【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
観客のざわめきはいつの間にかやんでいた。
しん、と静まり返った会場の中、黒岩と
もはや拳闘ではなく、刀を手にした剣士の果し合い。どちらが斬るか、斬られるか。そんな張り詰めた空気が辺りに満ちていた。
その静寂を破り、相手が先にしかける。
「しぃっ!」
踏み込みと同時に素早く繰り出される左の縦拳。
ジャブと同等の素早さを持ちながら、親指を上とした縦拳で繰り出すことにより、体重を乗せた重さを生み出す。後世に『リードブロウ』と呼ばれるものと酷似した技であった。
「ふん……!」
だが、黒岩もそう簡単には食らわない。
体をかわしつつ、右腕を右に返すように掲げる。前腕の内側、親指のある側で相手の拳を打ち払う。拳闘ではなく空手の防御術【内受け】。
同時に左足を踏み込み、左拳を相手の胴へと突き込む。流れるような攻防一体の動きだった。
が。その拳がいなされる。相手の繰り出した右拳によって。
「な……!?」
黒岩の腕に添うように伸びてきた相手の腕は、その軌道を以て腕をいなし、黒岩の拳の軌道をずらす。
結果、黒岩の拳は的を外れ。敵の縦拳だけが重く、カウンターとなって黒岩の腹へと突き刺さった。
「か……!」
うめく黒岩の体が揺らぎ、片膝をつく。ダウンと見なされ、カウントが取られ始めた。
夕華と生野が声を上げた。
「黒岩……!」
「そんな……! あの人が、打ち負けるなんて……!」
しかしカウントツーで立ち上がり、黒岩は歯を剥いて獰猛に笑う。
「……ますますおもしれー野郎だ、余計ブッ殺したくなってきたぜ。……それにしても、青坊の【
「……【
黒岩はけげんそうに眉を寄せる。
「中国語? そういや『
蒼臼の目つきが、一瞬さらなる凶相を帯びる。
「お喋りはここまでだ……私から行くぞ」
再び踏み込む蒼臼。
だが、先に打撃を繰り出したのは黒岩だった。素早いワンツーで機先を制する。
はずだった。放った左右の打撃は、どちらもさばかれていた。相手が内側から外へ振り上げた両腕によって。
先ほど黒岩が見せた【内受け】、それを相手は両手で繰り出し、黒岩の両手を左右へさばいていた。まるで門を開くように。
そして、がら空きとなった黒岩の胸板へ。両脇に引き絞った、相手の両拳が放たれ。左右同時に突き立った。
「が……!?」
黒岩の足がよろめき、体が傾く。
「【
“技”の名を低くつぶやく敵に。
しかし黒岩は足を継いで踏みとどまり、反撃の拳を打ち込んだ。それがまともに当たり、鼻に、みち、と音を上げさせる。
「ぶ……!?」
「余裕ぶってよォ……聞かれてもねぇ技名宣伝してんじゃねぇぞオイ!」
さらに連続して拳を打ち込む。空手のものとは違う、軽快なボクシング式の連打。
相手はさばき切れず、防御を固めて後ずさる。だが、反撃に転じようとしたのか、その構えが解かれる。
「そォらよォ!」
その隙を見越していたかのように黒岩の拳が繰り出される、上下同時に。
上体を横倒しにしつつ踏み込み、右拳は顔面、左拳は腹を狙う。空手式の双拳奇襲、【山突き】。
「懐かしいな」
だが、そのどちらの拳も防がれていた。軌道を読んだように顔と腹の前に掲げられていた、相手の腕によって。
「何!?」
頬を引きつらせつつ、体勢を立て直すべく上体を起こす黒岩に。
「こうだろう?」
相手の拳が間髪入れず放たれた。上下同時、【山突き】の形で。
「が!!?」
黒岩は拳を掲げて防ぐも、またも自分の拳ごと、顔と腹へと突き込まれる。
黒岩が下がって息を整えるうち、蒼臼は語った。
「空手、沖縄をルーツとするそれは大日本帝国が誇る格闘技、か。懐かしい……そして、憎い」
片手を頭に当て、その下で凶相をいっそう歪ませる。もう片方の拳は震えていた。
「憎い、憎い憎いぞ貴様が! 空手が……いや、その
「人のことブン殴ってくれたあげく、まだ憎い憎い言ってりゃ世話ねえなオイ」
黒岩はリングに唾を吐いた。
「ま、気は合いそうだ……俺もよォ、てめえをブッ殺したくてしょうがねえからよォ」
蒼臼は構えもせず言った。
「強がりはやめることだ、
そのとき、黒岩が咳き込んだ。グローブで押さえたその口からは血がこぼれている。見れば、先ほど唾を吐き出した床も、真っ赤に染まっていた。
相手の内側に衝撃を伝え破壊する【
「大丈夫かよ……!」
青空が駆け寄ろうとするが、黒岩がにらみ殺すような目で制する。
「わざわざ俺様の心配とは、出世したもんだな青坊よお。……そんなヒマがあったら、せいぜい息でも整えてろ。だいたいだな、心配はいらねえ――」
言う間に黒岩は間合いを詰めた。放つ、右の上段【
だが、それを読んでいたかのように蒼臼は防御の手を掲げる。
だが。黒岩もまたそれを読んでいた。
繰り出しかけていた右手を引き、相手の防御の的を外させる。同時、その引く動きを連動させた勢いを乗せ、繰り出すのは。
左の中段、順突きによる【
「ご……ぁ!?」
上段のフェイントに気を取られた相手の防御は間に合わず、胸板へとまともに突き立つ。
そして黒岩が足を踏み締め、さらに繰り出すのは。右の下段【
が。
「な……ぁっ!?」
震えた。黒岩の手が。踏み締めていた足が。
力の抜けた膝が崩れる。
顔をこわばらせた夕華がつぶやく。
「そんな……薬が、抜け切っていなかったかい……!」
黒岩の拳は敵に到達する遥か手前で止まり。
相手の拳が、黒岩の顔面を打ち抜いた。
「……!!」
黒岩はまるで泳ぐようにもがき、前のめりに崩れ落ちかかる。それでも
「!」
相手は身を引き、支えを失った黒岩は倒れた。
伏した黒岩はリングをつかむように手を伸ばし、床を踏み締めようとするように足を震わせたが。起き上がることはできず、震えるままカウントテンを迎えた。
「……っ……!!」
黒岩は何も言わず、片手のグローブで顔を覆った。隙間から見えたその唇は震え、噛み締められて血を流していた。
青空は係員に運び出される黒岩ではなく、青臼を見据えながら言った。
「ありがとうよ……黒岩さんよ。だいぶ休ませてもらった、俺も元も」
両拳を突き合わせた後、構えを取る。
「ここからは……俺たちの番だ」