ウマ娘プリティーダービー『The Player』 作:K.T.G.Y
カフェはどうしたカフェは!?
落ち着き給え。カフェをここで強引に出したらタキオンに怒られるじゃんか
因子周回ならともかくカフェを無理にダービーに出してはいけない(戒め
「ぐぅ~~~~~すやぁ~~~~~~」
アグネスタキオンは、爆睡していた。
激闘の皐月賞を制し、寝落ちしたのを見かけて一日フリーを与えられた彼女は、よし明日は一日中研究をしてやろうと意気込んで眠りについた後、結局起きなかった。
そんな日が何日か続いていた。
アプリでは理論上何十連闘だってやろうと思えば出来るが、本人のダメージは想像以上に大きかったようだ。
「うぅ~~~~むむむ~~~」
その状況を同室のデジタルは悩んでいた。
「タキオンさんを起床さねばならないのは分かるんですが、推しに触れるのはデジたんの道に外れてしまう! どうすれば……」
ちなみに一部のウマ娘からタキオンの寝顔を撮ってこい高く買うと言われているのだが、全力でお断りした。
「タキオンさ~ん、起きてくださ~い」
「うぅン、むぅ~~~」
「…………。……。あ、あそこにフローラお母様のドスケベエロ画像が」
「(ガバッ!)!!?!!?!? お母様! 幾ら時代が人妻ブームだからってそんな破廉恥な! ……あれっ?」
「あ、ようやく起きましたか」
「……。デジタルくぅ~ん、幾らなんでもそんな嘘はないだろう? いや、お母様ならあるいは……」
「そんな事より起きてください。最近研究が滞ってるからって言いながら翌日に回しっぱなしじゃないですか」
「う、うむ……」
「もうすぐダービーの登録申請最終日ですよ。陣営は最終日まで引っ張る気とか騒いでますが、タキオンさんもエンジンかけないと」
「……デジタル君は、世話焼きの妹みたいだねえ」
「ひゅわぅ!? い、妹!? 古来より脈々と受け継がれる実績と安心の推しポジションに私が!? ひあああああ恐れ多くて心臓がぁ~!」
「…………」
マンハッタンカフェはトレーナー室で体重計に乗っていた。
「前回より2kg減、か……」
体重の減少は深刻だった。
持ち直せばせめてダービートライアルのオープン戦にはと打診するつもりだったが、それも水泡に帰した。
「食べてはいるのですが……」
「カフェは体質と言うか、内臓が弱い。多くは食べても簡単に太れるわけじゃないんだろうね」
「それから脚の具合も気になる。特に爪、あまりいい状態じゃなさそうだね」
「気づかれていましたか……」
「ただこの辺はきちんとケアすれば大丈夫だ。ということで、さ、脚を出してくれ」
「え!? それはちょっと……」
「何を戸惑っているんだい? 別に胸や尻に触るというわけではない。それに、爪のケアはウマ娘にとって重要な日課だ。自分でする娘も大勢いる。さあ脱ぎなさい」
Playerはおじさん構文みたいな事を言い出した。
とりあえず靴下を脱ぎ、生足を出したカフェだったが……、
「…………。……。(ふるふる……)やっぱり恥ずかしいですーーーー!」
どがっ! どぼっ! ぐわしっ!
Playerはけしかけられたお友達の手で凹られて壁まで吹き飛ばされた。
「あっ! す、……すいません」
「あいたたた(棒読み)。カフェ、そんなに恥ずかしいのかい」
「これでも年頃の少女なので」
「ふむ、私としてもウマ娘を不快にさせるのは気が引ける。仕方ない。代役を用意しよう。今日の夜、寮の自室で待っててくれ」
「はい……」
(……Playerさんはあんな事言ってたけど、誰をよこすんだろう。まあタキオンさんでなければ正直誰でもいいけど)
コンコン!
「あ、はい、どうぞ」
ガチャリコーン!!
「ちわーーーーっす! おいーーーーっす! なんちて、トレセン学園一のネイルコーディネーター(自称)、トーセンジョーダンでっす! ちぇけらっ」
「……。お帰りください」
「あーごめん! ジョーダンジョーダン! カフェさんには難しいノリだったかな? 今日はアゲアゲやめて大和撫子モードでいくかんね」
「……私のトレーナーさんに言われてきたのはあなたですか」
「そーだよ。それがマジヤバいお値段のコスメセットで釣られちゃってさー。だから責任もってやるからまかして」
そう言ってジョーダンはギャルピする。
「ほーう。ほうほう。成程ねー。こりゃ割れやすい爪だわ。手入れしなきゃボロボロになるんじゃね? おけまる! そんじゃいってみよー」
ジョーダンは手慣れた手つきでネイルを施していく。
「……あのー、極端にカラフルにするのはどうかと」
「だいじょびだいじょび。靴下履いちゃえばわかんないって」
「…………」
「まーウチもネイルはすこだけどさ、最初からこの道に目覚めたわけじゃないわけよ。……ウチも爪が極端に弱くてさ。一生懸命走ろうとすると、すぐズキッ! ピシッ! ってなるんだなー」
「あなたも……」
「うん。もっと頑張れよ私の爪、もっと走らせてよ私の爪、そう思いながら走るのがストレスでね。それで自分でケア? リペア? まーそんなわけ」
「爪は……、鍛えることができませんからね」
「アタシにもさ、トレーナーがいんのよ。熱血なバカでねー、「俺はジョーダンを支えているが、ジョーダンもまた俺を支えてくれている」みたいなクソわっけわかんねーこというのよこれが」
「……(トレーナーとの繋がり、か……)」
「ま、お互い頑張ろうし。……はい、できた。とりまこれでおっけー。後は靴下履いたりして寝るとか保温気にしてね」
「……有難う、ございます」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おはようPlayer君。朝食と紅茶、肩もみを頼む」
「おや、おはようタキオン。今日は調子良さそうだね」
「……ああ。ここ数日モチベーション不足に陥ってね。何というか、レースの勝利は危ない
「君ほどの者でもそういう傲視になるのか」
「いつか、勝ち続けなければ体が保てなくなるのだろうか……」
「それはないよ。私が付いているのだから」
「例え私が傲慢になろうとも、君は更に上をいってしまうのだろうねぇ」
タキオンは食事をしつつ、デザート代わりの角砂糖を頬張っている。
「スペシャルウィーク、ジャングルポケット、ウイニングチケット、アイネスフウジン、アドマイヤベガ、ウオッカ……、なんだこりゃ、今更時系列云々に文句を言う気はないが、ダービー馬目白押しじゃないか。酷い面子だ」
そう言いながら、Playerは空中に各ウマ娘のパラメータを映し出している。
しかしいずれもタキオンの現在のステータスの前では敵ではなかった。ただ問題があるとすれば……、
「さて、Player君、今日はダービーの登録受付最終日、だったねぇ」
「皐月賞に勝ったんだ、抽選漏れはないからね」
「……。私が出ない、と言ったら、君はどうする?」
「私はタキオンの意思を尊重するよ」
「ふぅン……」
本当にタキオンに出る強い意志がないなら、Playerはそれを尊重すると言う。
しかしそれはありえない。タキオンのダービー出走は目標の一つに入っている。出ない、と駄々をこねられたら目標未達成になってしまう。
「いいのかい? 本当に出ないと答えてしまうかもしれないよ?」
「大丈夫。それはありえない」
Playerはきっぱりと言った。
「君は、アグネスタキオンというウマ娘は、気まぐれではあるが、とても強気な性格をしている。挑戦者がいるというのなら迎え打とうとする筈だ。抜き身の刃の如くね。
それに、先の皐月賞で君は一つの走りの先を人々に見せた。戦略的なレースを実践すべし、という提言を」
「ふむ……」
「その本人が、大レースという貴重なサンプルが山程取れる場を手放すわけがない。絶対にね」
「全てお見通し、というわけか。君に腹芸では勝てないようだ。いいだろう。私はダービーに出るよ」
「そうこなくては。では早速出場申請をしておこう」
「私は研究室に行くよ」
「構わないよ。追い込みは二週間あればいい。アプリでもウマ娘の練習はひと月の前半後半の2回だけだしね」
ガチャ……。
タキオンは薄暗い理科準備室にやってきた。カフェの姿はない。しばらく休んでいたが、研究に勤しめると思うとアドレナリンが出る。
「やはり私も人の子だな。勝利の味を覚えてしまうと、我欲が出てしまう」
タキオンは部屋の中でぽつりと呟いた。
「だが私はアグネスタキオンだ。所詮ゲームの登場人物であろうとも、天地が変わってもこれだけは譲れないんだ。ならば、魅せなければならないだろうねぇ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日本ダービー当日がやってきた。府中にはとてつもない数の人々が訪れる。
その喧騒を他所に、アグネスタキオンは控室で紅茶を啜っていた。
「ふぅン? さすが日本ダービーというだけはあって、いささか空気がぴりついているねぇ」
タキオンほどの泰然自若でも、やはりこのダービーの空気の違いは感じ取れているようだ。心拍数がやや上なのをPlayerも感じ取っている。
しかも皐月賞であれほどの演説をぶちまけたのだ。今日は間違いなくマークする方からされる方に回るだろう。
「…………」
「……。トレーナーさん、気付いていましたか?」
「なんだいカフェ」
「この二週間の追い込み、タキオンさんの走りにどこか違和感が……」
「ああ。タキオンにとってこの先はifであり未知の領域だ。誰かが見たくても叶わなかった夢の世界。そこに挑むというのは、いかにタキオンといえど難しいだろうね」
「君たちは随分心配性だねぇ。走る私よりビビっててどうするんだい? Player君もこういう時はせめて私を鼓舞する言葉くらいかけたまえ」
「ふむ、ではタキオン、今日勝ったら君の願いを何でも叶えてあげよう。月並みだが、こういうのは悪くないだろう」
「ほほぅ……。神の視座で高を括ってる君に願い事を、か……。確かに、悪くないな」
ガチャ!
「アグネスタキオンさん、時間です」
「ふむ、では行ってくるよ。ヌワラエリアを用意しておいてくれ」
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ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアツツ!!!!
『さあ始まります。東京優駿こと日本ダービー。この日本に生きる全てのウマ娘、全てのトレーナーが憧れ、その栄冠を求める一生に一度きりの府中2400mの物語!』
『俗に最も運のあるウマ娘が勝つと言われるこのレース。ですが実力だけでも、運だけでも勝てない一戦であると私は思います』
「おお、出てきたぞ、アグネスタキオン!」
タキオンが現れた時、歓声が更に一段階上がった。このクラシック第二戦、一番人気を手にしたウマ娘に対する最大限の祝福だ。
「…………」
「…………」
しかし、勿論ほかのウマ娘はタキオンを負かす気満々であった。
時に皐月賞で敗北し、出走権利を得ていたスペシャルウィークとライスシャワー、ジャングルポケットらは虎視眈々と作戦を思い描いていた。
他のウマ娘も、タキオンマークで一致していた。暗黙の了解というやつである。
『さあ注目のアグネスタキオン、どうですか細江さん』
『そうですね、やはり揺るぎない自信とビッグマウスに隠れがちですが、非常に頭のいいウマ娘であるという感じですね。
日本ダービーはフルゲートで彼女は大外18番ですが、自分の走りをしようという不敵な笑みすら浮かべているところを見るあたり、状態もこれ以上ない出来だと思います』
そう、アグネスタキオンが引いたのは18番。古くから『ダービーを勝つには10番手以内に付けなければいけない』という格言からすれば、厳しい枠組みだ。
今や徐々に死語となりつつあるが、それでも外を回されて不利なことは変わらない。事実それで涙を飲んだウマ娘も少なくないのだから。
皐月賞で顔を合わせたウマ娘、トライアルの青葉賞かプリンシバルを勝ち抜いたウマ娘、その他出走権利を手に入れたウマ娘が一堂に揃う大レース。
待つのは歓喜か、ドラマか、悲運か。
スターターの旗が振られ、すぎやまこういち氏の遺したファンファーレが陸上自衛隊によって奏でられる。
そしてこの上ない歓声が響く。
『さあ枠入りが始まっています』
『天才に牙を突き立てるウマ娘がいるか、注目しましょう』
大外ということでアグネスタキオンは最後の枠入りとなる。
「いやはや、眠ってしまいそうだ」
(……天才の、隙を突く)
(……タキオンさんに、ついてく、ついてく)
(……今度は簡単にはいかねえぞ!)
(…………)
『各ウマ娘ゲートインが終わり態勢完了しました』
ガコン!!
ランプが灯り、ゲートが開く。
『各ウマ娘揃って綺麗なスタートを切りました!』
『みんな集中していますね!好レースが期待できそうです!』
『おおっと、期待されるアグネスタキオン、大外から切り裂くように前に出る。斜行を取られる前に先行策を狙うのか!』
タキオンは強気に前に出る。出遅れの気配は微塵もない。そしてあっさりと内ラチの好位置をキープする。
(昔のダービーは30頭立てなんて時代もあった。18頭立ての大外なんてへでもないさ)
そのタキオンより更に前に出てハナを主張しにかかったのがアイネスフウジン。
「皐月賞には間に合わなかったけど、今日はダービー、強気に行くの!」
「…………」
タキオンは先団に位置取ると無理をせず控えた。その前を、塞ぐように他のウマ娘が先を進む。
(ブロックする。アグネスタキオンに勝つにはこれしかない……!)
『注目のアグネスタキオンは先行策の先団5番手。王道の『ダービーポジション』に付けました』
そのタキオンをぴったりマークするかのようにスペシャルウィークとライスシャワーが控える。
(一挙一動、絶対に逃さない)
(ついてく、ついてく……)
その後ろ、中団にはウイニングチケット、ウオッカが並ぶ。そしてジャングルポケットは、思い切った最後方からのレースを選択した。
(このダービーを勝つ為に、俺は一人のウマ娘の走りを参考にした。三冠ウマ娘、ミスターシービーの『天衣無縫』と呼ばれた追い込み策を……)
ビデオで何度も見て研究した。実際の走り、癖も模倣した。
序盤で脚を溜め、府中の長い直線で残りの17頭全員をブチ抜いて勝つ。これがジャングルポケットの作戦だった。
(見てろよタキオン、その余裕顔、しわくちゃになるまで崩してやるからな!)
『さあ各ウマ娘が第一コーナーにかかります』
『府中は直線が長いので、コーナーまでも遠いですね。この位置取りは重要です』
先頭はアイネスフウジンが快調に飛ばしていく。しかしハイペースにはしない。
そもそも直線が長い府中は逃げ切ることが非常に難しいとされるため、ここでスタミナを消費すると最後の直線でほぼ捕まる。
「お互い牽制し合ってるって感じだな」
「このくらいなら皐月賞みたいにはならないだろうな」
観客もスローペースを感じ取る。
「……タキオンさん、内ラチに張り付きすぎじゃないですか?」
「まあこのままなら垂れてきたウマ娘に前を塞がれるだろうね。でもタキオンに抜かりはないよ。彼女は既に、古株級の試合巧者だ」
観客席にいたカフェとPlayerも同行を見守っている。
「……。ふぅン。前はガチガチにマーク、後ろも張り付きっぱなし、か……。抜け出すのはそう簡単にはいかなさそうだねぇ」
見られながらレースをするというのは体力を消耗するものだ。最序盤に「集中力」「根幹距離〇」「地固め」を発動し好位置を取れたが、この中盤をどうさばくかは腕の見せ所である。
(もし後ろのウマ娘達が仕掛けてくるとすれば……)
「よし、ここだ! ここで前に出る!」
中盤のバックストレッチの上り坂、必然的にバ群が固まるこのタイミング、スペシャルウィークはあえて脚を使った。
「おっとそれは読めていたよ」
だがスペシャルウィークがタキオンを抜こうとした矢先、既にタキオンはウマ娘一人分体を外に持ち出していた。
「そんなっ……読まれていた!?」
もっとも抜きにくい所で仕掛け叩きあいに持ち込む、これがスペシャルウィークの策だった。
「君だけではない。仕掛けるとしたらここだろう。ほら、後ろが閊えてるよ。脚を使わなければ飲み込まれるんじゃないかな」
各ウマ娘が坂を駆け上がる。登り切ったら後は下り坂。誰もがペースを落とすところで脚を使えば必然的に団子状態となる。
後続の中にすっぽり埋まっていくスペシャルウィークとライスシャワー。しかしその目は、闘志は、まだ消えていない。
「まだだ……まだ!」
「まだ、ついてく……」
(ここだな……)
後ろがつかえている隙を、タキオンは見逃さなかった。現在第三コーナーだが、ここでじりっじりっと前に出る。
『仕掛けた! アグネスタキオン仕掛けた! 前に詰め寄る!』
「くそっ、ブロックに……!」
「ここは直線じゃなくてコーナーだよ。無理に横を意識すれば、ほら、内がぽっかりだ」
「あああ……」
じわじわとタキオンは順位を上げる。4番手、3番手、2番手……しかし先頭にはならない。かわさない。アイネスフウジンの後ろにぴったり付ける。
「出たぞ! タキオンのスッポンマーク!」
「あれをやられてミホノブルボンは沈んだんだ」
(まだだ……この日本ダービーの最後の直線、もう一波乱ありそうなんだよねぇ)
『さあレースは終盤! 第四コーナーに差し掛かる。先頭は変わらずアイネスフウジン。だが一杯か!?』
「ふぬー! まだまだー!」
『粘っていますが頭が上がる寸前ですね』
(もう少し、もう少しだけペースメーカーになってもらうよ……)
『さあ各ウマ娘が最後の直線に入った! 先頭はまだアイネスフウジン! しかし後続も追いすがる!』
「まだだ! わたしはダービーを取る!」
「ついてく……ついて、いけてる……!」
「ダービーウマ娘にぃぃぃぃぃ、なるんだあぁぁぁぁぁっ!!」
「あの娘のために、私は負けられない!」
強い想い、固い意志、目指す目標、乗り越えるべき高み、全てがウマ娘達を後押しする。ダービーを取りたい。その一心が、秘めたる才能を爆ぜさせる。
『アグネスタキオン、ここで先頭に立った! これで決まりか!? いや、最後方から物凄い勢いで突っ込んでくるウマ娘がいる! ジャングルポケットだ!』
「うりゃああああああああああっ!!!!!!!!」
この時を、ずっと待っていた。誰よりも行きたい気持ちを抑え、脚は溜めるだけ溜めた。後は、思いっきり爆発させるだけだ。
「……1! ……3! ……5! ……10! まだだ! 全員ブチ抜く!」
「す、凄い勢いだ!」
「こりゃ前全部飲み込むんじゃないか!?」
観客も震え上がる。彼女の気迫がここまで届いている。
「いっけー! アグネスタキオン!」
「まだ行けるぞスペシャルウィーク!」
「ライスシャワー、ブルボンから受け取ったバトンを届けろ!」
「いけー! ポッケ姉貴ー!」
場のボルテージは最高潮だ。先頭は紙一重でアグネスタキオン。しかし有力ウマ娘も食い下がる。残り200mを切った。あと一息で横一線に並び……、
「……引き立て役ご苦労様。さあタキオン、仕上げておいで」
唯一、Playerだけが、タキオン以上の泰然自若で場を見つめていた。
「……。……ふっ!」
「えっ……」
「なっ……」
「うそ……」
『なんとアグネスタキオンここで二枚腰! 追いすがる後続を一気に引き離す! まだ余力が残っていたというのか!』
タキオンへのマーク、今日まで培ってきた努力、このレースにかける想い、それは素晴らしいものだ。決して嘲笑えるようなものではない。
しかし……、
それでも詰められない、圧倒的ステータスの暴力。
『後続の差がぐんぐん引き離されていく! これは決まったか! ゴール板はもう目の前だ!』
ウマ娘プリティダービー。それはステータスとスキルと適正によって行われるレースであり、「育成ゲーム」。
その中において、能力の差は、あまりにも、あまりにも、無情で、儚い……。
『アグネスタキオン今一着でゴール! 着差以上の力を見せつけ、レースを制した!』
『アグネスタキオン! 見事日本ダービーを制しました。夢の懸け橋、繋がった! これで堂々の二冠達成!』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
「凄え……凄えよアグネスタキオン……」
「最後の直線、半ば手を抜いていたのか? 相手の心がポキリと折れる寸前を見計らってエンジンをかけたっていうのか?」
「だとしたら、叶うわけがない。あのウマ娘は悪魔だ。弄びやがったんだ」
「これが、頭脳的レースの神髄……」
観客も唖然茫然、開いた口が塞がらないというやつだった。
ここまで凄いレースをできるのだ。もはやクラシック級では勝負にならないだろう。
もし、彼女を今年負かせるとすれば……、
「…………」
「…………」
「…………」
走っていたウマ娘も、うつろな表情で虚空を見つめていた。
自分はこの日のために努力してきたことを思い出す。しかし最後に見た背中は、近付くどころかどんどん遠のいていった。
一体この先どれだけ努力すればあの背中を抜けるというのか……。
「ちっ……きしょう! ちくしょう! ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!」
唯一ジャングルポケットだけが、フェンスをガンガン殴りながら悔しさを滲ませていた。
結果は二着。しかしダービーは、いやGⅠは二着では駄目なのだ。
(俺の作戦に間違いはなかった筈だ。それとも実践で使うには付け焼刃だったってことなのか。くそっ、わからねえ。くそっくそっ!)
『それでは、見事日本ダービーを制しました、アグネスタキオンです!』
「…………」
そしてインタビューが始まる。どんな形にしろ、見事一番人気に答えたのだ。文句を付ける材料はどこにもない。
『おめでとうございます。皐月賞に続き、日本ダービーも勝利しました。今のお気持ちは?』
「……。ふむ、そうだねぇ、一言で言うと……」
『一言で言うと……?』
「私の研究にとって実りあるレースだった。しかし増大したβエンドルフィンによる多幸感には懸念が残る。これを制御すべきか、それとも身を委ねるかが課題だね」
『はあ……』
「練習やレースでのみ分泌されるホルモン作用も気にかかる。この研究レポートを纏め上げなければ。プレ……トレーナー君に被検体になってもらう必要があるね」
『あのー……』
「しかし所詮主観と客観には越えられない壁のような似て非なる結果が出るもの。いずれにせよ新たな課題を早急に片付ける必要があるだろう」
『タキオンさん、ダービーに勝って嬉しいとかはないんですか?』
「いやあるよ。いわゆるランナーズハイというやつだ。しかしそれはダービーである必要はない」
『つ、つまり、日本ダービーすら通過点に過ぎない、と?』
「さあて、紅茶と角砂糖で祝杯といこう。失礼するよ」
『……。…………。あ、アグネスタキオンさんでしたー!』
押しても引いても開かない埒、涙も感動もない。タキオンとはそういうウマ娘なのだ、と。皆は理解した。
インタビューはPlayerにも向けられた。
『皐月賞、日本ダービーを制しました。次はやはりクラシック三冠最後の菊の華、菊花賞でしょうか?』
「……。いえ……」
Playerは首を横に振った。縦には振らなかった。
「……菊花賞には、マンハッタンカフェをぶつけます」
『ええっ!?』
報道陣は驚いた。クラシック三冠にリーチがかかっていながら、それを手放し、まだ重賞1勝のみのウマ娘を出すというのだから。
「今日のレースで分かった。タキオンに3000mは長すぎる。ならばステイヤーのカフェを起用した方がいい。適性の問題です」
『し、しかし歴代でまだ数名しか出ていない三冠のチャンスをみすみす逃すというのは……』
「私はそうは思いません。古くから、コダマ、メイズイ、タニノムーティエ、メイショウサムソン……三冠を目指し届かなかったウマ娘は多い。中にはその後精彩を欠いた走りしかできなくなった者もいる。
三冠はウマ娘にとって夢かもしれませんが、同時にウマ娘を縛る楔でもある。トレーナーのエゴに付き合わされて破滅した場合、果たしてそのウマ娘は幸福と言えるのでしょうか?」
『ですが……』
「トレーナーにはスカウトという背景もある。ですがトレセン学園のトレーナーもピンキリです。勝てば自分の手柄、負ければウマ娘の責任。……そういう者も少なからず存在する。
取って駄目になった時どうするのか、そこまで責任が持てるのか、考えているのか。トレーナーというものはその娘の人生背負う覚悟で声をかけなければならない。私はそう考えています」
Playerの熱弁に報道陣もたじろぐ。だが所詮は人の子だ。そして悪質なマスメディアだ。意地悪な質問をする者もやはりいる。
『ですがねえトレーナーさん。ファンの期待に応える、というのもトレーナーとしての資質を求められると思うんですけどねぇ』
「……期待? 余計なお世話だと思いますが」
『皆が思い描くのはアグネスタキオンの三冠であってほぼ無名のウマ娘の勝利じゃないと思うんですよぉ。ファンは皆ドラマや話題性を求めるんですよぉ』
「……。怒らないでくださいね? たかが少女の徒競走に夢やドラマや幻想抱くなんて、馬鹿みたいじゃないですか」
『なっ……!』
「面白い。その言葉、私の挑戦と受け取ります。マンハッタンカフェが菊花賞で負けたら、私はトレーナーを引退します」
『げ、言質は取りましたからねぇ……!』
「お好きにどうぞ」
「Playerく~ん、君の演説、しかと拝ませてもらったよ」
「別にいいさ。タキオンは菊花賞に出さない。出すのはカフェ。それでいいかな?」
「私に異論はないよ。さあカフェ、責任重大だねぇ」
「……勝ちます。絶対に」
「さあ忙しくなりそうだなサマーシーズン、そして秋のGⅠ戦線は」
Playerはほくそ笑んだ。
先日愛用していた椅子が壊れました
肩と腰と背中が痛いです
買い替えなきゃいけないなぁ……