【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
元にとっての絵の師匠、天野
――元、絵の基本はのう、人体デッサン、静物デッサン。色彩と色々あるがのう……
――まず第一歩は遠近法をマスターすることからじゃのう……
――自分の見る目の位置によって遠近法は変化していくんじゃ。一点の遠近法、二点の遠近法、複雑な遠近法が重なって絵が構成されていくんじゃ……
――と言うても、それにはまず、見ること。意識して観察することから、絵を描くことは始まっていくんじゃ……
「観察……観察、遠近法……遠近法、デッサン、観さ――」
棒立ちになってつぶやき続ける元の顔に。
今また、竜吉の拳が突き立った。
リング外から生野が叫ぶ。
「元ーっ! 大丈夫かよ、ぼーっとしてんじゃねえぞ! 構えろ!」
試合中。試合中であった、変わらず。あれからも打撃を受け続け、意識がもうろうとした元以外にとっては。
なのに。その頬に、竜吉の拳がめり込んでいるのに。
元は笑っていた。会心の笑み、そう言っていいような笑顔を浮かべて。竜吉の拳を腕を、『観察』しながら。
「ほうか……見えた、見えたよ、天野のじいさん……! 遠いものは小さく、近いものは大きく……目の前に迫ってくる拳っちゅうんは、こんなにでっかく見えるんじゃ、の……!」
歩を進める。ふらつきながら。体の芯を失ったかのようにゆらめきながら。それでも、強く。
「もっと……もっと、お、教えてつかあさいや……見せてくれや、絵の極意、を……!」
「ひぃ……っ!」
打ち込んだ竜吉の方が、押し殺したような悲鳴を上げて身を引く。
そこへ、元は歩み寄る。
「え……ん、近法、デッサン……観察、遠近法……」
竜吉は頬を歪めた。口元が震え、歯が音を立てて鳴っている。
「く……来るな、来るなああぁっ!」
悲鳴に近い叫びと同時、力任せに拳を繰り出す。
――それを、元は、見ていた。
――竜吉の胸筋がわずかに震える、肩の筋が盛り上がる。
――一瞬遅れて筋肉が張る、胸の、肩の。膨れて、そして引き締まる。
――肘が上がり、脇が空き、拳が元へと近づく。ゆっくりと、ゆっくりと。元の目に大きく映りながら、遠近法、遠近法、デッサン――
全力で繰り出した竜吉の拳が、空を切った。
「なっ……」
元は。寸前でかわしたその拳を、観察していた。ぴたりと顔を寄せるように。
ほほ笑む。
「なる、ほど……のう……。こう、見える、こう見えるんか、目の前に迫る拳……ああ動くんか、筋肉、人体……いや骨格、骨格を考えて描かんと……」
「ひ……ひいいぃっ!」
打ち払おうとするように、次々と繰り出す竜吉の拳は。
「デッサン、遠近法……観察」
まじまじと観察する元に、じっくりと見られながら、全てを寸前でかわされていた。
左手は画板を抱えるかのように胸元に寄せ、右手はスケッチを取るかのような手つきで動かしながら。元は歩を進める。
「デッサン、デッサン、遠近法、観察……」
口を開けて見ていた生野は、リングの床を叩いて叫ぶ。
「元……? いや元、かわせてるのはいいけどよ! 試合中だぞ、起きろ!? 殴れーっ!」
ほほ笑んで観察する元の目の前に、再び竜吉の拳が迫る。
一方、青空は。
殴られた。倒れた。立ち上がった。
それが何度目かなどとはもう誰も数えていない。観客も、夕華や生野も。
何度も倒されていた。何度でも立ち上がった。
そしてまた、青空は構える。
そしてそれでも、拳を繰り出す。
青空は、空気を裂く縦拳を寸前でかわす。それでもグローブの表面がわずかに顔面を擦り、頬に焦げるような痛みが走る。
――解る。
足を踏み出し、反撃の拳を突き入れる。
それが防がれ、身を寄せられ。縦拳――【
片手を腹に寄せ、防いだつもりだったが。その拳ごと深く腹へと
「ご……!」
――解るぜ。
目の焦点をぼやけさせつつ、肩を大きく上下させ、かすれるような呼吸を繰り返しつつ。青空はそう思っていた。
――解る。伝わってくる、お前の想い。お前自身を押し潰すほどの、その重さ。
――だがよ。
一つかみ分ほど口にせり上がった
――だがよ。お前は何も解っちゃいねぇ。
蒼臼は拳を掲げ、防ぐ。
そこへさらに青空は打ち込む。
――解っちゃいねえ、お前は。心の強さを。
「……!」
ガードを固めて受けていた蒼臼が頬を歪め、顔面へと打ち返す。
青空は両手を交差させ、それを完全に受け止めた。
歯を剥いて笑う。
――解っちゃいねぇ、お前は。お前の心の強さを。
「……!?」
蒼臼の、動きが止まる。
そこへ青空はたたみかけた、連続の拳を。左左右、ガードの隙間をくぐるようなアッパー。
――強ぇんだよ、お前は。お前の心は。
蒼臼の頭が揺らぎ、それでも打ち下ろすような拳を放ってくる。
防ぎ切れず床に打ち倒され、震え。
それでも青空はリングを這い、膝に手をつき、立ち上がる。
構えると同時、間髪入れずに拳を繰り出す。右拳から突き込んで軽く左、続けて右フック。
――それをお前が証明してる。お前自身のその拳が。
繰り出した拳が、かき分けるような相手の両腕でいなされた。そして胸へと突き立てられる両拳――【
「っ……!」
体の中を、あるいは脳すらも揺さぶられ、崩されるような感覚。
リングに片膝をつき。それでもまた、青空は立ち上がる。
唇の端を吊り上げ、笑った。
――それだ、その拳。拳法。
――ずっと鍛え続けてなきゃ、拳にそんなキレはねぇ。サボってた奴の拳に、そんな重みは宿らねぇ。
「っ……!」
引きつったような表情を浮かべ、蒼臼は拳を振るう。その動きがやや大振りになり、軌道がぶれる。
身をかわし、息を整えつつ。青空は目をそらさなかった、蒼臼の目から。
――戦争に出て、大陸で自分の弱さの底を見た、って言ってたけどよ。
――なのに、それでも。お前は鍛え続けてきた、その大陸で学んだだろう拳法を。目をそらしたいはずのそれを。ずっと、鍛え続けてきた。
つぶやく。
「お前は……心が強ぇんだ」
蒼臼は口を開けていた。
目を見開いていた。青空を、いや、その先にあの大陸を見ているかのように。かつての自分を見ているかのように。
肩が震える。呼吸が早まる。
「違う……違う、私は……弱い、弱いから、だからっ、もう何も、全てを、否定――」
青空は首を横に振る。優しく。
「違ぇだろ。お前はずっと見据えてきたんだ、自分を。目をそらさずに。お前はもう……立ち上がってるんだ」
蒼臼は口を開けていた。まるで空気が足りないかのように、その口をぱくぱくと開け閉めする。
「が……、ちが……ぅ……、あ、あぁぁぁぁあ!」
うめくような、悲鳴のような叫びと共に。蒼臼は拳を繰り出した。それは拳法からも、拳闘術からも外れた力任せの打撃だったが。
かわし切れず、防御の上からさらに何度も打ち込まれ。半ば突き倒されるように、青空は倒れ込んだ。
大の字になり、カウントエイトまで呼吸を整えた後――そのまま寝ていたいのは山々だったが――青空は立ち上がる。構えた。
「来いよ。いや、行くぜ。お前はもう立ち上がってる、だから。歩き出させてやる、俺の拳でよ。ぶっ飛ばして、よろめきながらでもよぉ」
音を立てて両の拳を突き合わせた。その後、自分の両頬を拳で
「お前の心は、強ぇからよ」