n徹目の先生がヒナに哺乳瓶でミルクを与える話です。
視点はヒナで、赤ちゃんプレイとかそこまではいきません。

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the night in milk

 ピーッ、ピーッ。

ケトルの電子音が静かな部屋に響く。

先生がおもむろに椅子から立ち上がり、ケトルのもとへ向かう。

缶を開き、計量スプーンで粉末をすくって哺乳瓶に入れる。

 缶と哺乳瓶の間を何度か行きつ戻りつした後、

沸かしたお湯を哺乳瓶に注いでキャップをし、

哺乳瓶の首を持ってゆっくりと円を書くように溶かし混ぜた。

乳白色の液体が瓶の中で遠心力にまかせて波を打つ。

 混ぜ終えると、何処から出したのか水のたまったボウルを用意して哺乳瓶を浸し、

もう少しでできるからねと言わんばかりにこちらに向かって笑顔を投げかけた。

 しばらくして、哺乳瓶を取り出し腕に数滴垂らして温度を確認した先生が

タオルで瓶についた水滴を拭き取り、こちらに歩み寄ってくる。

 

 …結局、先生のなすがままにここまできてしまった。

 

 ピロリン。

いつものように、ひとり事務処理に勤しんでいたときだった。

不意にスマホの通知音がなる。

スマホを取り出し画面を見るとモモトークに一件、先生からメッセージが入っていた。

すぐさまモモトークを開いて内容を確認する。

『ヒナ、今からシャーレに来てくれないかな。』

 はじめに感じたのは違和感だった。

先生は変なところで遠慮がないが、それなりに常識をわきまえた大人だ。

私から連絡したのならまだしも、こんな夜中に自分からシャーレに来させようとする人ではない。

 嫌な想像が頭をよぎる。

もしこれが先生を騙る誰かだったら?

私はそれなりに悪い意味で名が知れている。何処で誰の怨みを買うか分からない身だ。

これは誰かが自分に有利な状況に私を誘い込むための罠で、

先生は脅されてスマホをその誰かに渡してしまったのではないか。

もしそうなら、先生は今危険な状態に曝されているかもしれない。

 時計を見やると、ちょうど11時を指していた。

急いで書類を整理し、荷物を取り集め、消灯して学校を後にする。

DUシラトリ区行きの電車に揺られ、バスに乗り、シャーレ前の通りで降りる。

見上げると執務室には灯りが点いていた。

 ビルの中に入り、セキュリティゲートにスマホをかざしてオフィスに入室する。

足早に執務室へ赴く。

執務室の扉を開けると、仕事机に向かう先生の後ろ姿が目に入ってきた。

周りを見渡す。それらしい人影は何処にも見当たらない。

 先生、と声をかける。

顔だけこちらに振り返った先生を見てギョッとする。

瞳は何処を見ているのか分からないほどに虚ろで、

目の下には焦茶色の隈がこれでもかと広がっていた。

「よかった。来てくれたんだ。」微笑む先生。目尻に皺が寄る。

「…先生。大丈夫?」

「ちょうど良かった。もう少しでお湯が沸くよ。」

なかば遮るように先生が話を進める。会話になっていない。

こちらの声はまるで聞こえていない様子だ。

 ケトルが置いてある棚に目を向ける。

稼働中の電気ケトルとその傍らには円筒形の缶が置かれていた。

謳い文句と一緒に粉ミルクの文字が目に入る。

 当初考えていた不安とはまた別の不安が込み上げてくる。

先生、あの…と話しかけようにも、

ソファで待っててね、や、ヒナこれ好きだもんねとかぶつぶつ呟き、全くの上の空だった。

 

 先生が哺乳瓶を手にソファに座り、促すようにぽんぽんと膝を叩く。

こちらに笑みを浮かべる先生は、しかし目が笑っていなかった。

「先生、何をしているの?」笑顔。

「そんなこと、するわけないでしょう!?」笑顔。

「こんなの、駄目よ。」笑顔。

 何を言おうにもとんと耳に届いていない様子で、先生はソファから動こうとしない。

一切の言語活動を拒絶した、一種の狂気がそこにはあった。

 狂っているのなら。にわかに考えがおりる。

こんな夜分だ、誰かがここに来るとは考えにくい。

先生もこの状態ならたとえ過ちがあっても憶えていないかもしれない。

私以外の誰の記憶にも残らないとしたら。

 何よりも、隠しきれない興味があった。

先生に甘えたい、構って欲しい、そんな欲求を歪な形で叶える条件が今この場には揃っている。

歪で、しかしそれ故に特別な満足をもたらすであろう状況が誘惑する。

狂ってしまえば。私も狂ってしまえば、全てが許される。そんな気がした。

 堅苦しい上着を脱ぎ、近くにあったポールラックにかける。

意を決した私は先生の待つソファに向かった。

 先生の膝に腰かける。ゆっくりと先生の腕が肩に回る。

先生の胸にもたれ掛かるように体を預ける。

かすかに香る先生の匂いが鼻腔をくすぐる。

上を見やると、先生が愛しそうに目を細めて微笑んだ。

目の下の隈が皺む。疲れた顔のせいか、先生はいつもより少し老けてみえた。

 哺乳瓶の乳頭がゆっくりと口元に下りてくる。

雛鳥のように今か今かと口を開けて、口に挟むように吸いつく。

人肌のミルクが口の中に広がり、ほのかな甘さが優しく舌を撫でる。

赤子のように、何処にも逃げないというのに、

必死に舌を丸めて決して離さないようにと吸い続ける。

「ん、ん…。」

時折艶かしい声が漏れるが、それでも構わず吸い続ける。

ごきゅ、と液体が喉を流れ落ちていく音が嫌に耳に響いて聞こえた。

 ちゅぷ。

息継ぎをしようと口を離すと湿っぽい音が鳴った。とても恥ずかしい音。

先生は私が息継ぎをしている間、空いた手で交互に頭と背中をさすった。

温かくて優しい先生の手。安心する先生の匂い。舌に残る甘いミルクの味。

 赤子が一身に受けるはずの無償の愛を、慈しみを、

けれども私は、純粋な欲求を満たすための無垢の赤子とは違い、

歪な欲求を満たすために、恥に塗れながら、しかしそれをかなぐり捨てて享受している。

もはや理性も危うい私は、赤子の皮を被った「なにか」に成り下がっていた。

 もういっそとろけてしまおう。

なにもかもがどうでもいい。めんどくさい。

今はただこの時間がいつまでも続くことを願おう。

 そうやって最後の理性を手放そうとしたときだった。

背中をさすっていた先生の感触が途絶える。

目の前には哺乳瓶を握った先生の手がソファに力なく投げ出されていた。

先生の顔を見ると、安らかな顔つきになっていて、耳をすませば寝息が聞こえてくる。

 途端に我にかえる。

咄嗟に先生の膝から飛び退く。

みるみると頬が火照る。しばらくの間、あたりに沈黙が流れた。

すうすうと寝息を立てて眠る先生をソファに横にして、

棚からブランケットを持ってきて掛ける。

 急いで上着を着直し、逃げるようにシャーレを後にする。

冷え切った夜風も、家に帰るまでに頬の火照りを冷ましてはくれなかった。


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