【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第9話  青空の「技」と、元の戦いと

 

 一方、青空もまた目の前の敵と戦っていた。

 だが妙なことに、敵はわずかに拳を繰り出す他、のらりくらりとかわすばかり。カウンターを狙っているのかとも思えたが、そもそも打ってくる気配がない。

 

 あるいは体力を消耗させ、別の敵にとどめを刺させる作戦か。だとしたら、むしろ一気に叩くべきか。

 

 青空がそう考えていたとき、観客が声を上げる。

「どうした福山! 見せてやれよお前の『コレクション』を!」

「そいつもとっととお前の『コレクション』に加えちまえ!」

「期待してるぜ、『生まれついての収集癖(ナチュラルボーン・コレクション)』の福山!」

 

 福山と呼ばれた敵は、緩く波打つ茶色がかった髪をかき上げる。

「ああ、あんたの“技”見たかったんだけどな。こっちから行くか、五日市さんの“技”……少し借ります」

 

 素早く踏み込む敵が放ったのは、全身に散らすかのような間断ないジャブの嵐。生野の相手が放った【散弾銃撃(ショットガンラッシュ)】、それと全く同一の技。

 

 観客が歓声を上げる。

「ヒューッ! 出たぜ自慢の『コレクション』の一つ!」

「あいつの【了解術(スーパーコピー)】は一度喰らった技を完全に自分のものにしちまう……!」

「行け、そいつの技もいただいてやれェ!」

 

 敵はさらに連打の速度を上げる。

「そらそら、そら、そ……らっ!?」

 が、その目を見開いた。

 

 打撃の嵐を、青空はいくつも被弾していたが。防御を固め、前へ出。さらに前へ出。さらに前へ出る。

 

「くっ、コイツ……!」

 さらに連打が繰り出されるが。青空がその一つをかわした。次は防御し、その次はまともに食らい、だがまた一つかわした。また一つかわす。また一つ。次は防御し、その次は拳でさばく。またかわす、さばく、かわす、さばく――

 

「な――」

 相手がつぶやいたときには、繰り出した拳は完全にかわされ。代わって、青空の拳がその顔を打ち抜いていた。カウンターの“技”【瀑受転巌(ばくじゅてんがん)】。

 

 相手の拳が下がり、膝が力を失い。崩れ落ちるようにその場へ倒れた。

 

 観客からざわめきが上がる中、しかしカウントエイトで相手は立ち上がる。

「ぐ……ふ、ふはははは! それか、そのカウンターがあんたの“技”か! 覚えたぜ、次はそれであんたを倒す! そしてトドメは俺の最大奥義【髑髏咬撃(がしゃどくろ)】で――」

 

 笑いながらも相手は構えていた、打ち込まれる隙などはなかった。

 が。青空の拳は、相手の顔面を打ち抜いていた。

 

 相手には見えなかっただろう、青空の拳が。それほど速かった、のではない。それは意識外から飛んできた。相手の死角から。

 

 相手の前に踏み込んだ青空は突如、その場で身をかがめていた。相手の視界から一瞬消えるほどに。

 そして、相手がそれを目で追おうと、視線を下へ向けたときには。青空の右拳は天高くへと孤を描いていた。

 

 肩を支点に横から振り出す、大振りな右フック。身を沈める動きとは裏腹に高々と繰り出されるそれは、相手の視界を外れ。横合いから相手の顔面を打ち砕く。

 

 ――かつて虎威組へ入るきっかけとなった、ヤクザとの乱闘。

 ――炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》会員証を手に入れるための戦い。

 ――生野との試合、虹村凶作との試合、そして父親との死闘。

 それら全ての戦いで決め手となった、青空の『右フック』。

 それを昇華し、幻惑自在、必殺の妙技と化したのがこの“技”。

 

 大鎌(シックル)の如く相手の意識刈り取る奥義、【疾駆流撃(しっくりゅうげき)】。後世で『ロシアンフック』と呼ばれるものに近い打撃だった。

 

 横殴りに倒れた相手は、もはや何も言うこともできず、ぴくぴくと震えるのみでカウントテンを迎えた。

 

 青空は音を立てて両拳を突き合わせる。

「もう心だけじゃねぇ。技も体も、強ぇんだよ」

 

 観客からどよめきが上がる。

「強ぇ……」

「強ぇぞあいつ……!」

「ああ、なんて強ぇ奴なんだ……心が」

「やっぱり心が強ぇ敵なのか……!?」

 

「だーかーら! 心だけじゃねぇっつってんだろが!」

 目を吊り上げて青空は吠えたが。

 

 そのとき、吹っ飛ばされた何かが目の前を横切る。コーナーへと激突し、床へずり落ちたそれは。生野だった。

 

「!? 生野!」

 

 駆け寄ろうとするが、その足が止まる。試合前の――一応の――ルール説明で聞かされていた。乱戦とはいえ、ダウンした味方が起き上がるのに手を貸すのは重大な反則、その場で失格とする、と。

 

 生野は何かをつかもうとするように右手を伸ばすも、横たわったままカウントテンが数えられた。

 

 係の者によって生野や福山が運び出されるのを横目に、青空は残る相手と向き合う。

 一人は力士の如き巨漢。もう一人は細身ながら、岩から削り出したような筋肉を(そな)えた男。その男は、視界に入る全ての者をにらみ殺そうとしているかのような凶相をしていた。

 

 

 

 一方、元は。

「ぐぐぐ……くそっ、おんどりゃあ!」

 力まかせに拳を振るうも、軽々と竜吉にかわされる。それでも次々に殴りかかるが、それもまたかわされる。

 

 竜吉は涼しい顔で手招きすらしてみせた。

「ほらほらどうした、非国民!」

 

「お・ん・どりゃあ~~っ!」

 駆け込みながら拳を繰り出すもかわされ、去り際に素早く一撃を入れられる。さながら力だけの猛牛と、巧みな闘牛士との試合だった。

 

 

 

――炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》西日本支部の『超新人(スーパールーキー)』鮫島竜吉。彼がその地位に登り詰めたのはいくつかの幸運あってのことだった。

 

まず一つはあの原爆の日、父親ともども――元のおかげで――生き延びたこと。

そして父親が戦後のどさくさにまぎれ、所有者の死んだ土地を自分のものとして登記、売買。また米兵にワイロを渡し、物資を横流しさせて闇市に売りさばくなどして財を築いたこと。

また、政界に打って出ようとする父は対立候補の妨害などに利用するため、金でヤクザとつながっていた。

そうして充分な金を持ちつつ、米兵とヤクザにつながりを持った父のつてで。竜吉は炎涛拳技會《えんとうけんぎかい》を知り、米兵から拳闘を習い出した。

 

 拳闘を習ったのは、元に右手の指先を噛みちぎられた肉体的なコンプレックスと、敗北のコンプレックスを拭うための行動であったが。竜吉は大いにその腕を上達させた。

 彼自身は必ずしも才能に溢れていたというわけではないが。指導者が良かった、本格的なボクシングを身につけた米兵で、指導にも熱心であった。さらに言えば、竜吉と体格の近い軽量級の選手でもあった。

 

 体格が違い過ぎてはそもそも感覚が違い、使える技術も違ってくる。たとえば古流剣術においても、開祖に近い体格の者が伸びやすい、などと俗に言われている。

さらには当時、重量級におけるテクニックの概念は希薄であった。華麗に攻撃をかわす技術などは軽量級の遊びであり、大きな体の男たちがパワーと根性で殴り合うのが重量級の醍醐味、という観念が米国においてさえも支配的であった。拳闘史的に見て、重量級にテクニックという概念が広まるにはその後の『蝶のように舞い、蜂のように刺す』モハメド・アリの活躍を待たねばならなかった。

 

 そうして。他の炎涛選手とは一線を画す技術を持った新人として、竜吉はすでに何度かの試合を制していた。それは彼のコンプレックスを大いに拭ってはいたが。

そこへ、元が現れた――。

 

 

 

 竜吉は顔を歪ませて笑う。

「ほらほらどうした、もう終わりかぁ? 向こうの奴みたいに心の強さで頑張ってみろや! ほら中岡! 心の強さでもう一丁!」

 

 リング外から愛と平和の戦士、鮫島伝次郎が声を飛ばす。

「そうじゃそうじゃ、もう一丁! ええぞ竜吉!」

 

 元は頬を歪め、再び構えを取る。すでに息は上がり、肩が大きく上下していた。

「くそっ、くそったれ……!」

 

 ケンカなら決して負けはしない、元はそう思っていたが。それはお互い手段を選ばない、どちらも訓練していないケンカでの話だった。

 ルールという枷があり、その中での練習など積んでいない元にとっては、本来の力など発揮できるわけもなかった。ボクシングの基本的な技は青空や生野から昨日教わってはいたが。半ば遊びのようなものだった、決して身についているとはいえない。

 

 竜吉は歯を剥いて獰猛に笑う。

「つまらんのう……ほいじゃあこっちから行くぞ……!」

 

 隙のない構えのまま踏み込み、コンパクトな動きで左右の拳を放ってくる。

 元は拳を上げたが、その防御をかいくぐって拳が腹に突き刺さる。

「ご……お、ぉ……!?」

 

 口を開け、目を見開き、腹を押さえ。元はひざを床についていた。

 

 ダウンとみなされ、カウントが取られる。

 それを聞きながら竜吉はつぶやいた。

「どうじゃ、重いじゃろう……わしの“反則技”【鮫鉄荒喰(さてつあらばみ)】は……!」

 

 才能の優れているわけではない竜吉が拳闘において活躍できた、もう一つの理由。

それがこの改造グローブだった。

 中綿の奥、拳頭にあたる部分に『砂鉄』を詰めた革袋を仕込んである。

拳を握って力を込めれば、砂鉄はぎちりと目が詰まり、鉄の塊同様になる。さらには、力を抜いた状態ではばらけた砂となり、レフェリーに外から触られても反則がバレるおそれはない。

 本格派のテクニックによる回避と防御。そしてこの、人工の鉄拳による重打撃。これが竜吉を『超新人(スーパールーキー)』たらしめていた。

 

 

 

 元が歯を食いしばり立ち上がる。

「ギ、ギギギギ……! まだじゃ、何度でも立ち上がったるわい……踏まれても芽を出す、麦の――」

 

 構えを取ったそこへ。竜吉は軽やかに踏み込み、ワンツーを放つ。さらにもう一撃、左拳を脇腹へと入れる。

 

「お……ごぉ、お……」

 湧き出るような声を残し、元は再び崩れ落ちる。

 

 にたにたと笑いながら竜吉は言った。

「どうじゃ、右脇腹……肝臓打ち(レバーブロウ)は効くじゃろう? 内臓の急所じゃけぇのう」

 脇腹を押さえて脂汗を流す元に、なおも声をかける。

「立つんだったら立ちゃあええぞ、炎涛にダウン回数の制限はないけえのう。ほいじゃが……もう寝転がって、楽~になった方がええんと違うか、えぇ?」

 

 顔中から汗を垂らし、震えながら。元はそれでも立ち上がった。

「何を言うてけつかる……心の強さで、わしじゃって何度でも――」

 

 そのとき。元の背後で、誰かが倒れる音がした。

 見れば。二人の敵に囲まれた、青空がダウンしていた。

 

「青空さん……!」

 

 駆け寄ろうとする元を手で制し、立ち上がる青空。だがその膝は打撃の影響か、震えていた。

 

 元は敵を見回す。竜吉はもちろんのこと、青空と対する巨漢も、凶相の男も呼吸一つ乱れてはいない。

 

 それでも、何度倒されても立ち上がるだろう、青空は。元も。

 それでも。勝てるのか? この三人の敵に。満身創痍のこの二人で。

 

 息を整えつつ相手を見据える青空。

 その背の後ろで身構えながらも、拳が震える元。

 

 三人の敵が、じり、と間合いを詰めた。

 

 そのとき。

「バカだろてめえら」

 

 声と共にその男はロープを乗り越え、リングに乱入し。挨拶代わりとばかりに、巨漢の顔面へと拳を打ち込む。

 巨漢がしりもちをつくように倒れる音の中。

乱入した男は、顔に傷の走る偉丈夫は。竜吉をにらんだ後、凶相の男へとグローブを向ける。

「何やってるバカどもが。主役を、この俺を待たずにおっ始めるなんてよ」

 

 炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)東日本五強の一人『“五光”の松』こと、虎威組最強の男、黒岩啓示。

その男の下半身にはなぜか、入念に何重にも長い布が巻きつけられていた。ヤクザが出入りの際に巻く、防具としてのサラシ、ではなく。トランクス代わりに、まるでオムツのように。

 

 

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