【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第5話  ひがみと、人工の虹と

 

 そこかしこをナイフに裂かれた学生服姿のまま、元が一喝した。

「おどりゃっ、なんでわしの腕を切り落としたかったんじゃ! はっきり言うてみい、腕を切り落としたいほどわしが憎いんか!」

 

 先ほど元を襲ったチンピラ二人に、ではない。そいつらからの話はもう――若干手荒な方法ではあるが――聞いている。

 二人の話では。看板製作会社、中尾工社で働く元の四つ上の先輩、黒崎という男。その者から、元の腕を切り落としたら一万円やる、そう持ちかけられたということだった。

 

 そして今。草の生えた地面の上、立ち並ぶ杭にいくつもの看板が立てかけられた、中尾工社屋外作業場。そこで一人作業をしていた黒崎の元へ、元と青空は来ていた。

 

 市松模様の帽子をかぶった天然パーマの男、黒崎は元の形相と語勢に怯えてか、震え逃げ惑うばかりだったが。やがて隅の看板の前へ追い詰められ、いっそう震えながらも口を開いた。

「そ、そうじゃ、わしゃおどれが憎いんじゃ! おどれだけ天野のじじいに親切に絵を教えてもらって、メキメキ上達しとるんが我慢できんのじゃっ!」

 

 冷や汗を垂らし、軋る音が出るほど歯を噛み締め。地面を何度も踏みつけた後、黒崎は言った。

「なんでじゃ! なんでお前だけが! ええ師匠に恵まれて上手うなって! わしより上達していくんじゃ! なんで……」

 

 二人から離れて聞いていた、青空はそこで口を開いた。

「お前の心が弱ぇからだよ」

 

「え……」

 

 目を瞬かせる黒崎の方へと歩み寄った。

「そんだけ元を憎むんならよ、そこまでも妬むならよ。お前だってそれだけ、絵が好きなんだろ。だったらよぉ」

 

 どん、と音を立て、黒崎の胸を叩く。殴るのではなく、その内に響かせるように。

「立ち上がれよ! 何度でも! 負けたと思ったなら練習して! そのじじいに頭下げて教えてもらって! 勝機がねぇんならよ、そうやってでもつかみ取れよ!」

 

 元の方を親指で指して続ける。

「そんでこいつに勝ってみせろよ。もちろん元だって黙っちゃいねぇだろ、お前以上に練習するだろうけどよ。そうやって競い合えばいいだろうが。上手くなればいいだろうが。だから」

 

 黒崎の目を奥まで見据える。

「心の強さで、立ち上がってみろよ」

 

 黒崎はその目を見返し、何度も瞬きしていた。だが、やがてその目が震え、涙を溢れさせ。

「う……うああ……うあああ……! うわぁぁあああ!」

 ひざから崩れ落ち、地面に手をつき。声を上げて泣いていた。

 何度も地面を拳で殴り、涙をこぼしながら言う。

「うおおお、悔しいーっ、悔しい、悔しいーっ!」

 

 元が言う。

「おどりゃ、ええ年こいてまだ悔しがっとるんか。ええかげんにせんかっ!」

 

 黒崎は涙を拭いながら何度も首を横に振る。子供のように。

「ううう違う……違うんじゃ、自分が自分に悔しいんじゃ。いじけてひねくれて情けない、卑怯者の気持ちを捨てることができん自分が悔しいんじゃ……!」

 

「おどりゃ、何を……」

 

 さらに涙を流して黒崎は言う。

原爆(ピカ)じゃ、原爆(ピカ)のせいじゃ! あの原爆(ピカ)のためにわしゃ、ひねくれて妬みばっかり持つ情けない男になったんじゃ……! 悔しい、悔しいぃ……!」

 

 それから黒崎は語った。

 小学六年のときに原爆(ピカ)を落とされ、家族を失い一人で生きてきたこと。食うや食わずの戦災孤児たちの中でも隅に追いやられ、いじけながら生きてきたこと。

 島に住む僧に引き取られたものの、奴隷のようにこき使われ。同じく使われていた、好きな女の子が原爆の後遺症を発症し、しかし何の手当てもされず死に。次は自分が死ぬと思い、命からがら島を抜け出し、広島へと帰ってきたこと。

 

 そうして全ての希望を失い、抜け殻のようになって街をさ迷っていたとき。

 黒崎は、虹を見た。空へ抜けるように鮮やかでどこまでも暖かい、人工の虹を。

 

 空にかかった虹と思い、目を奪われたそれは。よく見れば、大きな看板に描かれた虹だった。

 それでも、いや、だからこそ思った。明るく優しく暖かい色は人間の心を動かすものだと。やり切れないほど沈んだ、黒崎の気持ちさえ動かすほどに。

 

「わしゃそのとき、希望を与えてくれた看板に惚れたんじゃ。明るくて優しくて暖かい色を自由に使えて、人に希望を与えられる看板職人になりたいと決めたんじゃ。じゃけえここの社長に頼み込んで使うてもろうて、軍隊式の恐ろしい社長じゃったが耐え忍んで。そこに元、お前が……!」

 

 顔を歪める黒崎に、元は拳を構えたが。

 

 青空はかがみ込み、黒崎の背を叩いた。優しく。

「強ぇじゃねぇか」

 

「えっ」

 顔を上げ、何度も瞬きする黒崎。

 

 その目を青空は真っ直ぐに見る。

「強ぇじゃねえか、心が。そうやって立ち上がったんなら、絵に看板に、そうやって希望を見い出したんなら」

 

 歯を見せて笑う。

「まだまだやれる……また、立ち上がれる。そうだろ」

 そうして。黒崎へ、手を差し伸べた。

 

「そう、かの……そう、かのう……」

 うつむきながらも、黒崎は。その手を取り、引き起こされるままに、立ち上がった。

 そうして、元へと頭を下げ。つぶやくような声で言った。

「……すまん、かった」

 

 元は、ぽかん、と口を開けていたが。すぐに笑顔になった。

「おお、構わんっちゅうことよ! それよりものう、ここからは遠慮せんぞ」

 元が拳を突き出してみせ、黒崎は震えて後ずさったが。

 

 元は自分の腕を叩いてみせる。

「こっからはのう、絵描きの腕の勝負じゃ! 天野のじいさんにはわしからも頼んだる、お前も教えてもらってみいや。ほいでもわしは、もっと努力してお前より上手うなったらあ! 職人は腕でもの言うんじゃろうが、ゴチャゴチャ言わんと看板技術の腕を磨けっ! いや、わしも頑張るわい、お前なんかに負けんけぇのう!」

 

 黒崎はうつむいていたが、笑った。

「そう、かよ……。へっ、上等じゃ」

 

 青空も笑ってうなずいた、そのとき。

 

 元を襲ったチンピラの声がした。

「おった、あいつらじゃ!」

「兄ぃ、あいつらじゃ、あいつらですぜ!」

 

 顔面を青空と元から受けた拳に腫らしたチンピラ二人は、今度は助っ人を連れているようだった。趣味の悪いスーツを着た、ヤクザらしき男を。

 

 黒崎がチンピラ二人に言う。

「鉄、重。お前ら悪かった、もうええんじゃ……もうやめてくれ」

 

 チンピラは顔を歪めた。

「何言うてけつかるんじゃワレっ!」

「お前のこっちゃどうでもええ……ワシらんメンツの問題じゃっ!」

 

 しかし、連れられてきたヤクザは。身構えた青空に目を止め、眉をひそめた。

 そして不意にきびすを返す。

「帰るぞ」

 

「え?」

「け、けど兄ぃ……」

 

 困惑するチンピラには構わず、ヤクザは言う。

「あんさん、東京のお客人じゃろ。心が強いだのなんたらいう。客人には手ぇ出すな言われちょる……少なくとも、明日の試合が終わるまではのう」

 口の端で笑う。

「西も東も、ヤクザ稼業はつらいもんじゃのう……ま、明日の試合は気張ってつかあさいや」

 

 そうして、釈然としない顔のチンピラを連れて去っていった。

 

 黒崎がつぶやく。

「何じゃ……今の」

 

 元が言う。

「わしゃあ、よう分からんが……ほいだら青空さん、あんたも……ヤクザ、っちゅうことか」

 

 表情をこわばらせる元から、青空は目をそらしたが。

 

 そのとき、脳天気な声が響いた。

「おう、あんちゃん! ここにおったんか!」

 

「おう青空、しけたツラしてんじゃねえぞ! いい土産ができたぜ、てめえの妹の分までよ!」

 

 生野と、その太い右腕を肩に回された少年――隆太――と。その横で同じく生野と肩を組む連れ――ムスビ――。三人が、婦人服の溢れる箱を神輿(みこし)のように担いでいた。

 

 

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