ホグワーツの冬が雪とともに深まり、外も内も区別のない厳しい寒さで、みな体を隅までガチガチに強ばらせながら行き来していた。
しかし、そんな季節ではあったが、一方で心の緊張をまるで小春日和といった具合にほぐすニュースが広がった。曰く、マンドレイクは順調に成長しており、薬が完成して石にされた人達が回復するのも遠い先のことではないとのこと。
また、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーとほとんど首なしニックが襲われて以降、スリザリンの継承者の襲撃の手はパタリと止まっていたことも、人々の心に落ち着きをもたらしていた理由の一つだった。一部では、犯人はもう仕事を諦めたのではないかと噂する者もあったが、これで事件が本当に終わりなのか判断がつきかねている者も多かった。
フィニアスもまだ緊張を解けないでいるうちの一人だった。元来が用心深く、あまり楽観的とはいえない質である。背中を丸めて前に後ろにキョロキョロしながら真っ暗な夜のホグワーツの見回りをするうちに、すっかり神経をすり減らしてしまっていた。
昼間は昼間で、猫娘ことハーマイオニー・グレンジャーの見舞いに医務室を訪れてカーテンの向こうから拒絶されたり、石にされた生徒の保護者が涙を流しながら子供の見舞いに来るのを出迎えたり、とても腐った心を晴らすことは出来そうもなかった。
神経が弱ると、どうにも注意力が散漫になるのが人の常である。フィニアスも来る夜来る夜まんじりともせず過ごす内に、その日の日付にも無頓着になってしまうほど憔悴していた。そのおかげで、ある朝大広間に入った時も、壁が何故けばけばしいピンク色の花で埋め尽くされ、ハート型の紙吹雪が舞っているのか、その理由に気付くのにしばらく時間がかかった。
そういえば今日はバレンタインデーか――と合点がいった刹那、賑やかにおしゃべりしていた生徒たちが急に静まりかえった。みな教員席を見ている。その視線の先で気障ったらしい笑みを浮かべ立っていたのは、案の定と言うべきか、どぎついピンクのローブをまとったギルデロイ・ロックハートであった。
対照的に、他の教授たちは石のように冷たい無表情である。フィニアスはああ、なるほどと全てを悟った。この悪趣味な演出はこの男の仕業だな――全校を前に一席ぶとうと息を吸い込んだロックハートに背を向けて、フィニアスはそそくさと大広間を後にした。
その日一日、ロックハート・プロデュースのバレンタインのお陰で、ホグワーツ中が上を下への大騒ぎであった。というのも、ロックハートがバレンタインカードを届けるために金の羽をつけた小人を刺客として放ったせいだった。小人たちは愛想のないしかめ面のまま授業に乱入してはカードをばらまいて教授をいら立たせた。生徒たちも授業を聞くどころではなかった。魔法史の授業でほとんどの生徒が目を覚ましていたのは後にも先にもこの日だけだろう。
フィニアスにとっても、大広間に積った紙吹雪を掃除するという仕事が増えたばかりではなかった。ロックハートが募る思いを伝えるのにバレンタインデーという格好の機会を逃すはずがない――そうフィニアスは考え、戦慄した。きっと皆のいる前で、こっ恥ずかしいメッセージを朗読されるに違いない――
しかし予想に反して、一日中学校の至るところに出没していた小人たちは、何故かフィニアスのもとには一人たりとも訪れることはなかった。夕方近い時間になっても、フィニアスの身辺は全く穏やかなものだった。それをかえって薄気味悪く思いながらも、どこかホッとしていた時である。今日最後の授業前の休み時間、呪文学の教室の近くを通りかかると、生徒が口論しているのが目に入った。案の定、グリフィンドールとスリザリンの生徒たちである。しかも、入学してこのかた常に噂の渦中にいると言っても過言ではない彼のハリー・ポッターに、ドラコ・マルフォイまで揃っている。廊下にはポッターの物と思われる破れた鞄と、そこから落ちたらしい教科書類が散らばっている。
普段なら見てみぬふりをするフィニアスであるが、今日に限って割って入ろうとしたのは、騒ぎの原因になっているものに注意を引かれたからであった。
「ポッターはこれに何を書いたんだろうな?」
そうニヤニヤ笑いながら言ったマルフォイの手には、見覚えのある黒い日記帳があったのだった。あれはまさか、トム・リドルの日記ではあるまいか?スリザリンの継承者について何か手懸かりが書かれているかもしれないあの日記ではないか――?フィニアスは咄嗟に人だかりをかき分けていった。その足元を例の小人たちが仕事を終えたのか、気だるい足取りで去っていった。
「ミスター・マルフォイ、人の物を勝手に取るのは感心しないね」
生徒のいざこざに口を挟むことのほとんどないフィニアスが現れたことに、その場にいたものは少なからず驚いたようだった。マルフォイの片眉が上がったが、それも戸惑いを隠すためのように見えた。
「――ペティボーンさん、こんな所にいらっしゃるとは珍しいですね。ですが、僕はただポッターの落とした物を拾ってやろうとしていただけです。なのに生徒を泥棒呼ばわりするなんて、父が聞いたら何と言うか――」
それに答えたのはフィニアスではなかった。ハリー・ポッターがあろうことか杖をマルフォイに向けている。
「嘘をつけ、マルフォイ!エクスペリアームス!」
いつの間に武装解除呪文などを身に付けたのか、ばっちり決まった呪文はマルフォイの手に当たり、日記帳は綺麗な弧を描いて、ポッターの隣にいたロン・ウィーズリーの手に収まった。それを受け取ったポッターは他の教科書の山の上に置いた。
「廊下で魔法を使うなんて!しかも管理人の目の前で!」
グリフィンドールの監督生があわをくって怒鳴っている。マルフォイは怒りに身を震わせながら、そばのグリフィンドール生に当たり散らしている。それを発端にまた杖を取り出す者がいる。しかしフィニアスは、ポッターが日記帳を当たり前のように自分の他の教科書の上に積み重ねたことを訝しく思っている最中だった。あれは、ジニー・ウィーズリーの物ではなかったのか――?
「ああ、ペティボーンさん!こんな所にいましたか!」
フィニアスの思考も、起こりかけた喧嘩もすぐに中断した。フィニアスは思いっきり顔をしかめた。この場に似つかわしくない能天気な声の持ち主は、確かめるまでもなく、ギルデロイ・ロックハートのものであった。