スリザリンの面汚し   作:減らず口

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一目惚れには程遠く

 あの少年の名前はセドリック・ディゴリーというらしい。十一月一日の夕方に医務室を出たフィニアスは、周囲にミスター・ディゴリーの評判を聞いて回った。自分を助けるような奇特な生徒がどんな人物なのか気になったからである。

 

 最初に事務室で顔を合わせたフィルチに尋ねてみたが、ディゴリーなどという名前は聞いたことがない、仕事の邪魔をするなと一蹴された。職員室でスプラウト教授を当たってみて、フィルチが知らない訳が納得いった。セドリック・ディゴリーは悪評の欠片もない生徒だったのである。問題を起こす生徒にしか関心のないフィルチが知らないのも当然だった。

 

 スプラウト教授はこの生徒をかなり気に入っているらしく、フィニアスが知りたい以上のことを教えてくれた。彼女は誇らしげに語った――

 

 ――セドリック・ディゴリーですか?ええ、勿論知ってますよ。ハッフルパフ生の、いえホグワーツ生の鑑のような子です。親切で誠実、誰にでも分け隔てなくて。成績も非常に優秀で――ハッフルパフが劣等生の集まりなんてただの誤解ですからね――学年で五本の指には入りますよ。来年は監督生になるのも確実でしょう。そうそう、今年からクィディッチチームにも選抜されました。シーカーです。まだ補欠ですが、来年はレギュラー間違いなしです――ああ、これはオフレコで頼みますね――それにあの容姿ですから女子生徒にとても人気があります。でもそれを鼻にかけることもなくて――

 

 いい加減で止めなければ、いつまでも話し続けそうな勢いだった。

 

 あまりにスプラウトが褒めるので、フィニアスは少々胡散臭く感じた。ここまで欠点の見えない人間などいるだろうか。しかし、他の教授からもディゴリーの悪い話は聞こえてこなかった。ただスネイプだけは生徒を褒めたくない一心からか「ハッフルパフにしては悪くない魔法薬を調合する」とお茶を濁していた。

 

 職員室を出たフィニアスは厨房に向かい、屋敷しもべ妖精に頼んでおいたクッキーを受け取った。明日の朝食のテーブルでディゴリーに言い損ねた礼とともに渡すつもりだった。何故だか袋が可愛らしいピンク色なのが気になったが。

 

 この種も仕掛けもないクッキーが後に波乱を呼ぶことになろうとは、その時フィニアスは夢想だにしていなかった。

 

 

***

 

 

 翌朝、大広間のハッフルパフのテーブルでセドリック・ディゴリーは沢山の友人に囲まれていた。事前に手にしていた情報からして想像に難くないことではあったが、フィニアスとしては二の足を踏みたくなってしまう状況だった。しかし、ピンクのラッピングのクッキーを抱えたまま柱の陰でモジモジしている訳にはいかない。

 

 大広間に入るとき、いつもの癖で教授席を伺い見た。ロックハートがいる時はなるべく出入りを避ける為である。今朝は幸いロックハートの席は空っぽだった。

 

「あー、ミスター・ディゴリー、ちょっといいかな――」

 

 食事を終えてカボチャジュースを飲んでいたディゴリーは目を見開いて驚きを表したが、直ぐに微笑んだ。一方周囲のハッフルパフ生の顔に書かれていたのは間違いなく「どうして管理人がここに?」の文字だった。

 

「ペティボーンさん、良かった、風邪治ったんですね」

 

「ああ、昨日の夕方にはね――それで、あの時、礼を言い忘れていたのを思い出して――わざわざ医務室まで連れていってもらって――すまなかったね――」

 

 「ありがとう」と言おうとしたが、どうしても喉に引っ掛かって出てこなかった。かわりにするっと飛び出したのは謝罪の言葉だった。相手は心から嬉しそうに言った。

 

「早く治って本当に良かったです。気になってたんです、こじらせてしまったんじゃないかって」

 

 彼がどうしてそこまで自分を気にかけてくれるのか分からなくて、フィニアスはクッキーの口を縛ったリボンをただひたすらいじっていた。身に染み付いたスリザリン的な損得勘定ではディゴリーの意図は測りかねたのだ。

 

 それに、彼が何気なく投げて寄越す表裏のない善意を受け取る覚悟がフィニアスにはなかった。スクイブである自分は、誰かに助けられることはあっても、誰かを――魔法使いを――助ける力は無いのだ。一方的に借りを作るだけの存在になりたくはなかった。そんな情けない自分は許せなかった。なのに、この少年はそんな私の気も知らずに無邪気に恩を売ろうとしている。

 

 考えているうちに、苛立たしさが怒りにも似た感情に変わっていきそうだった。今は礼を言いに来ているのに。

 

 ともかく、義務は果たさねばならない。そして早目に切り上げよう。フィニアスはクッキーを差し出した。ディゴリーは少し目を丸くしたが、遠慮するでもなくあっさり受け取って、こう言った。

 

「ありがとうございます!」

 

 笑うとハンサムな顔がますます輝いて見えた。その笑顔をただ眩しく見つめながら、フィニアスはディゴリーと別れた。彼の友人たちは最後まで此方をチラチラと興味深げに伺っていた。

 

 やっぱりマグル界の方が居心地が良かったな――今更ながらフィニアスは思った。バカにされるのも、変に優しくされるのもうんざりだった。どちらも自分の情けない姿を思い知らされるから――

 

 例の廊下を通ると、フィルチが怨嗟の言葉を吐きながら壁の文字を消そうと躍起になっていた。ふと、フィニアスは自分もフィルチのように周りを憎んで、頑なになって生きていくんだろうかと考えた。歓迎したい未来とは思えなかったが、それ以外の自分の姿を想像できないのもまた確かだった。

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