【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第十三話  弱さの底と、心の強さと

 

 ――かつて、蒼臼(あおうす) 李一(りいち)は信じていた。

 『八紘一宇(はっこういちう)』そして『大東亜共栄圏の樹立』というスローガンを。

 すなわち『日本が武力で諸国を統一し』『アジア圏を手中に収めた上で繁栄させる』――劣ったアジア諸国を日本が征服した上で導く、それによる繁栄こそが日本にとってもアジア諸国にとっても、幸福なのだと。

 

 それが間違っていると理解したのは皮肉にも、まさにその『八紘一宇(はっこういちう)』『大東亜共栄圏の樹立』のための戦いに出征していた最中のことだった。

 

 その頃、蒼臼が兵士として所属する部隊は中国内陸部に進軍していた。だが彼は戦闘の中で部隊とはぐれ、一人さ迷うこととなってしまった。

 幸い怪我はなかったものの、心身共に限界を迎えようとしていたが。ある夜、現地民の集落の灯りを見つけた。住民が寝静まったら食料を盗みに入ろう、そう思って間近で様子をうかがっていた蒼臼だったが。ある光景に目を奪われた。

 

 それは、集落の男たちが集まり、指導者の下で拳を振るう――『拳法』の稽古をする光景だった。

 

 元々、蒼臼は空手の修行者であり、柔道の有段者でもあった。そのため素手の武術には並々ならぬ興味があった。そして、そんな蒼臼だからこそ、目の前で稽古されている(かた)の持つ高度な戦闘理念を理解できた。

 そのごく短い(かた)の内には攻撃だけでなく、相手の隙を作る崩し、そして防御と、いくつもの意味が同時に内包されていた。さらには攻撃に関しても、蒼臼が知っている武道に勝るとも劣らない、あるいはそれ以上のものだと感じられた。

 

気づけば、彼らが行なう(かた)稽古を真似て拳を振るっていた。

 そして、その足音を男たちに聞きとがめられ、引きずり出されたが。

 蒼臼はその場で地に額をこすりつけ、片言の中国語で言った。

「拳法が……したいです」

 

 無論、兵士の格好をした蒼臼を敵視する者、辺りの様子を探りにきた偵察兵だと考えて拘束、あるいは処刑すべきと唱えるものが多かったが。

 拳法を指導していた古老が、蒼臼と村の者の試合を提案した。

 試合となり、蒼臼は空手の技を繰り出すも、村人の振るう拳法の前に倒され。

それでも、笑っていた。幸福だった、今までに出会ったことのない高度な武術、それを実際に味わえたのだから。

 

「奥深いぜ……拳法……」

 そうつぶやき、満面の笑みを浮かべて大の字に横たわる蒼臼。

 それを見て、村の者たちは顔を見合わせ。声を上げて笑い出し。蒼臼の手を取って、立たせた。

 それからまた稽古を始めた。蒼臼と共に。

 

 

 そうして、徐々にではあるが村の一員に迎え入れられた。

 昼は農作業をし、夕方になれば男たちで集まり、拳法を修練する。それが彼らの伝統であり、一種の娯楽でもあった。

 彼らの拳法――形意拳(シンイーチュエン)という拳法の一派だった――を学び、また、ときには彼らに頼まれ、蒼臼の知る空手や柔道の技を教えた。それらもまた彼らに評価され、互いに未知の技術を学び合った。

 

 蒼臼は悟った。これこそが本当の『大東亜共栄』だと。

決して他の国、他の民族が劣っているわけではなく、学ぶべきことも多いと。一方で日本から教えるべきことも多い。互いに互いを認め合い高め合う、一方的な支配ではなく、そうして共存共栄する。それこそが真に日本が歩むべき道だと。

 

 そんなあるとき。蒼臼がはぐれていた部隊の偵察兵が、偶然蒼臼を発見した。

 蒼臼は内心嬉しくは思わなかった。村の存在が軍に知られてしまった以上、支配や略奪の対象となる可能性が高かった。

 それでも彼はできるだけのことをしようと、部隊と村との交渉役を買って出た。村に伝わる拳法の高度な術理を見せ、また村が部隊に協力し、拳法を彼らに教えるよう承諾させることで、村の安全を確保しようと。

 そうして、村の若者や拳法の指導者を集め。部隊の中で格闘技に秀でた者らとの、武術交流会を開くこととなった。

 

 ――そのはずだった。そうはならなかった。

 村の若者や、指導者の古老が集まったところへ部隊は銃を突きつけ、拘束。反抗する戦力のいなくなった村を部隊はたやすく襲撃。略奪の限りを尽くした。

 

 部隊長は上機嫌で蒼臼の肩を叩き、誉めた。お前が奴らの内に潜り込み、油断させたおかげだと。村の男たちを、武器を持たせないまま集めてたやすく拘束できたと。おかげで我々はほとんど無傷だったと。

 

 もしも、心が強かったなら。

 蒼臼は部隊長の目的を知った時点で、略奪が始められた時点で、土下座して中止を懇願しただろう。このようなことは真の大東亜共栄ではない、栄光ある大日本帝国陸軍のやるべきことではないと。

 あるいは立ち向かっただろう、素手のまま抵抗しようとした村の男たちと共に、拳法を振るって。

 

 どちらも、できなかった。

 抵抗する一部の男たちが、なす(すべ)なく撃たれて死ぬのを見ていた。

 部隊長の誉める言葉に、身に余る光栄です、と答えて頭を下げていた。

 

 裏切者。村の男たちの誰かがそう言うのが聞こえた。

 いいや、奴は最初からこれが目的だったのだ、奴は敵だ。我々の村に来た悪鬼だ。そう言うのが聞こえた。

 

 否定はしなかった。できなかった。

 自分のいる場所が、底なのだと思った。人間の底、弱さの底。自分自身の、底なのだと。

 

 その後、蒼臼はその功績を評価され、特殊工作員として推薦される。そして特別な任務に就くため、所属部隊の本隊がある後方へと移された。だが、そうこうするうち戦況は悪化、終戦を迎える。

 混乱の最中、蒼臼は逃亡。港街から密貿易船に忍び込むことに成功し、日本へと還りついた。

 

 故郷・広島へと帰るも、家族を失っていた彼は自暴自棄となり、拳法の技を振るって追いはぎまがいの罪を重ねながら生活していた。そうしていたところを炎涛拳技會・西日本支部に目をつけられ、雇われたのだった――。

 

 

 

 そして今。蒼臼の打つ拳を受け止め、そして打ち返しながら青空は言った。

「伝わってくる……お前の拳から、お前の想い。父ちゃんと闘ったときほど、はっきりとじゃあないが」

 

「……」

 蒼臼は凶相を緩めることなく、無言で拳を打ち続ける。

 

 グローブを打たれる音も高く、両手でそれを受け止め――殺し切れなかった勢いに押され、両足がリングの床を擦った――、青空はいったん間合いを取る。

「それでも、分かるぜ。お前が何を憎んでるか。そんなに憎んで、いったい何を殴ろうとしてるのか」

 

 蒼臼は耳を傾ける様子もなく、ゆらり、と再び拳を上げる。肩幅ほどに足を開いて左手を顔の高さへ差し伸ばし、右手を腰に引き絞る。その構えのまま、じりじりと間合いを詰める。

 

 構えを緩め、青空は言った。

「お前は。お前が憎いんだ」

 

 ぴたり、と蒼臼の動きが止まった。

 

 青空は続けて言った。

「だから、お前は。ぶん殴ろうとしてるんだ、お前自身を。……それができないから、代わりに周りを憎んでる。誰もかれもを殴ろうとしてる」

 

 蒼臼の動きは止まっている。まるで時が止まったかのように。

 それでも、やがて。凶相を帯びたその目が、ぶるぶると震え出す。

「……うるさい」

 

 引きつった頬が、構えたその手が、ぶるぶるぶると震え出す。内から破裂しようとしているのを耐えるかのように。

「うるさい……うるさいっ、うるさいぞ! 知った風なことを……、知った風なことを……っ!」

 口を開け、飛沫のように唾を飛ばして叫んだ。

「お前に!! 私の!! 何が分かる!! 聞いた風な口を叩くな、分かったようなことを言うな……っ!!」

 

「ああ、分からねぇな。だからよ――」

 青空は、す、と拳を上げる。

 

()ろうぜ。拳闘。……来いよ、お前の全部をぶつけてこい。俺も全部ぶつけてやる。もう喋らなくていい、俺の話だって聞かなくていい……来い」

 

 天を衝くように拳を掲げた。それをリングへと叩きつける。

 何もかも張り飛ばすような音が会場を打ち、静寂が訪れる。

 

 その中で言った。

「来いよ蒼臼、お前がお前を殴りたいなら。代わりだ、俺を殴ってこいよ。代わりに、俺が殴ってやるよ。……行くぜ」

 

 再び構えを取り、踏み込む。

「俺は、心が強ぇからよ」

 

 

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