たろいも!   作:タロちゃん好き好き親衛隊

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何とかGWに間に合ったな! エタってないよ!
プライベートな話をするのは好まないのですが、匿名なのでここで説明を。

仕事!育児!家事!イクメン!以上!

慣れてきましたが自分の時間がかなり少ないですね。
文字数減らしつつ月一投稿できたらと思います。



あのおんな

 

 タロにお説教をして頂き、ナンジャモの臀部を堪能した俺は、これまでに無いほどスッキリしたのは言うまでも無い。心機一転、愛しのタロが望む優等生になる為、朝早くから校長室──ベルちゃん先生の元へと訪れていた。

 

 相変わらずダンディーなおヒゲだぜ。きっとリーゼントが似合うんだろうな。俺の直感がそう告げている。

 

 歴史あるアカデミーの校長室。どこと無く緊張感のある空気が漂う中、俺は案内された椅子に座り、神妙な面持ちで口を開く。

 

「……ベルちゃん先生。俺も噂には聞いていたのですが、このオレンジアカデミーがスター団と呼ばれる悪の組織の巣窟となっているのはご存知ですか? ……団と名の付く組織の恐ろしさを俺はよく知ってます。ロケット団然り、ギンガ団然り。奴等の極悪非道なやり口を嘗めていると、このアカデミーも乗っ取られますよ」

「スグリさん、スター団の件については解決済みですので、心配なさらずとも大丈夫ですよ」

「いえ、カルサイトですけど」

「あなたがスグリと呼ぶように言っていたのですが」

「え?」

「え?」

 

 ん? そうだったか? 俺はカルサイトである事を誇りに思っているので、そんな事は無いと思うんだが。

 

「しかしですね、俺は見かけたんです。カタギとは思えない風貌と笑顔の裏に隠された只者では無い威圧感。口調こそ砕けていたものの、喋る内容は常軌を逸している男性──セイジ先生を」

「セイジ先生は温厚で真面目な先生ですよ」

「更にはポケモンリーグにハッキングをし、電子通貨を偽装する極悪人も確認しています」

「……その件はあまり口外せずにお願いします」

「しかもですよ。一部の生徒は許可も得ずにパルデアの大穴へと飛び込んだ上、数多くのポケモンを捕獲したと聞いています」

「貴方も無許可でスナノケガワを大量に捕獲したと聞いているのですが……」

「あれはナンジャモの成れの果てです。安心して下さい。ナンジャモの飼い主として、俺がしっかりと供養します」

「……そろそろ真面目な話に戻っても良いかな? 僕って暇じゃないんだよねー」

 

 んだよ。良いところなのに。

 

 当たり前のように校長室にいたシアノ先生に横槍を入れられ、少し萎えた俺は背筋を正して座り直す。

 せっかく忠告をしたのに、噂のカシオペアの手によってアカデミーが占領されても知らないからな。クソダサいヘルメットを被ってクソダサいポーズで挨拶する教育機関になったら笑ってやる。

 

 俺が口を閉じた事で本題に入れると思ったのだろう。シアノ先生は帽子を被り直しながらニヤけた口を開いた。

 

「オモダカさんから聞いてると思うけど、アカデミーに関する事なら僕からも話を通しておくのが筋だと思ってねー。それと相談したい事もあるし」

「実はこの度、みんなのアイドルと名高いカルくんが結婚する事になりまして……」

「それはおめでたい事ですが……随分と急ですね。お相手はどなたですか? アオイさんでしょうか?」

「校長の耳にまでアオイちゃんのラブコールが伝わってるのは恐怖なんだけど」

「アオイさんから結婚式場探しのご相談をされまして」

「何やってんだあいつ」

「カルちゃんって顔だけの男なのにモテるよねー」

 

 シアノ先生の戯言は兎も角として、行く先々で既にアオイちゃんが動き回っているのは恐怖を感じざるを得ない。

 しかし俺とタロの式場を探す為……とは考え辛いな。かと言って俺とアオイちゃんが挙式するのはどう考えてもおかしな話だ。

 

 俺は顎に手を当てて少しだけ考え込む。アオイちゃんの行動力は、俺如きがケンタロスと呼ばれているのが恥ずかしいと思えるほどの異常さ。

 加えて超攻撃的な思考回路。タマンチュラにコライドンの『アクセルドライブ』で木っ端微塵にするアオイちゃんにしては、大人し過ぎると言えた。

 

 そこから導き出される答えは一つ。

 

 俺とタロの結婚式を阻止しようと、式場を次々と破壊していくつもりなのだ。

 

 その真実に気が付いた俺は愕然とする。最早、後手に回ってしまった俺の未来設計図は泡沫のように消え去っていく。今頃、パルデア地方の各式場がアギャスドンによって更地と化してしまっているだろう。

 

「まさか心理戦が既に始まっていたとはな……」

「貴方の中で一体何があったのですか?」

「……で、話を戻すけど。カルちゃんと新チャンピオンの交流戦を明日アカデミーで開くのが決まったからバトル場を借りたい……と言うより、借りるから宜しくねー。大々的に広告も打ってるから一般人の観客も多いだろうし、普段とは状況が異なりそうだからさ」

「ええ、構いませんよ。事情も聞いていますので。……尤も、決まる前に連絡が欲しかったですが」

 

 街角ジェントルさん……貴方も苦労人なんだな……。

 

「……アオイさんは手強いですよ。僅かな歳月でチャンピオンクラスへと到達したのもそうですが、何より未だに成長し続けているその向上心と不屈の精神。並大抵の実力では場を盛り上げる事も出来るかどうか……」

「俺だって毎日筋トレしてますよ。対アオイちゃんを意識して、モンスターボールをトレーナーにぶつける練習もオモダカさんでしました」

「アオイさん並みに恐れ知らずの方だと言う事は私でも理解出来ました」

 

 いやいや……そんな呆れたような目をしてるけど、俺とアオイちゃんじゃ雲泥の差だぞ。犯罪だろうが一瞬たりとも躊躇しないメンタルに勝てる筈が無い。

 

「でも実際、カルちゃんも凄腕トレーナーなんだよねー。なんて言っても常勝無敗のこの僕に初黒星を付けたんだからさ」

「あの時のシアノ先生は酷かったね。初めての敗北が受け入れられずに自暴自棄になってさ。ホテルグランドレイクで浴びるように酒を飲んでぶっ倒れて……見てて辛かったよ。もうポケモンなんて信じられないなんて言い出したシアノ先生が、素手でバトルタワーに挑んだのもそんな時だったなぁ……」

「しみじみとカスリもしない嘘はやめて欲しいかな」

「……あ、嘘なんですね」

 

 俺が澱みなく喋るものだからベルちゃん先生が信じていて笑える。

 まぁ実際には嬉しそうに拍手してただけだからな。今思えば本気だったのかさえ怪しいし。妙に新生教育機関に勧誘してくる不審なおっさんとしか思ってなかったからなぁ。

 

「でも一つ懸念があるとしたら、当時のクールなカルちゃんの面影が微塵も無い事だねー。……無表情で見つめる無機質な目線。勝ちをもぎ取る為に一挙手一投足から情報を得ようとしていたあの貪欲さは何処に消えたの?」

「今は亡き、母のお腹の中さ……」

「そう言うブラックジョークはツッコミ辛いから止めてよ」

「ふっ……今の俺には勝敗の結果が全てじゃない。タロを愛し、そして愛される未来に向けて着実に歩を進める──そう。いずれはヴァージンロードまで繋がっているその道を、ただひたすらに進むのみ」

「その道は崩落寸前って聞いたけど?」

「その時はゼイユを踏み台にして更なる高みへ向かうだけさ」

「伝えとくねー」

 

 伝えとくねーじゃねえんだよ、止めろ。俺の発言は冗談でもゼイユの暴力は冗談じゃねえんだよ。

 

 それに万全を期す為に作戦は練ってある。秘中之秘たる手の内を晒すのは少しばかり躊躇するが、俺は覚悟を決めて、丁寧に梱包されたその秘策を机に置いた。

 

「……昨日、ナンジャモとのイチャイチャ大穴デートを完遂した俺は、嫉妬に狂ったタロとアオイちゃんにこってり絞られてね。……あ、性的な意味じゃなくて油の方な」

「そこは誰も疑問に思ってないから。と言うか君、完全に旅行感覚で満喫してるよね」

「本当ならアカデミーでミモザ先生とえっちな保健体育をする予定だったんだが、悪ふざけが過ぎるとブルーベリー学園の評価が落ちてしまう。それは心を入れ替えた優等生の俺としては宜しくないだろ?」

「ミモザ先生をいかがわしい人にしないで下さい」

「ちなみに今朝方に医務室へ向かったんですけど、誰もいませんでした。月刊オーカルチャーに書かれていた存在と鑑みると、ミモザ先生は都市伝説なんですか?」

「今日は公休日ですよ」

 

 マジかよ、タイミング悪過ぎだろ。このままじゃ保健体育の単位落としちゃうじゃん。

 

 俺は失意のどん底に陥りながらも、梱包されたその秘策の蓋を開ける。その中身は未開封の瓶詰めた錠剤であった。

 

「そこで俺は早急にパルデア地方の街を飛び回り、ラッキーズへと向かったんだよ。……想像以上に手間取って、何とかこれを見つけて帰宅した頃にはもう日が昇る直前だった」

「……で、それは何なのー?」

「ポケモン専用の強力下剤。今から料理に使ってアオイちゃんとコライドンを『ひんし』にさせようかなって」

「没収しますね」

「俺の努力の結晶が……!」

「努力の方向が間違っています」

 

 そんな……寝る間も惜しんで移動しまくってたのに……快適なイワパレスの上だから半分寝てたけどさ……。

 

 俺はベルちゃん先生の横暴さに思わず頭を抱える。お披露目した秘中之秘を取り上げられてしまったら、この過酷な大移動の成果はチャンプルタウンのジムバッジのみになってしまう。

 

 しかもこのジムバッジ、別に欲しかった訳じゃない。と言うかいらない。マジでいらない。

 移動しながら飯でも食うかなーって思い、ふと入った宝食堂で焼きおにぎりを注文したら、唐突にジムバトルが始まったのだ。

 本気で意味が分からなかった。注文した時に『……もしかしてチャレンジャーかな?』って聞かれたのに対して『あぁ、勿論。人生はいつでもチャレンジ精神さ』って答えたのが悪かったのだろうか。

 

 さっきまで座席に座って食べていた人達は何処へ消えたのか、気が付いたらバトルコートが出現していたし。ド派手な装置なのは良いけど、一般市民の食事の邪魔をするのは頂けない。

 

 すると、程なくしてアオキさんが登場。驚いた顔でこっちを見てたけど驚きたいのは俺の方だよ。なんで意図せず顔見知りと出会うんだよ。

 とにかく急いでいる最中だったし、丁度手持ちにノーマルタイプと相性の良いヤツがいたので、手加減も無しに『インファイト』と『しんそく』でフルボッコにして終了。是非も無い。

 そして俺はバッジを受け取り、『焼きおにぎり代よろしくー!』と言って早々に立ち去った。

 

 とんだ無駄足である。いや無駄では無かったんだけどとても痛いタイムロスだった。

 タイムイズマネーをモットーとする俺が焼きおにぎり如きで納得すると思わないで貰いたい。アオキさんの机も必ずカキツバタで埋めつくしてやる。

 

「ベルちゃん先生、アオイちゃんへの対策で一分一秒が惜しい俺に半日を掛けた成果を取り上げる行為。それはあまりにもアカデミー贔屓が過ぎるのではないでしょうか?」

「確かにアオイさんはアカデミーの生徒である為、多少なりとも贔屓をしています。……が、私は正々堂々とした対等なポケモン勝負をして欲しいのです」

「俺も下剤を飲め……と?」

「ある意味対等と言えますが、そうではありません」

「なー、俺を贔屓にしているシアノ先生からも抗議してくれよ」

「君は強いんだから最初から真面目に戦えば良いじゃないの」

 

 クソ、俺がナンジャモとイチャイチャラブラブ大穴デートをしたせいで、ナンジャモガチ恋拗らせおじさんが不貞腐れてやがる。まるで使えねえおっさんだ。

 

 こんな事ならば超強力な下剤なんて買わずに、『パルデアの大穴に行ってきたぞよー!』なんてゲリラ配信していたドンナモンジャTVに突撃するべきだった。

 

「そうそう。それともうひとつ頼みがあってさ。……実は僕のところの生徒が3人ほど遊びに来るみたいでねー。せっかくの機会だから、オレンジアカデミーの見学と少しばかりの滞在をお願いできないかなーって」

「は? 俺から大金を奪っておいて、ゼイユはホテル代まで渋るのかよ。やだねー、田舎生まれの守銭奴は」

「タロちゃんからの提案なんだけどねー」

「流石はタロだ。異文化交流で知見を広げる聡明さに加え、家計管理能力の高さを俺に見せつけて主婦力をアピールするあざとさ。可愛過ぎる。結婚したい」

「ゼイユちゃんとタロちゃんに一体なんの差があるって言うのさ?」

「愛嬌」

「それは大きな差があるねー」

「シアノ先生、自分の生徒に向ける言葉では無いかと思います」

 

 いや、シアノ先生は間違ってない。カキツバタ然り、ゼイユ然り、ブルーベリー学園で貶される奴は貶されるだけの理由があるのだ。

 それにゼイユに愛嬌があったら全身が粟立つのは明白。ゴーリキーの『あまえる』や『メロメロ』なんて一体誰が見たいと言うのだ。

 

 そんな俺とシアノ先生のやり取りを傍観していたベルちゃん先生であるが、何かしら問題があるのだろう。少しだけ眉を顰めながら首を横に振る。

 

「……しかしですね、アオイさんがチャンピオンクラスに到達して以降、これまでにない程に編入生の数が増えていまして。私としては受け入れたいところなのですが、3つもの空き部屋が確保出来るかどうか……」

「ベルちゃん先生、俺から提案があります。……タロは許嫁である俺の部屋で宿泊してもらい、ゼイユはエリアゼロ出身なので帰省。カキツバタは同郷のハッサク先生の家に監禁。……どうでしょうか?」

「問題だらけだと思いますよ」

「え、ハッサク先生に何か問題があるんですか? まさかカキツバタに淡い恋心を……?」

「違います。そもそもアカデミー寮の規則として、夜間はどのような理由であれ、異性のフロアに入る事は厳重な見張りの上で禁止されています。皆、親御さんから預かった大切な生徒ですので」

「え?」

「え?」

「まぁブルーベリー学園は基本的に生徒の自己責任。そう言った規則はないからねー」

 

 別に異文化のギャップで驚いたとかじゃないんだが。厳重な見張りが居ると言っているのに、ネモとアオイちゃんが俺の部屋に突撃してきたのに驚いてんだよ。

 

 詳しい規則なんて知らないが、ネモはまだ時間ギリギリだった可能性は否めない。だがアオイちゃんはどう考えてもアウトだろ。

 いやそもそも部屋の鍵を勝手に開けてる時点でアウトだった。気が付けば布団も日に日にアオイちゃんの匂いが濃くなってるし絶対勝手に使ってる。

 

 完全にアウトローである。やはりこの独裁国家オモダカ帝国は完全な無法地帯であり、実力こそが正義なのであろう。

 チリちゃんが肩パッドをしながらブロロロームに乗っていると噂もあるくらいだしな。するなら胸パッドだと思うんだが女心は複雑だから仕方が無い。

 

 とは言え、ここでベルちゃん先生に報告したところで、アオイちゃんがどうにかなるとは思えない。天災だから仕方が無いと諦める事にして、俺は目先の同居生活に集中する事にした。

 

「昨今、話題となっている性差問題に率先して取り組むパルデア地方。特に多様性に向けて男女の差別化を無くしたアカデミーには感銘を受けています」

「そ、それはどうも……?」

「……と、すればですよ。男女と言う括りで規則を厳罰化するのは、本来のあるべき姿から大きく掛け離れた古臭い考えだと思いませんか? 目を向けるべきは心の在り方。魂にこそ、本当の性別が宿っているんです」

「でもカルちゃんって心の性別も男じゃないの」

「私は女の子よ」

「気持ち悪いから急に裏声で喋らないで欲しいかな」

 

 か細い声で女の子を装ったのになんて差別的な発言なんだ。学術機関の責任者として有るまじき姿である。

 

「そうやって本人の意思を無視して何が多様性なんだよ。仮に俺が男だったとしても、もしかしたらタロの心の性別が男かもしれないだろ? そう言った多角的な視点から物事を見て判断をしなければ、真に性差問題を解決したと言わないぞ」

「それだと言った者勝ち、という事になってしまいますので、規律は規律として線引きしているのです」

「ベルちゃん先生、選択肢を狭めて性差を無くすのは本当に多様性のあるべき姿なのでしょうか? ……多くの選択肢から個々が自由に選べる状況こそが、真に性差問題を解決出来る理想だと思うのです」

「本当に君って口を開かせれば誰よりも達者に喋るよねー……」

「……確かに言ってる事には一理あるかと思います。ですが、一朝一夕で規則を変えられるほど、私に決定権はありません」

 

 マジかよ、何の為に俺が真顔で熱弁したと思ってるんだ。

 所詮は雇われ校長と言う事なのだろうか。オモダカさんの顔色を伺いながらゴマをすらなければ、規則のひとつも変えられないとは悲しい傀儡のような存在である。

 

 ベルちゃん先生の決定権の無さに俺の熱意はすっかり冷め切ってしまったので、背もたれに体重を預けてだらしなく座った。

 

「……分かりました。オモダカさんの了承が必要だと言う事なら諦めます。仕方ないからタロは俺の部屋と言う事で結論付けましょう」

「全然諦めてないじゃないの。と言うかタロちゃんが納得しないでしょー?」

「こう言うのは先に手を打っておけばタロだって渋々納得してくれるもんなんだって。……例えば俺がアオイちゃんに下剤を飲ませるのを計画したとする。そうすると責任感のあるタロは事件を未然に防ぐ為、必然的に俺の抑止力にならざるを得ない。後はその役目をシアノ先生から指示してくれれば、磐石の態勢で2人きりのいやらしい空間が出来ると思わないか?」

「いやらしい雰囲気は想像できないけど、確かに渋々受け入れてくれそうな感じはあるねー」

「だから私は認める訳にはいかないのですが……」

「そんな事を言っても知ってるんですよ。ベルちゃん先生とシアノ先生が、2人きりの夜の異文化交流を行っているのを」

「お、良く知ってるじゃないの。昨晩はお楽しみだったんだよねー」

「……シアノ先生、悪ノリするのは止めて下さい」

 

 やはりな。ベルちゃん先生は頑なに否定してるけど、俺の慧眼を欺く事は不可能だ。

 何故ならば、シアノ先生にがっしりと肩を組まれたベルちゃん先生の頬は、赤みを帯びて紅潮しているからである。校長だけに。

 

 妻と呼ばれる人は恐らく虚構の存在。真実の愛に気付き将来を誓い合った2人であるも、教育者を目指す立場上、結ばれる訳にはいかなかった。

 故に彼等は学術機関のトップへと立ち、姉妹校と言う名の強固な絆で繋がっている。

 

 交流の名目で堂々と逢瀬を満喫しているのが、確固たる証拠と言えよう。

 

 『シ、シアノ先生……そこは……!』『綺麗なトリックフラワーじゃないのー』なんて蜜月な時を過ごしているに違いない。

 

 想像したらめちゃくちゃ気持ち悪いな。吐き気を催すレベルだ。

 

 急いで口元を押えて何とか平常心を保つ。あと一歩踏み込んでいたら命の危機だった。2人とも『やぶれたせかい』で幽閉されていて欲しい。

 

 必ず慰謝料を請求すると固く誓った俺は、深く深呼吸をしてから口を開く。

 

「……そう言えばシアノ先生。慰謝料で思い出したんだけど」

「え、慰謝料で思い出すとは……?」

「んー? あー……カルちゃんの頭の中はまるで理解出来ないけど、もしかしてゼイユちゃんの旅費の事?」

「そうそう。あの身代金恐喝事件」

「誰も拐われてないじゃないの」

「俺の命が拐われていたんだよ」

 

 あの瞬間、俺の心臓はゼイユの掌にあったからな。いつ『にぎりつぶす』されてもおかしくなかった。通話越しだとしてもな。

 

「教育者の代表として有るまじき行為。シアノ先生の密告から始まったこの事件。まるで俺に非があるかのように虐げられたのを決して忘れてないからな」

「君のせいなんだけどねー?」

「あつまれ、ゴーリキーの里なんて言いもしない事を伝えたり……」

「言ってたけど」

「まるで俺がスグリ君の名を名乗っていたかのような振る舞いを教えて……」

「私でもしていたのは知ってますよ」

「して良い事と悪い事の違いが分からないのか?」

「それはカルちゃんに言える事だからね?」

 

 まるで反省の色が見えない事に、俺は大きく落胆している。歳を取ると判断力が鈍って自らの非を認められなくなると聞くが、まさにそう言う状態なのだろう。

 

「俺はブルーベリー学園の代表であり優等生。つまり俺の行動は生徒の模範的なものであると言える」

「僕はブルーベリー学園の校長。つまり僕の行動はブルーベリー学園全体の基準になる訳だよねー」

「シアノ先生も何を張り合ってるんですか……」

 

 なるほど、一理あるな。まさか俺が得意とするゴーイングマイウェイ理論で返されるとは思わなかった。

 つまりお互いに非が無いと言う結論になる。そうなれば悪いのはゼイユとなるのも当然の回帰であった。

 

 しかし俺に非が無いとなるのであれば、今回の遠征の責任者であるシアノ先生が身代金を担うのは確定的に明らか。ここは男らしく覚悟を決めて大金を払ってもらう事にする。

 

「さぁシアノ先生、ついに最初にして最後の見せ場が来たな。可愛い生徒であるゼイユの旅費を負担する、その男気を見せる時が」

「約束しちゃったし別に構わないけどさー……で、幾らだったっけ?」

「200万円」

「さすがに盛ってるでしょー? 実際は半分の100万円もいかないとして、僕の負担分は50万円ってところかな」

「はぁ!? 減らし過ぎだろ! そんなの赤字じゃん!」

「その反応を見るに凡その金額は合ってそうだから振り込んでおくねー」

「……生徒との金銭のやり取りはあまり宜しくないかと……」

 

 ベルちゃん先生に窘められながらも、お互いにスマホロトムを操作すること数分、確かに俺の口座には50万円が振り込まれる。

 良し、何とか回収する事が出来たな。想定よりは少なかったけど結果として20万円の利益が出たのは大きい。減額される前提でかなり吹っ掛けたのは大正解だった。

 

 この金で俺はスイートルームを押さえる為に、高級ホテルへ片っ端にメッセージを送る。寮でタロとの同室が無理ならば外泊すればいいとの天才的思考。シアノ先生さえ出し抜く俺の計略に抜かりは無い。

 

「では俺は愛しのタロのお出迎えに向かいますので。明日の本番を楽しみにしていて下さい」

「あれ、みんなの部屋割りについてはもう良いのー?」

「情報が古いな、シアノ先生。そんな部屋割りなど最早不要。俺の部屋にカキツバタとゼイユを詰め込んでおけば良いさ」

「ふーん……?」

「……ではこちらで考えておきますね」

 

 訝しげなおっさん達に見つめられながら、やるべき事の決まった俺は早々に校長室を立ち去った。

 

 男同士、密室、校長。何も起きないはずがなく──。

 

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

 

 いかがわしい校長室を離れて野暮用──と言うよりハッサク先生に招集を掛けて、地獄の階段の下でタロと愉快な仲間達を待つ。

 

 一度部屋に戻って身嗜みは完璧に整えてきた。ヘアスタイリングには時間を掛けたし、いつもの服装でもアイロン掛けを徹底。香水も再会の喜びでハグをした際に、微かに漂う程度に抑えている完壁な仕様だ。

 

 現にいつの間にか隣にいたアオイちゃんがくっついて離れないし、くんくんと鼻を鳴らしている。タロが来たら怒っちゃうから離れて欲しいんだけどな。

 

「小生は楽しみですよ。ブルーベリー学園に行って成長したカキツバタくんと、こうして出会える機会に恵まれるとは思いませんでした」

「きっとハッサク先生も驚きますよ。俺が出会った頃と比べても別人のように変わってますから」

「ほほう、それはそれは!」

「まさかあのカキツバタが女の子になってるなんてな……」

「え……カキツバタくんが女性に?」

「ええ、こんな感じです」

 

 そう言って俺は顔加工アプリで修正を重ねたカキツバタの写真を見せる。妙に色白で目元と口元が濃い目のチークとグロスで彩られており、最高に気持ち悪いのが特徴の一枚だ。

 

 別に俺も悪気があってこの写真を持っているのでは無い。腐っても俺とカキツバタは親友。深夜のノリでお互いの顔を気持ち悪く加工して、ゲラゲラ笑っていた時の名残りである。

 アイツの事だから俺の顔加工画像は消しているのだろうが、俺にとってカキツバタとの悪ふざけは大切な思い出。

 皆で共有したくなるのも親友ならではの感性なのは言うまでもない。

 

 そんなカキツバタの姿は微塵も想像していなかったのだろう。ハッサク先生は反射的に引いてしまったようで、少しだけたじろいでいる。

 

 めっちゃ笑える。真顔を保つのが必死だ。カキツバタ、お前の変顔は他の地方でも通用するみたいだぜ。

 

「お……おっほん。……環境が変われば世界を見る目が変わり、そして視野が広がっていくもの。きっとブルーベリー学園での経験は、カキツバタくんの中で燻っていた大切なものを芽吹かせてくれたのですね」

 

 何言ってるんだろうこの人は。

 

 どう考えてもこのカキツバタは気持ち悪いだろ。こんな才能に開花するくらいなら枯らせるべきだ。ブルーベリー学園に行かせるべきで無かったと、ヨクバリス一族は後悔すると思うんだが。

 

「……やっぱりカキツバタさんはカル君の事を……」

 

 スマホロトムを覗き見てきたアオイちゃんも変な事を言い出してるし。俺の為に化粧した姿とかじゃねえから。気持ち悪い事を言わないでくれ。

 

 カキツバタのせいでカオスになってきたな──なんて考えていた瞬間だった。

 

 突如として、空から叩きつけるように暴風が降り注ぐ。風切り音が耳を劈き、膝を折りたくなるような風圧に思わず身体が硬直した。

 

 と言うかせっかくセットした髪と服がぐしゃぐしゃにかき乱されたんだけど。タロに見直して貰おうと気合を入れてきたのに、とてつもなく腹が立つ。

 同時に棒読みの叫び声でアオイちゃんが抱きついてくるし。トルネロス系女子であるアオイちゃんによる現象かと思ったが、そういう訳では無さそうだった。

 

 風に乱されてタケシさん並みのツンツンヘアーになってしまった俺は、怒りに振るえながら元凶であろう空を見上げる。

 

 そこにはカイリューに跨ったカキツバタの姿と、ムクホークに乗るゼイユと愛しいタロの姿があった。

 

 やりやがったな、カキツバタ。こんなところでカイリューになんか乗りやがって。

 人の髪の毛を軽視しやがったてめえは、今度こそ斬髪の刑に処す。その歯磨き粉はテラリウムコアの上に飾ってやるから覚悟しろ。

 

「おー、キョーダイ! 久し振りだねぃ──って、そのトゲピーみてえな髪型はどうしたんよ? ヘアセット初心者みたいで全然似合ってねえなぁ」

「チョゲプリィィィィイイ!! 死ねっピ!」

「うお! いきなりモンスターボールを投げねえでくれって!」

「ギエピー!!」

「どうしますか? 『アクセルブレイク』なら撃てますよ」

「それ本当にカキツバタが死ぬから」

 

 俺が激怒している姿を見てアオイちゃんが真顔で呟く。遊び心が一切見えない冷えきった視線に、思わず俺もふざけるのを止めてしまった。

 

 これは俺がやれと言ったら本気でやりそうな目だ。いや、殺る目だ。ガンギマリ具合はギンガ団のアカギを彷彿とさせる。狂気に満ちていると言っても過言では無かった。

 

 そんな事を考えてる内に、タロと愉快な仲間達が俺達の元へと降下してくる。俺は愛しい姫をサポートするべく、そそくさとムクホークの傍へと駆け寄った。

 

 尚、アオイちゃんは離れずに着いてくる。

 

「さ、どうぞ」

 

 俺は掌を差し出して、タロの着地を手助けしようとする──が肝心のタロは無言で俺を一瞥した後、反対側へとストンと飛び降りた。

 

 …………?

 

 理解が出来ずに一瞬だけ時が止まる。

 

 タロが俺を無視しただと……?

 

 まさかの展開に俺の心はシュンシュンシュルルンションボリンである。

 

 しかし俺はすぐに気が付く。恐らくこの乱された髪型のせいで、俺が愛しのカルくんだと言う事に気が付かなかったのだろうと。

 さすがタロだ。見知らぬ男性から声を掛けられても無視するその警戒心。難攻不落の貞操観念には惚れ直さずにはいられなかった。

 

 そして俺の空いてしまった掌を、何故かゼイユが掴んで降りてくる。

 

 お前の為に差し出したんじゃねえんだけど。だが文句を言った瞬間、俺の腕が引き千切られかねないので黙っている事にした。

 

「あら、殊勝な心掛けじゃないの。あんたも自分の立場ってもんが分かってきたのね。……あ、そうだ。ちょっと移動で疲れたから飲み物をよろしく!」

「そうか、移動大変だったな。戻れ! ゼイユ!」

 

 ゼイユがドヤ顔で生意気な事を言い出したので、モンスターボールを向けてみるも、このポケモンは中々ボールの中に戻ってくれない。

 ジムバッジを集めても言う事を聞くかも怪しいポケモンだ。現にカチッとボタンを押した瞬間に、ボールに戻るどころか拳が飛んでくる始末であった。

 

 勿論、推測は出来ていたので余裕で回避する。

 

「相変わらず生意気な奴でホンットにムカつく!」

「人の金で旅行に来てる奴が言う台詞か?」

 

 自分を棚に上げるスペシャリストの発言は一味違うぜ。

 そんな奇々怪々の化身たるゼイユと言うポケモンが珍しいのだろう。俺の隣にいるアオイちゃんが奇異な視線を向けて口を開く。

 

「……この人が、ゼイユ……」

「……ふーん、この子が通話の時の……あんた、可愛い顔をしてこんな男を好きになるなんて、随分と変な趣味してるわね。間違いなく後悔するから止めた方が良いわよ」

「アオイちゃん、紹介しよう。この女はゼイユ。俺に胸と太ももを触らせた変態──云わばナンジャモを超える存在。得意科目は体育で苦手科目は道徳。見ての通り、残念美人と呼ぶに相応しい女だ」

「次にふざけた事をぬかしたら覚悟しなさい」

「ゼイユが先にふざけた事をぬかしてんだろ」

「あたしのは事実よ!」

「俺も事実だが?」

「……カル君は渡しませんから」

 

 いや俺はアオイちゃんのじゃねえし、ゼイユに貰われるつもりは一切無いんだがな。

 

 だがいつまでもこんな女に構っている暇は無い。俺は髪型を手櫛で戻しながら、慌ててムクホークの反対側へと駆け足で向かう。

 その間、ハッサク先生に捕まっているであろうカキツバタへと視線を向けた。

 

「げ、ハッサクの旦那……!」

「……カキツバタくん……カルサイトくんから聞きましたよ。リーグ部のチャンピオンとして頭角を現したその手腕を。……とは言え、ソウリュウシティにいる間では、色々と打ち明けられない事もあったようですね。……でも大丈夫です! アカデミーにいる間は自分らしく生きられるよう、配慮するのが私たち先生の役目なのですよ!」

「……ん? お……? ありがとうごぜえやす……?」

「しかし功績を残した一方でおじいさま──シャガさんの顔に泥を塗るような行為はいけません。女装や留年は仕方がないにしてもですよ、出席はあなたのやる気の問題でしょう」

「ちょっと待ってくれぃ。旦那、それは誤解ですぜ」

「誤解も何も、リーグ部の部室で怠けているのは知っているのですよ!」

「そっちの誤解じゃねえんですわ」

 

 よしよし、カキツバタはハッサク先生の餌食になってるな。そのまま男泣きをされて鬱陶しく抱き着かれるんだぞ。そしたらスマホロトムで撮影して『おっさんに求愛されるカキツバタ』と、ブルーベリー学園内で流行らせてやるから。

 

 想像するだけで溜飲が下がる思いである。だがそんな2人を相手にしている時間も勿体無いので、チラリと一瞥しただけでタロへと注視した。

 

 だが愛しのマイハニーはそっぽを向いたまま。数日振りの再会にハグのひとつやふたつしたいところなんだが、目を合わせる事さえ恥ずかしがっている可能性がある。むしろその可能性しかない。

 

 可愛い。可愛過ぎる。我が物顔でくっついてくるアオイちゃんに学んでもらいたいお淑やかさである。

 

「タロとは毎日のように通話をしているけど、こうして実際に会うとなると凄い久し振りのような気がするよ。君と会えない日の間だけ、俺の中で愛しい思いが募っていく。愛してるぜ」

「つーん」

 

 は? なんだその態度?

 可愛いの塊かよ。条例違反だ。俺と結婚しろ。

 

 そっぽを向きながら、わたし怒ってますと言わんばかりに頬を膨らませているタロを見て、俺の胸はキュンキュンキュルルンである。

 

 この胸の高鳴りはハグをしなければ収まりがつきそうに無い。そう思って両手を広げて駆け寄ろうとした瞬間、隣にいたはずのアオイちゃんが瞬間移動して俺の前へと立ち塞がった。

 

「危険です! 近付かないで下さい! タロはあざとい仕草でカル君を誘惑しようとしてるんです!」

「な……!」

「悪いなアオイちゃん、俺は既にメロメロ状態なんだ。今更引き返すなんて出来る筈が無いんだよ」

「目を覚まして!!」

 

 振り上げたアオイちゃんの手が俺の頬を貫き、パァンと乾いた音が鳴り響く。

 

 え、急に何なの? めっちゃ痛い。そんなチリちゃんとナンジャモの悪い部分は真似しなくて良いんだけど。

 出会った頃の天使のようなアオイちゃんはどこに消えたんだよ。返してくれ。

 

 さっきまでふくれっ面だったタロでさえ、突然の行為に呆気に取られている。

 意味が分からなさ過ぎて興奮が消え去った俺を見て、満足そうにしたアオイちゃんはタロへと振り返った。

 

「少しでも隙があったらカル君を誘惑しようとして、恥ずかしくないの!?」

「わ、わたしはそんな事をしてません! ……カルくんがちゃんとやるべき事を終えるまで、口を利いてあげないつもりなだけです!」

「え、何それ。無理。死ぬんだけど」

「──! つまり私がポケモン勝負を辞退すれば、タロは二度と口を利かないって事なの!?」

「死ぬって言ってんのが聞こえねえの?」

「あいたっ」

 

 仕返しと言わんばかりに、アオイちゃんの頭部に『からてチョップ』を繰り出したのだが、本人は嬉しそうに笑みを漏らしているだけでまるで効果がなかった。

 

「なぁアオイちゃん。イッシュ地方には独自の文化があって、久しぶりの再会を果たした友人とはハグをする風習があるんだよ。幾らアオイちゃんでも、他の文化を否定してまで邪魔するのは良くないって分かるだろ?」

「あ、そうなんですね! ……じゃあ少し嫉妬しちゃうけど、ちょっとハッサク先生からカキツバタさんを引き離してきます!」

「そう言えばその文化はもう廃止されてる上に、俺はシンオウ生まれだから関係無かったな。呼びに行く必要は無い。止めるんだ」

「でもその文化は良いと思います! アカデミーはブルーベリー学園と姉妹校ですし、ここは異文化交流として、私も毎日カル君とハグをしようかと思うんですけどどうですか!?」

「タロ、助けてくれ」

「つーん」

 

 駄目だ。タロは拗ねたまま会話をしてくれないし、アオイちゃんは脳内変換がいかれてて曲解するし、もうどうしようもない。俺はお手上げだ。

 そしてアオイちゃんがタロへと抱く敵愾心は本物である。気が付いたら呼び捨てにしてるし、口を開けば悪態ばっかりだし。

 その証拠と言わんばかりに、そっぽを向くタロに向かって勢い良く人差し指を向けた。

 

「……タロ! これまで言い争ってきたライバルだけど、お互いにポケモントレーナーならやる事は一つ! 目と目が合ったらポケモンバトル! 戦えばきっと、お互いの事が理解できると思うの! ──だから、私とポケモン勝負しよ!」

「いやパルデアに目と目が合ったらなんて文化は無いだろ。あったらネモがヤバ過ぎる。オレンジアカデミーの生徒は俯きながら過ごす日々を強いられるぞ」

「……良いですよ! わたしだってブルベリーグの四天王なので見せてあげます! ……可愛いが最強ってこと!」

「可愛さで言えばタロの完全勝利だけど、ポケモンバトルは無理じゃねえかな……」

「じゃあバトルコートに案内するね!」

「はい、よろしくお願いします!」

「あれ? 俺の存在忘れ去られてない?」

 

 俺を挟んであれだけ揉めていたのに、ポケモンバトルになれば目の色を変えて意気投合するとは……。

 さすが生粋のポケモントレーナー達である。悪の組織だって険悪なライバル同士だって、ポケモンバトルを通じてお互いを理解し、その結果ひとつで未来を選択を変える程に影響力があるのだ。

 

 ……ん? よくよく考えると、結果を全然気にしてないのは俺くらいか?

 つまりポケモントレーナーは頭がおかしいのだろう。健常な俺が言うんだから間違いない。

 

 あの俺様至上主義でツンデレなグリーンさんだって、グチグチ言いながらもレッドさんを心から認めてるからな。

 でもグチグチ言うのがちょっと多いから『負けポチエナの遠吠えってこんな感じなんすかね』って言ったらぶん殴られた。思わず殴り返したけど俺は悪くないと思う。やっぱりポケモントレーナーに必要なのはフィジカルだと思ったね。

 

 そしてアオイちゃんとタロは、まるで俺の存在を忘れたかのように歩いて行ってしまった。

 

 おかしいな。愛しのタロちゃんと濃厚な時間を過ごすつもりが、まともに会話すらしてない。と言うか四天王の一角であるタロがボロ負けしちゃうと、更にブルーベリー学園の立場が危うくなるんだけど。

 ……むしろ俺としては美味しいんじゃないか? タロの悪手を俺が見事にフォローすれば、いつものカルくん好き好きチュッチュモードに突入する事は必然。ここは良心の呵責に耐えながら、人目のあるところでボロ負けしてくれる事を願っておこう。

 

 とりあえずこの置いて行かれた怒りをカキツバタにぶつけようと思って振り返ったのだが、不精者とハッサク先生の姿が見当たらない。

 

 ……あ、めっちゃ遠くにいたわ。一言も声を掛けずにどこに行くんだよ。医務室か?

 状況から察するに、ミモザ先生の代理はハッサク先生……という事なのだろう。さすがにハッサク先生との保健体育は俺の許容範囲外なので、赤点常習犯のカキツバタに任せておくとする。

 

 云わば保健体育の赤点補習である。校長室と言い医務室と言い、このアカデミーは実に風紀の乱れた教育機関だと気付き、俺は文化の違いに身震いをした。

 

 しかし困ったな。人望が有り余っている俺がこうして取り残されてしまうのは予想外だった。

 残されたのは俺とゼイユのみ。ゼイユがポケモンと計算すれば俺だけが取り残されたと言っても過言では無いだろう。

 

「ねえ、カルサイト」

 

 ムクホークをモンスターボールに戻したゼイユが背後から話し掛けてくる。どうせ碌でも無い事に違いないと確信していた俺は、訝しげな表情をして振り向いた。

 

「この荷物を置きたいんだけどさ、あたしってどこで泊まるか知ってる?」

「あぁ。テーブルシティの北端──オレンジアカデミーの先に山脈があるだろ? そこを超えると大きな穴が空いてるんだけど──」

「誰がパルデアの大穴に行きたいって行ったのよ!?」

「ん」

「言ってないわよ!」

 

 ええ……そんな今更言われても……第3観測ユニットとか言うところに『ゼイユ、ここに眠る』って書いてきちゃったんだけど……。

 

「ついさっき、校長同士が話し合って泊まる場所を決めてたぞ。多分空いてる寮の部屋に割り当てられるだろ」

「寮ぉー……? タロが任せてなんて言うから、てっきり父親の伝手で良いホテルでも押さえてあるのかと思ったじゃないの」

「図々しい奴だな。やっぱり大穴に飛び込んで来いよ」

「うっさいわね! こっちは旅行がメインなんだから当たり前でしょ!?」

「だったら自費で来やがれ」

「何言ってるの? あたしのお金よ」

 

 本当に図々しい奴である。慰謝料と言う点でスグリ君が言うならまだしも、ほぼ無関係のゼイユが言うのは本当に狂っている。

 まぁ旅行気分でアカデミーと交流する気なんて更々ない暴力女は、学内に入れるべきじゃないんだろうけど。

 

 そう考えると、ゼイユがいるキタカミの里で林間学校とか成り立つ気がしない。オレンジアカデミーの生徒が到着して早々、『よそ者がスイリョクタウンに入れると思わないで頂戴。まずは土の味、噛み締めなさい』とか言って喧嘩売りそうだしな。

 そしてバトルに負けたゼイユが『キー! あたしが負けるなんてありえない!』なんて叫びながら、畑の土を本気で噛み締めるのが容易に想像できる。

 

 うーん、流石は奇想天外な女だ。林間学校に来たアカデミー生もドン引きして、半数以上が初日に辞退するんじゃねえかな。

 

 そんな主食が畑の土のゼイユが、期待外れと言わんばかりの顔をしながら、後ろ髪を両手で持ち上げている。

 ちょっとセクシーじゃん。口を開けば台無しだけどな。

 

「……ま、良いわ。お腹が空いてきたし、とりあえず腹ごしらえが先ね。どこか良い店知らない?」

「あぁ。テーブルシティの北端──オレンジアカデミーの先に山脈があるだろ? そこを超えると大きな穴が空いてるんだけど──」

「パルデアの大穴で何を食えって言うのよ!?」

「捕食者の血が騒ぐだろ?」

「手ぇ出るよ!」

 

 そう言いながら既に手が出てるんだよ。俺を捕食すると言わんばかりに襲いかかって来た拳を紙一重で避けたのだが、見事なワンツーパンチで右ストレートが直撃した。

 

「いってえな! 俺の綺麗な顔に傷が付いたらどうすんだよ!?」

「あんたが生意気な事ばかり言うからでしょ!?」

「だったら俺にも殴る権利あるじゃねえか!」

「へえ、出来るものならやってみなさいよ!」

「ほらよ!」

 

 そう言って俺は怒りを顕にしながら拳を振り上げた。その瞬間、少しだけ体をビクッと震わせたゼイユが怖がるようにして目を瞑る。

 

 ふん、甘く見やがって! 俺が女に手をあげない男だと思ったか!?

 

 まぁ本当に手をあげるつもりは毛頭もない。だがやり返すからには倍返しなのが鉄則。その目を瞑った隙を見てバッテンの前髪をセンター分けに変えてやるぜ!

 

 オラ! 屈しろ!

 

 おでこ丸出しの憐れな姿をスマホロトムで撮影をし、俺は悪魔から全力で逃げるように反転して地獄の階段を駆け登る。

 

 そしてタロとアオイちゃんのポケモンバトルを視察する為、オレはバトルコートへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このパエジャ=パルデアとフルーツミックスジュースは頼むとして……あら、このトルティージャってのもパルデアの定番料理みたいね。……カルサイトは何を食べるのよ?」

「何もいらないですね……」

「そう? じゃあガケガニ・アル・アヒージョでも食べなさいよ。あたしも分けてもらうから」

「はい……」

 

 人の身で悪魔から逃げようと考えること自体、烏滸がましい。何故俺は気が付かなかったのだろうか。

 

 身体能力には自信のある俺だったが、ムクホークに乗って先回りしたゼイユに捕まってしまい、荷物持ちのパシリとして連行された。

 首根っこを掴まれていつも通り折檻をされる俺を見て、アカデミーの生徒は写真を撮り始めるし、散々な扱いである。

 

 そしてゼイユと共に訪れたのはテーブルシティのとあるレストラン、バル・キバル。パルデア地方の特有の料理と言えばここと言われるほど定番の店であった。

 

 頭がズキズキして、頬もヒリヒリする。なんだったら口の中が鉄の味に満ちていた。クソ、こんな状況で食欲なんてある筈が無いだろ。ふざけんな。

 

 こんな事になるのならば、俺が負担してでもスグリ君を呼ぶべきだったと後悔する。まさか舎弟がいるかいないかで、こうも獰猛な女になるとは思いもよらなかった。

 

「と言うかあんた、気の利いたセリフのひとつやふたつ言ったらどうなのよ?」

「きょうもすてきなびぼうですね。まるでほうせきのようなうつくしさだ」

「それは事実だけれど……ほら! 服装よ、服装!」

 

 めちゃくちゃ棒読みで褒めたのに皮肉ってのを知らないバカなのか。それとも知ってても気にしない面の皮が厚い女なのか。

 いや、ゼイユの事だし両方だな。バカ面女で決定!

 

 そんな事を口にしたら、運ばれてくるパエリアが俺の顔面にめり込む未来が見えたので黙っておく。

 

 仕方ないので俺はゼイユの言葉に従い、全身を流し見する。言われてみればいつものクソダサいブルーベリー学園の制服を身に纏っていなかった。本人の存在感が強過ぎて全然気が付かなかったわ。

 

 肩パッドをつける為なのだろうか。オープンショルダーで肌を露出させた黒ニットを身に纏い、少し大人びて見える。

 実に似合ってると思うが、あまり褒めると調子に乗るので、これも一切口にしないでおく。

 

「タロとカキツバタは制服なのにお前は完全に私服かよ」

「あんたが素直に褒めないって事は似合ってるって事ね! うふふ! 良いのよ、あたしの美貌に見とれても!」

「はいはい美人ですね」

「うんうん! 素直なのは良い事ね!」

「さっきから皮肉ってのを知らねえの? と言うか俺にとって大事なのはスカートかどうかなんだよ。分かる?」

 

 そう言って俺は座席の下を覗き込んだ──瞬間、目の位置を的確に狙ったゼイユの蹴りが飛来してくる。

 

 あっぶな。間一髪だったわ。ただのデニムパンツなのに殺意高過ぎるだろ。

 

「殺す気か?」

「死にたいの?」

「スカートじゃないのに理不尽過ぎるだろ」

「スカートだったらどうするのよ?」

「顔面を蹴られても見てるに決まってんだろ」

「だったら蹴られても仕方ないじゃない!」

 

 なるほど、一理あるな。今度スカートを穿いた時に試してみたいと思うからよろしく頼むわ。

 

 なんて下らない会話をしている内にゼイユが注文した料理がテーブルに並べられていく。明らかに2人前より多い量なんだけど。俺が払うと思って遠慮無しに頼み過ぎじゃね?

 次々と運ばれてくる料理にゼイユは目を輝かせている。まさに野生のポケモンが獲物を狙う時のようなギラついた目であった。

 

「さすがパルデア地方ね! 料理のレパートリーも多くて美味しそうじゃない!」

「……俺は明日、学園の看板を背負ってアオイちゃんと戦う一大イベントがあるんだけど。こんなところで油を売るくらいなら、タロとアオイちゃんのバトルを見させろっての」

「別に良いじゃないの。あんたって実はかなり強いんでしょ? カキツバタとタロから聞いたわよ。……にわかに信じ難いけど」

「ま、ゼイユ相手なら鼻をほじりながらでも勝てるくらいには強いな」

「……ふーん。そこまで言い切るなんて、興味が湧くわね。ちょっとあたしと戦いなさいよ」

「別に良いけど、ちゃんと鼻の穴を掃除をしてからにしてくれよ?」

「なんであたしの鼻をほじるのよ!? おかしいでしょ!」

「食事中に鼻をほじるとか品の無い奴だな……」

「キィィー! あんたが! 言ってんのよ!!」

 

 食事中にあたしの鼻をほじれと叫ぶなんて、実に品の無い女である。

 

 両拳を握ってワナワナと震えているゼイユを放置しながら、どうせ俺の奢りになるならと運ばれてきた料理に手を伸ばす。

 ……美味いな、ガケガニのアヒージョ。俺は飲まないけど、酒のつまみになりそうな味だ。帰る前に乱獲しておくとしよう。

 

「だけどアオイちゃんはちょっと規格外でなぁ……。色々と準備して先手を打たないと勝ち目が薄いんだよ」

「ふーん、あんたみたいな自信過剰の男が、ねぇ……」

「俺のは自信に満ちてるって言うんだよ。自信過剰はゼイユだろ」

「誰がズルズキンよ!」

「そこまで言ってないんだが?」

 

 理不尽過ぎる『いちゃもん』である。どちらかと言えばその『こわいかお』はワルビアルだと思うぞ。

 

 ゼイユはグチグチと文句を言いながら、俺が食っていたガケガニのアヒージョを掻っ攫って食い始める。人の食いかけとか気にしないのか、と思ったけど、スグリ君から奪い取るのが日常なんだろうなと思えば違和感は無かった。さすがはブルベリーグの暴君である。

 

「あら、これ美味しいじゃない。残りを貰っていいわよね?」

「はいはい」

 

 まぁ俺も気にするタイプじゃないし、姉弟と言うのはそう言うものかもしれない。俺は奪われたりしなかったが。

 

 バカみたいに飯を食う──いや、バカが飯を食っていると表現するのが正しいだろう。

 

 黙々と食事をするゼイユを見る。節々の所作は欠点が見当たらないほど丁寧だし、身長の割に座高は低くて姿勢も良い。

 顔立ちも並みのモデルよりも整っている。タロやアオイちゃんの可愛いとはベクトルの違う、気品のある美人。

 まさに100点満点の女であった。

 

 そんなゼイユは俺の視線に気が付いたようで、パッと顔を上げる。そしてニヤリと歯を見せながら笑みを浮かべて口を開いた。

 

「もしかして本当にあたしの美貌に見とれちゃった?」

 

 口を開けば-100万点。

 合計-99万9900点の落第女である。

 

「口を開かなきゃ見惚れるほどの美人だとは思うぞ」

「うふふ、そこまで言うならSNSに上げても良いわよ。絶世の美女とランチデートってね!」

「耳腐ってんの?」

「あたしも罪な女よねー! カルサイトにはタロがいるのに、こうして魅了しちゃうんだもの!」

「耳が腐ってんのかって聞いてんだけど」

 

 都合の良い言葉しか聞こえないゼイユの頭と耳が心配になったので、俺は身を乗り出しつつ腕を伸ばす。

 

 そして対面にいるゼイユの耳に指を突っ込んだ。

 

 その瞬間、ゼイユの手にあったフォークが俺の手の甲に突き刺さる。

 

 え? 俺の手の上でフォークが直立してんだけど。すっご。超能力じゃね? ナツメさん超えたわ。

 

「これ貫通してない? 大丈夫? めっちゃ痛いんだけど」

「すみませーん! 新しいフォーク貰えますかー?」

「まずは俺の心配しろよ。それと手加減の知らないゴーリキーは素手で食えよ」

「ナイフもあるけどどうする?」

 

 止めろ。俺の手をボロボロにしてどうするつもりだ。

 

 ほら、呼ばれてフォークを持ってきた店員も俺の手を見て目を見開いてるじゃん。ナンジャモに耳の心配をされた俺でさえそんな事をしないってのに滅茶苦茶過ぎる。

 

 とりあえず出禁になっても困るし、何食わぬ顔で引っこ抜いておく。

 

「大体、あたしにセクハラをしておいて、その程度で済んだだけマシだと思いなさいよ」

「俺はゼイユの腐った耳を心配して診てやったんだよ。ほら、やっぱり指先がネチョネチョしてる」

「それはあんたの血よ」

「鉄の臭いもするな……もしかしてはがねタイプか?」

「だからあんたの血って言ってんでしょ!?」

「良いよね、はがねタイプ。あのゴツゴツとした質感とひんやりと冷たい無機質なボディ。銀色に光り輝く美しさはまさにはがねタイプならではの特徴だ……! そしてパルデア地方も実に興味深いね。テラスタルの結晶が持つテラスタル現象とエネルギーの特異性。一部の地方では同様の性質を持つ土地が開発、発現してるみたいだけど、地方全体に影響を及ぼしているパルデアの大穴にこそ、その石が持つ力の秘密があるとボクは踏んでいるよ」

「は? 誰の真似よ? 気持ち悪いわね」

 

 そっか。俺も聞いたセリフを一言一句違うこと無く言っただけなんだけど、やっぱり一般的な感性で言えば気持ち悪いだけらしい。

 

 ホウエン地方の元チャンピオンとデボンコーポレーションの御曹司って肩書きが無ければ、ただのやまおとこだしな。ゼイユの感想は今度会った時にでも伝えておくことにする。

 

「……ブライア先生も研究対象にしてるけど、テラスタル現象なんて別に珍しいものじゃないでしょ。パルデア地方の規模には及ばないけど、あたしの地元にも当たり前のようにあったわよ?」

「マジで? 確かエリアゼロシティだっけ?」

「スイリョクタウンよ!!」

「山に囲まれたド田舎だろ? アカデミーの裏にも──」

「確かに田舎は田舎だけど、場所的にはあんたの地方とそんなに離れてないわよ!」

 

 そう言ってムキになったゼイユがスマホロトムを操作する。そして世界地図のアプリを開きながら大まかな位置を指し示した。

 

 ……お、マジで近いな。シンオウ地方から見たらカントー地方に行くよりも近い。

 と言うかこんな場所だとブルーベリー学園とアカデミーには遠過ぎるだろ。その上でこんな田舎で林間学校って頭おかしいんじゃねえの? もうちょっと良い舞台があっただろ。

 十中八九、テラスタル関連の話をゼイユから聞いたブライア先生が暴走した結果に違いない。と言うかそうとしか考えられない。胸に栄養が行き過ぎて頭がテラスタルしてしまったんだろう。

 

「へえ、遊びに行ける距離だな。今度帰省した時に顔を出すわ」

「イ、ヤ! なんで実家に帰ってまで顔を合わせないといけないのよ!」

「大丈夫。俺のメンタルはそんなにヤワじゃないぞ」

「あんたの心労じゃなくてあたしの話!!」

「分かったよ。じゃあ勝手にゼイユの実家を探して殴り込みに行くからよろしくな」

「やったらマジで怒るからね」

 

 ふっ、怒られるくらいで止める俺じゃないんでね。ゼイユが不在の間に、俺のコミュニケーション能力で居候出来る関係性を親族達と築いてやる。

 

 そしてお前は俺のお姉ちゃんとなり、スグリ君は俺の妹になるんだよ!!

 

 そんな話をしている間に、空腹も満たされて満足したのだろう。口に食べ物を運ぶのを止めたゼイユはご機嫌な様子でフルーツミックスジュースを飲んでいた。

 

 ……え? なんかどれも半分以上残ってんだけど。残飯処理係かよ。お前の両親じゃねえんだぞ。

 

 とは言え勿体ないので俺が食う事にする。タロちゃんとの間接キスなら胸をときめかせるのだが、所詮はゼイユ。気にするだけ無駄。野良オラチフに噛まれたと思って我慢である。

 

 思ったよりも量が多く、苦しい思いをしながらも何とか完食する。これで食事も終了と言う事なので、俺は席を立ってテーブルにお金を置いた。

 

 多忙な身の俺がゼイユに時間を使うなんて実にバカらしい話だからな。なるべく早く立ち去りたいところ。そして文句を言われてもめんどくさいので、お金は少し多めにしておくのが出来る男の作法である。

 

「それじゃあ俺は用事があるから。後のスケジュールに関してはシアノ先生に聞いてくれ」

「まぁ待ちなさいよ」

「じゃあな、バイビー!」

「待てって言ってるでしょ」

 

 そう言って額に人差し指と中指を当てながら決めポーズ。完璧にグリーンさんを演じ切った俺は背を向けて歩き出そうとするものの、身を乗り出したゼイユに引っ張られて引き止められる。

 

 おいおい、『バイビー!』って言ったら見送るのがルールだろ。レッドさんから教わってねえの?

 

「積もる話もあるし、もう少しだけ付き合いなさいよ」

「話す事なんて無いだろ。……もしかして30万円分揉ませてくれる話か?」

「本気で殴るわよ」

 

 目がマジだったので黙って座る事にした。

 

「別にあたしってあんたの事を嫌いじゃないのよ。むしろ他の男子より評価してると思うわ。……性格はアレでムカつくけど、最初から分け隔てなく接してきてるのあんたくらいだもの」

「知ってる。控えめに言って、ゼイユってバカみたいに態度に出るし」

「全然控えめじゃないわよ! 誰がバカですって!?」

「ん」

「だから指を! 差すな!」

 

 目がマジだったので指を下ろす事にした。

 

 幾らゼイユが憎めないキャラとして確立していても、初対面でこれだと大体の人はドン引き確定だからな。根は悪くないって理解してようやくお騒がせ娘って評価で落ち着くくらいだし。

 でも俺からしたら、こんなおもしれー女を腫れ物扱いするのは勿体無いとしか思えない。初対面から弄ってナンボである。

 1の弄りで100のリアクションが返ってくるんだぞ。最早リアクションのバーゲンセール。見てるだけで面白過ぎる。

 

 だがこの会話の流れに、俺は強い違和感を覚える。ゼイユが意図を持たずして俺を褒めるなんて、天地がひっくり返る──つまりゼイユの得意技である『ちきゅうなげ』をして来なければ有り得ない話なのだ。

 

 俺は訝しげにゼイユを見つめてみるも、当の本人は気が付いていない様子で喋り続ける。

 

「それに友達ができるかどうか心配だった引っ込み思案のスグも、あんたの事は良く話すのよね。あの子が入れ込むなんてホント意外って言うかなんて言うか……」

「へえ、スグリ君が? 陰キャで口下手だから俺が一方的に喋ってるのが多いんだがな。……この前も『学園デビューでもしてみるか?』ってヘアワックスとスプレーでガチガチにセットしてあげたのに、走って部屋に逃げちゃったし」

「スグの部屋に行った時に丁度見たけど、鏡を見て喜んでたわよ。……と言うか止めなさいよ。あたしの弟がイキリ学園デビューし始めたらどうするの?」

「別に良いだろ。ゼイユと同じくらい顔は整ってんだから」

「はぁ? あたしの方が整ってるわよ」

 

 せめてそこは『あたしの弟なんだから当然でしょ』にしとけよ。張り合うなよ。ナルシストここに極まれりじゃねえか。

 

 それに俺とスグリ君はゼイユ被害者の会。尽きる事の無い話題で盛り上がるのは必然である。

 

「……あの子ってスマホロトム持ってないでしょ? だから自室にあるパソコンでしかブルーベリー学園に関するデータのやり取りとか個々の連絡って出来ないのよね」

「あぁ。ブルレクの報告とかめちゃくちゃめんどそうだよな」

「……でね、最近あの子がパソコンに張り付きっぱなしで、しかもあたしが来るタイミングで画面を切り替えて隠すのよ。まー年頃の男の子だし、仕方ないって思ってたんだけど、どうやらやってるのはゲームみたいでね──」

 

 ──その瞬間、俺はテーブルに手を突いて席を立ち、身を翻した。

 

 この流れはマズい。マズ過ぎてナマズンである。

 

 十中八九、ゼイユの言っているゲームとはカキツバタの歯磨き粉が撃ち落とすシューティングゲームである。

 敵がゼイ──悪魔の形をした宇宙人。それだけならばゼイユから責められる筋合いは無いのだが、ボタちゃんのプログラミングに感化され、一昨日の夜にアップデート版をスグリ君にデータ転送したところだったのだ。

 

 結果、敵が撃墜されたタイミングで『キィィー!』と叫ぶ、ボイス入りの名作へと早変わりである。

 

 しかしそれは即ち、宇宙人=ゼイユである事の証左と言えた。

 まぁゼイユの顔写真使ってるからそもそも証左もクソも無いんだがな。

 

 兎にも角にも、俺はテッカニンアオイを超える速度で逃げるしか選択肢は無い。2度目のバイビータイムだぜ!

 

 だが俺が走り出そうとした瞬間、テーブルに置いていた手が掴まれる。それも恐ろしいほどの握力で骨が折れたと思った。

 

 振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべるゼイユがいる。強引に手を開かせて、逃がさないようにと指と指を絡めて恋人繋ぎ。

 

 俺の事が好きなのか? そうかそうか。なら仕方ないな。でも俺はタロが好きだから早く離して欲しいね。俺のしなやかな指が折れたりしたら大変じゃないか。マジで止めろよ、おい。力を込めるな。

 

「──で、気付いちゃったみたいだから、ここで本題なんだけど。あのゲームを作ったのってあんたよね?」

「……ゼイユって手もスベスベなんだな。顔面偏差値も高くて手足も長い。面倒見も良くてまさに完全無欠。絶世の美女と称するに相応しいと思うぜ!」

「知ってるわよ。で、あんたなのよね?」

「……そう結論を焦るなって。ゆっくりとデザートでも食べながら話そうぜ。俺は今、ゼイユの事を褒めたくて褒めたくて仕方が無いんだ──いってえな! 褒めてるところだろうが! そっちに関節は曲がらねえんだけど!?」

「そう言う時にだけちゃんと褒めるのが逆にムカつくのよ! さっさと答えなさい!」

「そんな雑巾みたいに絞るからフォークの刺さった傷から血が滴ってんだけど!? あーあ! テーブルクロスまで汚してるじゃねえか! 『ばかぢから』の馬鹿ってそう言う意味じゃねえんだけどなぁ!?」

「は??」

「おっと……そうだな、まずはゼイユと出会ったあの日について語ろうか。……俺がまだ入学して間も無い頃、タロのストーカーとして精を出していた俺が──あ、精を出していたってのは下ネタじゃなくて──」

「死ね!」

 

 そして俺は死んだのだった。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 

 

「──みたい事があったんだけど。結局、タロとも話せてないし、俺の一日を返せって感じだよな。明日負けたらゼイユに責任があるのは明確。その時は奥の手の7匹目のポケモン、ゼイユマンとして戦わせようと思うんだが、どうよ?」

「イルカマンの『マイティチェンジ』じゃねえんよ。……と言うかキョーダイ、そんなボロボロになってもゼイユを弄るのは止めねえのな」

「逆に考えるんだよ。殴られるだけでゼイユを弄る事が出来るなんてお得だろ?」

「……オマエらの学園はどうなってんだよ?」

 

 ゼイユの奴隷として一日を過ごした日の夜。俺は自室にてカキツバタとペパーを招いて秘密の男子会を開いていた。

 いつもならば俺とカキツバタとアカマツ君による集会なのだが、ここは遥か遠方のパルデアの地。アカマツ君は不在の為、特別ゲストとしてペパーに参加して貰っている。

 

 自らの性癖を暴露したド変態なペパー君のメンタルを少し心配していたのだが、恐らく過度なストレスによって記憶喪失になったのだろう。大して気にしていない様子で俺の部屋に来ていた。

 

 俺と言う共通の友人がいるだけの初対面の2人。軽く自己紹介は済ませたものの、少しぎこちない空気感。

 俺が黙ったらどうなるんだろうと興味が湧きつつも、話題を提供していく。

 

「そもそも、アオイちゃんが俺にアピールし過ぎなんだよな。おかげでタロの機嫌は悪くなるし、再会して早々に連れていかれるし。……なぁペパー、アオイちゃんのダチとして何とかならねえの?」

「アオイはこれと決めたら曲げねーくらいに頑固なとこあっからな。……それに元々天然なとこあったけどよ、オマエと会う前のアオイは明るくて良い子ちゃんだぜ?」

「俺が部屋を空けてる時間帯に忍び込んで、布団に潜って匂いを堪能してるド変態の犯罪者だぞ? 寝る度にアオイちゃんの香りで包まれる俺の身にもなってくれ」

「初耳ちゃんだぜ……」

「それで平然としてるキョーダイがこええよ……」

 

 そうか? 別に痛かったり苦しかったりしないからな。殴られるより遥かにマシだろ。

 

「と言うかオイラも言いてえ事があんのよ。なんでツバっさんが女装趣味の変態になってんのさ?」

「通話越しの僅かな時間とは言え、俺のタロとイチャイチャした輩は地獄に落とすと決めてるんでな。貴様の生き残る道はただ一つ。カキツバ子として生きていくしか無いのだよ」

「……そんな扱いされて、良くダチをやってんな……」

「ダチってのはぁ損得で決めるもんじゃねえんでね」

「そうだぞ。損得だけで決めたらカキツバタに友達がいなくなるだろ。3回も留年しても尚、赤点を取ってる怪物。きのみじいさんが認めるこやし製造機と言えばこいつの事だ」

「あー……似たもん同士ちゃんってか?」

 

 どこがだよ。人をこやし扱いするんじゃねえよ。

 

 俺とカキツバタを見て、どこか呆れたように呟いたペパー君であるが本人は気が付いていない。既にミモザ先生にムラムラする変態として名を馳せており、俺達と同じ立ち位置になっている事を。

 こうして一緒に集まってるのがまさにその証明。俺達はいつまでも親友だぜ、ペパー。

 

「そう言えばタロと新チャンピオンの勝負を見てたんだけどよ、キョーダイの言った通り、アオイって奴の強さは尋常じゃ無かったねぃ。いくらシングルバトルと言えど、タロが手も足も出ねぇのは流石に驚いたっつーか……ありゃ反則級じゃねえの?」

「分かるぜ。近くで見てきたオレでも信じられねえくらいだからな! なんつーか、1戦ごとに強くなってる感じって言うのか? 強くてかっけー自慢の親友だぜ!」

「その口説き文句で抱いたのか……」

「へーえ、そう言う感じの男なんか? こりゃあタロが口説かれるのも時間の問題だねぃ」

「ここで仕留めとくか?」

「抱いてねえし口説かねえっての! と言うか勝手にレッテルを貼ってるカルサイトがキレるのはおかしいだろ!?」

「そこは『うっせえな……オマエ、調子乗んなよ』ってキレ返すところだろ」

「なんでオマエがそのセリフを知ってんだよ……」

 

 何故だか分からないが、いつも通りに会話をする俺とカキツバタに対して、どっと疲れたようにペパー君は肩を落とした。

 俺としてはタロを口説くつもりが無いなら女を侍らそうが好きにしてくれて構わないんだけどな。むしろアオイちゃんを頑張って口説き落として欲しいものだ。

 

 だがそんな事はカキツバタの女装事情並みにどうでもいい。俺は最新アオイちゃん情報を見逃してしまった失態を返上しなければならないのだ。

 

「なぁ、タロとアオイちゃんの対戦動画を撮ってねえの? モニターに出力して鑑賞会しようぜ」

「へっへっへ、キョーダイが欲しがるの思ってちゃんと撮ってあるぜぃ」

「……鑑賞会をしてどうすんだよ?」

「この俺を誰だと思っている?」

「カルサイトだろ」

「そう、全知全能の天才だ」

「話が噛み合ってねえのよ」

 

 そう言ってカキツバタはスマホロトムとパソコンモニターを接続し、動画を再生し始める。間違えてえっちな動画でも流さねえかなって期待してたけど、残念ながら映っていたのはアカデミーにあるバトルコートだった。

 

 取り敢えず戦いの全容を把握するように流れを確認する。

 ……うん、まぁ普通のバトルだな。

 

 教科書通りのお手本とも言える、タロのオーソドックスな戦い方。そんな立ち回りでありながら、可愛いポケモン好きが高じてブルーベリー学園有数の実力。そう考えるとタロって世界的に見ても秀才なんだよな。

 

 とは言え相手は稀代の天才。タロの戦略は悉く上回られた上に、アギャスドンが現れてからはまさに蹂躙だった。

 

 なぁアオイちゃん、タイプ相性って知ってる? ドラゴンとフェアリーだよ?

 まぁタイプ相性だけでトレーナーの腕が覆るほど単純な世界じゃないんだけどさ。

 

 実際、タイプ相性で全てが決まっていたらカキツバタはタロちゃんに負けてるし、タロちゃんはネリネマシーンに負けている。

 

 そして……アカマツ君がチャンピオン……?

 

「ブルーベリー学園崩壊の危機か……?」

「タロの戦いを見てどうしたんよ? ……で、これが2戦目、3戦目な。まぁ如実に実力差が出てきてる感じだねぃ」

「うお……アオイの奴、一段と強くなってやがるぜ」

「胸も一段と大きくなって……」

「なってねえよ!!」

「いや、そのツッコミはおかしいと思うぜ?」

「アオイちゃんに伝えとくのは任せてくれ」

「止めてくれ! ただでさえミモザ先生の件で冷ややかな目で見られてんだぞ!?」

「分かる。ちょっと快感になってくるよな」

「そんな話はしてねえけど!?」

「キョーダイの周りは面白い奴等が集まるから飽きないねぃ……」

 

 まるで自分は違うように話しているがカキツバタは面白い奴代表だぞ。勘違いするなよ。

 

 俺はカキツバタのスマホロトムをポチポチと操作して、自身のスマホロトムに転送しながら、もう一度動画を確認する。気になるところを度々戻しながら俺は事細かに観察していた。

 

 その結果、俺は重大な事実に気が付いてしまう。

 

「タロってもしかして……未来のお嫁さんなのか?」

「おー、そうだねぃ」

「初耳ちゃんだぜ……」

「めんどくさいからって適当な返事は止めろよ」

 

 やれやれ、お前らの目は節穴かよ。俺は対戦動画を停止して可愛過ぎるタロが映るワンシーンを見せた。

 

「例えばこのタロ。顎に手を当てて考えるポーズはあざといながらも可愛さが上回ると言う、極めて計算尽くされた代物だ」

「だからそう言う感想はいらねえんよ」

「初耳ちゃんだぜ……」

「実はこのポーズってバトル中に出てくるのは無意識みたいでな、その時のタロって相手のポケモンの出方を伺う傾向にあるんだよ。……たとえば1戦目のここ。アオイちゃんが攻撃の手を緩めた瞬間、僅かに思考するようにポージングしてるだろ」

「わりぃ。オレはそんな真面目に見てるとは思ってなかったぜ」

「ツバっさんですら気付かねえんだからしかたねえぜぃ」

 

 ふふふ……まったく人をイライラさせるのがうまい奴らだ……。

 

「で、恐ろしいのは2戦目以降のアオイちゃん。その癖を見抜いたのか本能的に嗅ぎ取ってるのか分からないが、顎に手を当てた瞬間に全力で攻撃を仕掛けていた。しかも後半には僅かに時間差を設けていて、思考を切り替える隙を見事に突いている。100点満点で頭なでなでしちゃうレベルだ」

「褒めるならアオイを呼ぶか?」

「興奮し過ぎたアオイちゃんに襲われたらどうすんの?」

「しっかしタロにそんな癖があったなんてねぃ……。へっへっへっ、今度から意識して戦ってみるとすっかね」

「ちなみにタロにはカキツバタの癖は3つほど教えてる。そろそろブルベリーグチャンピオンが入れ替わるんじゃねえかな」

「ツバっさんのアイデンティティを奪わないでくれねえか?」

「仕事をしない自称四天王のチャンピオンなんて交代して当然だろ」

 

 俺が最強の座から叩き落しても良いのだが、俺も俺でリーグ部の仕事をする気なんて微塵も無いからなぁ。

 この男は最強の肩書きだけを欲して我儘を突き通しているろくでなしである。謙虚な俺を見習え。反省して早くカウチソファを買い直せよ、この野郎。

 

 やはりここはブルーベリー学園2番手であるタロに頑張って貰うしか無い。だらけきったカキツバタなどボコボコにして欲しいものだね。尚、勝てる見込みはあまり無い模様。

 

 ──と、男同士で盛り上がっているところだった。

 

 そろそろペパーの一発芸でも見てみたいなと思っていると、俺のスマホロトムが着信音を鳴らす。

 そこに表示されたのはゼイユの名前だった。

 

 俺を殺した張本人であり、私利私欲の為ならば人の命を容易く奪う極悪殺人犯。それでありながら被害者本人に通話をしようとする豪胆さに俺は思わず身震いしてしまう。

 

 なのでペパーに対応してもらうとしよう。

 

「え? オレ?」

「怖いんだ……あの暴力を思い出して夜も寝られないほどに……」

「まだ夜は迎えてねえだろ!?」

「ゼイユは傍若無人だからねぃ……」

 

 そんなツッコミを入れつつも、ペパーは僅かに躊躇いながら俺の代わりに通話を開始する。

 なんだかんだ優しいちゃんだぜ。好きになっちゃいそう。俺もハーレムメンバーに加えてくれよ。

 

「……もしもし?」

『は? 誰よ?』

 

 初手、先制のドスの利いた声に、ペパーも思わずマイク部分を押えながらこちらを見てきた。ゼイユから放たれた見事な『いかく』であるのは言うまでも無い。

 

「声色ヤバ過ぎちゃんだぜ。どうすんだよ?」

「人生の先輩であるカキツバタ先生、アドバイスをお願いします」

「おっ、オイラの有難い言葉の出番だな! 初対面の2人となりゃあまずは元気良く挨拶! まー、キョーダイのスマホロトムだからよ、本人がケツを持つと思ってどーんと勢いに任せてやるのが1番だぜぃ!」

「あぁ! その通りだ! 泥船に乗ったつもりで喧嘩売ってやれ!」

「なんでオレがそんな事しねえといけねえんだよ!?」

「ほらほら、ゼイユを待たせたら殺されるから早くしろって!」

「……だぁぁ! もう!」

 

 俺とカキツバタが肩を組みながら体を揺らして煽っていると、覚悟を決めた様子でペパーがスマホロトムと向き合った。

 そのまま放置をすればいいのに律儀な奴である。

 

「一度話した事があるから覚えてるかもしれねーけど、オレはペパーって男だ。カルサイトは……まぁアレだよ、オマエが怖くて仕方ねえって言ってる。今も口パクで……えーっと……『ミモザ先生……って……でかいの?』──って今聞くことじゃねえだろ!?」

『……じゃあ伝えておきなさい。ルームサービスのマッサージを頼もうとしたら先約で埋まってたから、あんたが来るようにって。確かタロの為に整体の資格を取ったとか訳分かんない事言ってた気がするし』

「……つってるけど。と言うか整体の資格持ってんのかよ?」

「主にリンパ専門のな」

「……そう言えばここに来てからゼイユの姿を見てねえけど、あいつはどこにいんのよ?」

「俺とタロが愛を育む為に予約したスイートルームで豪遊している。俺から旅行費30万円を奪っておきながら、25万円のスイートルームに泊まってんだぞ? あんな守銭奴初めて見たわ」

『スイートルームはあんたが許しを請いながら差し出して来たんじゃないの! あたしが強請ったみたいな言い方止めなさいよ!』

 

 暴力で訴えている時点で強請ったも同然なのに何言っているのだろうか。それに俺達はゼイユに聞こえないよう小声で配慮したのに、何故か聞こえているし。

 さすが地獄に産まれた生粋の地獄耳は違う。ゼイユの持つ守銭奴の特性を活かせば、100km離れた先で落ちる金貨の音さえ聞き分けるだろう。まるでコレクレーのような女だ。

 

 さすがにこれ以上はペパーには荷が重いと思ったので、俺はスマホロトムを手にしてカキツバタに渡す。

 

 カキツバタ! 君に決めた!

 

「おお? 今度はツバっさん? あー……オイラの名前はカキツバタ。ブルーベリー学園最強にしてブルベリーグ部長を務めている2年生だぜぃ」

『うっさいわね! あんたの自己紹介なんていらないわよ!』

「なー、ゼイユ。確かにキョーダイはお調子もんだけどよ、決して悪いやつじゃないのよ。目先のおもしろそーなモノに飛びついた結果、人を巻き込んでるだけだぜぃ」

『そんな事はどうでも良いの。……あ、あたしの胸を触っておいて、この程度で済むと思ってるのが許せないんだもん!』

「それは前に済んだ話だろ?」

『ついさっきの話よ!!』

 

 そうゼイユが叫んだ瞬間、横にいたカキツバタがこちらを覗き込んでくる。世にも珍しい、疑惑の眼差しをしたカキツバタであった。

 

 うーん、ものの一瞬で流れが変わったな。親友2人から向けられる不信感がビシビシと伝わってきやがる。

 空気の読めるカルくんだからこそ分かる疎外感。四面楚歌とも言えるこの状況下だが、決して諦めない反骨心こそ一流トレーナーの証。折れない心がいつだって俺を強くさせるんだ。

 故に俺は忽然とした態度を保ちながら、口を開く。

 

「そんな性犯罪者を見るような目をして……どうかしたか?」

「どうかしてんのはキョーダイの頭だろ」

「おいおい……確かに胸に触れたのは認めるが、そこには様々な要因が絡まり合った、複雑怪奇の事情がある事くらい分かるだろ?」

『無いわよ』

「本来の俺の身体能力ならば、ゼイユの拳など紙一重で避ける事も容易い。だが、あの卑しい女はタロを差し置いて恋人繋ぎをしてきてな──」

『はぁー!? だっ……黙りなさいよ! そんなの逃げないように捕まえた結果じゃないの! 大体、そうやって旗色が悪くなると、すぐに言い訳して逃げ出すのみっともないと思わないわけ!?』

「言い訳? みっともない? この俺が? 事実を淡々と述べてるだけなのに何て言い様だよ。まるでドゴームのように騒がしい女だな。ドゴユって呼んでも良いか?」

『は?』

 

 声色に殺意が帯びてきたので煽るのを止める。

 

「……まぁ実際、指の関節を極められた俺が、拳から避ける為に腕を突き出すのは理に適った行為。結果的に当たってしまっただけで悪意は全くないんだよ」

「いつも通りっちゃあいつも通りなんだけどよ、そもそもなんでゼイユが怒ったんだよ?」

「お前とゼイユの顔を使ったシューティングゲームのせいだよ。どう考えてもゲーム制作の依頼を出したゲーム部が悪いのにな」

「オイラも初耳でやんすねぃ……」

「……ブルーベリー学園についてはよく知らねえけど、ゲームの内容までは指定してないんじゃねえのか?」

 

 さすがペパー君。俺の事をよく分かってるな。でもこの状況でそう言う指摘は止めてもらいたいね。スマホロトム越しでも拳が飛んできちゃうだろ。

 

「大体、こう言うハプニングが起きる時っていつもゼイユなんだよな。普段から一緒にいるタロとは何も無いのによ。……このままラッキースケベがエスカレートしていって、ついうっかり俺の初体験が奪われたら、どう責任を取るつもりなんだよ?」

『その前に()ぐから安心しなさい』

「でもよ、キョーダイに対して暴力での対応が多いから、意図しなくても肉体的接触が多いんじゃねえんか? ゼイユも嫌ならよー、平和的解決をしてもいいと思うぜぃ」

『無理に決まってるじゃないの。こんな無駄に口ばっかり回るバカを真面目に相手するくらいなら、手を出した方が遥かに早いわよ』

「あ? お前は俺と揉めたいのか?」

「オイラにはわかるぜぃ。次にキョーダイは『揉まれた側の癖にな』って言うんだろ?」

「……正解ッ! カキツバタに10ポイントッ!!」

『あんた達、後で覚悟しなさいよ』

「本当にオマエら滅茶苦茶だよな……ブルーベリー学園大丈夫ちゃんかよ……」

 

 本当にな。ペパーが心配するのも仕方が無いと思うわ。こうしてタロのおまけでついてきた愉快な仲間達は、日常生活をまともに過ごせるかも怪しい野生児達。

 しかもこのカキツバタがブルーベリー学園を代表すると言っても過言でないトレーナーとなれば、憂うのも当然であった。

 

 だが、もう大丈夫だ、ペパー君! 私が来た!

 

 そう! ブルーベリー学園のイメージを払拭出来る、このカルサイト様が!

 

「さぁペパー。ここまでの話を聞いた一切の偏見の無いアカデミー生として問いたい。……俺とゼイユ、どっちが悪いと思う?」

「……強いて言うならデリカシーの無いカルサイトだぜ」

「お前の発言は偏見に塗れている。まるで参考にならない」

『うふふ、分かってるじゃないの! あんたペパーって言ったわよね? その調子で精進するのよ!』

「ゼイユの扱いをわかってんねぃ……」

「そんなつもりはねえんだけど……」

「マンキーも煽てりゃ木に登るからな」

「だからちげえけど!?」

 

 そんな下らない話を続けている内に結構な時間が経っていたようだ。チラリと時間を確認をすれば、既に集まってから1時間以上経過していた。

 割とマジでこんな事してる暇なんてねえんだけど。カキツバタと言いゼイユと言い、人の足を引っ張るのが得意な奴等だぜ。

 

 同時にゼイユも似たような事を考えたのだろう。大きく咳払いをしながら声を荒らげた。

 

『とにかく! あんたは言う事を聞くだけの事をしたんだから早く来るのよ! 来ないなら口を利いてくれないタロにぜーんぶ説明するから!』

 

 そんな『すてゼリフ』を吐いてゼイユは一方的に通話を切る。まぁ捨て台詞と呼ぶにはあまりにも巨大な爆弾であったが。

 しかし、不機嫌なタロを放置してゼイユとデートしていたなんてバレたら、カルくんがカルサイトくんに早変わりして疎遠になってしまう可能性が極めて高い。それだけは避けなければならないだろう。

 

 と言うかよくよく考えたら、ランチだってゼイユに無理矢理連行されたんだし、その後のショッピングだって連れ回された上に財布代わりにされてたんだよな。その上スイートルームを奪うなんて人の道を外れた行為である。

 

 俺の意思なんて一切の配慮もされてない。その上で数多の脅迫。段々と腹が立ってきたぞ。

 

 俺は怒りに震えながらスッと立ち上がる。久々にブチ切れちまった。ふつふつと煮え滾るように怒りが湧いてきており、この激情をゼイユにぶつけなければ収まる気がしない。

 

 まるでわざマシン28が『しねしねこうせん』じゃなかった時くらいの憤怒である。『ばか、はずれです……』なんて言われた瞬間に機械をぶん殴った程だ。

 許さんぞ、カツラさん。あんたの非人道的なやり口は俺が修正してやる。

 

「……俺は今からあの悪魔を退治しに行ってくる。恐らく、命を懸けた死闘になるだろう。……親友達よ、共に来てくれるか?」

「オレはいかねえぜ」

「ツバっさんは疲れたから寝るとすっかねー」

「オラ! 修正パンチ!!」

「痛てぇ!……え、なんでオイラは殴られたんだよ?」

「カキツバタ、お前の仇は取ってやるからな。いくぜ、ペパー! いざ鬼退治だ!」

「だから行かねえ──って、無理矢理引っ張んなよ! 分かったから! 制服破れるっての!」

 

 そうしてポカンとした顔をしたカキツバタを放置し、俺とペパーは鬼の根城を攻めるべくホテルへと向かうのだった。

 

 尚、ペパー君は役立たずであり、俺がマッサージ師に転向したのは言うまでも無いだろう。

 





登場人物紹介

・ゼイユ
スイリョクタウンの鬼さまと言えばこの人。その上キチキギスに似ていて肉体はイイネイヌと言う、ともっこさまの化身でもある──と、後に噂が浮上するらしい。
腹いせにローションを持ち込んでリンパマッサージを始めようとしたカルサイトには体罰を執行した。

・タロ
不機嫌つんけんモードのタロちゃん。つい意固地になってアオイとポケモンバトルをしたものの、実力差を思い知らされる。後から冷静になって考えた結果、このタイミングでのポケモンバトルは浅慮だった事に気付いて猛省中。
アオイとは少しだけ打ち解けた模様。

・ミモザ
医務室のえっちな番人。学校保健師である。保健体育の実習を担当しており、気に入った男子生徒を医務室に連れ込んで夜の保健体育を行っているとかいないとか(カルサイト調べ)

・ハッサク
医務室のえっちな番人。学校保健師である。保健体育の実習を担当しており、気に入った男子生徒を医務室に連れ込んで夜の保健体育を行っているとかいないとか(カルサイト調べ)
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