【ドリトライ×はだしのゲン二次創作】 心の強さと、踏まれる麦と 作:木下望太郎
元が見様見真似でバンテージを拳に巻き、夕華が震える手でそこにグローブをかぶせ、どうにか紐を結んだ後。
三人はリングに並び立った。試合着姿の二人とは違い、元は学生服のままだったが。
そして西日本側の五人がリングに上がり、三人と向かい合う。かぶっていたタオルをリング下に放った。
いずれも鋭い目つきをした、一癖も二癖もありそうな男たち。中には力士と見まごうような巨漢もいたが、元は別の男を見て目を見開いた。
「お、お前は……!」
「久しぶりじゃのう……こんとな所でおんどれに会うとはの……!」
頬にそばかすを散らした、潰れたような低い鼻の男。元より三、四歳上と見える年格好。
元はつぶやく。
「鮫島、竜吉……! 町内会長の息子……!」
――かつて、広島に原爆が落とされる前。
平和主義者である元の父親は戦争に反対していた。また、日本の国力では戦争に勝てないと予見し、そのことを周囲に公言していた。
そのため、軍国主義に染まった鮫島町内会長に目をつけられ、いびり倒されていたのだった。
元より四歳上、町内会長の息子である竜吉もまた、元たちを非国民と罵り、嫌がらせを繰り返していた――。
頬を震わせながら歯を剥き出し、竜吉はグローブをはめた右手を掲げる。
「会いとうて会いとうて仕方なかったわい……この右手の礼をせんといかんけえのう……!」
元にも覚えがある。
――父親が絵付けした下駄を納品するため、元が姉弟とともに荷車で運んでいたとき。竜吉と子分らに押しかけられ、荷車を奪われて荷物もろとも川に落とされてしまったのだった。
怒った元は竜吉と乱闘になり、竜吉の右手に噛みついた。何度殴られようとも元は放さず、結果、竜吉の指先はちぎれてしまった――。
元は言葉を詰まらせたが、それでも言う。
「じゃ……じゃかあしいわっ! だいたいおどれが――」
そのとき、リング外から声が上がった。
「竜吉! しっかりやれ、ええ機会じゃ! いくら殴ろうがこれは試合……ボクシングという健全なスポーツじゃ。たとえ死ぬほど殴ったとしてものう……!」
竜吉に似た顔つきの、年かさの男。口ひげをたくわえ、紳士然とした身なりではあったが、その顔は歪んだ笑みを浮かべていた。
元はまたも目を見開く。
「町内会長の、鮫島……!」
ウォッホン、と鮫島は咳払いをする。
「かつてはそのような立場でもあったが……市会議員を経て今は広島県会議員、愛と平和の戦士、鮫島伝次郎! 鮫島伝次郎じゃ!」
聞いて、青空は昨日のことを思い出していた。
――元と出会った後、生野らと合流して宿に向かっていたとき。
ある立て看板を見て、元の足が止まった。『愛と平和の戦士』『鮫島伝次郎』という議員の、講演会の告知だった。
「なにが愛と平和の戦士じゃ……戦争に反対する者は非国民じゃ、国賊じゃ、とののしって、一番戦争することを喜んでいた奴が……!」
頬を歪ませて語る、元の拳は震えるほどに握り締められていた。
「今も戦争と原爆のために、黒崎やわしらや多くの人が苦しみでうめいとるのに……。こんな戦争を喜ぶ奴が偉そうに、日本の政治を動かしていると思うと、わしゃ悔しくて腹が煮えくりかえるわい……!」
くそったれが。そう言うやいなや、元は看板を殴りつけていた。
「お、おい……」
生野が身を引いてつぶやいたが。
構わず元はさらに殴り、そして語った。
町内会長、そしてその息子竜吉から、非国民といびられ続けた日のこと。
さらには原爆が落とされた日のこと、建物に押し潰されかけていた鮫島父子を元は助けたというのに。
元の家族が家の下敷きになり、火災が迫っていたというのに、鮫島父子は助けようともせず逃げたこと。元の家族は母親と元を残し、火に巻かれて死んだこと――。
そして今。
「元……」
生野が心配そうに声をかける中、青空は言う。
「元。……俺は安易に共感できる立場にいねぇし、しちゃいけねぇと思う。お前にも、向こうの奴にも。……だから、できるか。一人でよ」
元は黙っていたが、やがて強くうなずく。
「おお……! あいつとはケリをつけたる、正々堂々一対一でのう!」
青空はうなずいた。
「他の四人は俺と生野が倒す、そっちには行かせねぇ。だから、そっちは頼んだ」
返事代わりに、青空のグローブを元のグローブが叩いた。
そうして青空たち三人、西日本側五人が向かい合い、拳を構え。
今、ゴングが鳴った。
「行くぞおんどりゃあ!」
竜吉へ向けて駆け出す元。
一方、青空と生野はその両側をカバーしつつ、三人互いに背を向けた形でついていく。
乱戦において最も警戒すべきは『死角からの、すなわち背後からの攻撃』。正面の敵と戦っているときに後ろから別の敵に攻撃される、それが最も危険だった――本来の拳闘では背後からの打撃は反則となる。しかし、今回の乱戦試合に限っては解禁されていた――。
こうした形の戦いは拳闘では経験がなかったが。虎威組とて極道だ、抗争なり喧嘩出入りの機会はある。そうした経験が、二人に自然とその陣形を組ませていた。
そしてリング上、八人もが入り乱れるとなればどうしても手狭になる。
結果、一対一の形になった元と竜吉はそのままだったが。青空と生野に対しては、一対二で自在に拳を振るうには狭くなり。まるで順番待ちのように、先に一人が向かってきて、後の者はその後ろで隙をうかがう状態となった。
生野がつぶやく。
「まずは上々……っと!」
そこへ殺到する、角刈りの男。生野のジャブをかいくぐり、一息に距離を詰めてきた。
男は密着するかのような間合いで生野に素早い連打を浴びせる。
生野の頬が、ぴくりと震えた。
「こいつ……!」
観客から声が上がる。
「来たぜ……あいつの得意な間合いじゃ」
「『
「五日市! お得意の“技”【
角刈りの男は笑みも見せず、生野に連打を浴びせ続ける。まるで全身に散らすように、反撃も回避も許さないかのように。
決してリーチの長い選手ではなかったが、それだけに打撃の戻しが早く、次の一打が早い。それを間断なく浴びせてくる。
典型的な
無論、生野のような
散弾銃の弾丸の如き無数の拳が降り注ぐ中。防御を固めながら、それでも生野は下がらなかった。下がれば後ろにいる青空や元に体が当たってしまう、それもあったが。
下がる必要などなかったから。
つぶやく。
「黒岩さんよ……役に立つぜ、あんたから教わった『基礎』。そしてこれが――」
左腕を曲げ、思い切り後ろへと振るう。まるで背後に迫る敵への肘打ち、空手の【
そして。同じく空手の【
自慢の太い右腕を、遠くへ打つのではなく。短く
「これが。俺の『応用』」
ぼ、と空を切る音を立て。ごく短い半径を描いて放たれたショートフックは。
生野の新たなる“技”、【
それはもはや、苦手な接近戦をカバーするという域を超えていた。ショートフックとはいえ、全身の連動と生野の巨大な右腕の質量を持って打ち出されるそれは。接近戦での決め手となり得る奥義。
「ひ……!?」
そして。それを受け、倒れかけた敵は。どうにか体勢を立て直すものの、最悪の選択をしてしまった。
すなわち。
「行くぜぇぇ……こいつが俺の代名詞!」
先ほどと同じ、いやそれ以上に、全身の力を連動させた一撃。今度はフックではない、真っ直ぐに打ち砕く最大最重のストレート。
【
観客たちがどよめく中、テンカウントが取られる。相手は起き上がってくることはなかった。
生野は右手を掲げてみせる。
「太くて長くて固くて凄い……右手の強さが違ぇんだよ」
声を張り上げた。
「さあ次はどいつだ、かかってきやがれ! この『
観客から妙などよめきが起こる。
「いや、右手は確かに強ぇんだろうが……」
「心が……? そこ強調するとこなのか、そんなに強ぇのか……?」
「そんなに……心が強ぇ敵なのか……!?」
どよめきが続く中、試合もまた続いていく。