【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
走っていた、走っていた、大神青空は。旅してきたままの服装、南洋の花と葉が一面に描かれた、趣味の悪いスーツ姿で。
拳闘で世界をつかむ、その夢のためにプロとなる――そのさらに前段階、極道から堂々と足を洗うための闘い。それが明日となれば、とてもじっとしてはいられなかった。だから走り出した、いつもそうしてトレーニングするように。
一定の速度を保って足を動かしつつ、鼻から空気を吸い、吸い、口から息を吐く、吐く。吸い、吸い、吐く、吐く。いつもと変わらないそのリズムが、青空の調子を整えてくれるかと思えたが。
それでも鼓動はいつもと違い、むやみに高鳴る。痛いぐらいに。いや、重いほどに。
勝って夢へと駆け出してみせる、その思いよりも先に。
負けたなら全てが終わる、その考えが重く、肩へ頭へのしかかる。
走りながら、荒れた長髪を振り乱すようにかぶりを振った。
「何やってる俺! 心の強さはどうした、辛いときこそ笑ってみせろよ!」
力を込め、速度を上げて駆け出した。息が切れ、胸はいっそう破れるほどに強く高鳴る。
思えば、変わらず夕華に従う黒岩や、姿を消した生野――同じくトレーニングに行くのかと思ったが、妹への土産を探すと言ってどこかへ消えた――の方が、よほど心が強いのではないか。
歯噛みしてなおも走り、拳を振るう。
どれほどそうして駆けてきたか。気づけば街の中心部を離れてしまったようだった。
辺りにはしっかりとした家ばかりでなく、トタン板を屋根代わりに載せ、無理やり寄せ集めた資材と板切れで造ったような
これもまた戦争の爪跡か。あるいは、それでも人々が懸命に生きようとしている証か。
そんな思いにふけり、足を止めていたとき。不意に獣のうなるような声が聞こえた。いや、亡者がうめくような声か。
「ギギ、ギギギ……」
路地を曲がり、その声のした方へ行くと。
学生服の少年が血を流し、うつぶせに地面へ倒れていた。
「……!」
何事かと思い、青空がそちらへ駆け寄ろうとしたとき。
少年は震えながら顔を起こし、真っ直ぐに見据えた。少年をそこまで痛めつけたであろう、目の前の男たち。ナイフを手にしたチンピラ二人を。
「ギギ……負けんぞ、負けんぞわしゃあ……わしの夢、絵描きへの道……お前らなんぞに潰されてたまるもんかい……! 踏まれても踏まれても芽を出す麦のように、何べんでも立ったるわい……!」
そして、少年は。食いしばった歯の間から、なおも亡者のようなうめきを上げながら。震えるひざに手をつき、立ち上がった。カウントナインぎりぎりで立ち上がる、拳闘士のように。
「こいつ……」
青空がつぶやいて目を見開くうち、チンピラの一人が震える口を開く。
「わ、わりゃあ何なんじゃ……何でそうも、何度も何度も立ってこれるんじゃ……」
もう一人はしきりに目を瞬かせる。
「こいつは……亡者か何かか、
少年は下駄を脱ぎ捨てる。それをグローブのように手にはめ、拳を構えた。
「やかましい……おどれらとは鍛え方が違うんじゃ。
血の混じる唾を吐き捨て、叫ぶ。
「行くぞおどれら……今度はわしの番じゃ!」
そのとき。青空は笑っていた。胸の重さはどこかへ吹き飛んでいた。
ジャケットを脱ぎ、少年とチンピラを隔てるように投げ入れる。
「待てよ」
そして少年へと歩み寄り、ほほ笑んだ。
「強ぇな」
「え……」
目を瞬かせる少年に、青空は言った。
「心が強ぇんだ」
少年の年格好は中学生ほど、あの頃の――五年も前か、虎威組に入り
青空には見えた。少年の内に、かつての自分の影が。
少年に笑いかけた後、チンピラに顔を向ける。
「これだけ言わせてくれよ。どんな事情か知らねえけどよぉ、子供に二人がかりでよぉ! 刃物向けてんじゃねぇぞ! それ以上やんなら……俺が相手だ」
体の前に両拳を構える。両拳を緩く握り、あごと腹を守るように軽く突き出したそれは、オーソドックスな拳闘の構え。
チンピラたちが歯を剥く。
「なんだとコラァ!」
「てめぇ何もんだオラァ!」
脅すようにナイフを突き出す相手を見ても、青空の構えは揺るがない。そう、もはや揺るがない。
「拳闘家、
男たちの顔が引きつる。
「拳闘か何か知らんがのう……邪魔してくれるっちゅうんか、おぉ!?」
「何ならてめえも死ぬか……オォラァ!」
チンピラの片方、帽子をかぶっていない男がナイフを突いてくる。
対して青空も拳を繰り出す。地面すれすれを這う低空からの右アッパーカット、ただし。その目標は相手のあごではなかった。
「ほらよっ」
脱ぎ捨てたジャケット、それを拳で巻き上げてかぶせる。相手の突いてきたナイフを包むように。
「えっ」
相手が目を瞬かせるそのうちにも、青空は右手でジャケットの端をつかみ、手首を返してさらにナイフに巻きつけ。強く引いた。
体勢を崩す相手の顔面を待ち受けていたのは、タイミングを合わせた青空の左。素早く突いて引くジャブではない、肩を入れて打ち抜く左ストレート。
鼻柱に拳をめり込まされた男は、わずかなうめきを上げてひざから崩れ落ちた。
「な……てめえ!」
もう一人、帽子をかぶった男がナイフを突く。
青空はしかし、その動きをしっかりと見据えていた。そして攻撃に逆らうことなく、体のさばきで受け流す。
男はさらに何度もナイフを振るう。上から横から、風を切る音を立てて力任せに。
だが、青空の目はその動きを捉えていた。次々と繰り出される刃を、流れる水のように逆らわずかわす。
「な……!? くそがぁ!」
男は叫ぶと共に足を踏み込み、渾身の突きを繰り出す。
その動きが、青空には見えていた。
突き出される刃を体にかすらせもせず、しかし肩の上すれすれに身をかわす。
そして。受け流した力を以て、鉄をも砕く力と変えて。自らの拳に込める――相手の攻撃をさばきつつ打つ、カウンターの“技”。
奥義【
撃ち抜くようなストレートを顔面に受けた男の体は宙を舞う。ナイフを取り落として地面に倒れた。
少年は下駄をはめた拳を構えたまま、目と口を大きく開けてその光景を見ていたが。不意に叫んだ。
「危ないっ!」
言われたときには青空も気づいた、先に倒していた相手が震えながらも上半身を起こし、ナイフを振り上げていたことに。
そして男は、倒れ込みながら青空へ向け、ナイフを投げた。
だが、その刃は。高い音を立てて突き刺さった――青空の前に割って入った、少年が手にした下駄に。
少年はナイフを抜き捨て、下駄をはめた拳で殴りかかる。
「わりゃ、何してけつかるんじゃっ! わしの恩人に向かってよくもやってくれたのう、おぉ!?」
馬乗りになって何度も殴り、相手は力なく地面に伸びた。
青空はきまり悪く、視線をそらして指で頬をかいた。
「あー……悪ぃ。なんか、助けるつもりが……助けられちまったな」
少年は額の血を拭い、気にした風もなく笑った。
「いいや、わしこそ助けられたわい! 助けに入ってくれんかったら正直、どうなっとったか分からんけえ……どうか、お礼を言わしてつかあさい」
そうして深く頭を下げる。
青空は荒れた髪の伸びる頭をかいて苦笑した。
「よしてくれよ、こそばゆいぜ。こっちこそ助けられた。俺は拳闘家……志望、大神青空。お前は」
照れたように鼻の下をこすり、少年は言う。
「わしは元。中岡元、絵描き志望じゃ」
そうして、二人は。どちらからとなく手を差し出し、握り合った。