【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
一方、その少し前。
「さっよなら三角♪ まった来って四角~、っと」
そう、さよならだ。ヤクザなんて後ろ暗い稼業は――虎威組の
西日本支部との明日の勝ち抜き戦、それにさえ勝利できれば。大手を振って日の当たる場所へ行ける。凛にはもう、ヤクザの兄に食わせてもらってるなんて思いを味わわせたくない――そんなことを口にする妹ではないが――。
そう考えると気分は晴れ晴れ、鼻歌も出る、はずだったが。いつの間にか顔はこわばり、右手の指は震えていた。
「……くそっ」
ヤクザ稼業とはさよならだ、そのはずだ――勝てさえすれば。だが、負ければ?
西日本支部から要求される額がどれほどか、夕華組長から聞かされてはいないが。ちょっとやそっとで済むはずもない、だったらまさか、凛がそのために身売りなんかする羽目に――
「……えぇい!」
太い右手を振り上げ、音を立てて自分の顔を殴る。
ここで弱気になってどうする、それじゃあガチガチにこわばった顔で走りに言った青空の奴と同じだ。
信じろ、自分の心の強さ、いや、この右腕の強さを。
右拳に目を落とし、そう考えていたとき。
調子のいい声が道端から上がった。
「さあさあ、どなたもこなたも、そんとな
「あぁ?」
思い切り顔をしかめ、生野がそちらを見ると。
道端に敷布を広げ、そこに売り物らしい女物の服を並べた少年二人がいた。一人はハンチング帽をかぶり、スタジアムジャンパーを着た男。もうひとりはジャケットを羽織った、目の細い男。二人とも十二、三歳ほどか。
彼らの周りでは何人かの客があるいは品物を眺め、あるいは手に取って見ている。
帽子をかぶった方の少年はさらに声を上げた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、らっしゃいらっしゃい、いらっしゃいやし~! さぁここに取り出したるは世紀の天才デザイナー、世界のカッコーの新作婦人服じゃっ! あぁ、おばはんおばはん、あんまり汚い指でこねくり回さんでつかぁさいよ、なんちゅうても花の都はロンドンから、ドンブラコッコと船に揺られること
少年はおどけたように、くるくるとよく変わる表情を周りの客へ順繰りに向けつつ、大きな丸い目で一人一人の顔を見る。
「へえ……」
ロンドンがどうのというのは、どこまで信じられたものか分からないが。並べられた婦人服はどれもしっかりとした造りで、清楚な色合いをした一方でさりげない
女物の服に詳しいわけではないが、東京でも見たことのない品ではあった。本当にどこかから輸入した珍しいものか、あるいは相当に腕のいい職人が個人で造っているのだろう。
これなら、妹への土産にいいかもしれない。
「どれ……見せてくれよ」
太い右手で手刀を切り、客の間に割って入る。妹に合いそうなサイズのものを手に取った。
「あぁどもども、いらはい、いらはい……いいぃっ!? 腕……太くね!?」
愛想を振りまいていた少年の目が生野の右手に向けられ、見開かれていた。
だが、生野が顔をしかめるより早く。少年は自分の頭を、ぽん、とはたいてみせた。
「いや何、ご主人。腕の太いは
手をこすり合わせて生野の右手を拝んでみせる。
生野は口を開けてそれを見ていたが。毒気を抜かれたように息をついた。苦笑する。
「……そりゃいいが、この品なら悪くねえな。いくらだ」
少年が、ぱ、と笑顔になる。
「毎度あり! 本日はご当地初売りにつき、大まけにまけて――」
その言葉の途中で。突然客を強引に押し分け、派手なスーツ姿の男たちが割って入る。
「おぉ待てやガキ……わりゃあ誰に断わってワシらん
見るからにヤクザであろう男たちは革靴で敷布に上がり、並んでいた商品を踏みにじり蹴り飛ばした。そこに置いていた、生野の買おうとした品も。
「おおっ、なんじゃオッサンら――」
「よくもわしらの売りもんを――」
帽子をかぶった少年とジャケットを着た連れの少年、二人が声を上げる中。
生野もまた、声を上げていた。ひどく顔を引きつらせて。
「てんめええぇらゴラぁぁ……! よ・く・も妹の服を汚ぇ足で踏んでくれたなぁあ、あぁぁ!?」
その異様に大きな右手がごきごきと、骨を鳴らす音を立てる。
ヤクザらの目がそちらへ向き、それぞれに何度も瞬きする。
「え……」
「なんか……太くね!?」
「こいつの右手……太くね!?」
生野は拳を握り、構える。
「おうよ、右手の強さが違ぇんだよ……試してみるか、あぁ!?」
ヤクザらが身構える中、一団の中で年かさの男が前へ出る。その手は連れのヤクザらを制するように、横へ出されていた。
にやにやと笑いながら口を開く。
「こりゃあこりゃあ。広島へようこそ、東京のお客人よぉ。聞いてるぜ、東の
「あぁ?」
なるほど、この男もヤクザなら
変わらぬ笑みを浮かべて男は言う。
「大事な試合前じゃ、間違うてケガでもしたらおおごとじゃけえの。お客人とはもめごと起こすな、丁重に扱えと言われちょる。ほんじゃ明日の試合、せいぜい頑張ってつかあさいよ。……行くぞお前ら」
去っていくヤクザらの背に、帽子の少年が声を上げる。
「待たんかワレ、わしらの商売もんをどうしてくれるんじゃっ!」
年かさの男は鼻を鳴らし、分厚い財布から適当に札を抜き出して地面へ放った。
「クリーニング代じゃ。取っとけ」
そうして後も見ずに立ち去る。
金を拾おうとしたジャケットの少年に、帽子の少年は声を上げる。
「ムスビ、わりゃそんな金拾うな! こっちの心までばっちぃばっちぃになるじゃろうが!」
ムスビと呼ばれた少年は眉をひそめる。
「ほいじゃが隆太よ、金は金じゃぞ。捨てといてええんか」
隆太と呼ばれた帽子の少年は目をしばたかせ、思い悩んだように身をよじらせた。
「うううぐやじい、ぐやじいけど拾うとけ、いやわしが拾う!」
そんなやり取りを横目に、生野は靴跡の残る服を拾う。
「これ。汚れてねえやつねぇのか」
隆太が目を瞬かせた後、ぱ、と笑う。
「おう、そうじゃったそうじゃった! よう分からんがあんたのお陰じゃ、すっかり助かったわい! タダで持ってけ……と言いたいが、同じのがあったかのう」
ムスビが言う。
「確か、うちに戻りゃあ色違いのが何着かあったはずじゃが」
「ほうか! だったら出血大サービスじゃ、色違いであるだけ持ってけ!」
生野は満面の笑みを――その服を着て喜ぶ妹を想像して―ー浮かべる。
「そうかよ、悪いな! いい奴だなお前ら!」
太い右手で隆太の背をどやす。軽くやったつもりだったが。
「ア~~レ~~~!?」
隆太の体は軽々と突き飛ばされ、建物の壁に頭から激突した。
崩れ落ちながら涙目でつぶやく。
「どぼじて……グズン」