【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第1話  大神青空と、広島の地と

 

 ふう、と長い息がそれぞれの口から洩れた。風呂敷包みや大振りなバッグ、それぞれに荷物を抱えた一行。大神青空を含む、虎威組の組員五人。そして組長たる隻眼の女性、黒い打掛を羽織った大神夕華(ゆうか)

 汽車を降りた六人は周りの人波に押し出されるように歩き、広島駅を出た。

 

 石畳の歩道を歩きながら、青空は荷物片手に伸びをする。

「やぁっと着いたぜ……ったく、揺られ過ぎて体中痛ぇや。まだ地面が揺れてるみてぇだ」

 

 顔についた煤――石炭を燃やす汽車の噴煙が、どうしても窓から入ってきていた――を手拭いで拭きつつ、和泉(いずみ) 生野(いくの)がうなずいた。手拭いを持つ右手だけが異常に太くたくましく、わずかに長い。

「まったくだな。ずっと座っててケツがすり減るかと思ったぜ……用がなきゃ、わざわざ来たくもなかったな。東京からこんな田舎までよ」

 

 青空は辺りを見回す。無論東京ほどではないが、石畳の歩道を多くの人が行き交い、砂利道の道路を車が、大きく車体を揺らしながら走っていた。その向こう、舗装された区域にはレールが敷かれ、路面電車が車輪の軋む音を立てながらゆるゆると走っていた。

「なんか……思ったより、栄えてんだな」

 

 はっ、と生野が息をつく。

「まあ、ド級のド田舎にしちゃあ――」

 

「そうじゃなくてよ」

 顔をうつむけ、青空は続けた。

原爆(ピカ)ってのが、落とされたんだろ。ここ」

 

 

 このときから六年前、昭和二十年(1945年)八月六日。第二次世界大戦中であった当時、広島市に原子爆弾が投下された。

 キノコ雲と呼ばれる巨大な噴煙を上げたそれは、爆熱と爆風で一帯を焦土と化し。多くの人々を、熱に焼かれ炎に巻かれた亡者と化した。さらにはその放射能が人々の体を蝕み、命を落とさせているという、今も。

 

 青空は思い出す、東京大空襲の日を。火の雨を降らすような爆撃で、火の海と化した故郷の町を。その中で亡くなった母を。

 そして、それを遥か越える惨劇が、この地、広島で。

 

 生野も顔をうつむけた。

「……だな。焼け野原だったんだってな、ここ。それでも六年も経ちゃあ、こんだけ立派になるもんなんだな」

 

 きっと辺りを行き交う人々の多くが、青空や生野が経験した以上の悲劇を背負っている。その上で、この街をまた作っている。

「……強ぇな。心が強ぇんだ、この街の人たちは」

 

 そうつぶやいた青空の頭を、誰かが後ろから拳で叩く。

「ぐだぐだ感傷に浸ってんじゃねぇぞ、青坊。物見遊山に来たワケじゃねぇんだ」

 額の左側から左頬にかけて大きな傷跡のある偉丈夫。青空や生野の兄貴分に当たる、虎威組最強の拳闘士。炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)の五強たる『五光』の一人、黒岩啓示(けいじ)

 

 黒岩は岩の如き拳をもう片方の手で握り、骨を鳴らす。

「分かってんだろ、俺らはよ……カチ込みに来たんだ」

 歯を剥き、獰猛に笑う。

 

 夕華が長い黒髪をかき上げ、息をついた。

「試合と言いな。あたいらがしに来たのはあくまで試合……喧嘩出入りじゃないんだよ」

 締めるように、ぴしゃり、と言い放たれ。黒岩は黙って小さく頭を垂れた。

 

 ほほ笑みもせず青空らを見回し、夕華は言う。

「けどね。改めて言っておくけど、こいつはどんな抗争(出入り)より重い……命がけも命がけ、あたいらの未来がかかった試合さ」

 

 言われるまでもなかった。

 この地、広島での試合は。青空たちが、未来をつかむための試合。

 

 

 

 ――青空が死闘の末、父親である大神夕日を連れ戻し。妹、(あかり)の重い病も、実用化された特効薬のお陰で治った、その四年後。

 青空や夕華たちは、一つの目的のため――いや、夢のために動いていた。

 それは、すなわち。日本人が、自分たちが、拳闘世界王者となること。無論、裏社会の見世物試合である炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)などとは違う、日の光当たるプロの世界で。

 そうして、心の強さで日本を、世界を照らす――それが夕華の、青空の夢だった。

 

 だが。それを実現するためには、乗り越えなければならない現実の壁があった。

 すなわち、青空たちは今。プロボクサーでも何でもない。ただのヤクザでしかないということ。

 そして裏社会の住人たるヤクザが、大手を振ってプロボクサーになれるはずもない。

 

 虎威組を解散し、真っ当なボクシングジムとして再編する。そうしてヤクザから足を洗った青空たちがプロを、世界を目指す――それが当面の目標であった。

 

 組丸ごと一つが極道から足を洗うなどという、難航するかに思えたその足抜け交渉は意外にも滑らかに進んだ――その陰でいかなる取引があったのか、あるいはどれほどの金が動いたのか。青空には知るよしもなかったが――。

 上部組織たる二代目集英会にも、解散及び炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)からの脱退を認められ、すんなりと事は運ぶはずだったが。

 

 意外な所から待ったが掛かった。炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)西日本支部――広島に本拠を置くその組織から。

 いわく、任侠道にそのような前例は無いと。そのような足抜けは極道仁義の道にもとり、示しがつかないと。

 

 ただし。西日本支部選りすぐりの猛者と、五対五の勝ち抜き戦。その勝利を以て推し通るなら、その意志を汲んで認めようと。

 ただし。敗北したならそのときは、それなり(・・・・)の賠償金を、極道仁義の手本を示した西日本支部へ納めた上、解散は認めないと。

 

 

 

 青空と生野、黒岩と他二人の組員――この者らも虎威組きってのベテラン拳闘士だ、総合力では青空や生野に勝るとも劣らない――を見渡し、夕華は声を張った。

「あたいも、あんたらも。この試合に全てを賭ける……頼んだよ」

 

 応、とそれぞれ、重い応えが返るのを聞いた後。夕華は一つ手を叩く。

「さ、仕事だ。あたいはこれから西日本支部へ挨拶に行く、黒岩は供を。他四人は荷物を持って宿に――」

 

 そこで、はた、と言葉が止まる。

 見れば。青空と生野が、いつの間にかいなくなっていた。

 

 気づいた黒岩が頬を引きつらせる。

「あんのガ・キ・ど・も……!」

 

 夕華は肩を落とし、かぶりを振った。

「ま……そう言ってやるのはお()し。あいつらももうガキじゃない、この試合の意味も重々分かってる」

 息をついて続けた。

「その上で、この街に思うことがあるんなら。止めはしないさ」

 

 

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