【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第11話  最強対最強と、その行方と

 

 観客のざわめきはいつの間にかやんでいた。

 しん、と静まり返った会場の中、黒岩と蒼臼(あおうす)がじりじりと、足をにじらせて間合いを詰める、わずかな足音だけが響く。

 もはや拳闘ではなく、刀を手にした剣士の果し合い。どちらが斬るか、斬られるか。そんな張り詰めた空気が辺りに満ちていた。

 

 その静寂を破り、相手が先にしかける。

「しぃっ!」

 踏み込みと同時に素早く繰り出される左の縦拳。

 ジャブと同等の素早さを持ちながら、親指を上とした縦拳で繰り出すことにより、体重を乗せた重さを生み出す。後世に『リードブロウ』と呼ばれるものと酷似した技であった。

 

「ふん……!」

 だが、黒岩もそう簡単には食らわない。

 体をかわしつつ、右腕を右に返すように掲げる。前腕の内側、親指のある側で相手の拳を打ち払う。拳闘ではなく空手の防御術【内受け】。

 同時に左足を踏み込み、左拳を相手の胴へと突き込む。流れるような攻防一体の動きだった。

 

 が。その拳がいなされる。相手の繰り出した右拳によって。

「な……!?」

 

 黒岩の腕に添うように伸びてきた相手の腕は、その軌道を以て腕をいなし、黒岩の拳の軌道をずらす。

 結果、黒岩の拳は的を外れ。敵の縦拳だけが重く、カウンターとなって黒岩の腹へと突き刺さった。

 

「か……!」

 うめく黒岩の体が揺らぎ、片膝をつく。ダウンと見なされ、カウントが取られ始めた。

 

 夕華と生野が声を上げた。

「黒岩……!」

「そんな……! あの人が、打ち負けるなんて……!」

 

 しかしカウントツーで立ち上がり、黒岩は歯を剥いて獰猛に笑う。

「……ますますおもしれー野郎だ、余計ブッ殺したくなってきたぜ。……それにしても、青坊の【瀑受転巌(ばくじゅてんがん)】とも違う、珍しいカウンターだな。何て“技”だ」

 

 蒼臼(あおうす)は構えを崩さず、にこりともせず答える。

「……【形意(シンイー)崩拳(ポンチュエン)】」

 

 黒岩はけげんそうに眉を寄せる。

「中国語? そういや『大陸帰りの暴凶龍(チャイナドラゴン)』とか呼ばれてたな、その技は向こうの拳法、ってやつか」

 

 蒼臼の目つきが、一瞬さらなる凶相を帯びる。

「お喋りはここまでだ……私から行くぞ」

 

 再び踏み込む蒼臼。

 だが、先に打撃を繰り出したのは黒岩だった。素早いワンツーで機先を制する。

 

 はずだった。放った左右の打撃は、どちらもさばかれていた。相手が内側から外へ振り上げた両腕によって。

 先ほど黒岩が見せた【内受け】、それを相手は両手で繰り出し、黒岩の両手を左右へさばいていた。まるで門を開くように。

 そして、がら空きとなった黒岩の胸板へ。両脇に引き絞った、相手の両拳が放たれ。左右同時に突き立った。

 

「が……!?」

 黒岩の足がよろめき、体が傾く。

 

「【形意(シンイー)馬形(マーシン)】」

 “技”の名を低くつぶやく敵に。

 しかし黒岩は足を継いで踏みとどまり、反撃の拳を打ち込んだ。それがまともに当たり、鼻に、みち、と音を上げさせる。

 

「ぶ……!?」

 

「余裕ぶってよォ……聞かれてもねぇ技名宣伝してんじゃねぇぞオイ!」

 さらに連続して拳を打ち込む。空手のものとは違う、軽快なボクシング式の連打。

 

 相手はさばき切れず、防御を固めて後ずさる。だが、反撃に転じようとしたのか、その構えが解かれる。

 

「そォらよォ!」

 その隙を見越していたかのように黒岩の拳が繰り出される、上下同時に。

 上体を横倒しにしつつ踏み込み、右拳は顔面、左拳は腹を狙う。空手式の双拳奇襲、【山突き】。

 

「懐かしいな」

 だが、そのどちらの拳も防がれていた。軌道を読んだように顔と腹の前に掲げられていた、相手の腕によって。

 

「何!?」

 頬を引きつらせつつ、体勢を立て直すべく上体を起こす黒岩に。

 

「こうだろう?」

 相手の拳が間髪入れず放たれた。上下同時、【山突き】の形で。

 

「が!!?」

 黒岩は拳を掲げて防ぐも、またも自分の拳ごと、顔と腹へと突き込まれる。

 

 黒岩が下がって息を整えるうち、蒼臼は語った。

「空手、沖縄をルーツとするそれは大日本帝国が誇る格闘技、か。懐かしい……そして、憎い」

 片手を頭に当て、その下で凶相をいっそう歪ませる。もう片方の拳は震えていた。

「憎い、憎い憎いぞ貴様が! 空手が……いや、その強靭(つよ)さが! 貴様が憎い……!」

 

「人のことブン殴ってくれたあげく、まだ憎い憎い言ってりゃ世話ねえなオイ」

 黒岩はリングに唾を吐いた。

「ま、気は合いそうだ……俺もよォ、てめえをブッ殺したくてしょうがねえからよォ」

 

 蒼臼は構えもせず言った。

「強がりはやめることだ、強靭(つよ)き者……いや、惰弱(よわ)き者よ。私の“技”は『浸透(けい)』、つまりはお前の“技”と酷似した(ことわり)を持つ……お前はすでに戦える状態ではない」

 

 そのとき、黒岩が咳き込んだ。グローブで押さえたその口からは血がこぼれている。見れば、先ほど唾を吐き出した床も、真っ赤に染まっていた。

 相手の内側に衝撃を伝え破壊する【松刺爆撃(しゅうしばくげき)】、いわばそれと同じものを黒岩も受けたということか。

 

「大丈夫かよ……!」

 青空が駆け寄ろうとするが、黒岩がにらみ殺すような目で制する。

「わざわざ俺様の心配とは、出世したもんだな青坊よお。……そんなヒマがあったら、せいぜい息でも整えてろ。だいたいだな、心配はいらねえ――」

 

 言う間に黒岩は間合いを詰めた。放つ、右の上段【松刺爆撃(しゅうしばくげき)】。決まれば一撃必殺ともなり得るその“技”を。

 

 だが、それを読んでいたかのように蒼臼は防御の手を掲げる。

 

 だが。黒岩もまたそれを読んでいた。

 繰り出しかけていた右手を引き、相手の防御の的を外させる。同時、その引く動きを連動させた勢いを乗せ、繰り出すのは。

 左の中段、順突きによる【松刺爆撃(しゅうしばくげき)】。

 

「ご……ぁ!?」

 上段のフェイントに気を取られた相手の防御は間に合わず、胸板へとまともに突き立つ。

 

 そして黒岩が足を踏み締め、さらに繰り出すのは。右の下段【松刺爆撃(しゅうしばくげき)】。逆突きの形で放たれるそれは腰のひねりを十全に乗せるため、順突き以上の威力を持つ。まさに必殺となり得る奥義だった。

 

 が。

「な……ぁっ!?」

 震えた。黒岩の手が。踏み締めていた足が。

力の抜けた膝が崩れる。

 

 顔をこわばらせた夕華がつぶやく。

「そんな……薬が、抜け切っていなかったかい……!」

 

 黒岩の拳は敵に到達する遥か手前で止まり。

 相手の拳が、黒岩の顔面を打ち抜いた。

 

「……!!」

 黒岩はまるで泳ぐようにもがき、前のめりに崩れ落ちかかる。それでも抱きつき(クリンチ)をかけるように、相手の腰の後ろに手を回す。

 

「!」

 相手は身を引き、支えを失った黒岩は倒れた。

 伏した黒岩はリングをつかむように手を伸ばし、床を踏み締めようとするように足を震わせたが。起き上がることはできず、震えるままカウントテンを迎えた。

 

「……っ……!!」

 黒岩は何も言わず、片手のグローブで顔を覆った。隙間から見えたその唇は震え、噛み締められて血を流していた。

 

 青空は係員に運び出される黒岩ではなく、青臼を見据えながら言った。

「ありがとうよ……黒岩さんよ。だいぶ休ませてもらった、俺も元も」

 両拳を突き合わせた後、構えを取る。

「ここからは……俺たちの番だ」

 

 

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