【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
豪傑がヤクザらを薙ぎ倒し、歩み去った後。
その背を追って駆けてきた、蒼臼は声を上げた。
「待て! 待ってくれ……大神、夕日……!」
雲間から差し込んだ日の光の中、豪傑――大神夕日は立ち止まる。声に背を向けたまま。
蒼臼は言った。
「あんた…あんた、いったい……」
背を向けたまま、夕日はかぶりを振る。拳に目を落とした。
「俺は……罪を犯した。それを償うための旅を続けている……償い切れる罪ではないがな」
肩を落とし、ため息をつく。
「いつもこんな荒事をしてるわけじゃないがな……それでも、俺の薄汚れた力、世の中のために振るうとしたら……こうなってしまう」
「なぜ」
ぽつりと蒼臼がつぶやいた。
「なぜ、殺さなかった……あいつらを。どうせまた同じ罪を繰り返す、あいつらは」
夕日はかぶりを振った。
「俺は。殺めたくないんだ、誰も。もう、誰も。……それに、どんな悪人だって罪を償う機会を奪いたくない。……俺自身そうであるように」
蒼臼の方を向き、ほほ笑む。寂しげに。
「罪を犯した者でも、人生は続く……続いてしまうんだ。だから……リトライだ。そうした者なりのリトライができると、思いたいんだ」
蒼臼は口を開けていた。
そして。気づけば、足を踏み出していた。夕日の方に、歩いていた。
――お前はもう立ち上がってる、お前の心は歩き出したがってる――そう、青空は言っていた。
夕日に向かって頭を下げた。
「私も。一緒に行かせて下さい……あなたと共に。私も……罪を犯した。多くの人を、裏切った。その罪を、償う旅に」
「……どうしたい」
「え?」
夕日は真っ直ぐ、深く蒼臼の目を見た。
「どうしたいんだ、お前は。償うために」
蒼臼の脳裏によぎる、あの村での想い出。村の男たちと拳法を修練した日々。
うつむいた。
「彼らに……謝りたい。私が、裏切った人たちに。……今すぐには無理かもしれない、彼らがまだそこにいるのか、そうしたところで意味などあるのか、分からない、許されるはずもない。けれど……それでも、謝りたい」
そこで、気づいたように目を見開き、顔を上げる。
「そうして、そうだ……彼らから教わった拳法。これを、極めたい……そして、できれば、伝えたい。他の者に、日本に、彼らの拳法を。……それが私の、リトライだ」
「……そうか。リトライか」
それだけ言って夕日はうなずき、歩き出した。
蒼臼もまた、歩き出す。
夕日は顔を上げ、つぶやいた。
「でも、ただのリトライじゃないぞ……ド級のリトライ、ドリトライだ。……だったな、青空」
その少し後。
青空たち虎威組一行は広島駅のホームにいた。すでに汽車は煙突から黒い煙を吐き出し、出発の時を待っている。
宿で倒れていた組員二人も動ける程度には回復していた。二人は地に額をこすりつけ、夕華や青空たちに何度も詫びていたが。夕華は早々にそれを制し、やめさせている。
今、二人は荷物番を買って出、全員分の荷物を持って先に車内にいる。
ホームで、夕華が元に深く頭を下げた。
「ありがとう、元。……本当に、本当に……感謝し切れない、言葉もないよ。本当に――」
元はさえぎるように手を向ける。
「よしてくれえやおばちゃん、わしが勝手にやったことじゃ。……わしはわしで、
足下に置いていたスケッチブックを取り、鉛筆を走らせる。
荒削りではあるが、素早く描かれていったのは。向かってくる敵の腕、そしてまるで目の前に迫りくるかのような、巨大な拳。
「絵のええ勉強になったわい! 全力で殴ってくる奴をあんだけ間近で観察する機会なんぞ、そうそうないけえのう!」
横から黒崎がスケッチブックをのぞき込む。
「ほおう……大胆な構図じゃのう。ほうじゃが、遠近法はこれで
元が拳を振り上げる。
「なんじゃと、ほいだらおどれの目でも確かめてみんかいっ!」
顔を引きつらせて身を引く黒崎。
「ムチャクチャ言うなっ! 殴られ過ぎてパーになったんか、わりゃ!」
苦笑した後、夕華が言う。
「元、それに応援してくれたあんたも。……すまない、あたいらはこの地を離れるが。あんたらも
隆太が口を開く。
「あ~……その心配はのう、全然いらんと思うんよ。っちゅうのも、とんでもない豪傑――」
ムスビが慌ててその口を塞いだ。
「ア、アホウ! その話はお前――……いや、実はのう、わしらも心配してヤクザの様子をこっそり見とったんじゃが。『東京モンやそっちに味方した奴、応援した奴に手ぇ出すな、絶対に出すな』ちゅう話じゃったよ」
嘘ではない。謎の豪傑がヤクザどもをぶちのめした後、代表の男がそう厳命していた。倒れたままのヤクザたちに、泣きながら。
夕華はけげんそうに目を瞬かす。
「そう、かい……? 何にせよ、気をつけておくれ。……それに、元。礼をしてもし切れないところだが……本当に済まない、今のあたいらじゃ――」
元は手を突き出してその言葉をさえぎる。
「もうその話はええわい。わしはわしの好きにしただけ――」
そのとき。不意に黒岩が顔を突き出した。そのまま黙って、無表情に元たちを見下ろす。
元は顔をこわばらせ、後ずさる。
「な、なんじゃ――」
「……虎威ジム」
ぼそりと黒岩がつぶやく。あさっての方向に目をそらして続けた。
「……もし、東京に来たらよお。俺らの、ジムに寄れ。……そんときゃ俺が、一杯……おごってやるよ」
「黒岩……」
夕華が、青空が生野が、揃って目を見開く。
隆太がはやし立てた。
「やーい、黒岩の兄さんが真っ赤っかじゃ! まるでゆでダコじゃのう!」
「……」
黒岩は無言のまま拳を握り鳴らし、隆太の方へと歩んだ。
逃げ出す隆太と追う黒岩を横目に、青空は言った。
「本当にありがとう、元。……いや、その話はもういいんだったな」
歯を見せて笑う。
「お前に会えて、本当に良かった。楽しかったぜ、元」
元も笑った。
「おう、わしも楽しかった! 青空さんに、皆に会えて良かったわい!」
二人は、どちらからとなく手を握り合った。
生野が婦人服の入った包みを掲げる。
「土産までもらっちまって、悪かったな。……お前ら、元気で」
ムスビがうなずき、逃げ回りながら隆太が声を上げる。
「ほうよ、皆も達者でのう! ♪さっよなっら三角、まった来って四角♪」
生野が後を受けて口ずさむ。
「♪四っ角は豆腐 豆腐は白い♪ 白いは――」
そのとき、汽笛が鳴った。
口元に手を当て、夕華が言う。
「何やってんだい黒岩、汽車が出るよ!」
隆太の首根っこを捕まえていた黒岩は、無表情のままその背を叩いた。
「……世話になったな、お前ら」
そうして、虎威組全員が汽車に乗り込む。
車掌の笛が鳴り、汽笛が響く。車体が揺れ、汽車が走り出す。
車窓から身を乗り出し、青空が叫んだ。
「またな元! またなお前らー!」
ホームを駆けながら元が叫ぶ。
「またの青空さーん! またの皆―! 達者でのーう!」
ホームの端で、遠ざかる汽車を見ながら元がつぶやく。
「東京か……皆そこに帰ったら、そこでの闘いが始まるんじゃのう」
黒崎が言う。
「ほうじゃな……東京か。全国から色んな奴が上京して、闘っていくんじゃろうな。拳闘だけやあない、どんな分野でも……芸術でも」
「芸術……色んな絵描きが集まって、闘っていく……か。わしも、行ってみたいのう。東京に」
隆太が笑う。
「ほうじゃの、黒岩の兄さんにはたーっぷりとおごってもらわんといけんけぇのう!」
ムスビがため息をついた。
「お前は、ほんっまに食うこととゼニのことしか頭にないのう……」
元は汽車の向かっていく先を見つめ、拳を握り締める。
「青空さん……わしもいつか行くよ、東京に。世界中の人の心を揺さぶる絵描きになりに。心の強さで、あきらめずに。そんときゃきっと、世界チャンピョンの絵を描かせてくれえや」
空を見上げた。どこまでも青い空を。
青空と生野は並んで、車窓から広島の方を見ていた。
生野がつぶやく。
「さようなら広島の街、さようなら広島の皆、か」
黒岩が鼻を鳴らす。
「いつまでも浸ってんじゃねえぞ、後ろ向いてよお」
夕華が言う。
「そうさね……これからがあたいらの本当の闘い。真っ当なジムとしての再出発さ」
青空は唾を飲み込んだ。
「本当の、闘い……」
プロとしての拳闘。そこにはいったい、どんな強者がいるだろうか。日本には、そして世界には。
想像するだけで肩が重く、指先が冷たく震える。
しかし、青空はかぶりを振る。笑ってみせた。
「望むところだ。俺は世界に……自分の未来に挑戦するんだ。負けるもんかよ」
拳を握り締めた。
「負けねぇよ。踏まれても踏まれても芽を出す麦のように、強くなってやる。ここからが俺らの
両の拳を打ちつける。笑った。
「でもただのリトライじゃねぇぞ。ド級のリトライ、ドリトライだ」
車窓から空を見上げた。後ろではない、前を向いて。
行く先の彼方、どこまでも青い空を見上げていた。
青空と元、強き心の男たちは。
どちらも未だ、物語の途中。
(了)