スリザリンの面汚し   作:減らず口

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さらば、平穏な日々

 かのハリー・ポッターとそのご学友が、空飛ぶフォード・アングリアでホグワーツ入りを果たすという前代未聞の幕開けとなった新学期。今年は平穏無事に過ごしたいと願っていたフィニアスは、早くも再びの波乱を予感して身を震わせた。自由奔放な(特にグリフィンドールの)生徒たちがフィニアスから静かな生活を遠ざける主な原因だったが、今年は彼らに加えてもう一人、手に負えない人物がホグワーツに増えたのだった。

 

「それで私は茶漉しで引っ掛けたんですよ。簡単に思えるでしょう?ですが中々思いつかないアイデアですよ。特に私のような呪文に熟達した魔法使いにはね!」

 

 九月一日の晩、まだ他の教授達が頭から湯気を立てながら空飛ぶ車問題の後始末に奔走している頃、ギルデロイ・ロックハートは自分の研究室で、肘掛け椅子に優雅に腰掛けてフィニアス相手に自慢話をしていた。嘘だか本当だか分からない話をロックハートはかれこれ三十分は続けていた。壁じゅうに貼られた部屋の主の写真は本物の言葉に合わせて相槌をうっていた。その中には先日フローリッシュ&ブロッツで撮られたハリー・ポッターとフィニアスとのスリーショットの新聞の切り抜きも混じっていた。

 

 ロックハートがのんびりしているからと言って、フィニアスも暇、という訳ではない。むしろ、忙しくて目が回りそうだった。そもそも、今防衛術の研究室にいるのも、明日の授業で直ぐに必要だからと頼まれたピクシーの籠を届けに来たからである。フィニアスとしては、今すぐにでもこの場を立ち去りたかった。仕事が滞った挙げ句フィルチに叱言を言われるのも嫌だったが、一番困るのは、ここに誰か教授が来て、ロックハートはともかく自分までサボっていると思われることだった。

 

「日本の河童は手強かったですよ、といっても私の敵ではありませんでしたがね」

 

 聞き手のことはお構いなしに滔々と喋り続けるロックハートにフィニアスはなす術もなかった。せめてもの抵抗に、思いっきり顔をしかめて不快感を表しているのだが、それも相手に伝わった様子はない。こうやってフィニアスがロックハートの与太話につきあわされるのは何も今日が初めてではなかった。フローリッシュ&ブロッツで出会ったところまではともかく、その後ホグワーツで――曰く運命的に――再会したことに、ロックハートはいたく感激したらしい。それ以後、ロックハートはなにかと用事を頼んではフィニアスが研究室に来るように仕向けるのであった。

 

 ロックハートが一体どういうつもりで自分に絡んでくるのか、フィニアスにはちっとも分からなかった。ただ、用事にかこつけて呼び出され、自慢話を聞かされるの繰り返しである。フィニアスにすれば年度始めの慌ただしい時にすこぶる迷惑な話だった。

 

 忙しいからと断っても、話半ばで居眠りしても、オブラートに包まれているとは言い難い辛辣なコメントをしても、ロックハートはめげなかった。自分に対するあからさまな攻撃でも攻撃されていると思わない鈍感力の持ち主なのだ。これは勝てそうもないとフィニアスはその内に悟った。

 

 ロックハートのせいで睡眠が削られ、眠くて仕方がなかったフィニアスは、いつものようにためらいもせず欠伸をした。その拍子にふと気づくと、ロックハートは立ち上がり、腕を広げて演説の真っ最中だった。

 

「――ですがね、フィニアス、皆に愛されるということはある意味とても辛いことなのですよ」

 

「何ですって?」

 

 ロックハートの調子がどことなくいつもと違うので、フィニアスは思わず聞き返してしまった。

 

「勿論、私は皆さんのギルデロイ・ロックハートです。私のスマイルはいつも皆さんのもの――」

 

 両手を胸にあて、さも感動的なシーンを演じているかのようなロックハート。大袈裟な身振りはいつものことだが、普段の腹立たしい程の落ち着きがないように思えた。

 

「私はそういう生き方を選んだのです。私は世のため闇の力と戦い、皆さんは私のサインをもとめる。私は大勢に選ばれる代わりに、誰か一人に選ばれることを諦めたのです。長い間、私はそれが私に課せられた運命だと考えてきました。ですが最近、果たしてそれでいいのかと自問自答するようになりましてね」

 

「はあ」

 

 なんということだ。この男が自分の生き方に疑問を持っていたなんて!フィニアスは予想外の話の展開に、だんだんと眠い頭が冴えてきた。

 

「私は誰のものでもあるけれども、それは裏を返せば誰のものでもないということです。それはあまりに虚しくはないでしょうか。有名人の宿命とはいえ――」

 

 フィニアスは喋りながら部屋を歩き回るロックハートを目で追いながら考えた。これは、ひょっとして結婚願望の表明なのだろうか?

 

「私はこのままで良いのか――勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞のギルデロイ・ロックハートはごく普通の人のように、誰か一人を愛し、誰か一人に愛される――そんな暮らしを望んではいけないのでしょうか?」

 

 ソファの隣に座ったロックハートにずい、と顔を近づけられて、フィニアスはのけ反った。こちらを見つめる熱い視線には普段の滑稽さが欠けていた。フィニアスは嫌な予感がした。

 

「あ、貴方と一緒になりたい女性なら大勢いますよ。そこからお探しになったら」

 

「ああ、フィニアス!貴方は何も分かっていない!」

 

 ロックハートは首を大きく振りながら、ほとんど叫びに近い声を上げた。フィニアスはぎょっとしてさらに後ずさろうとしたが、すでにソファの端まで追い込まれていた。

 

「確かに、ファンのご婦人方には感謝していますよ。彼女らの声援に支えられて今の私があるのですからね。ですが、それでは駄目なのです。私の心を捉えるのは、賢く美しく控え目な――」

 

 ロックハートがにじり寄って来る。いつもはファンタジーのように浮世離れしたその青い瞳が、今晩は熱にうかされたようにギラギラと光っていた。フィニアスはようやく、気づき始めた。もしや、この男が望んでいるのはただの結婚ではなくて――

 

「――殿方のみなのです!ああっ、フィニアス!逃げないで!」

 

  フィニアスが、ロックハートの言葉の続きを悟ったのと、その言葉が実際に耳に入ってきたのはほぼ同時だった。フィニアスはソファから飛び上がってドアの方へ駆け出した。冷や汗が全身からにじみ出ていた。しかし何の魔法を使ったのか、ロックハートはフィニアスがドアノブを掴む寸前に、その腕を捕まえたのだった。ドアを背にしたフィニアスを追い詰めたロックハートは手を相手の顔の横についた。熱い息がフィニアスの頬にかかる。

 

「フィニアス、」

 

 ロックハートに壁ドンされるというファンの女性なら失神もののシチュエーション。だが、フィニアスからすればロックハートの顔のドアップには吐き気しか催さない。それに、気など失おうものならどんな目に合わされるか分からない――!よりにもよってこの男に言い寄られるなんて!フィニアスは身震いした。

 

「私はあの日、フローリッシュ&ブロッツで貴方に出会ったとき、運命を感じたのです。あれだけたくさんのファンの方が詰めかけていた中で、他ならぬ貴方が、私の目の前に飛び出して来た。私が生涯を捧げるのはこの人だと悟ったのです!」

 

 フィニアスの肩をロックハートが掴んだ。チャラチャラしたその見た目からは想像出来ないほど握力が強い。伊達にグールを茶漉しで引っ掛けた訳ではないようだ。フィニアスは体を捩ったが、とても逃げられそうになかった。今すぐにでもこの男を殴りつけて部屋に逃げ帰りたかったが、教授に手をあげることは躊躇われた。

 

 フィニアスの遠慮がちな抵抗は、本人の意図に反してロックハートの恋心を絶妙に刺激したようだった。

 

「ああ、なんて可愛らしい人だ!私のような著名人に見初められて戸惑うのは分かります。世間の目が気になるのも分かる。でもここでは我々二人きり。正直に喜びを表してよいのですよ!」

 

 そもそも喜んでねーよ、このクソボケ野郎!!心の中で叫びながら、どうにかしてこの状況を打開しようとフィニアスは頭を巡らせた。しかし、ロックハートの異様な圧力で集中出来ない。

 

「あ、いや、貴方に私のような者は釣り合いませんから――」

 

 口にしてすぐ、フィニアスはこの言葉は逆効果だと後悔した。案の定ロックハートは感極まった様子で涙さえうっすら浮かべながらフィニアスの手を握った。

 

「フィニアス、私は貴方がスクイブだろうとそんなことは気にしませんよ!私は貴方の内面に惹かれたのですから――」

 

 フィニアスと相思相愛であると思い込んでいるロックハートは、ついにフィニアスを抱き締めるという暴挙に及んだ。愛の力は何よりも強いのか、ロックハートの腕はものすごい力でフィニアスの体を締め付ける。

 

 もう、相手が教授であるからといって遠慮は出来なかった。フィニアスは渾身の力でロックハートを引き剥がした。「照れているのですね、フィニアス!」などと言いながら尚も近づいてくるロックハートの顔面を力一杯握りしめた拳で殴り飛ばした。

 

 ロックハートは壁際の棚にぶつかって無様に倒れこんだ。棚の上にあったヘアカーラーやトリートメントの瓶が次々と落ちて、目を白黒させているロックハートの頭に当たった。そのいかにも間抜けな様を見て、フィニアスは少し溜飲が下がる思いがした。

 

 フィニアスは乱れた髪とローブを整えながら部屋を出た。ドアを閉める前に、ロックハートが何か叫んでいるのが聞こえたが、その声の調子だと、フィニアスへの恋は冷めるどころか、益々燃え上がっているようだった。

 

 フィニアスは廊下を歩きながら、盛大にため息をついた。きっと、これからずっとロックハートに付きまとわれるのだろう。防衛術の教授は一年で辞めてしまう――このジンクスが今年も有効であることをフィニアスは祈らずにはいられなかった。

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