【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
「お前が大神青空……聞いているぞ。心の
「ああ、心の強さが違ぇ――」
その言葉をさえぎるように言った。
「私はな。心が、
「え?」
目を瞬かせる青空に構わず、相手は天を仰いだ。
「私は違う。心が
その顔を隠すように、片手で顔を覆った。
「だから。……憎い、お前が。憎い、先ほどの敵が。憎い、何もかもが……!」
その肩が、泣くように震えていた。
青空は眉を寄せる。
「何言ってんだよ……だいたい、心が弱ぇならお前みたいに強いわけが――」
言いかけて気づいた。そうだ、一人だけいた。心が弱く、なのに人智を越えた力を振るった人間が。
大神夕日。青空の父親。
――青空の父親にして、かつての日本拳闘界におけるミドル級王者。
戦時中に下士官として大陸へ出征した彼は小さな部隊を率い、『心の強さ』で部下たちを導いていた。
いや、導いていたつもりだった。
あるとき、一人の部下が暴走し、軍刀を抜いて仲間へと斬りかかった。先の見えない泥沼のような戦況においても『痛みに耐えろ』『辛い時こそ笑え』『前に進め』――そう強いる夕日の在り方と、あまりに過酷な状況に耐えかねて。
そして、それを止めようとした夕日自身も。自覚してこそいなかったが、とうに限界を迎えていた。その状況と、それでも強く在ろうとすることに。
そうして夕日自身もまた暴走し。軍刀を振るった部下、他の部下、全てを。気づけば、殴り殺していた――。
顔を覆うグローブの下から、蒼臼の片目だけがのぞく。まるで穴のように黒く、どこまでも落ちていくように黒く。
「私はなあ……底を見たよ。人間の底、自分の底……弱さの底を。あの大陸においてなあ」
「…………」
青空も元も、リングの隅にいた竜吉も。会場の誰もが黙り、観客席からはわずかに、困惑したようなざわめきが上がる。
西日本支部代表の男すら、眉根を寄せてうめくように言う。
「さ、さっきから何を言うとんじゃ蒼臼! とっととそいつらも殺ったらんかい!」
生野がことさら音を立てて舌打ちする。
「チッ……何なんだかよ。思わせ振りなこと言ってビビらせようってのか」
「来いよ」
そんな中、青空だけが。真っ直ぐに蒼臼を見据えた。
「来いよ、蒼臼、来い。打ち込んでこいよ、全部乗せてよ。お前の強さ、弱さ……全部をよぉ」
ぴたり、と蒼臼が動きを止める。穴のような目が青空を見ている。
元がつぶやくように言う。
「……わしゃ、あんな目をした奴をようけ見てきたよ。
青空はうなずいた。
「ああ。それでも、生きてる。それでも、立ち上がった――もう立ち上がったんだ、踏まれても踏まれても芽を出す麦のように。……だったな」
元もうなずく。
「ほうよ、心の強さでのう。……ほいじゃ、行ってくるよ」
元のグローブを軽く叩き、青空も言う。
「頼むぜ。こっちは、任せとけ」
青空は吼えた。
「行くぜ! 心の強さが、違ぇん――」
その声が終わらぬ間に。蒼臼が踏み込み、拳を叩きつける。
一方、元は竜吉の方へと駆け、跳び込みざまに拳を振るう。
「おおりゃああ!」
「ひ……!」
その大振りなパンチから、竜吉は必要以上に大きく身をかわし、距離を取る。
リング外から鮫島が声を上げた。
「何をやっとる竜吉! そんとなもんを怖がりおって!」
元の食いしばった歯が竜吉の目にとまる。自らの指先を食いちぎった歯が。
「うう……!」
右手が、痛む。
「うう、う……くそったれが……! なんでわしが怖がらないかんのじゃ、怯えるんはおどれのほうじゃ! 恐怖しろ中岡ァ!」
震えながら叫ぶと同時、跳び込んだ。やや大振りになったワンツー、それでも身に染みついた動きのまま、定石どおりに繰り出す左フック。右のボディアッパー。左のレバーブロウ。
「う、う……ギギギギ……」
防御を固めて耐えるも、さらに打たれ続ける元。当然体の全てをカバーし切れるはずもなく、多くのパンチはまともに入れられている。
反撃の拳を繰り出すも、それもかわされ。その隙に、逆に打ち込まれる。
その一撃を、まともに顔面に受けた元の。目がぐるり、と天を向く。意識を手放したように、その腕から、膝から力が抜ける。
「ぉ……ぁ……」
そして、倒れた。
「元……!」
「元――っ!」
夕華が、生野が声を上げる。
その声をもかき消すような叫びが響いた。
「元――っっ!! おどりゃ、立て、立たんか元ーっ!!」
青空ではない、虎威組の誰でもない。
その男の声は観客席から、広島ヤクザがひしめくその席の、片隅から上がっていた。
「わりゃドアホウが、こんとなとこで倒れてどうするんならっっ! わしより上手い絵描きになってみせるんと違うんか、ああ!?」
市松模様の帽子をかぶった天然パーマの男、黒崎。昨日チンピラを雇って元を襲わせた、看板会社の先輩だった。
黒崎が雇っていたチンピラと、その兄貴分らしいヤクザが横で騒ぐ。
「お前っ、黒崎……!」
「わりゃ何言い出してけつかるんじゃ、オイ!?」
そちらに構う様子もなく、口の横に両手を当て。黒崎は声を絞り出す。
「わしと勝負するんじゃろうがーっ! そんとなとこで倒れてみい、知らんぞーっ! わしゃお前がくたばっとるうちに、最高の絵を描いてしまうぞ! 誰もが暖かい気持ちになる、人工の虹を……!」
息を吸い込み、再び叫ぶ。
「立てや、元――っっ!! わしより凄い絵を、おどれの絵を! 描いてみせんかいっっ!!」
「人工の、虹……黒、崎か……」
元は目を瞬かせ、震え。立ち上がった、カウントナインで。
まだ焦点の合わない目で観客席を探し、やがて黒崎を見つけ。ほほ笑む。
黒崎はうなずき、帽子を目深にかぶり直し。目元を拭った。
竜吉は頬をわななかせる。
「な……何でじゃ、何じゃこいつ……! 何で立ち上がれる、何で打っても打っても怯まんのじゃ……! 砂鉄入りのグローブで殴っとんじゃぞ……!?」
拳を大きく振りかぶり――訓練を重ねた拳闘の動きではもはやなかったが――跳び込む。
「死ね、中岡、死ねぇっ!」
それに対する元はいったん構えを取ったものの。足下が揺らぎ、上体が崩れる。地に膝をつきかける。
生野の顔が引きつる。
「ヤバい……!」
夕華は目を見開いた。
「いや、あれは。あの動きは――」
――かつて生野が夕華の部屋から持ち出した書、大神夕日の記した『拳闘の心得』。
“技”習得の極意が書かれたその書は『複数存在した』。盗まれることのないよう、夕華が何ヶ所かに分散して保管していた。生野が持ち出したのはその中の一冊に過ぎなかった。
そして、その中の一書に記された奥義。その動きと元の動きは今、奇しくも一致していた。
――技の極意、その一。
その身を沈み込ませるべし。まるで全て打ち砕かれ、何もかも手放したかのように脱力し。深く深く沈ませるべし。
元は沈み込む、意識すら半ば手放したかのように。
――技の極意、その二。
地に崩れ落ちるその寸前、立ち上がるべし。手放していた全ての力を両脚に込め、さらには地からの反動を得て、強く。
元は立ち上がる。全ての力を両脚に込め。何度踏まれようと踏まれようと芽を出す、麦のように。
――技の極意、その三。
両脚よりの力、大地踏み締めしその力を腕へ、拳へ伝え。真っ直ぐに天を突くべし。
踏まれてなおも伸びゆく麦のように。やがてその穂を実らせ、天へと向けるように。
「おお……ぅおおりゃああぁーっっ!!」
今。元の拳が放たれた、天へと。
真っ直ぐ跳び上がりながら繰り出すアッパーが。襲い来ていた竜吉の顔面を、宙高くへと打ち上げた。
夕華が声を漏らす。
「あれは……奥義、【
声もなくリングに倒れ込む竜吉。
「竜吉、竜吉……! 大丈夫か、しっかりせい!」
鮫島の声に身を起こし、どうにかカウントエイトで立ち上がる。
「ひ……っ!」
だが、竜吉は大きく身を引いていた。
じりじりとにじり寄る元から。
元は大きく肩を上下させながら言う。
「そう……そうじゃ……。わしゃ、描くぞ、描いてみせるぞ……わしの絵を、国境なんぞ吹っ飛ばすような、芸術を……!」
元は未だ焦点の合わない目のまま、それでも前へと歩を進める。
竜吉は歯を食いしばり、踏みとどまった。
「ぐ、ぐぐぐ……! くそおぉぉ!」
踏み込み、拳を振るう。訓練で
二人は言葉もなく、ぶつかり合った。