【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第十四話  決闘と、激闘と

 

 元にとっての絵の師匠、天野星雅(せいが)はよく言っていた。

――元、絵の基本はのう、人体デッサン、静物デッサン。色彩と色々あるがのう……

――まず第一歩は遠近法をマスターすることからじゃのう……

――自分の見る目の位置によって遠近法は変化していくんじゃ。一点の遠近法、二点の遠近法、複雑な遠近法が重なって絵が構成されていくんじゃ……

――と言うても、それにはまず、見ること。意識して観察することから、絵を描くことは始まっていくんじゃ……

 

「観察……観察、遠近法……遠近法、デッサン、観さ――」

 棒立ちになってつぶやき続ける元の顔に。

 今また、竜吉の拳が突き立った。

 

 リング外から生野が叫ぶ。

「元ーっ! 大丈夫かよ、ぼーっとしてんじゃねえぞ! 構えろ!」

 

 試合中。試合中であった、変わらず。あれからも打撃を受け続け、意識がもうろうとした元以外にとっては。

 

 なのに。その頬に、竜吉の拳がめり込んでいるのに。

 元は笑っていた。会心の笑み、そう言っていいような笑顔を浮かべて。竜吉の拳を腕を、『観察』しながら。

 

「ほうか……見えた、見えたよ、天野のじいさん……! 遠いものは小さく、近いものは大きく……目の前に迫ってくる拳っちゅうんは、こんなにでっかく見えるんじゃ、の……!」

 

 歩を進める。ふらつきながら。体の芯を失ったかのようにゆらめきながら。それでも、強く。

「もっと……もっと、お、教えてつかあさいや……見せてくれや、絵の極意、を……!」

 

「ひぃ……っ!」

 打ち込んだ竜吉の方が、押し殺したような悲鳴を上げて身を引く。

 

 そこへ、元は歩み寄る。

「え……ん、近法、デッサン……観察、遠近法……」

 

 竜吉は頬を歪めた。口元が震え、歯が音を立てて鳴っている。

「く……来るな、来るなああぁっ!」

 

 悲鳴に近い叫びと同時、力任せに拳を繰り出す。

 

 ――それを、元は、見ていた。

 

 ――竜吉の胸筋がわずかに震える、肩の筋が盛り上がる。

 ――一瞬遅れて筋肉が張る、胸の、肩の。膨れて、そして引き締まる。

 ――肘が上がり、脇が空き、拳が元へと近づく。ゆっくりと、ゆっくりと。元の目に大きく映りながら、遠近法、遠近法、デッサン――

 

 全力で繰り出した竜吉の拳が、空を切った。

「なっ……」

 

 元は。寸前でかわしたその拳を、観察していた。ぴたりと顔を寄せるように。

 ほほ笑む。

「なる、ほど……のう……。こう、見える、こう見えるんか、目の前に迫る拳……ああ動くんか、筋肉、人体……いや骨格、骨格を考えて描かんと……」

 

「ひ……ひいいぃっ!」

 打ち払おうとするように、次々と繰り出す竜吉の拳は。

 

「デッサン、遠近法……観察」

 まじまじと観察する元に、じっくりと見られながら、全てを寸前でかわされていた。

 

 左手は画板を抱えるかのように胸元に寄せ、右手はスケッチを取るかのような手つきで動かしながら。元は歩を進める。

「デッサン、デッサン、遠近法、観察……」

 

 口を開けて見ていた生野は、リングの床を叩いて叫ぶ。

「元……? いや元、かわせてるのはいいけどよ! 試合中だぞ、起きろ!? 殴れーっ!」

 

 ほほ笑んで観察する元の目の前に、再び竜吉の拳が迫る。

 

 

 

 一方、青空は。

 殴られた。倒れた。立ち上がった。

 それが何度目かなどとはもう誰も数えていない。観客も、夕華や生野も。蒼臼(あおうす)も青空自身も。

 

 何度も倒されていた。何度でも立ち上がった。

 そしてまた、青空は構える。

 

 蒼臼(あおうす)は、蒼臼(あおうす)は、震えていた。

 そしてそれでも、拳を繰り出す。

 

 青空は、空気を裂く縦拳を寸前でかわす。それでもグローブの表面がわずかに顔面を擦り、頬に焦げるような痛みが走る。

 

 ――解る。

 

 足を踏み出し、反撃の拳を突き入れる。

 それが防がれ、身を寄せられ。縦拳――【形意(シンイー)崩拳(ポンチュエン)】――が打ち込まれる。

 

 片手を腹に寄せ、防いだつもりだったが。その拳ごと深く腹へと穿(うが)たれる。さらには響く、その衝撃が。体の奥を、内臓を背骨を軋ませるように。

 

「ご……!」

 

 ――解るぜ。

 

 目の焦点をぼやけさせつつ、肩を大きく上下させ、かすれるような呼吸を繰り返しつつ。青空はそう思っていた。

 

 ――解る。伝わってくる、お前の想い。お前自身を押し潰すほどの、その重さ。

 ――だがよ。

 

 一つかみ分ほど口にせり上がった反吐(へど)をリングに吐き捨て、青空は駆けた。繰り出す、ワンツー。そこからの左フック。

 

 ――だがよ。お前は何も解っちゃいねぇ。

 

 蒼臼は拳を掲げ、防ぐ。

 そこへさらに青空は打ち込む。

 

 ――解っちゃいねえ、お前は。心の強さを。

 

「……!」

 ガードを固めて受けていた蒼臼が頬を歪め、顔面へと打ち返す。

 

 青空は両手を交差させ、それを完全に受け止めた。

 歯を剥いて笑う。

 

――解っちゃいねぇ、お前は。お前の心の強さを。

 

「……!?」

 蒼臼の、動きが止まる。

 

 そこへ青空はたたみかけた、連続の拳を。左左右、ガードの隙間をくぐるようなアッパー。

 

 ――強ぇんだよ、お前は。お前の心は。

 

 蒼臼の頭が揺らぎ、それでも打ち下ろすような拳を放ってくる。

 

 防ぎ切れず床に打ち倒され、震え。

それでも青空はリングを這い、膝に手をつき、立ち上がる。

 構えると同時、間髪入れずに拳を繰り出す。右拳から突き込んで軽く左、続けて右フック。

 

 ――それをお前が証明してる。お前自身のその拳が。

 

 繰り出した拳が、かき分けるような相手の両腕でいなされた。そして胸へと突き立てられる両拳――【形意(シンイー)馬形(マーシン)】――。

 

「っ……!」

 体の中を、あるいは脳すらも揺さぶられ、崩されるような感覚。

 リングに片膝をつき。それでもまた、青空は立ち上がる。

 唇の端を吊り上げ、笑った。

 

 ――それだ、その拳。拳法。

 ――ずっと鍛え続けてなきゃ、拳にそんなキレはねぇ。サボってた奴の拳に、そんな重みは宿らねぇ。

 

「っ……!」

 引きつったような表情を浮かべ、蒼臼は拳を振るう。その動きがやや大振りになり、軌道がぶれる。

 

 身をかわし、息を整えつつ。青空は目をそらさなかった、蒼臼の目から。

 

 ――戦争に出て、大陸で自分の弱さの底を見た、って言ってたけどよ。

 ――なのに、それでも。お前は鍛え続けてきた、その大陸で学んだだろう拳法を。目をそらしたいはずのそれを。ずっと、鍛え続けてきた。

 

 つぶやく。

「お前は……心が強ぇんだ」

 

 蒼臼は口を開けていた。

目を見開いていた。青空を、いや、その先にあの大陸を見ているかのように。かつての自分を見ているかのように。

 

 肩が震える。呼吸が早まる。

「違う……違う、私は……弱い、弱いから、だからっ、もう何も、全てを、否定――」

 

 青空は首を横に振る。優しく。

「違ぇだろ。お前はずっと見据えてきたんだ、自分を。目をそらさずに。お前はもう……立ち上がってるんだ」

 

 蒼臼は口を開けていた。まるで空気が足りないかのように、その口をぱくぱくと開け閉めする。

「が……、ちが……ぅ……、あ、あぁぁぁぁあ!」

 

 うめくような、悲鳴のような叫びと共に。蒼臼は拳を繰り出した。それは拳法からも、拳闘術からも外れた力任せの打撃だったが。

 

 かわし切れず、防御の上からさらに何度も打ち込まれ。半ば突き倒されるように、青空は倒れ込んだ。

 

 大の字になり、カウントエイトまで呼吸を整えた後――そのまま寝ていたいのは山々だったが――青空は立ち上がる。構えた。

「来いよ。いや、行くぜ。お前はもう立ち上がってる、だから。歩き出させてやる、俺の拳でよ。ぶっ飛ばして、よろめきながらでもよぉ」

 

 音を立てて両の拳を突き合わせた。その後、自分の両頬を拳で(はた)く。構え直した。

 

「お前の心は、強ぇからよ」

 

 

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