スリザリンの面汚し   作:減らず口

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ぼくらの前にはドアがある

「それではフィニアス、よろしく頼みましたよ。ダンブルドアが戻るまであの子たちを絶対に三階に近づけないで下さいね」

 

 フィニアスは、プリプリしながら肩をいからせ去っていくマクゴナガルの後ろ姿を見送った。

 

 学年末試験も終わり、学校全体がリラックスムードに包まれているにもかかわらず、マクゴナガルはひとりピリピリしていた。というのも、彼女の寮に属する一年生三人――ポッター、ウィーズリー、グレンジャー――が、本来生徒が知るはずのない賢者の石の存在について知っていただけでなく、その石のある三階をうろつき、あわよくば危険な仕掛けが満載の部屋へ侵入を試みようとしている気配さえあったからである。

 

 そこで、この部屋の番人役として白羽の矢が立ったのが、たまたま通りかかったフィニアスだった。試験の採点で教授連が多忙を極める時期のことである。管理人である自分が引き受けるのが筋であると考えたフィニアスは、面倒なことになったぞ、と思いながらも首を縦に振らざるを得なかった。

 

 かくして、このとても良い日和、午後いっぱいバラの世話に充てようと思っていたフィニアスの予定は覆され、日当たりの悪い三階の廊下に椅子を置き、ひたすら何の変哲もない廊下を眺めて時間を潰すことになったのだった。

 

 何故自分がこんなつまらない目に合わないといけないのか――あの三人は、禁じられた森に入るという罰則を受けていながらまだ懲りていないのか――暇な中、考えることといえば面白くもないことばかり。中々ダンブルドアは戻ってこないし、夕飯もハグリッドが持ってきた(なんだか申し訳なさそうな顔をしていたが、理由は分からなかった)差し入れのイタチサンドイッチをパンだけ剥がして食べたのが全てだった。

 

 そんなわけで、その夜のフィニアスの虫の居所は最高に悪かった。だから、城が寝静まった頃に暗闇の中からクィレルが姿を現した時も、その怯えた様子と、どもりがいつも以上に癪に障ったのだった。

 

「あああの、ペティボーンさん」

 

「何か」

 

「そ、その、このへ、部屋の中に用があるので、入れてい、頂きたいのですが――」

 

「用。こんな夜遅くに」

 

「ヒッ、え、ええ。中のト、トロールにえ、餌をやるのを忘れていて」

 

「へえ、トロールなんて使っていたんですね。知りませんでしたよ」

 

 クィレルはギクリと頬をひきつらせて、俄にあわてはじめた。それもそのはず、賢者の石の警護の詳細を知ってよいのは教授たちだけ。管理人が知らされているのは教授たちが石を保管している部屋に様々な仕掛けを施している、というところまでであった。

 

 クィレルの痙攣する頬もいい加減見あきたフィニアスは椅子をずらして扉への道を譲った。クィレルは逃げるように部屋に入っていった。

 

 もう何も起こらないだろうか。事があったらあったで厄介だが、何も無いなら無いで自分がここで寝ずの番をしている意味を問いたくなる。

 

 部屋の前に椅子を戻し、再び腰を下ろして十分程が過ぎた。暇潰しに本でも持ってくれば良かったと後悔していた時、廊下の先から金属が床に落ちる大音響が近づいてきた。廊下に並んでいる甲冑を軒並みなぎ倒しながらのピーブズの登場だ。暗闇に姿は紛れているが、こんな夜中にこれ程騒がしい音をたてるのはピーブズしかいない。ホグワーツの住人なら嫌でもわかる。

 

「ピーブズ!!」

 

 思わずフィニアスは怒鳴った。だが、いつもは管理人にちょっかいをかけるのが大好きなピーブズが、この夜は何があったのか血相を変えて、フィニアスには見向きもせずに飛び去っていった。その嵐の後には十体以上の甲冑が無惨にもバラバラになった山が残されているだけであった。

 

 足許に転がっている冑を取り上げて、フィニアスは途方に暮れてしまった。崩れた甲冑は、さながら難解なジグソーパズルのように無秩序に散らばっていた。実はその時、不思議なことにフィニアスの背後でゆっくりと例の部屋の扉が開き、そしてまた閉まったのだが、フィニアスがその異変に気付くことはなかった。

 

 やがてフィニアスは気を取り直して、一つ一つ甲冑の復元を試み始めた。頭が痛くなる作業だが、どうせ暇だったのだ。やることが出来て良かったと思うしかない。こうして、ようやく右肩上がりに持ち直してきたフィニアスの機嫌のグラフは、次に現れた人物によって、また急降下することになった。

 

「これはペティボーンさん、この夜遅くに勤勉なことですな」

 

 フィニアスの背後から嫌味な声を響かせたのはセブルス・スネイプだった。その髪も服もインクを流したような周囲の黒に溶け込んで、血色の悪い生白い顔だけが闇の中から突き出していた。フィニアスは舌打ちをしたい衝動はどうにか抑えたが、眉間に深いしわが寄るのは免れなかった。無理矢理に愛想笑いを作って答えた。

 

「そちらこそ、試験の採点でお忙しいでしょうに見回りなんて。ここは私に任せて部屋に戻られては?」

 

 フィニアスはスネイプを追い払いたくてたまらなかった。しかし、相手は立ち去るつもりはないらしく、悠長に腕を組み替えながら答えた。

 

「いやいや、近頃は物騒ですからな。銀行に強盗は入るし、森でユニコーンは殺される。生徒の規則違反も後をたたぬ――スクイブ一人の手には負えないと思いましてね」

 

 スネイプはこの程度の言葉で私が激昂するとでも思ったのだろうか。私が怒りに我を忘れて手でも上げれば、ここぞとばかりに杖を出してやろうと考えているのだろうか。今ここで、学生時代フィニアスに爪弾きにされたその仕返しをしようというのか。フィニアスは奇妙に生き生きとしているスネイプの瞳を見て、俄に軽蔑の念――それは子供の頃初めて会ったときからスネイプに対していつも持っていた感情だった――がこみ上げてきた。

 

 十年前ならいざ知らず、三十路も過ぎた今ならばこの位の侮辱を適当にあしらうだけの心の余裕は出来ている。こんな男の思う壺にはまってやる義理はない。フィニアスは甲冑の頭をもとの場所に嵌め直しながら言った。

 

「それならこの役立たずの代わりにここで寝ずの番をお願いいたしましょうか、教授殿。運が良ければポッター達に御自身で引導を渡せるかもしれませんよ」

 

 しかし、スネイプはそれには答えず、黙って杖を取り出して一振りすると、あっという間にピーブズの不始末の跡は元通りに整然と並ぶ甲冑の列に戻った。フィニアスは無言は同意だと敢えて解釈して、自室に帰ろうと踵を返した。がその時、スネイプの白々しい声が背中にかかった。

 

「君が役立たずのスクイブだとしても、扉の番くらいは満足にこなせると仮定してお聞きするが、今晩この扉の向こうに侵入した者はいないでしょうな?」

 

 フィニアスは立ち止まった。踵を床にぶつける音が響いた。

 

 何が腹立たしいと言って、フィニアスにとって自分のペースで事が進まないことが一番不愉快だった。本当なら今だって、スネイプの質問など無視して部屋に帰ってしまえば良いのだ。しかし、フィニアスにはそれが出来なかった。相手は名誉あるホグワーツの教授で、自分は一介の使用人に過ぎないのだ。スネイプもその絶対的優位を自覚しているから質が悪い。

 

「いえ、誰も」

 

 フィニアスは短く、吐き捨てるように答えた。端から警戒していたのがハリー・ポッター達生徒であったのと、スネイプに対する苛立ちも混じって、フィニアスは先程クィレルを通したことをすっかり失念してしまっていた。スネイプが例の芝居がかった猫撫で声で言った。

 

「なら結構。後は好きにするとよろしい――ああ、とはいえ、酒は控えた方がよろしくはありませんかな?」

 

 何故、私が酒を飲んでいることが知られているのだ――?フィニアスは爆発的に全身に広がる怒りを必死で抑えなければならなかった。思わず睨みつけそうになる瞳、罵声を吐き出しそうになる喉、相手の顎を殴り付けようと固く握られた拳。

 

 この怒りの原因は分かっていた。それは羞恥――自分の情けなさに対する――からくるものだ。隠れた悪さを教師に見つかった学生が覚えるような、理不尽な怒りだ。感情の昂りに任せて勝手に動き出そうとする身体をどうにか抑え込もうとして、フィニアスは唇を噛み締めた。しかし、スネイプの方は我が意を得たりとばかりに言葉を継いだ。

 

「君が再び飲酒の悪癖に染まっているとバレていないとでも?――同窓のよしみで率直に申し上げるが、君にはもう飲酒で失ってよい立場は無いはずではありませんかな」

 

 その通りだ。とは言っても失職すること自体は恐ろしくなかった。だが、ダンブルドアやマクゴナガル、こんな自分に勿体ないほどの信頼を寄せてくれた人たちの期待は裏切れなかった。図星をつかれ、追い詰められるほどに、フィニアスは頭に血が登るのを感じた。何か言い返さなければ。何か――

 

「別にホグワーツなどいつ辞めても悔いはありませんよ。マグル界もそれほど悪くありませんから」

 

 フィニアスは口にしてから自分の言葉が余りにも負け惜しみじみていることに愕然とした。案の定スネイプはその隙を見逃さなかった。

 

「この十年マグル共に随分懐柔されたようですな。魔法使いとしてのプライドと引き換えに、それはそれは楽しく暮らしたのでしょう――」

 

 フィニアスは、一瞬自分の意識が途切れたように感じた。気がついた時には目の前にスネイプの襟元を締め上げる自分の手があった。憎しみと怒りは溢れ出ようとするのに、声は喉に引っ掛かり、掠れた。

 

「楽しく?よくもそんな事が――私が、どれ程――」

 

「――辛かったと?」

 

 スネイプの冷たい低い声が耳にずるりと這入りこんできた。

 

「こそこそとマグル界へ逃げ出して、のほほんと平和な暮らしを享受してきたのに?」

 

 フィニアスの沸騰していた全身の血は今度は音をたてて凍りついていった。

 

 スネイプの言う通りだった。どんなに魔法界で生きることが辛かったにせよ、卑怯にもマグル界に逃げ出したことは間違いない。理不尽な人生のせいにしたところで、それは変わらないのだ。閉じていた目を無理矢理こじ開けられ、今まで見ないようにしてきた事実を突きつけられた。

 

 でも、でも、ならどうすれば良かったんだ?どうしようも無かったじゃないか――敢えて魔法界に残り、自ら苦しむ道を選らばなければならなかったのだろうか?私は何も悪くないのに?出来損ない、役立たずと蔑まれる道を選ぶべきだったのか?

 

 ――スネイプごときに何が分かる。

 

 同級生に苛められた?初恋の女の子を憎い男に奪われた?それが何だ。その程度で不幸について知ったつもりなのか。

 

「君はさぞ辛かったんだろうな、エバンズをポッターに奪われて――君こそ闇に逃げた癖に!例のあの人は慰めてくれたのか――」

 

 言い終えるか終えないかの内に、フィニアスは胸ぐらを捕まれ背中を壁に叩きつけられた。スネイプの身体の何処にそんな力が眠っていたのか、フィニアスの身体は半分床から浮きそうになっていた。

 

 スネイプの瞳には炎が燃えていた。子供の頃からそうだった。スネイプは怒りも憎しみも、いつもその瞳の中に飼っていた――

 

「口を慎め、ペティボーン!さもなくば――」

 

 フィニアスの喉にスネイプの杖の先端が食い込んだ。

 

「セブルス!フィニアス!」

 

 第三者の声がかかり、二人の身体は反発する磁石のように弾かれ、引き離された。廊下の先に杖を持ったダンブルドアが佇んでいた。

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