【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第3話  拳と、心の強さと

 

 走っていた、走っていた、大神青空は。旅してきたままの服装、南洋の花と葉が一面に描かれた、趣味の悪いスーツ姿で。

 

 拳闘で世界をつかむ、その夢のためにプロとなる――そのさらに前段階、極道から堂々と足を洗うための闘い。それが明日となれば、とてもじっとしてはいられなかった。だから走り出した、いつもそうしてトレーニングするように。

 

 一定の速度を保って足を動かしつつ、鼻から空気を吸い、吸い、口から息を吐く、吐く。吸い、吸い、吐く、吐く。いつもと変わらないそのリズムが、青空の調子を整えてくれるかと思えたが。

 それでも鼓動はいつもと違い、むやみに高鳴る。痛いぐらいに。いや、重いほどに。

 

 勝って夢へと駆け出してみせる、その思いよりも先に。

 負けたなら全てが終わる、その考えが重く、肩へ頭へのしかかる。

 

 走りながら、荒れた長髪を振り乱すようにかぶりを振った。

「何やってる俺! 心の強さはどうした、辛いときこそ笑ってみせろよ!」

 

 力を込め、速度を上げて駆け出した。息が切れ、胸はいっそう破れるほどに強く高鳴る。

 思えば、変わらず夕華に従う黒岩や、姿を消した生野――同じくトレーニングに行くのかと思ったが、妹への土産を探すと言ってどこかへ消えた――の方が、よほど心が強いのではないか。

 歯噛みしてなおも走り、拳を振るう。

 

 

 

 どれほどそうして駆けてきたか。気づけば街の中心部を離れてしまったようだった。

 辺りにはしっかりとした家ばかりでなく、トタン板を屋根代わりに載せ、無理やり寄せ集めた資材と板切れで造ったような掘っ立て小屋(バラック)も目立って見えた。

 これもまた戦争の爪跡か。あるいは、それでも人々が懸命に生きようとしている証か。

 

 そんな思いにふけり、足を止めていたとき。不意に獣のうなるような声が聞こえた。いや、亡者がうめくような声か。

「ギギ、ギギギ……」

 

 路地を曲がり、その声のした方へ行くと。

 学生服の少年が血を流し、うつぶせに地面へ倒れていた。

 

「……!」

 何事かと思い、青空がそちらへ駆け寄ろうとしたとき。

 

 少年は震えながら顔を起こし、真っ直ぐに見据えた。少年をそこまで痛めつけたであろう、目の前の男たち。ナイフを手にしたチンピラ二人を。

「ギギ……負けんぞ、負けんぞわしゃあ……わしの夢、絵描きへの道……お前らなんぞに潰されてたまるもんかい……! 踏まれても踏まれても芽を出す麦のように、何べんでも立ったるわい……!」

 

 そして、少年は。食いしばった歯の間から、なおも亡者のようなうめきを上げながら。震えるひざに手をつき、立ち上がった。カウントナインぎりぎりで立ち上がる、拳闘士のように。

 

「こいつ……」

 

 青空がつぶやいて目を見開くうち、チンピラの一人が震える口を開く。

「わ、わりゃあ何なんじゃ……何でそうも、何度も何度も立ってこれるんじゃ……」

 もう一人はしきりに目を瞬かせる。

「こいつは……亡者か何かか、原爆(ピカ)の後に川になんぼも浮かんどった死体、あれが蘇ってきたんと違うか……」

 

 少年は下駄を脱ぎ捨てる。それをグローブのように手にはめ、拳を構えた。

「やかましい……おどれらとは鍛え方が違うんじゃ。原爆(ピカ)の日もその後も、嫌というほど地獄の姿を見てきたわしじゃ、もうこの世に恐いものがあるもんか」

 血の混じる唾を吐き捨て、叫ぶ。

「行くぞおどれら……今度はわしの番じゃ!」

 

 そのとき。青空は笑っていた。胸の重さはどこかへ吹き飛んでいた。

 ジャケットを脱ぎ、少年とチンピラを隔てるように投げ入れる。

「待てよ」

 

 そして少年へと歩み寄り、ほほ笑んだ。

「強ぇな」

 

「え……」

 目を瞬かせる少年に、青空は言った。

 

「心が強ぇんだ」

 

 少年の年格好は中学生ほど、あの頃の――五年も前か、虎威組に入り炎涛拳技會(えんとうけんぎかい)で戦い出した頃の――青空とほとんど変わらない。

 青空には見えた。少年の内に、かつての自分の影が。

 

 少年に笑いかけた後、チンピラに顔を向ける。

「これだけ言わせてくれよ。どんな事情か知らねえけどよぉ、子供に二人がかりでよぉ! 刃物向けてんじゃねぇぞ! それ以上やんなら……俺が相手だ」

 

 体の前に両拳を構える。両拳を緩く握り、あごと腹を守るように軽く突き出したそれは、オーソドックスな拳闘の構え。

 

 チンピラたちが歯を剥く。

「なんだとコラァ!」

「てめぇ何もんだオラァ!」

 

 脅すようにナイフを突き出す相手を見ても、青空の構えは揺るがない。そう、もはや揺るがない。

「拳闘家、大神(おおかみ) 青空(あおぞら)。てめぇらとは……心の強さが違ぇんだよ」

 

 男たちの顔が引きつる。

「拳闘か何か知らんがのう……邪魔してくれるっちゅうんか、おぉ!?」

「何ならてめえも死ぬか……オォラァ!」

 

 チンピラの片方、帽子をかぶっていない男がナイフを突いてくる。

 

 対して青空も拳を繰り出す。地面すれすれを這う低空からの右アッパーカット、ただし。その目標は相手のあごではなかった。

 

「ほらよっ」

 脱ぎ捨てたジャケット、それを拳で巻き上げてかぶせる。相手の突いてきたナイフを包むように。

 

「えっ」

 相手が目を瞬かせるそのうちにも、青空は右手でジャケットの端をつかみ、手首を返してさらにナイフに巻きつけ。強く引いた。

 体勢を崩す相手の顔面を待ち受けていたのは、タイミングを合わせた青空の左。素早く突いて引くジャブではない、肩を入れて打ち抜く左ストレート。

 

 鼻柱に拳をめり込まされた男は、わずかなうめきを上げてひざから崩れ落ちた。

 

「な……てめえ!」

 もう一人、帽子をかぶった男がナイフを突く。

 青空はしかし、その動きをしっかりと見据えていた。そして攻撃に逆らうことなく、体のさばきで受け流す。

 

 男はさらに何度もナイフを振るう。上から横から、風を切る音を立てて力任せに。

 

 だが、青空の目はその動きを捉えていた。次々と繰り出される刃を、流れる水のように逆らわずかわす。

 

「な……!? くそがぁ!」

男は叫ぶと共に足を踏み込み、渾身の突きを繰り出す。

 

 その動きが、青空には見えていた。

 突き出される刃を体にかすらせもせず、しかし肩の上すれすれに身をかわす。

 そして。受け流した力を以て、鉄をも砕く力と変えて。自らの拳に込める――相手の攻撃をさばきつつ打つ、カウンターの“技”。

 奥義【瀑受転巌(ばくじゅてんがん)】。

 

 撃ち抜くようなストレートを顔面に受けた男の体は宙を舞う。ナイフを取り落として地面に倒れた。

 

 少年は下駄をはめた拳を構えたまま、目と口を大きく開けてその光景を見ていたが。不意に叫んだ。

「危ないっ!」

 

 言われたときには青空も気づいた、先に倒していた相手が震えながらも上半身を起こし、ナイフを振り上げていたことに。

 そして男は、倒れ込みながら青空へ向け、ナイフを投げた。

 

 だが、その刃は。高い音を立てて突き刺さった――青空の前に割って入った、少年が手にした下駄に。

 

 少年はナイフを抜き捨て、下駄をはめた拳で殴りかかる。

「わりゃ、何してけつかるんじゃっ! わしの恩人に向かってよくもやってくれたのう、おぉ!?」

 馬乗りになって何度も殴り、相手は力なく地面に伸びた。

 

 青空はきまり悪く、視線をそらして指で頬をかいた。

「あー……悪ぃ。なんか、助けるつもりが……助けられちまったな」

 

 少年は額の血を拭い、気にした風もなく笑った。

「いいや、わしこそ助けられたわい! 助けに入ってくれんかったら正直、どうなっとったか分からんけえ……どうか、お礼を言わしてつかあさい」

 そうして深く頭を下げる。

 

 青空は荒れた髪の伸びる頭をかいて苦笑した。

「よしてくれよ、こそばゆいぜ。こっちこそ助けられた。俺は拳闘家……志望、大神青空。お前は」

 

 照れたように鼻の下をこすり、少年は言う。

「わしは元。中岡元、絵描き志望じゃ」

 

 そうして、二人は。どちらからとなく手を差し出し、握り合った。

 

 

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