【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第十二話  心の弱さと、立ち上がる麦と

 

 蒼臼(あおうす)は構えもせずに青空を見る。

「お前が大神青空……聞いているぞ。心の強靭(つよ)き者、か」

 

「ああ、心の強さが違ぇ――」

 

 その言葉をさえぎるように言った。

「私はな。心が、惰弱(よわ)い」

 

「え?」

 

 目を瞬かせる青空に構わず、相手は天を仰いだ。

「私は違う。心が惰弱(よわ)い。お前とは違う、心の惰弱(よわ)さが……違うんだよ」

 その顔を隠すように、片手で顔を覆った。

「だから。……憎い、お前が。憎い、先ほどの敵が。憎い、何もかもが……!」

 その肩が、泣くように震えていた。

 

 青空は眉を寄せる。

「何言ってんだよ……だいたい、心が弱ぇならお前みたいに強いわけが――」

 言いかけて気づいた。そうだ、一人だけいた。心が弱く、なのに人智を越えた力を振るった人間が。

 

 大神夕日。青空の父親。

 

 

 

 ――青空の父親にして、かつての日本拳闘界におけるミドル級王者。

 戦時中に下士官として大陸へ出征した彼は小さな部隊を率い、『心の強さ』で部下たちを導いていた。

 

 いや、導いていたつもりだった。

 あるとき、一人の部下が暴走し、軍刀を抜いて仲間へと斬りかかった。先の見えない泥沼のような戦況においても『痛みに耐えろ』『辛い時こそ笑え』『前に進め』――そう強いる夕日の在り方と、あまりに過酷な状況に耐えかねて。

 

 そして、それを止めようとした夕日自身も。自覚してこそいなかったが、とうに限界を迎えていた。その状況と、それでも強く在ろうとすることに。

 そうして夕日自身もまた暴走し。軍刀を振るった部下、他の部下、全てを。気づけば、殴り殺していた――。

 

 

 

 顔を覆うグローブの下から、蒼臼の片目だけがのぞく。まるで穴のように黒く、どこまでも落ちていくように黒く。

「私はなあ……底を見たよ。人間の底、自分の底……弱さの底を。あの大陸においてなあ」

 

「…………」

 青空も元も、リングの隅にいた竜吉も。会場の誰もが黙り、観客席からはわずかに、困惑したようなざわめきが上がる。

 

 西日本支部代表の男すら、眉根を寄せてうめくように言う。

「さ、さっきから何を言うとんじゃ蒼臼! とっととそいつらも殺ったらんかい!」

 

 生野がことさら音を立てて舌打ちする。

「チッ……何なんだかよ。思わせ振りなこと言ってビビらせようってのか」

 

「来いよ」

 そんな中、青空だけが。真っ直ぐに蒼臼を見据えた。

「来いよ、蒼臼、来い。打ち込んでこいよ、全部乗せてよ。お前の強さ、弱さ……全部をよぉ」

 

 ぴたり、と蒼臼が動きを止める。穴のような目が青空を見ている。

 

 元がつぶやくように言う。

「……わしゃ、あんな目をした奴をようけ見てきたよ。原爆(ピカ)で何もかも焼き尽くされた日も、その後も。家族を殺されたもんにも、体中に火傷や後遺症を負うて苦しむ人にも。いや、わしもあんな目をしとったかもしれん。ほうじゃが――」

 

 青空はうなずいた。

「ああ。それでも、生きてる。それでも、立ち上がった――もう立ち上がったんだ、踏まれても踏まれても芽を出す麦のように。……だったな」

 

 元もうなずく。

「ほうよ、心の強さでのう。……ほいじゃ、行ってくるよ」

 

 元のグローブを軽く叩き、青空も言う。

「頼むぜ。こっちは、任せとけ」

 

 青空は吼えた。

「行くぜ! 心の強さが、違ぇん――」

 

 その声が終わらぬ間に。蒼臼が踏み込み、拳を叩きつける。

 

 

 

 一方、元は竜吉の方へと駆け、跳び込みざまに拳を振るう。

「おおりゃああ!」

 

「ひ……!」

 その大振りなパンチから、竜吉は必要以上に大きく身をかわし、距離を取る。

 

 リング外から鮫島が声を上げた。

「何をやっとる竜吉! そんとなもんを怖がりおって!」

 

 元の食いしばった歯が竜吉の目にとまる。自らの指先を食いちぎった歯が。

「うう……!」

 右手が、痛む。

 

「うう、う……くそったれが……! なんでわしが怖がらないかんのじゃ、怯えるんはおどれのほうじゃ! 恐怖しろ中岡ァ!」

 震えながら叫ぶと同時、跳び込んだ。やや大振りになったワンツー、それでも身に染みついた動きのまま、定石どおりに繰り出す左フック。右のボディアッパー。左のレバーブロウ。

 

「う、う……ギギギギ……」

 防御を固めて耐えるも、さらに打たれ続ける元。当然体の全てをカバーし切れるはずもなく、多くのパンチはまともに入れられている。

 反撃の拳を繰り出すも、それもかわされ。その隙に、逆に打ち込まれる。

 

 その一撃を、まともに顔面に受けた元の。目がぐるり、と天を向く。意識を手放したように、その腕から、膝から力が抜ける。

「ぉ……ぁ……」

 そして、倒れた。

 

「元……!」

「元――っ!」

 夕華が、生野が声を上げる。

 

 その声をもかき消すような叫びが響いた。

「元――っっ!! おどりゃ、立て、立たんか元ーっ!!」

 

 青空ではない、虎威組の誰でもない。

 その男の声は観客席から、広島ヤクザがひしめくその席の、片隅から上がっていた。

 

「わりゃドアホウが、こんとなとこで倒れてどうするんならっっ! わしより上手い絵描きになってみせるんと違うんか、ああ!?」

 市松模様の帽子をかぶった天然パーマの男、黒崎。昨日チンピラを雇って元を襲わせた、看板会社の先輩だった。

 

 黒崎が雇っていたチンピラと、その兄貴分らしいヤクザが横で騒ぐ。

「お前っ、黒崎……!」

「わりゃ何言い出してけつかるんじゃ、オイ!?」

 

 そちらに構う様子もなく、口の横に両手を当て。黒崎は声を絞り出す。

「わしと勝負するんじゃろうがーっ! そんとなとこで倒れてみい、知らんぞーっ! わしゃお前がくたばっとるうちに、最高の絵を描いてしまうぞ! 誰もが暖かい気持ちになる、人工の虹を……!」

 

 息を吸い込み、再び叫ぶ。

「立てや、元――っっ!! わしより凄い絵を、おどれの絵を! 描いてみせんかいっっ!!」

 

「人工の、虹……黒、崎か……」

 元は目を瞬かせ、震え。立ち上がった、カウントナインで。

 

 まだ焦点の合わない目で観客席を探し、やがて黒崎を見つけ。ほほ笑む。

 

 黒崎はうなずき、帽子を目深にかぶり直し。目元を拭った。

 

 竜吉は頬をわななかせる。

「な……何でじゃ、何じゃこいつ……! 何で立ち上がれる、何で打っても打っても怯まんのじゃ……! 砂鉄入りのグローブで殴っとんじゃぞ……!?」

 

 拳を大きく振りかぶり――訓練を重ねた拳闘の動きではもはやなかったが――跳び込む。

「死ね、中岡、死ねぇっ!」

 

 それに対する元はいったん構えを取ったものの。足下が揺らぎ、上体が崩れる。地に膝をつきかける。

 

 生野の顔が引きつる。

「ヤバい……!」

 

 夕華は目を見開いた。

「いや、あれは。あの動きは――」

 

 ――かつて生野が夕華の部屋から持ち出した書、大神夕日の記した『拳闘の心得』。

 “技”習得の極意が書かれたその書は『複数存在した』。盗まれることのないよう、夕華が何ヶ所かに分散して保管していた。生野が持ち出したのはその中の一冊に過ぎなかった。

 そして、その中の一書に記された奥義。その動きと元の動きは今、奇しくも一致していた。

 

 ――技の極意、その一。

 その身を沈み込ませるべし。まるで全て打ち砕かれ、何もかも手放したかのように脱力し。深く深く沈ませるべし。

 

 元は沈み込む、意識すら半ば手放したかのように。

 

 ――技の極意、その二。

 地に崩れ落ちるその寸前、立ち上がるべし。手放していた全ての力を両脚に込め、さらには地からの反動を得て、強く。

 

 元は立ち上がる。全ての力を両脚に込め。何度踏まれようと踏まれようと芽を出す、麦のように。

 

 ――技の極意、その三。

 両脚よりの力、大地踏み締めしその力を腕へ、拳へ伝え。真っ直ぐに天を突くべし。

 踏まれてなおも伸びゆく麦のように。やがてその穂を実らせ、天へと向けるように。

 

「おお……ぅおおりゃああぁーっっ!!」

 今。元の拳が放たれた、天へと。

真っ直ぐ跳び上がりながら繰り出すアッパーが。襲い来ていた竜吉の顔面を、宙高くへと打ち上げた。

 

 夕華が声を漏らす。

「あれは……奥義、【麦穂天立(ばくすいてんりゅう)】……!」

 

 声もなくリングに倒れ込む竜吉。

 

「竜吉、竜吉……! 大丈夫か、しっかりせい!」

 

 鮫島の声に身を起こし、どうにかカウントエイトで立ち上がる。

「ひ……っ!」

 だが、竜吉は大きく身を引いていた。

 じりじりとにじり寄る元から。

 

 元は大きく肩を上下させながら言う。

「そう……そうじゃ……。わしゃ、描くぞ、描いてみせるぞ……わしの絵を、国境なんぞ吹っ飛ばすような、芸術を……!」

 

 元は未だ焦点の合わない目のまま、それでも前へと歩を進める。

 

 竜吉は歯を食いしばり、踏みとどまった。

「ぐ、ぐぐぐ……! くそおぉぉ!」

 踏み込み、拳を振るう。訓練で(つちか)ったものとは違う、子供のケンカのような大振りな動きで。

 

 二人は言葉もなく、ぶつかり合った。

 

 

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