った時、あなたはどんな顔をして泣くんでしょうね……黒沼トレーナー)
「……まったく、ブルボンとタキオン達が戦うなんて時系列も滅茶苦茶だな」
まあミホノブルボンに限った話ではない。ステータスは低くても、実装されたウマ娘をレースに出場させるのは、ゲームでもよくある事だ。
ひょっとしたらアニメ第一期と第二期の時系列までごちゃごちゃにして、スペシャルウィークやトウカイテイオーまで出るかもしれない。
そう思うと、身震い半分武者震い半分だ。
「ぷはぁっ! げほっ! げほっ! カフェー、幾らなんでもこれはあんまりだろう。ウマ娘が溺れ死ぬなんて洒落にならないぞ」
「私は何もしてません……。水子の霊でもいたんじゃないですか……?」
「許しておくれよ~。今度豊胸の薬をプレゼントするからさ~」
「……もう一回、沈められたいですか……?」
「いやーカフェも本来はもう少しBがある筈だったんだけどねえ。81ぐらい」
「え、どういう事ですか……?」
「いやね、公式設定で最初はB81だったんだよ。それが最終的にB73まで減らされてね。何が悪かったのか……」
「…………。いいんです。大きな胸なんて……走るのに邪魔ですから……」
「スタッフに貧乳派でもいたんじゃないかねぇ? 何にせよお気の毒だったねカフェ」
「…………」
ガンッ! ザバァッ!
Playerはカフェの八つ当たりの巻き添えになり、プールの中に堕ちた。
タキオンはもう一度沈められた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
練習を終え、三人は理科準備室に戻ってきていた。
Playerも水を被ったが、所詮はアバターである。水に濡れる、という概念がない。
「……ところでPlayer君」
「ん、どうしたんだいタキオン」
「さっきのカフェの公式設定の話なんだが」
「なっ……タキオンさん、まだこの話蒸し返すんですか……?」
「いやあなに、我々の脳内を決める、いわば『神』にも等しき世界の連中が、何を思って我々を模ったのかは研究者として興味がわくのでねぇ」
「ふむ……。では、見てみるかい?」
Playerは虚空にモニターを表示した。そこにはコーヒーが入ったマグカップを持ったマンハッタンカフェの姿があった。
「ほほぅ、改めて見ると可憐だねぇ。『影の薄い不思議な少女。人に見えないものが見え、指先で奇妙な紋様を描き、いつも壁際に一人でいる』か……。
"お友だち"の設定もあるんだね。確かにこれは私たちの知る『マンハッタンカフェ』その人だねぇ」
「……なんだか、恥ずかしいです。まあ、プロマイドを見せられていると思えば……いいですけど……」
「さっき私が言ったスリーサイズも表記されている。……といっても、これは最終決定稿のようなもので、ここに至るまでには紆余曲折があった。
フィクションの世界では前半と後半でキャラクターが違うということがよくあるようにね」
「ふぅン、ではその『黒歴史』とやらはどんなものなのか、興味が湧くねぇ」
「…………」
カフェは恥ずかしいのか、後ろを向いてしまった。
「……で、その前がこれだ」
Playerはモニターをもう一つ表示させた。
「…………。おお、おおお、これは興味深い。『私のトレーナーさん、私の事を全部わかってくれる人……』だって!?
一見何を考えているかわからないが実はトレーナーに対して強い執着心を秘めている? 凄い! デレッデレじゃないか! いやあトレーナーになった相手は幸せ者だねぇ」
「……っ! ちょ、ちょっと待ってください! 私、こんなキャラじゃありませんよ!」
「そう照れるなカフェ。不思議少女が年上の相手に父性を求めるというのは創作の世界ではよくあることじゃないか」
「ふざけないでください! Playerさん、これ、コラージュですよね? あなたが作った妄想の産物ですよね?」
「……いや、今ではないにしろ、そういう設定で紹介されたことがあるのは事実だよ。マンハッタンカフェほど設定が二転三転したのも珍しいケースだけどね」
「……////……」
カフェは、顔を赤らめた。
「……でもね」
「んん?」
「実は……もう一つあるんだ」
Playerがモニターを宙に映し出す。
「…………」
「…………」
「…………。ぷっ……あはははははははっ! 何だいこれ!? 『ええ……お任せを。血に飢えた猟犬のように、レースを制してみせましょう』だって!? どこの中二病だい!?」
「なっ……なっ……!」
「こっちも凄いぞ! 『もしウマ娘に生まれなかったら、人生が退屈すぎて、きっと犯罪を犯していたかも……』だそうだ!
これじゃただのサイコパスだよ! あっはっはっはっは! ははははは……あ~~お腹痛い!!」
「タ、キ、オ、ン、さんっ!!!!」
どこっ! ぼかっ! ぐわしっ!
「ぐえぇぇっ……。こらこらカフェ、照れ隠しにお友だちをけしかけないでくれよ」
「Playerさん! これ、今度こそコラージュですよね!? そうだと言ってください!」
「……大丈夫。初期案だから」
「あああ……ああああああ……」
「良かったねカフェ、このままだったら君はいい笑いものだったね」
「……今わたしは、初めて神に叛逆したい気分になりました……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後。トレセン学園のレース場は賑わっていた。
今日は土曜日で、明日は日曜日。レースのないウマ娘は模擬レースに出走する予定で詰まっている。
勿論すでにデビュー済みで本番を迎える娘もいる。最後の追い上げの一日だ。
そして今日はまだスカウトされていないウマ娘やトレーナー、更にマスコミのカメラまで入って観客席はザワついていた。
「ふむ、あの娘、前に行くことを意識し過ぎて掛かっているな。ちゃんと足を溜める事を覚えればいいのに、勿体ない……」
「今走っている娘はコーナーを曲がるとき随分ぎこちない感じだな。まあこればかりは簡単に身に付くものではないからな」
「あの娘はいい足腰をしているなあ。デビュー前みたいだが、早晩トレーナーがスカウトに動くだろう」
記者たちもこれからトゥインクル・シリーズを盛り上げてくれるかもしれない逸材に目を光らせる。
「さて、そろそろデビュー済みのウマ娘の走りにカメラを向けるか……」
まずカメラがピントを合わせたのはミホノブルボン。今日も鬼気迫る勢いで坂路を駆けあがっている。
「いいなミホノブルボン。既にオープン戦に出走し大楽勝。次は朝日杯フューチュリティステークスか」
「いや、その前にマイルの重賞を入れるとも聞いたぞ」
「心身にコンピューターが入っているというくらいの正確無比なラップタイムを刻むのが持ち味ですよね」
「彼女からすれば初のGⅠだが、気負う事なく本番を迎えられそうだな」
「もし全て勝ったら、本年度の最優秀ジュニア級ウマ娘は間違いないだろう」
だがこの時、ベテラン記者の一人は心の中でこう呟いていた。
(……ジュニア級で体が出来上がっていない時からこの仕上げ方。やり過ぎだ)
(トレーナーは彼女に三冠を獲らせたがっているようだが、大丈夫か? 彼女の本質はスプリンターじゃないのか)
「どうしたんです、戸島さん?」
「……。いや、なんでもねえよ」
「……とう」
「いいですよミーク。その調子です!」
「……ぶい」
桐生院葵とハッピーミークの姿もあった。
名門桐生院家のトレーナーとして初めて担当を任されたウマ娘に、どうしても結果と自信を持たせてあげたいと必死だ。
しかし……、
「名門と言っても新人の若輩者だしなあ。あのウマ娘もまだ重賞一度も勝ててないそうじゃないか」
「あのウマ娘も可哀想だな。熱意だけではプロ失格だってのにさ」
そう陰口を叩かれていることを彼女も知っている。
真面目で責任感が強い人間がドツボにハマると後は落ちるだけ……。
そんな状況を打破すべく、試行錯誤を繰り返していた時に出会ったのが、
「うちのタキオンとカフェの併走に付き合ってくれませんか? 実践を想定して走った方が、得られるものも多い筈ですよ」
他でもないPlayerだった。
タキオンには「君も男なんだねぇ」と茶化されたが、目当ては「失敗率ダウンと体力消費ダウン」である。
スキルが欲しいわけではない。
(……まあ、とりあえず入れておくだけなら害もないからな)
「アグネスタキオンとマンハッタンカフェか。デビュー戦は強い所を見せたけど、今後はどうなるかな?」
「そう言えば、あの二人いつも誰かと一緒にトレーニングしてるんだよな」
「そうなのか?」
この前は、
「タキオンさんの為ならいくらでも時間をつくりますよ!」
「ったく、なんで俺まで」
ダイワスカーレットとウオッカと。
この前は、
「よろしくお願いします」
「お手柔らかにしてくださいね」
ヤエノムテキとメジロアルダンと。
この前は、
「後輩に指導する事も大事だとタマが言っていた」
「一緒に頑張りましょうね~」
オグリキャップとスーパークリークと。
この件についてタマモクロスは、
「いやなんか、さあ今日もトレーニング張り切るでー、と言う時に、いっつも二人がおるんや。で、せっかくやし一緒にやろとするんやけどな。
……なんか、こう頻度が多いとストーカーかと思てまうわ。もしくは意図的に時間を合わせとるのか。うーん……わからんわ」
と、いうことである。
だが、トレーナーの指導は他とは明らかに違うところがあった。
それは「走る前に充分体を動かすように言う」事、そして「無理は絶対にさせない」という事だ。
フォームが崩れそうになっていたら早々に練習を切り上げるし、休みも普通に取らせる。
一見シンプルで当たり前の様に見えるが、それを一徹できるトレーナーはそうはいない。
「怪我のパーセントを上げてまで練習をさせる必要はありませんよ。リスク管理です」
Playerはそう答えた。
だがトレセン学園のトレーナー達も、各種メディア達も、口を揃えてこう言うのだ。あんな奴いたっけ、と。
しかし文書などでは間違いなくトレーナーとして登録されており、不正はない。
「ふう……こんなものかな」
「お疲れタキオン。カフェもお疲れ様。今日はここまでにしておこう」
「私は……まだいけますが」
「10周走ろうと20周走ろうと上がる数値は同じだよ」
「その言い方、……あまり好きではありません」
「ウマ娘もアスリートである以上、怪我は付き物さ。怪我のリスクは無理をさせた分に正比例する。怪我さえなければ……そんなウマ娘がどれだけいたと思う?
タキオンがいい例さ。史実のアグネスタキオンは僅か4戦しかできなかったんだよ。私は彼女にそうなってほしくない」
「お言葉に甘えようじゃあないかカフェ。彼はああ言い出したら聞かないよ」
「……分かりました」
「ん? もう上がるのか? まだ走り始めたばかりじゃないか」
「いや、二人とも2000mを、実践を想定した走り込みをしている。集中力が途切れる頃合いを見計らって止めているんだ」
「そして走る前と同じくらい柔軟とクールダウンをいれている、か」
「この時期から無理はさせない、ミホノブルボン陣営と対極だな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして各陣営が思い思いの指導を行い、ウマ娘を育成する事早数ヵ月。
季節は秋から冬に変わろうとしていた11月下旬。
マンハッタンカフェは初重賞に京都ジュニアステークスを選んでいた。
『さあ注目の一番人気マンハッタンカフェ。結果を出すことが出来るか?』
『レースはよどみなく進みます。先頭から殿までおよそ6バ身』
『これだけ団子状態だと、紛れがあるかもしれないですね!?』
「…………」
カフェはスタートを決めた後、内ラチに入っていた。順位は7~8番手。
それを観客席から見ていたPlayerとタキオン。
「ん~、お手並み拝見と思っていたが、これはちょっとまずいんじゃないか?」
「……捕まったか」
「カフェ、早く外に持ち出すんだ。行き場がなくなるぞ」
しかしカフェの視界にあるのは『お友達』だけだ。
彼女が華麗にコーナーを回り、既に最終直線に入ろうとしている。
(よし、私もここから……)
そうカフェは考えた。だが、それが裏目となる。
『ここからスパート! 一気にレースが動きます!』
『マンハッタンカフェはどうだ!? まだ来ない! まだ差がある!』
「……っ! しまっ……!」
ウマ娘のレースは特殊である。
モニターの前からすればキャラがちょこちょこ走っているに過ぎないが、実際は人間を遥かに上回る速度で走っている。馬と同じ速度で。
そしてリアルでもあるように、前、横、背後に行先を阻まれ、馬郡に囲まれそのまま打つ手なし、と言う事は多い。
ゲームで言えば、『モブロック』である。他のウマ娘に前を阻まれうまく前に行けなくなってしまう。
パワーを上げ、ステータスでゴリ押ししても、それは時として「起こってしまう」
「差し」「追込」で走るウマ娘にとって、避けては通れない現象の一つだ。
(早く……体を外に……駄目だ! 前がつかえてる! 横も……行けない!)
「……これだけステータスを上げても、走り方一つでこうもなってしまうのか。誤算だな」
「いや、カフェは『お友だち』しか眼中になかった。視野が狭すぎた。カフェなら大外をブン回しても抜けるのにねぇ」
「……。近年、日本の競馬界は『スローペース症候群』という病にかかっている。スタートだけまともに決めて、その後はノロノロと走って、最後の直線に向いてからようやくヨーイドン。
そんなレースばかりになって既に久しい。故に個性溢れる逃げ馬が重宝される。サイレンススズカの様にね。人は逃げにロマンを求めるんだ」
「ウマ娘のスズカは、どこまでもストイックで、走る事しか考えておらず、人見知りの気配すらあるんだがね」
そうこう談話しているうちに、決着が付いた。カフェは3着。最後に空いた横から体を持ち出しスパートをかけたが、時既に遅かった。
「……っ!」
カフェも無念である。勝てるレースを落とした。『お友だち』に気を取られ、抜くタイミングを誤った。
(私は挑戦者なのに……私は若輩者なのに……あの娘の事ばかり考えてこんな凡ミスを……!)
「…………」
カフェは下を向いてPlayerとタキオンの前に現れた。おそらく周囲の『お友だち』が必死に慰めているのだろうが、心ここに在らず。
「私から言える言葉は、これを教訓にして、二度と同じ過ちを繰り返すな。……といったところかな」
「…………」
「カフェ、君は私にとってライバルでもあるんだ。それを忘れないでくれたまえ」
それだけ残し、タキオンは去っていった。
「…………」
「ふむ、ファン数が規定数に達していないな。仕方ない。ギリギリになるが、年明けの「京成杯」で帳尻を合わせようか」
「……Playerさん」
「何かな?」
「……私を、思いっきりひっぱたいてください。このままじゃ……あの娘に合わせる顔がありません」
「負けておきながらまだ『お友だち』に固執する、それが敗因であると分かっていても、かい?」
「……はい」
「やれやれ、分かったよ。闘魂注入だ」
ぷに。
Playerはカフェの頬を指でつんと突いた。
「おお、案外もちもちだね」
「ふざけないでください!」
「ふざけてなんかないよ。勝てばウマ娘の実績、負ければトレーナーの責任だからね。上級者ならここで『あきらめる』ボタンを押してるよ。でも私はまだ君達といたいからね」
「…………」
ぽん!
「はい、クールダウン用のアイスコーヒー。マンデリンの深煎り。それを飲んで頭を冷やしたら、ウイニングライブの相方に行っておいで」
「……。はい……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして12月に入り、日本にも冬が訪れた。
ミホノブルボンは朝日杯FSを完勝。最優秀ジュニア級ウマ娘はほぼ当確といったところか。
グランプリ有馬記念も大いに盛り上がり、今年のGⅠも残すところあと一つ。
かつてはGⅢから始まったホープフルステークスだ。
GⅠ昇格は2017年と近年に入ってからであり、設立当初は牝馬限定でしかも3歳ステークスだった。
史実のアグネスタキオンが走ったのは2000年。ラジオたんぱ杯3歳ステークスと呼ばれた時代。
「ふむ……」
タキオンはGⅠということで勝負服に身を包んでいた。
袖余りで試験管を付けた白コート、黄色のセーター、脚は黒のストッキングで生足は見えず、靴はヒール付きのショートブーツ。
「やあやあ素晴らしい。勝負服は発注していたが、まさかここまで私の理想通りとは」
「……とても、走りやすい服装には見えません……」
「それがいいんじゃないかカフェ」
そういって、ダボダボなコートの袖を振り振りさせる。
「Playerさん……本当にこんなのがタキオンさんの勝負服として実装されてるんですか……?」
「そうだよ」
「…………」
「相手のデータには目を通したかい?」
「勿論。その点は抜かりはないよ。パラメータは全て丸暗記して、ここにある……」
そう言って、頭のこめかみ部分をトントンする。
改めてPlayerは手元の資料を見る。
(GⅠ級だけあって強力なウマ娘が多いな。要注意は……)
ガチャ。
「アグネスタキオンさん。時間です。レース場に来てください」
「分かった。ではプレ……トレーナー君、行ってくるよ」
「私たちは観客席に移動しようか」
「はい……タキオンさんの走り、じっくり観察させてもらいます……」
『さあ今年ももはや年末。有馬記念も終わり競バファンの皆さんもくつろいでいるのではないでしょうか。そんな中締めくくりを飾る最後のレースとなりました』
『年の瀬とはいえ、我々にとっては来年のクラシック戦線を戦うであろう有力ウマ娘を見届ける大一番ですからね。目が離せません』
『もう幾つ寝ると御正月、ジュニア級ウマ娘の数少ないGⅠレース、ホープフルステークス、間もなくファンファーレです』
旗が振られ、吹奏楽が鳴り、観客席から大きな声援が響き渡る。
そのゴール100m手前付近の観客席、Playerとマンハッタンカフェはいた。
『三番人気を紹介しましょう。フリースタイル・レース界からの刺客、2戦2勝ジャングルポケット。二番人気を紹介しましょう。名門の異端児、初勝利から直行のアグネスタキオン。
そして一番人気はこのウマ娘。ここまで3戦2勝、勝ったレースはいずれもレコード、アメリカ出身のレコードホルダー、ブラックシップ!』
「……ブラックシップ、ねえ。そりゃオーナーが金子さんだから実装は1000%ないだろうからね」
「……?」
Playerは呟いた。
『ブラックシップはレース前にこう言っていました。ホープフルステークスの名を冠したレースならアメリカにもある。私は芝ダートの2刀流ウマ娘になる為に海を渡った、と』
『そしてゆくゆくは海外GⅠレースにも挑戦したいとも言っていたようです』
「……ちっ、なにが留学生だ。俺はまだこのレースに勝てば最優秀ジュニアの可能性がある。負けねぇぞ!」
ジャングルポケットは唇を舐めた。
全員が全員、GⅠという晴れ舞台でそれぞれの思惑を持ったレース。
その一方でアグネスタキオンは、
「おいおい、ゲートインはまだなのかね? 勝手に入ってしまうよ」
「ああ今行きますお待ちください!」
係員を呼び寄せる程マイペースを貫いていた。
(タキオンさん、私にあんな口をきいたんです。負けないでくださいよ)
(じゅるりら……。推しのレースを最前線で……こんな幸せがありますか!)
(絶対負けねえ!)
(…………)
(さぁて……実験開始だ!)
それぞれの思惑を胸に……、
ガコン!
今、ゲートが開いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『スタートしました! 各ウマ娘揃っていいスタート!』
『さあどのような位置取りを取るのか、注目しましょう!』
アグネスタキオンは先団5番手に入り、ジャングルポケットは中団8番手。
ブラックシップはその後ろ10番手付近をキープする。
『まずは一番ネレイドランデブー、内枠を生かして単身で飛ばしていきます』
『どうやら彼女がペースメーカーになりそうですね』
「なんとか勝ち取ったGⅠの晴れ舞台だ。経験の浅いウマ娘に離されるのはキツい筈だってトレーナーが言ってたもんね!」
そのまま4バ身程離しての先頭をガッチリキープする。
(うわ、どうしよう。最後の直線勝負と思ったけど、追い付けるかな?)
(頼むよー潰れてくれよー)
他のモブウマ娘も気が散ってしょうがない。頭では作戦は分かっているのだが、それを冷静に対処できるほど現実は甘くはない。
「へっ……最後に捕まえてやるから覚悟しておけよ」
「委細問題なし。レースは最後に先頭になれば良し」
「おいてめえ行けよ」
「断る」
その中、バチバチにプレッシャーを掛け合っているのがジャングルポケットとブラックシップ。
周囲はあの近くにいたくないと控え始める。
「ふむ……これが自分との闘いか。中々良い心地だねぇ」
一方でアグネスタキオンは相も変わらずの泰然自若。状況判断を分析しながら軽快に走っている。
『さあ単身で飛ばすウマ娘がいるだけにバ群は縦長の展開。1000mタイムは……58.8の比較的ハイペース!』
『ジュニア級では珍しいペースですね。これは相当の消耗戦になりそうです』
このペースに後方からレースを展開しようとしていたウマ娘達も徐々に焦り始める。
これはジュニア級とはいえGⅠなのだ。冷静さ、慎重さ、そういったものを要求されるレースにおいて、ペースが速い展開は危う過ぎる。
脚が、溜められない。……この展開に付いて来れるかというのは経験が浅いウマ娘には辛すぎる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「やば……もう脚が……」
「直線まで、持たない……?」
その中、唯一先団付近にいたアグネスタキオンだけが、先頭を行くウマ娘のペースが落ちたのを見逃さなかった。
「……うん、仕掛け時か」
第3コーナー中間地点、タキオンが動き、一気にペースを上げる。
固有スキル『U=ma2』が発動したのだ。
『ここで仕掛けたアグネスタキオン! 前に出る!』
そして第4コーナー手前で先頭を抜き去る。
「ええっ……!?」
「ペースメーカーお疲れ様、君の役目はもう終わりだ」
『さあ最後の直線、先頭に立ったのはアグネスタキオン! ここから名物の中山の短い直線と心臓破りの坂がある! 後ろの娘達は間に合うか!?』
だがここでジャングルポケットとブラックシップが一気に差しに来る。
「逃げ切れると……思うなああああっ!」
「射程圏内だ……っ!」
『やはり三頭だ! 人気上位の三頭の勝負になりそうだ! 逃げ切れるかアグネスタキオン! 追いすがるジャングルポケットとブラックシップ!』
「ああ……聞こえてくるさ、君たちの蹄鉄の音が。感じ取れるさ、君たちのプレッシャーが。でもね、中山じゃあ……追いつけないよ!」
タキオンが二枚腰を使い、更にペースを上げる。
スーパークリークの練習で手に入れた、スキル『末脚』が発動したのだ。
「なにぃっ!?」
「想定外……かっ!」
その距離は最後まで詰まることはなかった。
ゴール板を、誰よりも速く駆け抜けたのは、白衣の少女だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ワアアアアアアアアアアアアアッ!!
大きな歓声が沸き上がる。その声を聞きながら、タキオンはゆっくりとした動作で脚を止め、少しだけ観客席を向いた。
笑う事はなかった。ガッツポーズもしなかった。
「ふぅっ……ふふふ、これが研究の成果、さ……」
『見事な走りでしたアグネスタキオン。着差以上の強い走りを見せてくれました!』
『2着にはジャングルポケット。3着にはブラックシップが入っています』
「ちっ……くしょおおおおおおおおっ!」
「不覚……中山である事を想定して走る必要があった。いや、それでも追い付けたか……くっ」
一着を攫われた両者は悔しさを滲ませた。
ベストの走りをする事は出来た。それ以上の走りをアグネスタキオンにされた。完敗だった。
言葉に出さずとも、絶対リベンジするという誓いを二人は立てた。
勝利後、タキオンはインタビューを受けた。
『おめでとうございますタキオンさん。今のお気持ちをどうぞ!』
「ふむ、そうだねぇ。まあサンプルを取るにはまだ研究の余地があるといったところかな」
『最後はかなり余裕があるように見えましたが』
「ゲームで言えば、パラメータが高かっただけかもしれないよ」
『……。タキオンさんは実験が好きだと聞きましたが、このレースもその一つだと?』
「きみ、人のプライベートに関与するのは好ましくないよ」
『…………。では、最後にファンの方々に対して一言お願いします』
「私にファンが付くとは思えないが、うーん、そうだな……。
君も興味ないかい。ウマ娘がどこまで速くなれるのか。もしあるのなら…この私、アグネスタキオンの被検体(モルモット)になりたまえ」
記者たちはドン引きした。
「お疲れ様タキオン、どうぞ、溶解度の限界まで砂糖を入れたキーマン紅茶だ」
控室でPlayerはタキオンを労い、紅茶を差し出した。
「ふふ、素直に有難うと言っておくよ。んん~。美味しい。やはりレース後はこれに限る。
ポリフェノールと抗酸化作用と糖分が備わり最強に見える、まさに理想のエナジードリンク……!」
「タキオンさん、絶対糖尿病になりますね……」
「さてカフェ、私は晴れ舞台で結果を残した。次のレースは年明けすぐになるだろうが、もう不覚は取らないでくれよ」
「……。分かっています」
「で、次はウイニングライブか。面倒くさいねぇ。私は大衆に媚を売るような真似はしたくないんだが」
「これ以上バックレたらエアグルーヴさんにどやされるどころじゃ済まないよ」
「分かった分かった。踊るよ。歌うよ。はぁ、憂鬱だ……ん、待てよ? そうだ! Playerく~ん、私のダミーを作ってくれないか? 彼女に踊らせればいいんだよ」
「問題解決になってないね」
「うぐっ……! 君も強情だね。しょうがないな。じゃあ下着だけ取り替えるから部屋を出ててくれ。汗でベトベトなんだ」
「はいはい」
結局、タキオンはいつも以上に死んだ眼で『ENDLESS DREAM!!』を踊った。
それを見ていたアグネスデジタルは昇天したとかなんとか……。
ようやくジュニア期が終われます
さあエンジンかけていかないと
せめてエターナらずに完走まではいきたい