モブウマ娘がハンドラー・ウォルターのところへ来る話【第二部完結】 作:合間理保
有マ。ウマ娘たちの頂点。
夢の大舞台に私は呼ばれた。
私は喜びを胸に抱きながらトレーニングを重ねている。
公式報道が出ると真っ先にやってきたのは620だった。
「621! すごいね!」
出会った頃の彼女の松葉杖は、今ではただの杖になっている。
ウォルターとお揃いだよ、と誇らしげに掲げてきたのが懐かしい。
しばらくきゃいきゃいと話していると、彼女はふと真面目な顔をした。
「621。手を出して」
言われるままに右手を差し出す。彼女は私の手首のあたりを握ってきた。がっしりと、力強く握られる。
「託したよ。621。私たちの夢を、走りを」
視線かぶつかる。私は彼女の腕を握り返した。しっかりと掴みうなずく。
「託された。620。私は勝ってみせる」
ウォルターのために、そして私たちのために。
ふたりで固く誓いあった。
◆
有マ。
晴天。ほぼ無風。気温はこの時期にしてはやや高い。
最高のコンディションだ。
レースを楽しみにしている者たちが集まり、観客席を埋め尽くしている。
その熱気は待機場にまで伝わってきていた。
だがここにいるウマ娘たちはその熱気にあてられた様子はなく、自らの準備に集中している。
ここにいるウマ娘は、皆時代を表すイレギュラーたちだ。全員が自信と闘争心に満ちあふれている。
もちろん私もそのひとりだ。
そばに控えてたウォルターがこちらを見る。
「621。準備は?」
「ばっちりです」
「コンディションは?」
「さいっこう!」
彼はうなずく。
「俺は関係者エリアに行く。620にも俺の同行者のパスを渡している。一緒に見ている。行ってこい、621。お前の価値を証明してこい」
「はい!」
その場を離れようとするウォルターに私は声をかけた。
「ここまで連れてきてくれてありがとうございます。これが私たちの最後の大仕事です」
「ああ。無理はするなよ」
私は息を大きく吸って吐いた。
「すべてを出しきります。ここが、私の魂の場所です」
「ああ」
小さく応えて彼は出ていった。
しばらくその背中を見送っていると、私に声がかかる。誰だろうとそちらを見てみれば、濃紺のウマ娘がそこにいた。
「やあ。壁以来だな。また君に会えて嬉しいよ」
相変わらずキザったらしい。余裕のある立ち居振る舞いだが、その目はたしかに燃えるような光をたたえている。
「久しぶりだね。あなたもここに来るウマ娘だと思っていた」
「光栄だな。それは」
ややあって、彼女は大きく息を吐いた。鋭い視線でこちらを貫く。
「言葉に意味はない。私の意志は、私の走りで証明してみせよう」
「勝つのは私だよ」
それはどうかな、と笑みを浮かべて彼女も去っていった。
壁の時計に目をやる。ちょうど分針が頂点を指すところだった。
時間だ。観客席のほうからひときわ大きい歓声が上がる。
頭のなかで幻聴がちりちりと鳴く。
頬を挟むように叩いた。
ひとり、またひとりとウマ娘たちがターフに向かう。
「行こう」
私もターフへの一歩を踏み出した。
有マ、開幕
今こそ歴史に名を刻む時である。
◆
ウマ娘の名前がアナウンスされるたびに歓声が上がる。私たちに振り注ぐそれに、ある者は手を振り、ある者は優雅に一礼をし応える。もちろん全く気にしない者もいる。
私の名前が呼ばれる。両手を軽く広げ応えた。
出走者がゲートに入る。私たちの闘志にゲートが軋む。
誰もが、目を見開き、歯をむき出しに笑っている。まるでこの場こそが生涯だとでも言うように、まるで走ることがすなわち生きることだとでも言うように。
私を含めた皆が、頂点に立つのは自分だと確信しているのだ。
全員がゲートに着き、静寂が訪れる。
心臓の音が小さくなっていく。視界が明瞭になっていき、そしてゲートが開いた。
スタートダッシュ。
最初の短い直線。少しでも優位な位置を取ろうと、まずはややハイペースでレースに入る者が多い。有マの最初のコーナーはすぐだ。始めの位置取り次第でこの後の展開の明暗を分けかねない。
私にしてはいいスタートがきれたのだが、周りはすべてイレギュラーだ。私以上のスタートをきめている。結果、私は集団中央に着く。
いつも通りだ。問題ない。
私の力の見せ所はここからだ。
首を振らず周りを見渡す。
そこかしこで体をぶつけんばかりの闘いが起こっている。しかしそれもすぐに落ち着く。コーナーに入れば、みな位置取り争いよりも長期的なレース戦略を優先したようだ。
私は左右に細かくステップを踏む。陽動だが、一部のウマ娘が引っかかった。一歩、私の支配が強まった。
レースをコントロールするのは、私だ。
やってやる。ここは私の檻だ。
中央で私はせわしなく辺りの様子を把握していった。
コーナーを抜け、直線に入る。急こう配の登りのあるそこは、一つ目の鬼門だ。ペースが落ちすぎても、勢いに乗りすぎても後半がきつくなる。
だからこそ、私の支配が活きる。周りの想定しているペースをかき乱すのだ。
が、しかしうまく行かない。
ここにいるのはイレギュラーなのだ。我が道を行くことだけを考え続ける特異点たちなのだ。
私の作った檻が、すべてを焼き尽くす暴力とでも言わんばかりのイレギュラーたちに軋みを上げている。
このままでは私の支配が破られてしまう。
そしてその瞬間はあっさりと訪れた。
登りがあれば、必然下りもある。そこでひとりのウマ娘が吼えた。
彼女は下りの勢いに乗りスピードを上げる。私の想定していなかった動きだ。
それに合わせてレースが動きはじめた。
私の支配が、破られた。
私は彼女のペースについていく。集団の中で打つ手を探す。だがそれは見つからない。レースは完全に私の手を離れた。
くそっ、どうすればいい!?
焦りに視界が狭まっていく。耳鳴りが大きくなっていった。
暗くなっていく視界の中で、赤い光が見えた気がした。ちりちりと光るそれは、耳鳴りに呼応するように点滅する。
耳鳴りが大きくなる。まだ大きくなる。
こんな時にっ……!
幻聴はより大きく、より鮮明になっていき、そして、
「私が、あなたをサポートします!」
赤い声が脳裏に広がった。
真っ暗の空間に神経細胞のような赤い声が広がる。
瞬間、私の視界がまた一段広くなった。幻聴が周囲の様子を伝えてくる。
前方、ペースに付いていくのがやっとのウマ娘がいる。しかし彼女は歯を食いしばり、レースについていっている。
後方、私を抜きたがっているウマ娘がいる。慎重に機をうかがっている。
側面はクリーン。
ならばこうだ。
一歩外で足音を立てる。
前方のウマ娘が私に抜かれまいと、やや外側に位置を取り直した。
直後、よろけるように一歩内側へ。
その瞬間を見逃すまいと後方のウマ娘が私を抜きにかかる。
かかった。
私を抜いたウマ娘が前方のウマ娘に引っかかる。ふたりの走路が重なり、ぶつかりそうになる。だが、彼女たちもイレギュラーだ。接触は避けられた。
それでも、わずかな隙が生じる。
その間隙を見逃さず、私はさらに外側にステップを踏む。
前方に赤い声が見えた。
障害となるウマ娘はいない。今こそ機だ。
叫びを上げ、大外から最前列に駆け上がる。
今までの私だったら不可能な加速だ。だがしかし、今の私には赤い声が見えていた。
声が、私の喉に空気を送る。
声が、私の脚を回す。
声が、私の背を押す
幻聴が導く声は、きっとウマ娘たちのものだ。
世代に消えていったウマ娘が、再び走らんと私の周囲を漂っているのだ。
赤い声に包まれ、私はトップに躍り出た。このまま行けば、と思ったその時だった。
「後方! 来ます!」
幻聴が叫ぶ。
「君なら道を拓いてくれると信じていたぞ!」
濃紺のウマ娘だった。
彼女は後方で虎視眈々と勝機を伺っていたのだ。私の作った混乱に乗じて、私に着いてくるように加速してきたのだ。
私と濃紺のウマ娘の追い上げに歓声がいっそう大きくなる。
ふたりで鍔迫り合いをするように先頭で横並びになった。
濃紺のウマ娘と赤い声を帯びる私が、光の尾を引くように駆けていく。
限界を迎えようとするなかで幻聴が大きくなる。ついに私は幻視した。
その世界に、空はなかった。
灰に包まれた世界で、赤い声とともに私は塞がれた空を目指す。
ここは名もなきウマ娘達の戦場だ。満ちているのは空を目指し、そして届かなかったウマ娘たちの声だ。
塞がれた空。その先に、答えはあるのか。分からない。
きっとそれは侵してはならない領域なのだろう。ウマ娘の超越とでも言うべきラインなのだろう。
だけど私はそこに行くのだ。
私と、幻聴という二つのペルソナに導かれるように灰と赤い声が空に向かう。
塞がれた空を破る。そこは星屑振り注ぐ暁の新天地のようだった。星の光で輝くそこにあったのは原始の記憶だ。
ただひたすらに走ろうとした私たちの記憶。
共に走って、勝っても負けても笑いあった記憶だ。
そうだ。
誰もが、生きるために走っている。それを得るために走っている。
歓びを! 走り続ける歓びを!
そして今日こそ私たちとウォルターの評決の日なのだ。
勝ちたい。その意思が、全てを変えるのだ。
求めるものは、最強という名の称号!
「お、おお、おおおお!」
叫びを上げ、私は一歩前に出る。限界などとうに超えている。それでも私は確かに濃紺のウマ娘の前に出た。
最後の直線。
勝つのだ。勝って、
「まだだ!」
濃紺のウマ娘が叫ぶ。
「私が、故郷の夜明けを拓いてみせる!」
彼女が私の横に再度並ぶ。
「より疾く駆けるのは、私だ……!」
彼女が私を抜き返す。
デッドヒートに歓声が上がった。
「そんな、このままではっ……!」
幻聴が悲鳴を上げる。
だがしかし、私にそれに答える余裕はなかった。
私の中身はもう空っぽだ。
私の全てを費やしてなお、私たちの歴史の全てを燃やし尽くしてもなお、彼女に追いすがれない。
私はもう、燃え残った灰になってし……
「行け! 621! このレース、制することができるのはお前だけだ!」
燃え残った全てに、火が着いた。
ウォルターの声が聞こえる。空っぽになった体に赤い声が充填される。鳴き声のような赤が響く。
「お、おあ、あああっ!」
濃紺のウマ娘に並び返す。
そしてゴール手前、確かに私は彼女の前に立った。
ゴールの瞬間は一瞬だった。
爆発的な歓声が私たちを迎える。
息を整えるのも忘れて、両手を握りしめて私は吼えた。
「おおおおおおっ!!」
呼応するように歓声が大きくなる。
ようやく息が落ち着いてきた私のもとに不規則な足音が近づいてきた。
「うおああお! 621! 621!」
620が抱きついてきて、私の頭をバシバシと叩く。
621、と彼女は何度もくり返した。
彼女に抱きしめられるまま、私は右手の拳を突き上げた。そしてその人差し指を高々と掲げる。
私が頂点だ。
拍手と歓声が地鳴りのようにあたりを包んだ。
「621」
ウォルターがやってくる。私と620は彼の方に向き直った。
「ウォルター、やったよ。私は有マの頂点に立った」
「ああ、よくやった。621」
「うん。私と、620たちと、ウォルターのみんなの勝利だ」
私の横顔を620が見つめている。私はウォルターをじっと見つめた。
「ねえ、ウォルター。私たちはやり遂げたよ。あなたのもとのウマ娘たち全員でやり遂げたんだ。全員の走りが実を結んだんだ」
私は620と手を繋ぐ。ふたりでウォルターの瞳を見て、
「これでも、あなたの灰はまだ晴れない? これでも、あなたの仕事はまだ続く?」
その言葉に、ウォルターは少し目を見開いて、それから。
それから、目の端と口元をわずかに緩めた。
「ああ、621。仕事は、終わりだ」
みなさま最後までお付き合いいただきありがとうございました
途中更新とだえちゃって申し訳なかったね!
ラストは決めてたんだけどそこまで持っていくのがまじで難産でえ…
それでも最後まで書き切れたのは読者のみなさまのおかげです
ほんとうにありがとう
感想をくださったり評価くださったり、もちろん読んでくれることそのものが大きな力になりました
何か書いたら読みに来てくれるとうれしいです
ではまた