【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
そこかしこをナイフに裂かれた学生服姿のまま、元が一喝した。
「おどりゃっ、なんでわしの腕を切り落としたかったんじゃ! はっきり言うてみい、腕を切り落としたいほどわしが憎いんか!」
先ほど元を襲ったチンピラ二人に、ではない。そいつらからの話はもう――若干手荒な方法ではあるが――聞いている。
二人の話では。看板製作会社、中尾工社で働く元の四つ上の先輩、黒崎という男。その者から、元の腕を切り落としたら一万円やる、そう持ちかけられたということだった。
そして今。草の生えた地面の上、立ち並ぶ杭にいくつもの看板が立てかけられた、中尾工社屋外作業場。そこで一人作業をしていた黒崎の元へ、元と青空は来ていた。
市松模様の帽子をかぶった天然パーマの男、黒崎は元の形相と語勢に怯えてか、震え逃げ惑うばかりだったが。やがて隅の看板の前へ追い詰められ、いっそう震えながらも口を開いた。
「そ、そうじゃ、わしゃおどれが憎いんじゃ! おどれだけ天野のじじいに親切に絵を教えてもらって、メキメキ上達しとるんが我慢できんのじゃっ!」
冷や汗を垂らし、軋る音が出るほど歯を噛み締め。地面を何度も踏みつけた後、黒崎は言った。
「なんでじゃ! なんでお前だけが! ええ師匠に恵まれて上手うなって! わしより上達していくんじゃ! なんで……」
二人から離れて聞いていた、青空はそこで口を開いた。
「お前の心が弱ぇからだよ」
「え……」
目を瞬かせる黒崎の方へと歩み寄った。
「そんだけ元を憎むんならよ、そこまでも妬むならよ。お前だってそれだけ、絵が好きなんだろ。だったらよぉ」
どん、と音を立て、黒崎の胸を叩く。殴るのではなく、その内に響かせるように。
「立ち上がれよ! 何度でも! 負けたと思ったなら練習して! そのじじいに頭下げて教えてもらって! 勝機がねぇんならよ、そうやってでもつかみ取れよ!」
元の方を親指で指して続ける。
「そんでこいつに勝ってみせろよ。もちろん元だって黙っちゃいねぇだろ、お前以上に練習するだろうけどよ。そうやって競い合えばいいだろうが。上手くなればいいだろうが。だから」
黒崎の目を奥まで見据える。
「心の強さで、立ち上がってみろよ」
黒崎はその目を見返し、何度も瞬きしていた。だが、やがてその目が震え、涙を溢れさせ。
「う……うああ……うあああ……! うわぁぁあああ!」
ひざから崩れ落ち、地面に手をつき。声を上げて泣いていた。
何度も地面を拳で殴り、涙をこぼしながら言う。
「うおおお、悔しいーっ、悔しい、悔しいーっ!」
元が言う。
「おどりゃ、ええ年こいてまだ悔しがっとるんか。ええかげんにせんかっ!」
黒崎は涙を拭いながら何度も首を横に振る。子供のように。
「ううう違う……違うんじゃ、自分が自分に悔しいんじゃ。いじけてひねくれて情けない、卑怯者の気持ちを捨てることができん自分が悔しいんじゃ……!」
「おどりゃ、何を……」
さらに涙を流して黒崎は言う。
「
それから黒崎は語った。
小学六年のときに
島に住む僧に引き取られたものの、奴隷のようにこき使われ。同じく使われていた、好きな女の子が原爆の後遺症を発症し、しかし何の手当てもされず死に。次は自分が死ぬと思い、命からがら島を抜け出し、広島へと帰ってきたこと。
そうして全ての希望を失い、抜け殻のようになって街をさ迷っていたとき。
黒崎は、虹を見た。空へ抜けるように鮮やかでどこまでも暖かい、人工の虹を。
空にかかった虹と思い、目を奪われたそれは。よく見れば、大きな看板に描かれた虹だった。
それでも、いや、だからこそ思った。明るく優しく暖かい色は人間の心を動かすものだと。やり切れないほど沈んだ、黒崎の気持ちさえ動かすほどに。
「わしゃそのとき、希望を与えてくれた看板に惚れたんじゃ。明るくて優しくて暖かい色を自由に使えて、人に希望を与えられる看板職人になりたいと決めたんじゃ。じゃけえここの社長に頼み込んで使うてもろうて、軍隊式の恐ろしい社長じゃったが耐え忍んで。そこに元、お前が……!」
顔を歪める黒崎に、元は拳を構えたが。
青空はかがみ込み、黒崎の背を叩いた。優しく。
「強ぇじゃねぇか」
「えっ」
顔を上げ、何度も瞬きする黒崎。
その目を青空は真っ直ぐに見る。
「強ぇじゃねえか、心が。そうやって立ち上がったんなら、絵に看板に、そうやって希望を見い出したんなら」
歯を見せて笑う。
「まだまだやれる……また、立ち上がれる。そうだろ」
そうして。黒崎へ、手を差し伸べた。
「そう、かの……そう、かのう……」
うつむきながらも、黒崎は。その手を取り、引き起こされるままに、立ち上がった。
そうして、元へと頭を下げ。つぶやくような声で言った。
「……すまん、かった」
元は、ぽかん、と口を開けていたが。すぐに笑顔になった。
「おお、構わんっちゅうことよ! それよりものう、ここからは遠慮せんぞ」
元が拳を突き出してみせ、黒崎は震えて後ずさったが。
元は自分の腕を叩いてみせる。
「こっからはのう、絵描きの腕の勝負じゃ! 天野のじいさんにはわしからも頼んだる、お前も教えてもらってみいや。ほいでもわしは、もっと努力してお前より上手うなったらあ! 職人は腕でもの言うんじゃろうが、ゴチャゴチャ言わんと看板技術の腕を磨けっ! いや、わしも頑張るわい、お前なんかに負けんけぇのう!」
黒崎はうつむいていたが、笑った。
「そう、かよ……。へっ、上等じゃ」
青空も笑ってうなずいた、そのとき。
元を襲ったチンピラの声がした。
「おった、あいつらじゃ!」
「兄ぃ、あいつらじゃ、あいつらですぜ!」
顔面を青空と元から受けた拳に腫らしたチンピラ二人は、今度は助っ人を連れているようだった。趣味の悪いスーツを着た、ヤクザらしき男を。
黒崎がチンピラ二人に言う。
「鉄、重。お前ら悪かった、もうええんじゃ……もうやめてくれ」
チンピラは顔を歪めた。
「何言うてけつかるんじゃワレっ!」
「お前のこっちゃどうでもええ……ワシらんメンツの問題じゃっ!」
しかし、連れられてきたヤクザは。身構えた青空に目を止め、眉をひそめた。
そして不意にきびすを返す。
「帰るぞ」
「え?」
「け、けど兄ぃ……」
困惑するチンピラには構わず、ヤクザは言う。
「あんさん、東京のお客人じゃろ。心が強いだのなんたらいう。客人には手ぇ出すな言われちょる……少なくとも、明日の試合が終わるまではのう」
口の端で笑う。
「西も東も、ヤクザ稼業はつらいもんじゃのう……ま、明日の試合は気張ってつかあさいや」
そうして、釈然としない顔のチンピラを連れて去っていった。
黒崎がつぶやく。
「何じゃ……今の」
元が言う。
「わしゃあ、よう分からんが……ほいだら青空さん、あんたも……ヤクザ、っちゅうことか」
表情をこわばらせる元から、青空は目をそらしたが。
そのとき、脳天気な声が響いた。
「おう、あんちゃん! ここにおったんか!」
「おう青空、しけたツラしてんじゃねえぞ! いい土産ができたぜ、てめえの妹の分までよ!」
生野と、その太い右腕を肩に回された少年――隆太――と。その横で同じく生野と肩を組む連れ――ムスビ――。三人が、婦人服の溢れる箱を