※ハリー視点
「何か」
ペティボーンさんの出した声がとても低くて冷たかったので、辺りの生徒はぎょっとして息を飲んでいた。さっきまでカッカしてたマルフォイもポカンとしている。そしてみんな、継承者の噂に混じって囁かれていた二人の関係を今更ながらに思い出しているようだった。この異様な緊張感に気付いていないのは勿論ロックハートだけ。
「ああ、お分かりでしょう。今日はバレンタインデーですよ!貴方にとびっきりのプレゼントをご用意したのです!」
「で?」
「貴方へのプレゼントを小人なんぞには頼むはずはありません。貴方は特別な人なのですから、私自身で渡そうとずっと機会を伺っていたのですよ」
ロックハートの「特別な人」発言にペティボーンさんのこめかみがひくついたのが分かった。そして女子が何人か残念そうなため息をついた。ハーマイオニー、君もかい。
ペティボーンさんは無表情のまま腕を組んで、全く心を開いているようには見えなかった。生徒の前だから喜ぶのを憚っている(きっとロックハートはそう思い込んでいるんだろうけど)、というような雰囲気ではない。全力で拒絶している。ああ、ほんとにロックハートが嫌いなんだな、と一目で明らかだった。相手に取り入りたいなら、いくら遠慮してたってもう少し顔を立てようと努力するだろう。みんなも噂がデマだったことを悟ったようだった。なのに、ロックハートはそんなペティボーンさんを置いてきぼりにして喋り続けている。その顔はほんのり上気していて、正直キモい。
「本当は二人きりになりたかったのですが、まあいいでしょう。さあ、受け取ってください、私の愛の印を!」
ロックハートはどんなベタベタな恋愛ドラマでも見ないような巨大な赤いバラの花束をローブの下から大袈裟な仕草で取りだし、ペティボーンさんの鼻先に突きつけた。勿論ペティボーンさんは受け取らない。
「生徒の前でも構わないではないですか!愛があれば関係ありません!」
ペティボーンさんは組んだ腕もほどかず、顔をしかめただけだった。空気は(ロックハートのまわり半径一フィートを除いて)冷えきっている。無言のまま時間が流れる。みんなこれから何が起きるか、固唾を飲んで見守った。きっとスリザリンの継承者だってこの場面を邪魔する勇気は無いと思う。
先に動いたのはロックハートだった。中々受け取ってもらえない花束を抱えたまま、突然ひざまずいた。その顔は悲劇にうちひしがれた風で、目尻には涙もういている。うわあ。
「私の全身から溢れ出る愛を受け取ってはもらえないのですか?まだ、これでも足りないと言うのですか?」
足りないんじゃなくて、いらないんだよ。誰も口に出さないけど、みんな同じことを思ったはずだ。そして、悶えながら体をくねらせるロックハートは最高に気持ち悪い。普段はペティボーンさんをバカにしまくっているマルフォイでさえ眉をひそめている。今ばかりはロックハートの不快さのほうが上回っているようだった。
と、そこに新展開があった。ペティボーンさんが口を開いたのだ。相変わらずの冷たい声。
「ええ、全然足りませんね」
え、そうなの?テメェの愛なんざこれっぽっちも要らねェよ、って顔してますけど。少しギャラリーがざわつき出した。
「なら、一体何を捧げれば、貴方は私を受け入れてくれるのです?」
この言葉を聞いて、ペティボーンさんがほんの微かにニヤリとした気がした。
「そうですね――例えば、スリザリンの継承者の首とか?」
「何ですって?」
ロックハートは口をあんぐりと開けた間抜けな表情でペティボーンさんを見つめた。やっぱり見間違いではなかった。ペティボーンさんは笑みを浮かべていた。
「いつも仰っていましたよね?秘密の部屋についての重要な手懸かりを掴んでらっしゃるとか、怪物の正体についてもご存じだとか。貴方の著作での実績を考えると、そろそろ継承者を捕らえ、怪物を退治してもおかしくない頃合いだと思うのですが」
「いえ、あの、それは」
ロックハートはいつもの饒舌ぶりはどこへやら、へどもどしてまともに答えられていない。
みんなは顔を見合わせた。確かに、本に書かれたような数々の偉業を成し遂げたロックハートなら、もうそろそろ襲撃事件の犯人を捕まえていてもおかしくないのでは?ロックハートは口では偉そうなことを並べ立てているけれど、一つでも事件の真相を暴いたという話は聞かない。仮にもホグワーツの、それも防衛術の教授だというのに。
「一体スリザリンの継承者とは何者なんです?動物を石に変えることの出来る怪物の正体は?」
ロックハートは目を白黒させて、懸命に答えを探しているようだった。
「いや、それは――まだ捜査は途中でして、今はまだ申し上げる訳にはいかないのです、残念ながら」
「そこをなんとか教えていただけないものでしょうか。ここにいる皆も知りたいと思っているはずです」
皆がウンウンとうなずく。周りを見渡して、ロックハートは咳払いをした。
「しかし――曖昧な情報は混乱を招きますし――」
しどろもどろなロックハートに痺れを切らしたようにペティボーンさんの口調が厳しくなった。
「天下のギルデロイ・ロックハートがそんな情けないことで良いのですか?未だに襲撃犯を捕まえることも出来ないのに、ノコノコと現れたかと思ったらバレンタインですか!呑気なものですね」
口をパクパクさせるだけのロックハートにペティボーンさんはここぞとばかりに畳み掛ける。
「本当に貴方は私を愛しているのですか?とてもそうは思えませんね。それならもっと早く犯人を捕らえて下さったはずですから」
ロックハートはショックを受けたように花束を取り落とした。そのオーバーな仕草もまたウザい。
「そんな、それは誤解です――」
「ならそうであると証明して下さい。私を愛しているという証拠に、スリザリンの継承者の首と怪物の死骸を見せて下さい」
「なんてことだ、貴方は私の愛を試そうと言うのですか!」
ロックハートはペティボーンさんの足元にしがみついた。その拍子に花束が蹴っ飛ばされる。ハンサムが必死になっているところは哀れっぽいけど、ロックハートに限って同情する気は起こらない。皆も呆れた顔をしている。
泣き崩れるロックハートが鬱陶しくなったのか、ペティボーンさんは少し声をやわらげた。
「お願いしますよ、この城で頼りになるのは防衛術の教授である貴方だけなのですから」
その言葉でロックハートはようやく回復したようだった。少しぎこちないけれど、いつもの輝かしいスマイルを取り戻しつつあった。でも、皆の白けた視線は変わらなかった。
「いいでしょう、貴方をいつまでも恐怖のただ中に置いておくわけにはいきませんからね」
ペティボーンさんはニッコリと微笑んだ。人当たりの良さそうな笑い方だけど、なんだか裏のありそうな感じ。その理由はすぐに分かった。
「では約束していただけませんか、犯人を捕まえるまでは私に決して会わないと」
「なななな何ですって!?」
勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、『週刊魔女』五回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞のロックハートにあるまじきうろたえぷり。なるほど、ペティボーンさんの狙いはロックハートを遠ざけるとこだったのか。
「そのくらいの覚悟を見せて頂かないと」
「しかし、あんまりです!」
「私への真摯な思いを見せるのではないのですか?」
「ですが、そんな――」
ロックハートは、今にも泣き出しそうな顔でオロオロしている。が、ペティボーンさんは容赦ない。
「そんなに嘆くこともないでしょう。貴方がご自身でおっしゃる通り、私への大きな愛と防衛術の実力があれば、継承者を見つけ出すのもあっという間でしょうし」
そう言われるとロックハートはぐうの音も出ないようだった。
「ああ、辛いことですが、仕方ありません。私の愛を示すためです、お約束しましょう」
「ありがとうございます。よい知らせを心からお待ちしています。これで命の危険から解放され、幸せな生活が送れるという希望が生まれました」
ペティボーンさん、演技百パーセントな笑顔が怖い。しかし、ロックハートにはこの笑顔が効いたのか、だんだん調子を取り戻していた。
「ああ、貴方がそこまで思い詰めていたとは!不甲斐ない私を許して下さい!貴方は魔法で身を守ることも出来ず、怯えて暮らすことしか出来ないというのに!私だけしか頼る者がいないというのに!ああ、可哀想なフィニアス!」
ペティボーンさんの口許から笑みが消えた。自分の言葉に自分で胸打たれているロックハートは気付いていない。「可哀想なフィニアス」――ロックハートの数々の失言の中でもこれは一番不味いのでは無いかな、と何となく思った。
きっと、ペティボーンさんは「可哀想」って言われるのが一番嫌いなんじゃないかな、と思う。確かに魔法界でスクイブは可哀想な存在みたいだし、ペティボーンさんも自分がそういう立場だって分かっているはずだ。だけど、どこか、ペティボーンさんには、そんな自分に見切りをつけきれていない所があるような気がする。かつてはれっきとした純血の魔法使いだったプライドなのかな――だから、可哀想なんて憐れみをかけられるとすごく傷つくんじゃないだろうか。
そんなことは関係なく、ロックハートはすっくと立ち上がり、ペティボーンさんの手をとった。
「安心して下さい、勲三等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員(以下略)のギルデロイ・ロックハート、必ずやスリザリンの継承者と怪物を白日のもとに引きずり出し、裁きを受けさせましょう!たとえこの体が怪物に八つ裂きにされようとも!」
「ええ、貴方が怪物に殺されたら皆こぞって弔ってくれるでしょう。お望みなら校庭に碑でも建てますか。今から場所を確保しておきましょう。碑文の方は『スリザリンの継承者に立ち向かいし勇敢なるギルデロイ・ロックハートここに眠る』なんてどうです?」
「ああ、それは素晴らしい!」
怪物に殺されるなら、それはそれで大歓迎。という言葉の裏まではロックハートには通じないようだった。上機嫌のロックハートは、廊下に放り出された花束をそのままにして、軽やかな足取りで去っていった。残されたギャラリーは呆気に取られたまま、ロックハートの足音が消えるのをただ聞いていた。
しばらくして、皆は三々五々自分の教室へと散らばっていった。口々にロックハートの気持ち悪さと、有能さへの疑いを囁き合いながら。もう誰もペティボーンさんがロックハートに好意を持っているなんて思っている人はいないようだった。
ペティボーンさんは放置されていた花束を拾い上げると、マルフォイがよくするように片眉を上げて、バラの花をためつすがめつ眺めていた。
「ミス・グレンジャー、」
「え、あっ、はい」
突然名前を呼ばれたハーマイオニーは、急に我に返ったように慌てていた。ペティボーンさんは花束を差し出して言った。片眉は皮肉たっぷりに上げたままだ。
「これ、欲しいかい?」
「い、いいえ――」
「それは何より」
ペティボーンさんは、そのまま荒い手つきで花束を肩に担ぐと、歩み去っていった。
――ペティボーンさんって、結構やる時はやる人だったんだな。今までは卑屈でやられっぱなし、ってイメージだったけど。
予鈴が鳴り響いた。僕は慌てて破れた鞄と教科書をかき集めた。ロンは落ち込んで動こうとしないハーマイオニーの手を引っ張って教室に向かった。