トリニティ学園の寮の最上階
そこに聖園ミカは居る
最上階といっても、特別質の良い部屋というわけでもない。寧ろその逆だ『部屋を与えられるだけありがたいと思え』そんな声が聞こえてくるような様相である
そんな部屋でありながらも彼女なりに家具をレイアウトし、いかにも『女の子の部屋』といった具合に仕立てられている
そんな部屋で彼女は今大きな悩みに直面していた
『12月18日』
クリスマスが一週間後に迫っている
彼女が自室で眺めているタブレット端末に映っているものは
『絶対失敗しない!クリスマスデート!』
『意中の相手を落とすには!』
『カップルで観に行くならここ!イルミネーション10選!』
等、といったいかにもクリスマスに関わる記事ばかりだ。それも、何れも男女で楽しむという旨の記事ばかり
そんな記事を彼女は何度も何度も見比べたり、読み比べたりして、画面と睨めっこの状態だ
12月に入ってすぐからこの手の記事を読み漁っている、既に目を通したものも繰り返し読んではその度に考えているが、一向に彼女の中では纏まらないらしい
「うーん…先生はどんな風に過ごしたいんだろう…?」
一通り読んではこのように唸るばかりで先に進めない彼女…それもそのはず
「…私なんかが、先生を誘ってもいいのかな…。」
そう、そもそも一緒に過ごす、ということ自体を決めあぐねているのだから先に進める訳もない
もう何度目にしたかわからない記事から目線を外し、カレンダーに目をやる
今日は12月18日、後一週間だ
いい加減に決めなくては他の生徒と予定を入れてしまうかもしれない
そう思っていても、行動に移すことが中々出来ずにいた
『クリスマス、聖夜の特別な一日を先生と過ごしたい』
ずっと頭の中はそれで一杯なのに、どこか後ろめたいような、分不相応な願いのような気がして踏み出せずにいた
そんな終わらない思考を繰り返しつつ、ベッドの上にうつ伏せに寝転がった
クリスマス当日に自分はどうやって過ごしているだろうか。目を閉じて想像するうちに、気が付けば意識は夢の中へ沈んでいった
次の日も、その次の日も、端末の画面を眺めては悩み続けた
そんなことをしている間にも時は過ぎるもので、気が付けば24日になっていた
誰かに相談してみることも考えた
ナギサちゃん、セイアちゃんの二人に聞いてみようか
いや、きっと二人は気を遣った答えを口にするだろう。誘ったらいい、何かを気にする必要なんてないんだと
それは相談ではない、ただ背中を押して欲しいだけの面倒な女だ、分かっている
何時間悩んでも、結局決まらない
私はこんなに優柔不断だっただろうか
「………」
端末に触れ、モモトークを開く
友達リストを開いて、先生とのトーク画面を開く
最後に会話をしたのは先月だ
『ごめんね、忙しくて』
先生のその一言を最後に、トークは止まったまま
指先をゆっくりと動かして、文字を入力していく
『やっほー☆先生は、クリスマス空いてる?もし空いてたら、』
「………」
その先を打とうとして指先が止まる
どういう言葉を使えばいいのか分からない、どうやって誘えばいいのか分からない
今まで何度も、モモトークを介して誘ったことはあるはずなのに、頭の中が纏まらない
画面に打ち込んでいた文字を全て消して、端末を適当に放ると、ベッドに
クリスマスのことを意識し始めてからすっかりこれがルーティンと化している
「…やっぱり、私にそんな資格はないよね」
一言呟き、一筋の涙を頬が伝う
彼女自身、そのことに気が付かないまま、眠りについた
12月24日はなにも行動に移せないまま、終わっていた
目が覚めれば25日、クリスマス当日
普段通りに登校して授業を受ける
授業を受けている最中、昨日を無駄にしてしまったことを後悔している自分に気が付いた
我ながら未練がましい、ただ悩んでいただけなのだから進展するわけもないのに、と苦笑いを零していた
午後の授業を終えると放課後、あとは自分の寮に戻れば今日は一日が終わり
『それでいい』
自分に言い聞かせつつ、校舎を出る
──────。
なにも起こらないまま、クリスマスは終わる
そう考えていた筈なのに
気が付けば足は先生の居るシャーレに向かっていた
「…結局来ちゃった、何してるんだろう、私」
自分のことながら呆れてしまう
当日にこうして訪ねることになるなら、散々考え続けた時間は何の意味があったのだろう
それならもっと早く決めて、行く場所を決めるなり、出来ることがあったろうに
「…よし」
ビルの前まで来て、ようやく決心がついた
どこかで諦めきれない気持ちが私をここに連れてきたのだろう、ここまで来てそのまま帰るなんてあり得ない
断られた時のことは、断られた時に考えよう
いつまでも考えていても仕方ない
────
ビルの中を歩き、先生が居るはずのオフィスの前の扉に立つ
部屋の中は電気がついているのが確認できる
時間は午後7時過ぎ、いつも通り先生が残業をしていたことに一先ず安堵を覚える
『クリスマスデートに誘う』
上手い誘い文句なんてものは考えられていないけれど、今更そんなことはいい
ドアノブに手を掛けようとゆっくり手を伸ばす
目の前にあるドアノブがとても遠いものに感じる
その間にも自分の心臓がバクバクと脈打ち、自分で感じたことがない程緊張していることを自覚する
遠く感じたドアノブをようやく手が届くと、それをひねり、ドアを開けてオフィスの中へ
一歩ずつ、デスクに座っている先生に近付く
仕事に集中しているのか、ドアを開けた音には気が付かなかったらしい
キーボードを打っている先生の斜め後ろに立ち、ようやく口を開く
「…先生」
「…!ミカ…?」
本当に気付いていなかったらしく、驚いた表情を見せる先生
その顔を見たお陰か、さっきまでの緊張の糸が解けていく感覚がする
「先生、聖なる夜だっていうのに、まだお仕事してるの?毎日残業するのは、良いことなのかな?先生が働き過ぎて怒られてるの、私も知ってるんだからね」
「それは…そうなんだけど、でもやるべきことはやっておかないと溜まっていく一方だし…」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、彼女は口を開いた
その言葉にバツが悪そうに後頭部を掻きながら言い訳がましく言葉を返す先生
「ふーん…ねぇ、先生」
「なに?」
「先生は、周りの言葉を無視して仕事を続ける悪い子、だよね?」
「え…そう、かな?悪い子といえば…悪い子…かな?」
肯定するような言葉に、桃色の髪の少女は先刻よりも更に笑みを深める
「…私もね、悪い子なんだ」
「…うん、知ってる」
「今日もね、今から帰っても、もう寮の門限には間に合わないんだ」
「ミカ、それは」
先生が何かを口にしようとする前に、それを遮って、耳元で囁く
「だから…悪い子同士、一緒に過ごそうよ…?」
「…ッ、」
先生は片手で自分の目元を覆って何か考えているようだった
隣に立つ少女はそれを見て、してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべている
少しして、目元を覆っていた手を下ろすと立ち上がり、少女の方に向き直って口を開いた
「…分かった、じゃあ、折角の聖夜だし、ご飯でも食べに行こうか」
「…!本当に!?やったあ!」
「…!?ちょ、ミカ!」
喜びから思わず抱き着く生徒と、それを受け止めながらも慌てる教師
二人しかいないオフィスには少女の楽しそうな声が響いていた