【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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序章  父の言葉と、二人の男と

 

 ――少年は亡き父の言葉を覚えている。

『お前も麦のようになれ。踏まれても踏まれてもたくましい芽を出す、麦になれ』

 

 だから、今。砂利道に倒れ伏した少年――中岡 (げん)――は、また地面に手をつき、身を起こした。

 すでに何度も殴られ蹴られ、切れた口の中は鉄くさい血の味でいっぱいだったけれど。鼓動が鳴るたびに頬が頭が、殴られた箇所が熱を帯びて痛んだけれど、それでも。

 

「ギギ、ギギギ……」

 亡者が歯を(きし)らせるようなうめき声を上げながら、歯を食いしばり。下駄履きの足で地面を踏み締め、ひざに手をつき。立ち上がっていた。

 額の傷からは今も血が流れていた。学生服の袖は相手の振るったナイフに裂かれ、その下の肌からも血がにじんでいた。それでも、その手を再び拳に握った。

 

 少年の前に立ち塞がる、革ジャン姿のチンピラ二人は口を開け、顔を見合わせ。後ずさった。それぞれナイフを手にしていながら、傷だらけの少年に気圧(けお)されたように。

 

 チンピラの一人が震える口を開く。

「わ、わりゃあ何なんじゃ……何でそうも、何度も何度も立ってこれるんじゃ……」

 もう一人はしきりに目を瞬かせる。

「こいつは……亡者か何かか、原爆(ピカ)の後に川になんぼも浮かんどった死体、あれが蘇ってきたんと違うか……」

 

 少年は、元は下駄を脱ぎ捨てる。それをグローブのように手にはめ、拳を構えた。

「やかましい……おどれらとは鍛え方が違うんじゃ。原爆(ピカ)の日もその後も、嫌というほど地獄の姿を見てきたわしじゃ、もうこの世に恐いものがあるもんか」

 

 血の混じる唾を吐き捨て、叫ぶ。

「行くぞおどれら……今度はわしの番じゃ!」

 

 そのとき。少年とチンピラらを隔てるように、その間に何かが投げ入れられた。布のはためく音を立てて落ちたそれは、脱ぎ捨てられたジャケット。

 

「待てよ」

 男は彼らにそう声をかけた。ジャケットを脱ぎ捨てた男、獣の体毛の如く荒れた長髪をなびかせたその男は、夕日を背にしていた。

 

 ――拳闘家(おとこ)は父の言葉を覚えている。

『どんな時でも心を強く持て。痛みに耐え、前へと進み続けるんだ。辛い時こそ笑ってりゃあ、勝機はこっちにやってくる』

 

 男は少年へと歩み寄り、ほほ笑んだ。

「強ぇな」

 

「え……」

 少年が目を瞬かすうちに、男は言った。

「心が強ぇんだ」

 

 男の年格好は二十歳ほどと見えたが、体格は決して大きくない。中学二年の元ともそこまで差がないほどだ。

 それでも。夕日を背にしたその姿は、大きく見えた。

 

 男はチンピラに顔を向ける。

「これだけ言わせてくれよ。どんな事情か知らねえけどよぉ、子供に二人がかりでよぉ! 刃物向けてんじゃねぇぞ! それ以上やんなら……俺が相手だ」

 

 体の前に両拳を構える。両拳を緩く握り、あごと腹を守るように軽く突き出したそれは、オーソドックスな拳闘の構え。

 

 チンピラたちが歯を剥く。

「なんだとコラァ!」

「てめぇ何もんだオラァ!」

 

 脅すようにナイフを突き出す相手を見ても、男の構えは揺るがない。

「拳闘家、大神(おおかみ) 青空(あおぞら)。てめぇらとは……心の強さが違ぇんだよ」

 

 

 

 ――二代目集英会虎威(とらい)組所属、炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)選手。大神青空、二十歳――プロボクサー志望(・・)

 

 ――波川中学校二年、看板・ネオン製作会社・中尾工社見習い。中岡元、十四歳――画家志望(・・)

 

 昭和二十六年(1951年)四月、広島。

 ここに出会った、強き心の男二人は。

 どちらも未だ、物語の途中。

 

 

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