スリザリンの面汚し   作:減らず口

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疑惑のオン・パレード

「メリークリスマス、マートル。失礼するよ」

 

 定期点検中、と書かれた札を廊下に出してから、フィニアスはどんよりとした女子トイレに足を踏み入れた。よりによってクリスマスの晩にトイレの点検に、しかも女子トイレの点検に訪れなければならない憂鬱には目をつぶりつつ、嘆きのマートルの姿を探した。

 

 彼女はすぐに見つかった。いつも自分の個室に引きこもっているマートルが今晩は何やらそわそわと楽しそうに天井辺りを飛び回っている。機嫌が良さそうなゴーストの様子を見て、これは思ったより早く仕事がすむかもしれないとフィニアスは期待した。

 

「ああら、フィニアスじゃない。あたしにメリークリスマスを言いに来てくれたの?」

 

「まあね。君とは二十年来の付き合いだし、長く住んでるゴーストに敬意を払うのは当然だからね」

 

 そう言うと、マートルは嬉しそうに身体を捩らせ、フィニアスの頬にキスをした。彼女は熱い口づけのつもりなのだろうが、フィニアスは頬から全身に広がるぞっとするような冷気に身を震わせた。

 

「メリークリスマス、フィニアス!やっぱり出来る男は違うわね。あんたが例の怪物に殺されたら一緒にここに住まわせてあげる」

 

 女子トイレに住み着く三十路男のゴースト。これにはPTAが黙っていなさそうだ。フィニアスとしても死んだ後まで永遠の不名誉に苛まれたくはない。しかし、そうとはおくびにも出さずにフィニアスは微笑んだ。

 

「それは嬉しいな。じゃあ、ちょっとトイレの具合を見させてもらうよ」

 

 フィニアスがクリップボードをひらひらさせると、マートルはU字溝にどっかりと腰を下ろし、頬をふくらませてみせた。

 

「なあんだ、点検に来たのね。まあいいわ。今年は何故だか訪問客が多いし――それに、とーっても笑えるサプライズがあるわよ!」

 

 早速一番手前の個室に向かったフィニアスは、マートルが軋るような忍び笑いを始めたのに首を傾げた。マートルとは学生時代から面識があるが、こんなに楽しそうな姿を見るのは初めてである。自分の絶命日パーティーでさえ、これ程浮かれてはいなかった。

 

「一体何があるっていうんだい?」

 

 水の流れ具合、よし――クリップボードに書き込みながらフィニアスが聞くと、マートルは意味深に答えるだけだった。

 

「奥から二番目の個室を見てのお楽しみ!」

 

 フィニアスは奥の方に近付くにつれ、普通のトイレにはない異臭がすることに気が付いた。動物から自然に排出されたものから漂うものとはまた違う刺激臭だ。そして、どうやらその根源は奥から二番目の個室の中にあるらしい。

 

 問題の個室の扉に鍵がかかっていた。誰か生徒が使用中なのだろうか。フィニアスは、普段使われていないからと、特に調べることもなく点検を始めてしまったことを後悔しつつ、控え目にノックをしてみる。

 

 返事はない。今度はもう少し強く叩いてみる。

 

「誰か入っているのかい?」

 

 やはり答えはなかった。いつの間にかマートルが頭上をふわふわと漂っていた。個室の中を覗いてはクスクス笑っている。フィニアスは万一のことを思って冷や汗を流した。

 

「マートル、まさか急病人じゃないだろうね。それなら君は通報の義務があるはずだ――」

 

 それを聞くと、マートルは一転、急に泣きながら金切り声をあげはじめた。

 

「ひどい!あたしはゴーストの義務を怠ったことはないわ!あたしにトイレットペーパーの芯をぶっつけた大嫌いなファニー・パーキンソンが吐いてた時だって――」

 

 マートルが喚くのを無視してフィニアスは扉を叩いて中に呼びかけた。

 

「気分が悪いのか?大丈夫か?」

 

「気分が悪い?そりゃそうでしょうね!あんなに顔中毛だらけになれば!」

 

 フィニアスに相手にしてもらえなかったマートルは捨て台詞を残して、自分の個室にとじ込もってしまった。

 

 フィニアスが意味不明なマートルの言葉を吟味する前に、目の前の扉が開いた。そこで見たのは、泣きじゃくる猫娘と空になった魔法薬の大鍋だった。

 

 

***

 

 

 ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーは嘆きのマートルのトイレへと急いでいた。彼らは、ポリジュース薬を使ってスリザリン寮へ忍び込み、継承者の情報を聞き出すという奇想天外な計画を遂行したばかりであった。

 

 二人は身体にあわないローブを懸命に引き摺りながら、上気した顔で走っていた。何故か土壇場になってこの計画から下りてしまった首謀者へ伝えなければならないことがたくさんあったのだ。

 

 女子トイレの前の廊下まで戻ってきても、興奮が冷めていなかった二人は、出るときには無かったはずの「定期点検中」の札に気付かないまま、トイレへなだれ込んだ。

 

「ハーマイオニー、マルフォイじゃなかったんだ!」

 

「五十年前にも部屋は開かれてたんだよ!」

 

 いきなり重要な情報を声高に暴露した後で、二人の顔は凍りついた。ハーマイオニーの個室の扉が開かれて、その前にいるはずのない人が引き攣った笑みを浮かべて立っていたからである。

 

 ロンが口をパクパクさせながら呻いた。

 

「ペティボーンさん、どうしてここに――」

 

「おかえり、ミスター・ポッターにミスター・ウィーズリー。さあ、詳しく話を聞かせてもらおうか」

 

 

***

 

 

 フィニアスとしてはこの三人組の悪巧みを放置しておくわけにはいかなかった。生徒の規則違反を見つけた場合、誰か教授に報告するのは管理人の義務である。

 

 しかし、フィニアスが彼らの寮監であるマクゴナガルのところではなく、真っ直ぐ校長室に向かったのは、ダンブルドアの方が彼らに甘い処分を下しそうだとなんとなく思ったからだった。見込み通り、校長は目をキラキラさせて、弱冠二年生が複雑なポリジュース薬を完成させたことを誉めただけだった。

 

 フィニアスが心を鬼にしてマクゴナガルに注進しなかったのには訳がある。

 

 ハーマイオニーを医務室に連れていった後、フィニアスは残る二人に思わずこう持ちかけた。

 

「君たちがスリザリンの談話室で聞いたことを教えてくれないか。そうすればマクゴナガルには黙っておいてあげよう」

 

 なにせ、空飛ぶ車事件のせいで退学ギリギリのところまで追い込まれている二人だ。案の定この話に食いついた。生徒の弱味につけこむようで罪悪感はあった。それに約束どおりマクゴナガルに黙っていたのは確かだが、ダンブルドアには話した訳であるから、ちょっと騙しているような気がしなくもない。だが、それ以上にフィニアスは彼らがトイレに戻ってきた時ちらりと聞こえた「五十年前にも秘密の部屋は開かれていた」という言葉が気になったのだ。

 

 さて、二人の話したことをかいつまむとこうなる――五十年前にも秘密の部屋は開かれたことがあった。その時マグル生まれの生徒が一人犠牲になった。そして、マルフォイは父子ともにスリザリンの継承者ではない――

 

 フィニアスはその夜、一人ベッドに腰かけて、考えに耽っていた。

 

 五十年前。

 

 このキーワードがフィニアスの頭を支配した。秘密の部屋が開かれ、怪物によってマグル生まれが殺害されたのが五十年前。ハグリッドの可愛いペットが生徒を餌食にしたのも五十年前。

 

 まさか――

 

 ハグリッドがスリザリンの継承者だった?ハグリッドが秘密の部屋を探しだし、眠っていた怪物を叩き起こして、千年ぶりにその本能を解放した犯人だったということはないだろうか?秘密の部屋だの、スリザリンの怪物だのの話が知れ渡るのを忌避した学校側が、表向きは凶暴なペットが起こした悲惨な事故であると発表していたとしたら?

 

 その可能性を完全に排除することは出来ないだろう。しかし、あの朴訥な正直者のハグリッドが?ハーマイオニーが「穢れた血」呼ばわりされたとき、あんなにも怒っていたハグリッドが――?

 

 疑問は尽きない。ハグリッドがそんな危険人物なら、何故ダンブルドアは彼を森番としてホグワーツに引き留めたのだろう?目の届くところに置いて、自ら監視するためだったのか?

 

 それに、五十年前の犯人がハグリッドであったとして、では今回の連続襲撃事件の黒幕も彼なのであろうか。生徒たちは様々な憶測をたくましくしている。中には、ハリー・ポッター――二度の事件の第一発見者にして、蛇語を操る――がスリザリンの継承者であり、例のあの人に打ち勝ったのも彼自身が強力な闇の魔法使いだからである、というまことしやかな噂さえ流れている。

 

 フィニアスの目には、ハグリッドもハリー・ポッターも到底スリザリンの継承者であるとは映らないのだが、論理的にその可能性を否定する材料は無かった。

 

 フィニアスがふと顔を上げると、とっくに暖炉の炎は燃え尽きていて、火の気のない部屋で体が冷えきっていることに気付いた。

 

 こんなことでまた風邪をひいてはつまらない。フィニアスは早速熱いお茶を淹れると、再び腰を下ろしてゆっくりと啜りはじめた。体は暖まってきたが、高ぶった神経は中々おさまらなかった。熱いマグカップを覆うかじかんだ指先がジンジンと痛んだ。

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