どこかの国のどこかの街の誰かの話

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遥かなる恋路

 

 ある国のある都市、そのどこかの路地で、壮年の男が車を背もたれにしている。何かを待っている様子で目の前にある古臭い建物をチラチラと見みては、懐中時計に目を移し、落ち着かないようだ。

 

 男が見ている建物から1人の老齢の女が出てきた。その女はまさに女傑といった雰囲気で、男のすぐ隣に移動し男と同じく車を背もたれに、煙草を吸い始めた。

 数秒、数分間を開けて男が女に話しかけた。

 

「なぁアリア、本当にこの仕事受けるのか? やめたほうがいいんじゃないか」

 

 男は心配そうな声色で女に訪ねた

 

「アリアはやめて」

 

 アリアと呼ばれた女は怪訝そうな顔をする男を横目に煙草の煙を吸う。

 

「断れないのよ。古い知り合いで、借りもある。今返せないと来週には私はこの世にいないわ」

 

 女は吸った煙を吐き出し、答えた。

 

「古い知り合いに借りもあるったって、この仕事相当怪しいぜ。どうにもキナ臭いし、あの男まともじゃねぇ。ひと目見たらわかる」

 

 納得の行かない様子で男が警告する。

 

「それでもなのよ。古い知り合いだし、借りもある」

 

 女も乗り気ではない様子で眉を顰めながら答えた。

 

「なぁ、本当にやめておこうぜ。俺はあんたが好きなんだ。死んで欲しかねぇ。あんた俺のプロポーズも愛の告白も何回も断った癖に、あんなジジイの言うことは聞くのかい? 俺だってあんたに貸しはあるぜ」

 

 男の様子は本気のようで、真剣な顔をしている。

 女はそれを聞いて複雑そうな顔をして、

 

「愛してるって、貴方何回言うつもりよ。こんな婆さんを捕まえて……」

 

 と、呆れた様子で手を振った

 

「初めて会った時はまだ婆さんじゃなかった」

 

 男は少し食い気味に反論した。

 

「そっちは子供だった」

 

 女もまた反論し、言葉を続ける。

 

「本気なの? 私のことを愛してるって言った男は何人も居たけど、貴方みたいなのは初めてだわ」

 

 女は昔を思い出したのか感傷的な表情で男に聞いた。

 

「 俺以外に男が居たのか!?」

 

 男は過去に男がいた事に驚き、女に聞き返した。

 

「当たり前じゃない。貴方の前にも相棒は居たし、恋人だって何人か居たわ」

 

 焦っている男を見て、女は笑いながら答えた。

 

「それにしても、本気なのね。まさかここまでとは思わなかったわ。貴方筋金入りなのね」

 

 と、呆れを通り越した、という様子で女が呟いた。

 

「そうさ、そうだとも。俺はあんたを、アリアーヌを愛してる。どれだけ断ろうが無駄さ。そもそも俺をこんなにしたのはあんたの方だ」

 

 男は真剣な顔持ちで返事をする。

 

「本当に本気なのね。でも、今回の仕事については譲歩できないわ。私だってしたくない。さっき話してた時、何回あいつの頭を拳銃で撃ち抜こうとしたと思う? それでも受けなきゃいけない仕事なの」

 

 女は依頼人の話を思い出したのか、眉間に皺が寄る。

 

「……あんたがそうならもう仕方ないのかもな」

 

 不満げな表情をしながらも男は続ける。

 

「なぁアリア、この仕事が終わったら引退しよう。どこか遠くの、別の国に行って余生を過ごすのさ」

 

 男はそう言って女に少し詰め寄り手を取った。

 

「隠居ね……貴方と一緒っていうのが少し不安だけれど、潮時かもしれないわね」

 

 女は男が、不安とはなんだ、と言うのを無視して続ける。

 

「これが終わればもう仕事はないし……いいわ、ジェド。引退してあげる。終わったらまた私に言って頂戴? 愛してるって」

 

 悪戯心なのか、観念したのか、女は妖艶な笑みでそう答えた

 

「本当か!? 本当なのか!? やったぞ! 俺はやったぞ! なぁ式場はどこにする!? あぁ、あんたが俺の意見に賛成してくれたことなんてどこぞのダイナーの不味そうな飯を頼むのを止めた時くらいだったのに!」

 

 ジェド、と呼ばれたその男は興奮して女に畳み掛け、少し後悔してる様子の女に見向きもせず、男はそうとなれば善は急げだ、と言い、上機嫌で車に乗り込んだ。

 女もそれに続きドアを開け助手席に座る。

 

「まだ喜ぶのは早いわよ。生きて帰ってこないとなんだから」

 

 真剣な顔持ちに戻った女がそう告げる

 

「わかってるさ! でもこの喜びをどう収めりゃいいのかわからん!」

 

 男は興奮が冷めぬといった様子で女に答えた。

 男と女は車の中で仕事の詳細を語り合い、準備のために自分達の隠れ家に走り去っていった。

 

 ───────

 ある国の、ある都市のとある広場は、戦場と化していた。

 ガラの悪いマフィアの男たちが何かを叫びながら銃を乱射し、一般人すら巻き込んで殺し合いをしていた。

 原因は明白で、2つのマフィアの長が抗争の和解をするために話し合いをしている最中、投げ込まれたダイナマイトで周りに居た幹部諸共爆破されたのだ。

 怒り狂った双方の構成員は、互いに殺し合いながら、犯人を躍起になって探している。

 

 その弾丸が飛び交う広場の端に止められた車の影に二人の男女がいた。

 銃弾が隠れている車に当たり、上を掠める状況の中、男が喋り始めた。

 

「やっぱりやめときゃよかったんだ! どうせこうなると思ってた! マフィア共に殺し合いをし続けて欲しいからって両方のボス殺すやつがどこにいるんだ!」

 

 そう男はヤケクソ気味に女に尋ねた。

 

「それでもやらなきゃいけなかったのよ。今は愚痴よりどうやってここから逃げ出すかよ」

 

 状況に見合わない冷静さで女が返事をした。

 

「逃げ出すったって、顔も割れてるんだ。向こうが殺し合ってるからなんとかなってるが、こんなとこで見つかったら終わりだぞ!」

 

 そうやって二人が話してる内に、銃撃戦をしているマフィアの1人から声が聞こえてきた。

 

「おい! こいつらだ! 居たぞ!」

 

 不味い、と二人は呟き、男が先手必勝とばかりに手に持ったリボルバーをそのマフィアの頭に射撃した。弾丸は見事に眉間に命中し、マフィアの男は倒れる。しかしそれで他の者達にも場所が割れてしまった様で、流れ弾程度だった銃弾が弾幕と化した。

 

「貴方はほんと無鉄砲ね!」

 

 珍しく女が焦りながら射撃し、その弾丸は見事に命中したようでマフィアが1人倒れた。

 

「仕方ないだろ、どうせその内バレるし、あいつらが銃撃戦してたおかげで数は少ない。今のうちに数減らしてトンズラしよう」

 男の話に女も同意した様子で、2つのマフィアと二人の男女の三つ巴の戦いが暫く続いた。

 

「弾が無くなりそう」

 

「俺もだ」

 

 二人の残弾は少なく、敵は未だ健在。警察か軍が来るのも時間の問題だった。

 

「よし、ダイナマイトを投げよう。 爆発して奴らが怯んでるうちに車で脱出だ。 車は防弾だからまだ大丈夫な筈だ」

 

 敵の数が減ってきたのを確認した男がそう提案する。

 女は男の提案を聞き、首を縦に振り同意した。

 女が頷いたのを見て、男が火をつけたダイナマイトをマフィア達がいる方向に投げ込む。それを見たマフィア達は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。すかさず男は車のドアを開け、女は助手席に回ろうとする。

 

 しかし

 

 パンっと乾いた音がした。銃撃だ。恐らくマフィアが逃げる際に破れかぶれで撃った一発がこちらに飛んできたのだろう。

 その弾丸は今まさに助手席のドアを開けた女の脇腹に当り、貫いた弾丸は助手席のシートに突き刺さった

「アリア!」

 男は叫びながら女を助手席に引きずりこんで状態を確認しようとする。

「大丈夫だから……早く車を……」

 女が掠れた声で言った

「大丈夫な訳あるか! あんたに死なれちゃ困るんだ! まだあんたからちゃんと返事を貰ってない!」

 

 女はそう言って処置をしようとする男の手を払い、叫んだ。

「いいから出しなさい!」

 

 男はその言葉で我に返り、素早く車を発進させる。いつの間にかダイナマイトは爆発して辺りは煙だらけだ。真っすぐ行けばマフィア共には追いつかれないだろう。

 

「あぁ! アリアーヌ! 死ぬな! 医者にすぐ見せてやるからな! あんたは俺の花嫁なんだ!」

 

 女は随分出血している様子で、意識も朦朧としている。それでも男に向かって話し始めた。

 

「ずっと昔から気づいてたのよジョサイア。貴方が私に本気で恋をしてるって。でも、私と付き合った男は皆死んでしまったわ。こんな女が貴方とは結ばれてはいけないって。貴方にはもっといい人がいると思って断ってた」

 

「喋るな! 血が出ちまう! あんた以上の女がいるかよ! だからずっと愛してるって言ってたんだ!」

 

 男が声を震わせながら答えた。

 

「貴方の言うとおりだったわ。こんな仕事、受けるべきじゃなかった。ごめんなさい。こんな私を、愛してくれるって言ってくれたのに、約束、果たせそうにない」

 

 既に意識を保つのが限界な様子で絞り出すような声で女は男に告げた。

 

「やめろ! やめろ! 死なせやしないぞ! 絶対に生きて一緒に暮らすんだ! 式も挙げてどこかの田舎町でゆっくり過ごすんだ!」

 

 血を流す女を横目に、運転しながら男は涙目で叫んだ。

 

「……でも、これだけは言わせて。ジョサイア。貴方を愛してる。当たり前じゃない。好きじゃなかったら、貴方と仕事なんてしてない」

 

 そう言って女は喋るのをやめた。

 

 誰もいない裏路地で車を止め、男は泣きながら女の方を見る。女は安心したような表情で目を閉じていて、胸は既に上下していない。

 足元は血の海だ。

 

「なんで……なんでだよ……! なんで先に行っちまうんだよ! だから言ったじゃないか! この仕事はやめとこうって! なのにあんたは……あんたは……!」

 

 

 その日、誰も居ない裏路地に男の泣き声が木霊した

 

 ───────

 とある国のとある都市、そのどこかの路地で、少女が車を背もたれにしている。眼の前にある古臭い建物をじっと見つめ、落ち着いた様子で何かを待っているようだった。

 

 少女が見ている建物から1人の老齢の男が出てきた。その男は年老いていて、くたびれた様子で少女のすぐ隣に移動し、少女と同じく車を背もたれに、煙草を吸い始めた

 数分だろうか、少し間を開けて少女が男に話しかけた。

 

「ねぇ、ジョサイア。本当にこの仕事受けるの? やめといた方がいいんじゃない?」

 

 少しも表情も変えずに少女は男に訪ねた。

 

「呼び捨てはやめろ」

 

 男は不機嫌そうに顔を顰め、言葉を続けた。

 

「断れないんだ。古い知り合いで、借りもある。今返せないと来週には俺はこの世にいない」

 

 男はそう言い、懐から新しい煙草を取り出し吸い始める。

 

「古い知り合いに借りもあるって言ったって、この仕事相当怪しいわ。どうにもキナ臭いし、あいつはまともじゃない。ひと目見たらわかるわ」

 

 そう少女は少し怪訝な表情で男に尋ねた。

 

 男は煙を吐き出し、それでもだ、と呟いた。

 

「ねぇ、突拍子のないことを言ってもいいかしら」

 

 少女は少し考える仕草をしてから、男にそう話しかけた。

 

「突拍子のないのはいつものことだろ」

 

 男は呆れた様子で答え、言葉を待った。

 

「私、あなたのこと好きなの」

 

 真剣な顔持ちで少女はそう言い放った。

 男は驚いたのか、口から煙草を落とす。

 

「ねぇ、ジェド。私貴方のこと好きなのよ」

 

 少女はそう言って男の方に顔を向ける。

 

「ジェドって呼んでいいのは世界で1人だけだ。その名前で呼ぶな。それにガキは趣味じゃねえ」

 

 男は少し驚いたもののすぐに不機嫌そうな様子で顔を背け返事した。

 

「あら、貴方から先に言ってくれたんじゃない。愛してるって」

 

 まるで悪戯に成功したかような様子で少女は答える。

 

 男は驚愕した様子で、少女の方を向き、呟いた。

 

「いやまさか、まさかそんな筈は」

 

 

 

 少女は、男がよく見知った表情で男を見つめていた。

 

 


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