【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第10話  最強の男と、凶相の敵と

 

 リングサイドで夕華が声を上げる。

「黒岩……! 大丈夫なのかい!」

 

 身構えたまま、ちら、と目だけ向けて黒岩が答える。

「ええ、どうってこたぁねえすよ。医者の薬が効いたんでね」

 そこで敵を見据え、ひどく顔を歪めた。

「医者もよぉ、何の痺れ薬か分からねぇんで解毒剤も用意しようがねえ、なんて抜かすからよ……ありったけ下剤出させて、バケツ一杯も水飲んでよ。上から下から吐き出しひり出して、腹ン中全部洗い流してやったぜ……! で、よお」

 

 腹をさすり、その下のオムツのような布の固まりに目を落とす。

 顔を上げると、震えるほどに頬を歪めて敵をにらみつけた。

「その代償がこれよ……伊達男の黒岩サンによ、むつきの取れねえ赤んぼみてえな格好させるとはよォ……た・か・く・つくぜえぇぇテメエら……!」

 

 夕華が言う。

「黒岩。……有難う、よく来てくれた。他の二人はどうだい」

 

 黒岩は首を横に振る。

「同じ処置を試しましたが……ダメです、脱水症状でとても動けやしません」

 

「そうかい。……お前だけでも来てくれて良かった、これで――」

 

 黒岩は半身を切って腰を落とし、床を踏み締めるように足を開く。左手は腹の高さに下げつつ自然に前へ伸ばし、右手は腰に引き絞る。拳闘ではなく、空手を基調とした構え。

「ええ。これで百人力すよ……青坊、元。邪魔だ、どいてろ」

 

 リングサイドで横たわる生野が身を起こし、つぶやく。

「そこは『よく頑張ったな』とかだろ……」

 

 黒岩は構わず、三人の敵に視線を走らせる。

「デカブツ、根暗、素人小僧。誰から来る? 一緒にでもいいぜ、手間が省ける」

 

 竜吉が頬を引きつらせる。

「誰が素人じゃと……!」

 

 だが、先に前に出たのは巨漢。力士と見まごうほどの体格を具えた男だった。

「お(んし)ゃあよう……さっきはようもやってくれたのう、ああ!?」

 

 観客たちからはやし立てるような声が上がった。

「いよっ、待ってました横綱!」

「見せてくれよお前の角力拳闘(スモウボクシング)!」

「ひがぁぁしぃぃ~、東京モン~~、にぃぃしぃぃ~、宮呉(みやくれ)ぇぇ(じま)ぁぁぁ~~!」

 

 ――決して横綱だったわけではない。だが、戦時中も続けられていた大相撲において、かつて十両の位にいた男。

 その巨体を分厚く覆う脂肪は、男にとっての枷でもなければ不摂生の結果でもない。それは鍛え上げた鎧にして武器。敵のあらゆる打撃を体の芯に通さず、自身の突進には計り知れない質量を乗せる。

 

 そして当然。その巨大な鎧を着て動くだけの、猛獣の如き筋力をその奥に秘めている。彼と戦った拳闘士は口を揃えて「山から下りてきた大熊に跳ね飛ばされたようだった」「山を、大地を殴っているように、拳が効いている手応えがなかった」と語る。

 

 『角力山脈(スモウアトラス)』。かつての四股名(しこな)から宮呉島(みやくれじま)と呼ばれる男の、もう一つの異名だった――。

 

 宮呉島は黒岩を見下ろし、自らの大きな腹を叩く。

「ふんっ、貧相な奴め……鶏ガラ代わりに煮込んでちゃんこのダシにしてやろうか、あぁん?」

 

 黒岩はむしろ楽しげに頬を歪める。

「てめえこそ煮込んで豚脂(ラード)落としてから来いよ、そうすりゃ美味しく料理してやるからよォ。えぇ? 焼き豚野郎」

 

 宮呉島の顔が歪む。

「! なんっ――」

 ぐ、とその腰が沈み、相撲の立会いのような姿勢になる――その一瞬後には、ぶちかましの動きで全体重を乗せた剛腕【大山崩落(アトラスマッシュ)】が来るはず――。

 

 が。黒岩の動きは早かった、速度ではなくその初動が。相手が姿勢を沈めるその一瞬、攻撃に移行する直前一瞬の隙を突いた、その“技”は。

 

 踏み込むと同時、広く幅を取った足で床を踏み締め、その力を腰へ。腰のひねり、左手の引き、重心の移動。全ての力を背から肩、上腕、肘、前腕、ひねりを加える手首から右拳へと連動させて伝える。

 正拳逆突きの理想的な形として放たれた【松刺爆撃(しゅうしばくげき)】は、上段突きの軌道を描いて相手の顔面へと突き刺さった。

 

「なん……あ……ぁ……?」

 果たして。宮呉島は拳を構えることもできず、棒立ちのまま。焦点の合わない目を見開くのみだった。

 そしてその巨体がバランスを崩し、大木が倒れるかのようにゆっくりと傾いていく。

 

 そこへさらに。黒岩は無言で足を踏み直し、続けて打撃を打ち込んだ。

左足を前に出し、胸を打ち抜く左の中段順突き、腹へ打ち落とす右の下段逆突き。【松刺爆撃(しゅうしばくげき)・三連爆】が、全て決まった。

 

「…………ぉ、ぉっ、ぉっ……」

もはや言葉すら上げられず、開けた口から血の泡を垂れ流し。白目を剥いて、巨大な山脈が崩れ落ちた。

 

松刺爆撃(しゅうしばくげき)】、その技は衝撃を敵人体へと浸透させ、『内側』に打撃を与える。脂肪や筋肉の壁さえも越えて、内臓に。

 

 テンカウントが取られる中、元が背筋を震わせた。

「な……なんじゃありゃあ、あの熊みたいな相撲取りを一瞬で……」

 

息を整えつつ、青空は頬を半ば引きつらせて笑った。

「すっげ……相変わらずヤベぇな」

 

「な……な、ななな……」

 構えた手も足もわななかせながら、竜吉は後ずさっていた。いつのまにかその背がコーナーポストについていた。

 

 観客たちが声を失い、うめくようなどよめきのみが漂う中。

 残る敵、凶相の男が低くつぶやく。

「顔面への打撃を耐えるには首の筋力が不可欠、そして……宮呉島は大相撲のぶちかまし合いを経験した男、首の頑強さにおいては唯一無二」

 

 十人からの係員が集まり、倒れたままの宮呉島を引きずっていくのを横目に言葉を続ける。

「無論、奴の体もまた筋肉と脂肪、二重の鎧に護られし金剛不壊(ふえ)……あれを破壊するとは、強靭(つよ)き者よ……」

 

 そこで黒岩の目に視線を向けた。刺し貫くような視線を。

「憎い。……貴様が憎い、強靭(つよ)き者よ」

 

 黒岩は、は、と笑うように息をつく。

「なんだあ? 仇討ちってかよ、案外仲がいい――」

 

 その言葉には取り合わず、凶相の男は青空を見る。そして元を、そして竜吉を。そして場外の生野を、倒れたままの宮呉島を、観客たちを。

「憎い。憎いぞ、惰弱(よわ)き者らよ。……叩き潰してやる」

 

 目元を震わせ、まるで泣くように顔を歪ませた。

「貴様の強靭(つよ)さが憎い。貴様らの惰弱(よわ)さが憎い。……憎い、憎い、憎い憎いぞ貴様らが! 何もかもが!」

 

 黒岩が舌打ちする。

「……イカレてんじゃねぇぞクソが。ワケわかんねえこと言ってねえで――」

 

 瞬間。黒岩の目の前にその男がいた。

いつ踏み込まれたというのか? だが、そう思考するよりも早く黒岩の体は反応していた。相手の顔面へと、反射に近い早さでジャブを打つ。

 

 が。それが相手の片手にいなされた。

と同時。敵が反対の手で打ち出す拳――親指を上にした縦拳――が、黒岩の顔面へと繰り出されていた。

 

「!!?」

 黒岩もさらに反射で動いた、もう片方の手を掲げてガードした。それでも、そのガードごと突き込まれ、黒岩は自らの手首で顔面をしたたかに打つことになった。

 

 鼻血を垂らしながら黒岩は身構えた。笑う。

「おもしれー野郎だぜ……」

 笑いながらも、歯をひどく噛み鳴らす。

「おもしれーんだよクソ野郎、百倍にして返してやりてえぐらいになあ……!」

 

 西日本支部運営の代表、恰幅のよい男が声を上げる。

「頼むぞ蒼臼(あおうす)、西日本支部最強の男……! 『大陸帰りの暴凶龍(チャイナドラゴン)蒼臼(あおうす) 李一(りいち)よ……!」

 

 蒼臼は、ゆらり、と構えを取る。黒岩と似た、足幅をやや広く取り右手を腰へ引き絞る形。ただ、左手は顔の高さに緩く伸ばされていた。

 貫き殺すような目をして言う。

「憎い、潰す。何もかも全て」

 

 

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