【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と   作:木下望太郎

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第6話  決戦前夜と、盃と

 

 その夜、虎威組が泊まる宿の部屋で。

 一升瓶を股間に当て、隆太は大いに舞っていた。

 

「一つとせ~♪ 人も・うらやむ・我がチン○ン♪ あ・ヨイショ!」

 かけ声に合わせて一升瓶の先を持ち上げ、勃起したかのように立てて見せる。

 

 虎威組の組員らが茶碗酒を手にはやし立てる。

「いいぞボウズ!」

「よっ、太マラ日本一!」

 

「二つとせ~♪ 太くて・立派な・我がチン○ン♪ ヨイショ!」 

 

 

 

 ――あの後、青空らと生野たちが合流してから。

 黒崎は改めて元に詫びた後、デッサンの練習をすると言って一人別れていた。

 そして青空と元は、隆太や生野らの勢いに流されつつも結局のところ意気投合した。そうして全員で、婦人服の箱を担いで宿に向かったのだった。

 

 宿では黒岩が、青空と生野をにらみ殺すような目で見たが。夕華がそれを手で制し、口を開きかけたとき。

 

 隆太があごに手を当て、しげしげと夕華を見ながらその周りを回っていた。

「ほほ~これはこれは、ははぁなるほどな・る・ほ・ど……」

 

 そうして、担いできた箱の中を探っていたかと思うと。明るい色の婦人服を何着か手にし、夕華の体の前にあてがってみせた。

 銃の照準でもつけるように、何か測るように。片目をつむって夕華と服を見据える。

 

「う~ん、やはりピッタリじゃ! こちらの上品なマダ~ム、いやレディ~にはこちらの春色がピッタリ!」

 

「……は?」

 夕華がけげんそうに目を瞬かせるのにも構わず、隆太は口を滑らかに動かす。

 

「渋い和服もええけどのう、そんとな重い暗い色、いつまでも着とったら気持ちまで重う暗うなるじゃろう。おばはん……いやいやお姉さまもあれじゃ、戦争に青春を取られたクチじゃろ」

 手にした服を目の前に示す。

「さ、この明るい服を、世界のカッコーの一流デザインの服を着てみんさいや。そうして青春を取り戻してつかあさいや」

 

 ぱん、と手を叩いて言う。

「よっし、わしも男じゃっ! 今日は出血大サービス、お近づきの印にタダで持ってけ!」

 

 夕華が、黒岩さえも口を開け、目を瞬かせる中。

 

 宿の仲居が虎威組の夕食を運んできたのを見るや、隆太は持っていた服を、ぱ、と夕華に押しつけた。

 

「アイアイどうもどうも、イヤこりゃ結構なご膳でございましてイヤご苦労ご苦労」

そうして仲居に混じっていそいそと膳を運び、座布団を整え、ご飯をそれぞれの茶碗によそい出す。

 そして配膳の後、ちゃっかり膳の横に座り。

「イヤイヤこりゃ結構なご膳でございましてイヤイヤイヤ、デヘヘヘ」

箸で茶碗を叩きつつ、よだれをたらしていた。

 

 ムスビがため息をつく。

「お前という奴は、ほんまにゼニと食うことしか頭にないのう」

 

 元が言う。

「わりゃ広島市民の恥じゃ、恥を知れ恥を! 宮島で鹿に食われてしまえっ」

 

 黒岩が顔をしかめ、隆太の方へ向かいかけたとき。

 

「……ンフ」

 夕華が息をこぼす。

「ンフフ、フフ……はは、あっはっはっは!」

 肩を揺すり、ひとしきり笑った後。青空と生野を見て言った。

「よくは分からないが。随分面白いものを拾ってきたねぇ……ンフフ」

 

 そうして、宿の者に言う。

「急で悪いが、膳を三人前追加だ。頼めるかい」――

 

 

 

 そうして、今。

「三つとせ~♪ 見れば・見るほど・よかチン○ン♪ あ・ヨイショ!」

 

 股間から持ち上げた一升瓶をしげしげと眺める仕草をして隆太は躍り。組員らは腹を抱えて笑っていた。

 

 茶をすすってから元がつぶやく。

「わしが言うことでもないけど、のん気なもんじゃのう……明日は大事な試合なんじゃろ、こんとな宴会なんぞ」

 事のあらましについてはすでに青空から聞いていた。

 

 夕華は唇の端を吊り上げる。

「ンフ。賢いねえ、少年」

 

 舐めるような視線に当てられてか、元は肩を震えさせたが、それでも言う。

「わしは少年たらじゃないわい、中岡元っちゅう名前があるんじゃ!」

 

「そうかい、悪かったよ。……元、あたいらの()る事は決して遊びじゃあない」

 

 真顔になった夕華の視線から目をそらす元。

「ほ、ほいだら、なんで酒盛りなんか」

 

「遊びじゃない……けど、決してお綺麗な拳闘試合(ボクシング)でもないんだよ。あたいらが()ってるのは、試合としてのルールこそあれど、結局は裏の試合……革手袋(グローブ)つけて、リングに上がっての抗争(出入り)なんだよ」

 

 (はた)で最後の調整に拳を振るう青空は、耳だけそちらに向けて聞いていたが。

 覚えのある話だった、青空が組に入る前にも黒岩から聞かされたことだ。

『ヤクザだって命懸けで稼いでる、死人だって毎月出てる』

 

 体重による階級差が公然と無視され、また選手の安全を考慮したテクニカル・ノックアウト――試合続行不可能との、レフェリーによる判定での決着――制度もない。何度もダウンさせられた選手が無理に試合を続行し、過剰な打撃を受けて死亡することもままあった。

 

 自らも杯を口にした後、夕華は言う。

「だからね。特攻隊じゃないが、水杯じゃあ物寂しい……最期になるかも知れない夜に、一杯なりと酌み交わしておきたい……それが、炎涛(えんとう)選手の本音であり、慣習であり、見送る者からの(はなむけ)さ。もちろん、明日に残る程は厳禁だけどね」

 

 黒岩が口を挟む。

「果し合いだの(いくさ)だのに行くサムライもよぉ、不安を取っ払うために軽く呑んだともいうしよ。ガチガチになって眠れもしねえよりマシだ」

 茶碗酒を呑み干して言う。

「ま、俺には関係ねえがよ」

 

 青空は息をついて笑う。

「俺にだって関係ねぇ。最期だのなんだのとよ」

 ムスビに持ってもらったパンチングミットに、グローブを着けた拳で打撃を打ち込む。パ、パ、パ、パン、と快い音が連続して鳴る。

 

「勝ってやる、つかんでやるさ勝利を、打ち倒されようが何度だって立ち上がってよぉ」

 歯を見せ、また笑った。

「俺の心が、強ぇからよ」

 そう言えた、腹の底から。

 

 黒岩が鼻を鳴らす。

「はっ……ツラ構えだけは一丁前だな。汽車降りた後の、ガチガチにこわばってた奴とはえらい違いだぜ」

 

「おう! さあて、もう一丁――」

 青空は拳を構え直すが。

 

ムスビが慌てたように首を横に振り、ミットを外した。赤く腫れた手を、水滴でも払うように何度も降る。

「ぐぐぐ……なんちゅうパンチ力じゃ、わしゃあもうもてんよ」

 

 元が横で口を開ける。

「すごいもんじゃのう……よっしゃ、今度はわしにも持たせてくれよ」

 

 元が手にはめたミットへ、同じく打撃を打ち込んでいく。

 

「おおっ! ギギギ~、イタタ~手がちぎれる~!」

 

 大げさにうめく元へ。青空はわずかに目を伏せ、ほほ笑んだ。

「……ありがとな」

 

「へ? なんのなんの、こんぐらい屁のカッパじゃ、どんと来んかい!」

 

 青空が口にしたのは、練習につき合ってくれることへの感謝ではなかった。

 黒岩の言ったとおりだった、広島に下り立ったときの青空はガチガチに固まっていた。試合への緊張に、敗北の可能性への恐怖に、夢を背負うことへの重圧に。

 

 だが、元を見て。どれほど強大な敵に、何度打ちのめされようと立ち上がる姿を見て――原爆を受けてからどんな風に生きてきたかも、その後いくらかは聞いて――。

思い出すことができた、本来の自分の姿を。

 元に教えられた。それ以上の、心の強さを。

 

「しょぼくれてちゃいけねぇな……立ち上がらねぇとな。世界チャンピョンになるその日まで、何度でもよ」

 

「世界、チャンピョン……世界。世界か……」

 つぶやいた後、元は目を見開く。

「ほうか、芸術だけじゃないんか……拳闘にも国境はないんじゃのう」

 

 ミットをはめたままの両手で、青空の手を挟む。握手をするように。

「拳闘に国境はない……! ほうじゃ、ほうじゃよ青空さん! 世界チャンピョンになって、見せてくれや! 国境なんてケチな垣根を、あんたの拳でぶっ飛ばすとこ! 世界に見せてやってくれや!」

 

 元の真っ直ぐな目を、青空もまた真っ直ぐに見る。

 笑って答えた。

「おう! やってやる、心の強さが違ぇからよ! 俺が日本人初、拳闘世界チャンピョンだぜ!」

 

 元も満面の笑みを浮かべた。

「ほうじゃ、わしもそれまでに絵描きになったる! 世界中の人の心を揺さぶる絵描きにのう! そんときゃチャンピョンの絵を、わしに描かせてくれや!」

「おう! 頼んだぜ!」

 

 同じく調整のため拳を振るいながら、小馬鹿にしたように生野が言った。

「何だよさっきからチョンピョンってよお、チャンピオン、だろバカ空。ったくてめーのバカさ加減だけはとっくに世界チャンピョンだなオイ」

 

 青空は歯を剥き出す。

「んだと、おどりゃクソ野! もっぺん言ってみい、シゴウしたるけぇのう!」

 元と話していていつの間にか染まった、広島の言葉で啖呵(たんか)を切った。

 

 生野は取り合わず、黒岩の方を見て言った。

「それよりよ、黒岩さんよー。呑んでねえで練習見てくれよ。これでちゃんとできてんのかよ」

 

 生野は再び拳を振るう。先ほどから何度も素振りしているそれは拳闘の動きではなかった。

 空手の【逆突(ぎゃくづ)き】、いわゆる正拳突き。

左足を半歩前に出しつつ地を踏み締め、その力を腰へと伝える。腰を左へひねると同時、左手を強く引く。それに糸で引かれるように、真っ直ぐに右拳を突き出す。結果、その突きは足の力、腰のひねり、左手を引く勢い、それら全てを載せた拳打となる。

 

 そしてまた、生野は別の技を素振りしてみせる。

 今度は拳の技ではなかった。腕を折り曲げ、肘を拳闘のフックのように横から振るう。次はアッパーのように下から。さらには後ろへと突くように。

 【猿臂(えんぴ)】と呼ばれる、肘打ちの技だった。

 

 無論、拳闘において拳によらない攻撃は明確な反則だ。炎涛(えんとう)でもその点は厳重に禁じられている。

 加えて言えば、正拳突きの方もあまりに基本に忠実な、大きな動き。そのままでは拳闘でも空手でも、試合に使えるとは見えないものだった。

 

 だが、それがどう使われるか、何を目的とした練習か。虎威組の者は皆知っている。それが充分な成果を上げていることも。

 

 黒岩は、ちら、とそちらを見ただけで、また茶碗に酒を注ぐ。

「おーおーできてるできてる、よくやったよくやった」

 

「だーかーら! 見ろっつってんだろ!」

 

 声を荒げた生野に、夕華が笑いかける。

「ンフフ。聞こえなかったのかい、黒岩の声が。『よく頑張った』『お前に教えることはもう何もない』とさ」

 

 黒岩は空手の動きを基礎とした、質実剛健な拳闘術を操る選手。生野は自らの“技”を新たに編み出し、磨きをかけるため、その動きを学んでいた。

 

 黒岩が目を見開く。

「な……」

 

 隆太がはやし立てる。

「おーおー黒岩の兄さんが赤うなった、まるでゆでダコじゃのう!」

 

「あぁ!?」

 ビキビキと軋む音が聞こえそうなほど、黒岩は強く頬を歪めた。大きな拳を握り鳴らしながら隆太の方へと近づく。

 

 隆太はおおげさに震えながら逃げる。

「ヒイイイ、退避、退避~! 空襲警報じゃ、早う布団へいざ退避~! っと、おねんねの前に寝酒でも、もう一杯と……」

 枕を小脇に抱えながら、銚子(ちょうし)を取ろうとした隆太の手を。黒岩の太い手がつかんだ。

「てめえ……ガキに呑ます酒はねぇ、とっとと寝ちまえ!」

 

 隆太の尻を蹴り上げ、頭から布団を引っかぶせる。

 

「ア~~レ~~!? 何をするか、(ちん)は大いに怒ったぞギギギギ」

 

 もごもごと動く布団をさらに蹴りつけて黙らせた後。黒岩は青空と生野の方に銚子を掲げてみせる。

「生野、青坊。どうだ、たまには呑むか。明日の引導代わりに末期(まつご)の酒でも酌んでやるよ、えぇ?」

 

 うへぇ、と生野は顔をしかめる。

「縁起でもねえことをよ……いらねー」

 

 宙へ向けて拳を素振りしながら、青空も言う。

「いらねぇよそんなもん。不安を取っ払う必要なんかねぇ……全部背負って立ち上がってやるよ、何度でも」

 その目はもはや重く沈んではいない。明日の試合を見据え、その先を見つめていた。

 

 黒岩は舌打ちする。

「かわいげのねえガキどもだ」

 

 ンフフ、と夕華が薄く笑う。

「へえ、『二人とも二十歳になったことだし』『たまには黒岩兄さんと一緒に呑もうぜ』、って?」

 

「ちょ……!」

 顔を引きつらせつつも、その頬が赤くなる黒岩。

 

 そちらの方へ、夕華は片手を添えた耳を向ける。

「なになに? 『明日は勝って祝杯を上げようぜ』『もちろん俺のおごりだ』、って? ンフフフ」

 

「夕華さん、そこまでは……!」

 

 隆太が布団を跳ねのけて手を挙げる。

「おう、そんときゃわしも張り切って呼ばれますわい!」

 

「わしも」

「ほいじゃわしも」

 ムスビと元が続いて手を挙げた。

 

 黒岩が盛大に歯軋りする。け、と吐き捨てるように言い、銚子の酒をラッパ呑みにあおった。

「……にしても、マズい酒だ。安物を回されたな」

 

 青空はそのやり取りを横目に見つつ。左、右、左、と拳を繰り出し、最後に空を斬るような右フックを放つ。

 

 必ず勝つ、明日は。この拳で、心の強さで。

 そして。必ず叶える、世界チャンピョン……世界チャンピオンになる夢を。

 

 

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