始まりの舞台はOMORI本編のラストシーン。主人公サニーの言葉と、その後を描きます。
OMORIのストーリーを既にご存知の方は、より楽しんでいただけるかもしれません。
「みんなに、伝えたいことがあるんだ」
サニーの言葉に、彼の友人であるオーブリー、ケル、ヒロの3人が病室の中でサニーに視線を合わせる。3人はもう1人の友人である、バジルが寝込んでいるベッドを囲んでいた。
サニーもバジルも、決して軽いとは言い難いほどの怪我を負っている。改めて右目に眼帯をしているサニーと向き合った3人の中で、オーブリーが真っ先に口を開く。
「ねぇ、サニー……昨日、何があったの?」
それに続いて、ケルとヒロもサニーに声をかける。
「皆心配してたんだからな!」
「サニーも、バジルも……酷いケガだった。気も失ってたみたいで——でも、無事で良かった」
サニーの中で、何かがキュッと引き締まったように苦しくなる。彼の言う伝えたいこと……それは、昨晩のバジルとの喧嘩のことではなく、それはこの場にいる誰にとっても重く苦しいことだったからだ。
「そ、そうじゃない……姉の……マリの、死の本当の理由……」
次第にか細くなっていくサニーの言葉に、その場の空気が一気に凍りついたように冷たくなった。
普段はお調子者で、少しバカで、いつも明るい雰囲気であったはずのケルでさえも、言葉を失っていた。
「ぼ……僕は、発表会の日に……あのバイオリンを壊したんだ。それも、故意にやった。練習も辛くて、当日に上手くできるかも分からなかった」
サニーの肺に息が詰まった。それでも、どうにか声を出し続けようと、呼吸を整えようとする。
「……そ、そして……マリが階段の前に立ち塞がって……ぼ、僕は……マリを、突き飛ばした。膝が悪いことも忘れて。それでマリが階段から、頭から落ちて……死んだ。僕が——殺してしまった」
ヒロの表情が目に見えて暗くなっている。今まで親友だと信じていた者から告げられた真実を前に、マリと恋愛関係にあった彼からすれば無理もないことだった。
「……バジルは、その日は早くから来ていたんだ。……それでも、どうするべきか分からなかった。それで、僕達は——マリの——マリの、死を……偽装した」
オーブリーは目に涙を浮かべながら、顔を真っ赤にして拳に力を込める。しかしながら、震えるその手をサニーやバジルに振るわなかった。
「4年だよ——どうして、どうして今まで黙っていたの? こんなのおかしいよ、サニー……」
「ヒロ、大丈——」
「……ごめん。今は、1人にして欲しい」
ヒロは立ち去った。
オーブリーも立ち去った。
ケルは困ったようにサニーに目線を合わせた。かける言葉も見つからず、すぐに2人の後を追った。
誰も、病室を出る時に振り返りなどしなかった。
サニーはその扉の方へ向き直ることもできなかった。
「バジル」
サニーが重い足取りで、バジルのベッドに歩み寄った時——あざだらけの彼が目を開けた。
「サニーくん……? ここは、どこなの? ——みんなは?」
「終わったよ、全部……全部、伝えたよ……あの時のこと」
「………マリちゃんのこと? そんな、でも、みんなは、君を——」
「きっと、全部うまくいく——でしょ?」
サニーは泣いていた。涙で濡れた顔を、笑顔で飾る。
バジルは、何故サニーが笑えるのか分からなかった。でも、確かにある笑顔を前に、彼の後ろにいる『何か』が消えていくのを見て……バジルはなんとなく、自分の親友が全てを受け入れたことを理解した。
「……はは」
バジルは静かに、笑顔を返した。
* * *
サニーは揺れる自動車の中で、窓の外の景色を見ながら呆けていた。彼がこうなっている時、ほとんどの場合空想の世界に入り浸っているものなのだが、今回は違う。
思い出すのは、あの町で過ごした日々だ。4年以上の歳月が流れたと言うのに、今も色褪せることなく鮮明に思い出せるのは何故なのか。考えてみても答えは浮かばない。ついに新しい家に着いても、それから何日かが経過しても、ずっとそれを思い出していた。
サニーは自身の母親の顔を久しぶりに見た時、彼は表情を崩していないつもりでいたが、母親は
「サニー、何か……少し、穏やかな顔になった?」
母親の問いにも、サニーは答えない。無口であることは昔からのことで変わり無かったので、母親も笑いかけるだけで、それ以上は何も言わなかった。
「あ、そうだ! オーブリーちゃんがサニーに電話したいって。もう少しでかけ直してくるらしいから、出てあげたら?——あら、丁度かけてきてくれたわ。優しい子ねぇ、お見舞いも来てくれたんだもんね?」
サニーは思わず目を見開いた。一体何を言われるのだろうか? あの時、彼女は怒りで満ち溢れているようだった。受話器を持つ手が小さく震える。今、サニーは威嚇された小動物のように恐怖している。
——これじゃダメだ。
その思考が頭を横切った時、サニーは頭を振ってその恐怖を振り払う。そして、受話器を耳元まで勢いよく運んだ。
『あっ……もしもし、サニー?』
向こうからオーブリーの声がする。サニーは声を出せなくなったが、今電話を取ったのがサニーであることをなんとなく察したオーブリーは話を続けた。
『あのさ……サニー。私、サニーがやったことは、確かに許されないことだと思うんだ』
サニーの息遣いが少し深く、荒くなる。
『でもね。私さ……サニーの気持ちがわかるんだ。あの時——バジルを池に突き落とした時、そんなことをするつもりじゃ無かったし、サニーやヒロが助けてくれなかったら……私、今頃殺人犯になってた』
意外な言葉に、サニーの呼吸が一瞬止まる。
『サニーが全部話してくれた時から、ずっと考えてたんだけど……サニーやバジルは、まだ今よりずっと幼かったし、周りには助けてくれる人もいなかったんじゃないかって思った。だから。だからさ、私は……サニーを、許すよ』
『そうだな。俺やヒロだって、サニーを溺れさせかけた時もあったしな……あん時はマリが助けてくれてさ。俺ら二人揃ってすげぇ怒られたよ。本当のことを聞いてすぐの時は混乱したけどさ……オーブリーやヒロと話し合って、サニーとバジルを許す選択をしたんだ——だろ?アニキ?』
『……サニー。確かに、君がやってきたことは酷いよ。でも、みんな一歩間違えればそれぞれが同じ過ちを犯すところだった。それに、君がその事でずっと苦しんできたこと……そしてこの先もその事で苦しんでしまうこと……きっと、マリが知ったら悲しむと思う。マリなら、許してあげてって……言うと思う。確かにサニーは、一度は進む道を間違えたのかもしれないけど……正しい心は、失っていないんだって、信じてるよ……バジルのことも、ね』
『サニーくん……あの時の僕は——ううん、今の僕も、ずっと無責任で……こんな事になるなんて思って無くて。本当に、ごめんなさい。あの日の夜に……ケガをさせたことも。全部、ごめんなさい……こんな僕まで許してくれて、まだ友達でいてくれるって言ってくれて、みんなや……サニーくんには、感謝しきれないよ。どうか、また、元気でね』
受話器の向こうから聞こえる友人達の言葉に、サニーは涙を抑えられなかった。
僕は……許されても良いのだろうか? これほどまでに素晴らしい友達を持ってしまって良いのだろうか? サニーは幼子のように泣いた。そんなサニーに、オーブリーが最後に言葉を重ねた。
『サニー……いつでも、待ってるからさ……たまには、会いに来てね』
* * *
とある民家の中庭に、やたらと目立つ切り株がある。年輪の中心には風車が刺され、その横には花束とアルバム……そして、植木鉢がある。花束にはヒマワリ、白のチューリップ、色とりどりのバラ、グラジオラスで一杯に満たされており、植木鉢にはサボテンが植えられている。
——そして、その隅にはスズランが1輪。