スリザリンの面汚し   作:減らず口

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ロンドンにて

 数日後にギルデロイ・ロックハート主催の決闘クラブが行われると主催者本人から聞いたフィニアスが真っ先にしたことは、あちらこちらの教室に赴き、教授たちに何か遠出の用がないかを聞いて回ることだった。クラブ当日、教授のお使いという口実で上手いことホグワーツを不在にしようという魂胆である。

 

 結果から言えば、運よくロンドンへの日帰り出張が叶ったのだが、少なからずフィニアスの癪に触ったのは、それがスネイプの使いであったことだった。何でも、非常に貴重な薬の材料が不埒な生徒によって盗まれたらしいのだが、多忙で手が離せないスネイプは早急に必要なそれを買いに行くことが出来ず、やむなくフィニアスに頼むことになったのだった。

 

 この仕事を頼み頼まれた時の両者の顔といったら、通りかかったフリットウィックが思わず後ずさったほど、憎々しげに引き攣っていたという。

 

 

***

 

 

 当日、フィニアスは早速ダイアゴン横町で頼まれたものを購入すると、漏れ鍋に荷物を預け、マグルの通りへと繰り出した。

 

 フィニアスは、久し振りのロンドンの喧騒を懐かしく眺めていた。しかし、魔法使いとしてもマグルとしても、フィニアスはロンドンで生活したことはない。だから彼が懐かしかったのは正確には、遠くに林立する直線的な高層ビル、自動車の騒音や鼻をつく排気ガス、落書きだらけの電話ボックス――魔法界には無い全ての物だったのだ。

 

 時刻はちょうどお昼過ぎで、昼食を取りにオフィスから出てきたサラリーマンで道はごった返していた。忙しなく通りを歩く人たちを見ていると、つい数年前までの自分が同じように地味なスーツに身を包み、蛍光灯でくまなく照らされた明るいビルの中で働いていたことが信じられなかった。

 

 フィニアスが最後にロンドンを訪れてから一年ちょっとしか経っていないのに、随分街の様子は変わっているようだった。店のショーウィンドーには、見たことのない電化製品や、アニメーションのキャラクターが並び、道行く人のファッションもまるで趣が違っていた。フィニアスはクローゼットから引っ張り出してきた自分のコートが既に流行遅れであることに気付くと、俄に周囲の視線が気になり始め、自然と足早になってしまうのだった。

 

 とはいっても、フィニアスには特に行くあてがあるわけではなかった。ただ重苦しい空気に満ちたホグワーツを後にして、不安もなく、変態もいない場所で一息つきたかったのである。

 

 フィニアスは足の向くままロンドンの街路を一時間程も歩き回った。すると、自分がはっきりと見覚えのある通りに出たことが分かった。様々な人が行き交う賑わった通りである。ただ一度だけ通りかかったこの場所を鮮明に覚えている訳は、フィニアスにとって決して快いものではなかった。

 

 シリウス・ブラック――君は無実だ。あの時私は見ていた――

 

 

***

 

 

 十一年前の十一月一日、偶然仕事でロンドンを訪れていたフィニアスは、この通りのカフェで昼食を取っていた。午後には取引先との会議が控えていた。成功させれば大きな収益が見込めるが、フィニアスの気分は上々とは言えなかった。朝から上司である社長の機嫌は最悪だったのだ。秘書になって始めて怒鳴られたのも今朝のことだった。それに、今食べているサンドイッチはパサパサしているし、コーヒーも水っぽかった。

 

 やっぱりホットドッグとコーラにしておけばよかった、と後悔しつつ店から一歩出たとき、通りの先に人だかりが出来ているのに気付いた。フィニアスは誰か有名人でもいるのだろうと、興味も引かれずそのまま立ち去ろうとした。しかし、人垣の中心から上がった咆哮を耳にした途端、フィニアスの足が止まった。

 

「ワームテール!」

 

 ひび割れた男の声だった。激昂し、相手を強く責めるその声には聞き覚えがあった。フィニアスは人垣に突進した。重なる人々の頭越しに見えたのは、やはり、かつての学友シリウス・ブラックとピーター・ペティグリューだった。

 

 学生時代は伊達男でならしたシリウスは、衆人環視のもとにあるにもかかわらず縺れた髪を振り乱し、着るものもしわくちゃだった。もう何日も寝ていないかのように、体はフラフラとして僅かに前のめりになり、隈に囲まれた眼窩の中で灰色の瞳だけが燃えていた。それは煮えたぎる怒りと憎しみが疲労を超えた時の姿だった。

 

 一方、ピーターが怯えているのは目に見えて分かった。しかし、その落ち着かない目の動きからは、その裏にある脳味噌が狡猾に働いていることが見て取れた。ピーターのくすんだ舌が何度も唇を湿すのが見えた。

 

 出ていくべきか――フィニアスが一瞬躊躇った時、信じられないピーターの言葉が耳に飛び込んできた。

 

「まさか――まさか君がジェームズとリリーを裏切るなんて!君が、彼らを殺したんだ!」

 

 フィニアス以上にシリウスは面喰らったようだった。しかし、すぐに腑に落ちた表情を浮かべたかと思うと、それまで以上に禍々しい怒りがとって変わった。その顔のしわの一本一本に落ちた陰が、ほとんど狂気といえる形相を作り出していた。周囲を取り囲む人々は、皆その凶悪さに息を飲んだ。

 

 シリウスが杖を抜いた。ピーターも杖を振り上げた。大の大人が木の棒を振り回し始めたことをマグルたちが怪訝に思う暇があったかどうか。

 

 目の前で閃光と轟音が炸裂した。同時に襲ってきた爆風に体を持っていかれ、フィニアスは尻餅をついた。同じように吹き飛ばされた人が折り重なってフィニアスの上に倒れてくる。

 

 二人の杖の動きは目にも止まらぬ速さだった。しかし、フィニアスの目にははっきりと、シリウスの杖が武装解除の動きをしようとしていたのが映っていた。ということは、この爆発を起こしたのは――

 

「あの男だ!あの男がやったんだ!」

 

 阿鼻叫喚の中で誰かがヒステリックに叫ぶのが聞こえた。爆発の煙が晴れた後に呆然と立ちすくんでいたのは、シリウス・ブラックだった。フィニアスはピーターの計略を悟った。爆発を起こし、シリウスに全ての罪をなすりつけ、自分はネズミへと姿を変えて逃げ去る。何があったのかは分からないが、きっとポッター夫妻を裏切ったのはピーターの方だったのだろう。

 

 ――私はここを立ち去るべきだろうか。

 

 既に犯人はシリウスだとまわりは思い始めているようだった。杖の動きの違いなど、マグルには分かるはずもない。それに、怒りに我を忘れたシリウスの凶悪な表情と怯えきったピーターを見比べて、ピーターを犯罪者だと思うのは――フィニアスのように、彼らをよく知るものを除いては――難しいことのように思えた。

 

 じきに魔法省が駆けつけるだろう。マグルたちは口々にシリウスを犯人だと証言し、記憶を改竄されるのだろう。

 

 私は正しいことを伝えなければならない。フィニアスは、その場に留まることを決意した。ああ、会議の時間には間に合わないな、ダーズリーさんの機嫌がもっと悪くなってしまう、と現実から目を背けるようにぼんやりと考えたのだった。

 

 

***

 

 

 フィニアスは街角の花屋で花束を買うと、もうすっかり張り替えられたアスファルトの上にそっと供えた。

 

 あの後、フィニアスは見たままのことを駆けつけた魔法省の役人に話したのだった。しかし、スクイブで、長い間マグルとして生活していたフィニアスの言うことを彼らは真剣に受け取ってはいないようだった。間もなくシリウス・ブラックは逮捕された。そしてフィニアスはその時はじめてその前の晩に一人の赤ん坊によって例のあの人が滅ぼされたことを知ったのだった。

 

 後日、形だけ証人としてブラックの裁判に呼ばれたが、フィニアスの証言は無視されたも同然だった。どんな呪文をかけられようと抵抗も出来ないスクイブの言うことなど、証言としてはほとんど意味をなさなかった。結局シリウス・ブラックは有罪となり、アズカバンで今も吸魂鬼の責めに呻吟しているはずであった。

 

 ――いや、もうとっくに廃人となってしまっているだろう。狂気の中でやがて脱け殻となり、何も感じずただ衰弱が死を招くのを待つだけの余生。十年以上もあのアズカバンで正気を保てる訳がないのだ。いや、もう既に土の中で朽ち果てているかも――

 

 フィニアスは足を漏れ鍋へと向けた。まだ午後三時を過ぎたばかりだったが、どうしようもなく飲みたい気分だったのだ。

 

 パラパラとにわか雨が降り始め、道行く人の足はますます忙しなくなった。フィニアスは靄に霞んだ灰色の街並みを見つめた。一体自分の回りには安息の地は無いのだろうか。何処へ行っても仄暗い記憶と不気味な予感が付きまとった。やはり早く漏れ鍋へ戻ろう。人が集まるパブの暖かな光が恋しかった。フィニアスは小走りでチャリングクロスロードを急いだ。

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