【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第十六話  もう一つの戦いと、戦争の亡霊と

 

 試合の直後、重くかき曇る空の下。

 試合場の裏手、建物の陰で男は声を上げた。西日本支部の代表者である、恰幅(かっぷく)のよい男。

「ええかお前ら! あの東京モンども、絶対に生きて広島から出すな! 広島極道のメンツに懸けてものう……!」

 

 辺りに集められたヤクザらは互いに顔を見合わせる。

 小さくざわめきが起こる中、一人が声を上げた。

「そ、そうじゃけど組長(オヤジ)……一回ついた勝負を反故(ほご)にすんのは、そりゃ、ええんですかい……?」

 

 代表の男は顔を歪ませる。

「ええんですかもクソもあるかドアホッ! わしら西日本支部が一服盛っただのその上で負けただの、東の連中に知られてみい! それこそわしらんメンツ丸潰れじゃ……あげくどんな因縁つけられるやも分からん! 殺るしかないんじゃい……!」

 

「で、ですけど……ええんですか、それこそ東の奴らに怪しまれたり……」

 

 口ごもる男の胸ぐらを代表の男はつかみ、首を絞めるようにねじ上げた。

「ですけどもヘチマもあるかっ、今日の結果を知っとる東のモンはあいつらだけじゃ! 殺ってしまえば知らぬ存ぜぬで通せるわっ! そうじゃ、あいつらは怖じ気づいて来んかったんじゃ、試合なんぞなかったんじゃ! ええなおどれら! あぁ!?」

 

 戸惑ったような返事が上がる中。

 物陰にいた、隆太が笑いを押し殺す。

「ヒヒヒ……なーにがメンツじゃ、んなもん一服盛った時点で、自分でドブに捨てとるわいアホッ」

 

 隣でムスビが声をひそめる。

「わ、(わろ)うとる場合かっ、どうするんじゃっ」

 

 

 隆太もムスビも、昨日黒岩の目を盗んで呑めた酒はわずかだった。結果、痺れ薬の作用は組員らより遥かに少なくて済んだ。

 加えて二人とも原爆孤児、食える物も食えそうにない物も腹に入れて命をつないできた男たちだ。胃腸の鍛え方が違う。一度便所に立っただけで、二人ともおおむね症状が消えていた。

 

 そうして宿を抜け出し、青空たちの応援に来たのだが。

 隆太はかつて打山(うちやま)組というヤクザの賭博場へと乗り込み、銃を突きつけて金を強奪したことがある。さらには成り行き上、組長の腕を撃って川に落としたことも。その以前には、ドングリという親友を鉄砲玉として使い捨てた岡内組の者を、殺しこそしていないが二人撃ったことも。

 

 そういうわけで、広島中のヤクザが集まっているであろう会場内にはさすがに入れず、周辺で様子をうかがっていた。中から漏れ聞こえる声で、おおよその状況や青空たちが勝ったことは知ることができた。

 

 青空たちが出てくれば勝利を祝おうと、物陰で待っていたところに。ヤクザたちが現れ、物騒な算段を始めたのだった。

 

 

 口をわななかせてムスビが言う。

「ほ、ほんまにどうするんじゃ……! とにかく、青空さんらに知らせて……」

 

 隆太が首をひねる。

「ほうじゃが……こんな試合場の裏に人を集めた、っちゅうことはじゃ。よそで殺る気じゃあないじゃろう。今すぐ試合場ん中で殺るか、外に出たとたんに襲う、か」

 

 ムスビが細い目を見開く。

「そ、そんなもんどうしようもないわい、中で襲われりゃ逃げ場もないし、外に出んわけにゃいかんのじゃけえ、どうやっても待ち伏せされるわ! どっ、どうすりゃええんじゃ……」

 

 そのとき、代表の横で別の男が声を上げた。口ひげをたくわえた、紳士然とした身なりながらひどく顔を歪めた男。

 隆太とムスビにも、立て看板の写真で見覚えがあった。かつて元をいびり倒し、元の家族を見捨てて逃げたという、議員の鮫島。

「何を言うとんじゃっ! 東京ヤクザだけやあない、広島モンのくせにそちらへ味方しおった、あの元というガキ! 途中でそいつを応援しくさった奴も! あのガキどもを逃がすなっ、ブチ殺して……いや、オホン!」

 

 わざとらしく咳払いし、言葉を濁す。

「あー、丁重に! 丁重に、二度と余計なことを喋れんように! してつかあさいや、んん?」

 

「あいつ、なんちゅうことを……!」

 ムスビが表情を凍りつかせる。

 

 一方、隆太の顔からは表情が消えていた。何の感情も読み取れないかのような顔つきだった。

 無言でジャンパーの内ポケットをまさぐる。中から取り出したのは、拳銃だった。

 

「ムスビ。わりゃあ、(あんちゃん)や青空さんら、全員にこのことを知らせてくれ。わしゃ、あのクソ親父二人を撃殺し(ハジい)たる」

 銃の撃鉄を起こし、代表と鮫島を見据える。

 

「あいつらさえ殺りゃあ残りのもんは大混乱じゃ、逃げ切ることもできるじゃろ。それに、ほとんどの追手はわしの方に来るはずじゃ……ええか、全員に知らせるんじゃ。逃げるタイミングを間違うなよ」

 

 ムスビの手がさらに震える。

「ちょ、ちょお待たんか! お前また、そんなムチャクチャを――」

 

 そのとき。代表の前に現れた男がいた。

 先ほどの死闘の跡か、顔をいくらか腫らし、唇に血をにじませた男。蒼臼(あおうす)李一(りいち)だった。

「……待ってくれ。……先程の試合、私が不甲斐無かった。だが」

 

 深く頭を下げた後、顔を上げる、真っ直ぐに代表の顔を見た。

「結果は結果、勝負は勝負。彼らの勝ち取ったものと、命は……保証すべきだ」

 その頬やまぶたに多少の腫れこそあったものの、かつて宿っていた凶相は消えていた。

 

 まるでその代わりのように、代表の男に凶相が宿る。

「あぁあ!? 何を言うんじゃいおんどれ負け犬が! おどれこそ命の心配せないかんのじゃぞクソが! 指詰めるか蜂の巣になるか選べやボケクソが!」

 

 蒼臼は小さく息をつき、首を横に振る。そして、構えた。

 

 いよいよ代表の男が顔を歪め、懐から拳銃を取り出す。

周りのヤクザらも身構えた。多くの者は刃物を抜き、何人かは拳銃を手にしていた。

 

 隆太は唇の端を吊り上げた。

「何か知らんがええぞ、仲間割れか……上手いことすりゃあ、あいつの方に追手が――」

 

 ムスビは隆太とヤクザらを何度も見回す。

「ちょっと、ちょっと待たんか、どうすりゃええんじゃ――」

 

 ヤクザらと蒼臼がにらみ合う。

 地面に足をにじらせ、わずかに青臼が距離を詰めた。

 

そのとき。

 

 野太い男の声が、尾を引いて響いた。

「ああぁぁぁ~~、待ってくれぇぇ~~……やめてぇくれぇぇぇ~~……」

 妙な声だった。たとえるなら、たくましい豪傑が重病人のフリをして言ったような、無理のある声だった。

 

 そして、姿を見せた声の主は。やはりどこか、おかしかった。

 枯れ草にも似た、荒れた長髪。それを引きずるかのようにうつむいて、男が歩いてくる。破れた軍服を身にまとい、風に吹かれるかのようにふらふらと。

 それだけなら幽霊、戦地で死んだ兵士の亡霊か、とも思えただろうが。

 

 たくましかった、その幽霊は。豪傑といってもよかった。

上背が高く肩幅広く、胸板は分厚かった。腕も脚の筋肉も、軍服を破きそうなほど太い。それにもちろん、幽霊には似合わぬ、二本の足があった。

 

 うつむき、長髪に顔を隠したまま豪傑は言った。

「ぅうらめしやあぁぁぁ~~~~……やぁめろぉぉお、戦争は、やめろぉぉぉぉ~……」

 

 代表の男は目を瞬かせていたが、やがて口を開いた。

「……なんじゃ、お前は」

 

 鮫島も言う。

「戦争はとっくに終わっとろうが、頭のおかしい奴じゃっ! さっさと帰らんか!」

 

 豪傑は口を開く。今度はしっかりとした口調で。

「いいや、終わってはいないな。こんなに銃や刃物を持ち出す連中がいるんじゃあな。これだけは言わせてくれよ……戦争など、争いなど無意味だったんだ……だから……すまない」

 

男は、高々と拳を掲げ。それを地面へと叩きつけた。

 とたん、音を立てて地がひび割れた。同時、拳に打ち飛ばされたかのように空気が弾け、突風となって辺りへ吹きつけた。

 

 風に打たれてよろめきつつ、代表の男は目を見開く。

「な……ええええぇぇ!?」

 

 割れた地面に足を取られながら、鮫島は口を開ける。

「わ……ああああぁぁ!?」

 

 物陰で隆太らも、思わず声を上げた。

「なな、なんじゃこりゃあ……!?」

「そんな、こんなアホウなことが……!」

 

 蒼臼はただ目を見開いていた。いつの間にか、構えた手は下ろされていた。

 長髪の下からのぞいた、豪傑の顔を見てつぶやく。

「あんたは……戦前の、ミドル級王者……(おお)か――」

 

 それをさえぎるように、豪傑は首を横に振る。

 そして代表の男らを見据えた。

「俺はな……戦争の亡霊だよ。多くの人を殺めてきた、敵も……味方も」

 両の拳に目を落とす。

 

 そして顔を上げ、ヤクザたち一人一人を見渡す。

「もう、俺みたいな思いは誰にも味わわせたくないんだ……殺すのも、殺されるのも御免だ。それはお前たちにもそう……争いなどない平和な――」

 

 代表の男が拳銃を男に向ける。

「じゃかあしいわアホンダラ! 何か知らんが邪魔すんなら、死――」

 

 ね、と代表が言う前に。

 

「いや聞けよ」

 豪傑はその目の前に踏み込んでいた、残像を残すほどの速さで。そして繰り出すジャブが銃身を打つ。

 

 次の瞬間。拳銃の、部品の継ぎ目が弾けたように外れ、ネジが割れ飛び。構えたままの代表の手を残して、バラバラに砕け落ちていた。

 

「え……えっ、え……っ?」

 代表は目を瞬かせ、自分の手と相手と、割れ落ちた銃とを何度も見比べていた。

 

「お、組長(オヤジ)! 野郎、組長(オヤジ)に何しゃあがるんじゃあ!」

 ヤクザらが色めき立ち、手にした武器を構える。

 短刀(ドス)を手にした男たちが周りを囲み、刃を突き出して殺到する。

 

 豪傑は慌てる様子もなかった。

「だから。聞けよ」

 

 まるで炎が、怒涛(どとう)が舞うようだった。

 荒れた髪をなびかせ、残像を残して豪傑は駆ける。身を沈めては刃をかわし、起き上がりざまアッパーで敵を打ち飛ばす。体ごとぶち当たるようにして、数人まとめて。

 続くストレートに打ち倒された敵は後ろに続く者らを巻き込んで倒れ、フックが巻き起こす風圧に複数人が薙ぎ倒される。

 一切の刃は豪傑に触れることもできなかった。ただ持ち主と共に跳ねとばされて、火の粉のように飛沫(しぶき)のように、(きら)めきながら宙を舞うのみだった。

 

 銃を手にした数人のヤクザが、震えながら銃口を向ける。

「死っ……死ねえ、死にさらせええ!」

 

 豪傑は慌てた様子もなく、拳を肩の上へと引き絞る。

「来るなら来い、教えてやる。心の無い強さなど、無意味だということを」

 

 引き金が引かれるより早く、拳を地に叩きつける。

瞬間。ご、と音を立てて突風が辺りを打ち、吹き(すさ)び。

その風が、地を(えぐ)った。まるで目に見えない巨人が、たわむれに土をすくい取ったかのように深く、遠く。土を吹き飛ばしていた。その上にいたヤクザたちごと。

 

 枯葉のように軽々と宙を舞い、そして重い音を立てて落ちたヤクザらを見ながら。隆太とムスビはただ口を開けていた。

「…………」

「…………」

 もはや言葉もなかった。

 

 突風に巻き込まれて地べたに倒れた代表の男、そして鮫島の方に豪傑は近づく。

 

「ひ、ひいぃぃぃっ……!」

「あわ、あわわわわ……!」

 腰を抜かしたか、震えるばかりで逃げることすらできない二人。

 

その前に豪傑はかがみ込む。うつむいた。

「……俺はな。こんなことしたくないんだ。生にも死にも抗うことなく、何もせず、欲も持たず、戦わずにいたい……そうして、誰も傷つくことのない平和な世の中の到来を待ちたい。……が」

 

 二人の顔をのぞき込み、突然顔を歪めた。現れたときのような、無理にうめいたような声で叫ぶ。

「ぁぁああ、ぅうらあぁめぇぇしいいぃぃやあぁぁぁぁ!!」

 

「ぎゃあああああ!?」

「わああああああ!?」

 

 悲鳴を上げる代表と鮫島に覆いかぶさるように、豪傑は身を乗り出した。

「ぁぁああ、俺は戦争の亡霊だああぁぁ……戦争はぁぁ、争いはやめろォォォ……」

 

 代表の腕をつかんで言う。

「あるいはなぁ……戦後の混乱期、暴力(ちから)のある者がある種の秩序をもたらす、それも必要悪だったのかもしれんがなぁ……もういいだろう」

 

 みしみしみしと骨が鳴るほど、腕をつかむ手に力を込める。

「もうそんな言い訳はするな、過ぎた悪さをするんじゃあない……! 特にてめぇで言い出した約束を反故(ほご)にして、勝者を、それを応援した者まで! 殺めるような真似はなあぁ……!」

 

「ひ……ぎいいぃぃぃ~!?」

 

 泡を吹き、涙を流す代表を放り出し。

 豪傑は鮫島の肩をつかんだ。 

「なあぁ、先生よおぉぉ……あんた議員サンなんだってなぁぁぁ……」

 

 震えながら鮫島は言う。

「そそっ、そうじゃ! 愛と平和の戦士、鮫島――」

 

 肩をつかむ力が強くなる。

「先生、議員の先生よぉおぉぉ……だったら、だったらよぉぉ! もう戦争のない世の中を作ってくれよ……! もう俺のような奴が、俺のような思いをする奴が、出なくて済む世の中をよぉおおおお……!」

さらに肩をつかむ力が強まる。めぎめぎめぎと骨が鳴るほど。

 

「っあ……~~~~~!!?」

 震えながら涙と小便を垂れ流す鮫島。

 横では代表の男が同じようになっていた。

 

 豪傑は立ち上がり、二人に背を向ける。

「また来るぞ。お前たちの悪さが過ぎ、争いがもたらされたときにはな」

 

倒れたままのヤクザたちの間を、悠々と歩み去っていった。

 が、不意に立ち止まる。ほほ笑んだ。

 

「このことは誰にも、秘密にな」

 その目が、物陰で見ていた隆太とムスビの視線と合った。

 

「……!」

「見、見つかっ――」

 二人は震えながら身を縮め、物陰にひそむ。

 しばらくして顔を出すと。豪傑はいなくなっていた。そこにいたはずの蒼臼も。

 

 目を瞬かせ、つぶやく。

「何だったんじゃ……ありゃ」

「さあ、のう……」

 

 

 

 

 ――後年。

 広島県議会議員、愛と平和の戦士・鮫島伝次郎は精力的に活動を続けた。

 第二秘書である息子、竜吉はともかくとして、第一秘書である恰幅のよい男が元極道(・・・)と噂されるなど、裏社会とのつながりが疑われ、黒い噂のつきまとう人物ではあった。

 

 しかし、あらゆる戦争・紛争に対し断固として抗議し、派閥の利害すら越えて平和のために奔走した。そのことだけは生涯一貫していたと、彼の政敵すらも認めるところであった。

 その一方で、第一秘書共々精神的に不安定な一面があり、肩の古傷の痛みを訴えては「戦争の亡霊が来る」などとわめく姿がたびたび見られた、とも伝えられている――。

 

 

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