スリザリンの面汚し   作:減らず口

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そして石になる

 五十年前、ハグリッドのアクロマンチュラが口に出すのも憚るほどに怖れた生き物。今年はホグワーツ中の蜘蛛を追い出した生き物。スリザリンの継承者が使役する怪物――スリザリンのシンボルは蛇である。蜘蛛の天敵は蛇である。

 

 蛇に決まっていたのだ。いくら巨大で肉食であっても、蜘蛛などがスリザリンの怪物のはずはないではないか。それに、五十年前の犠牲者である嘆きのマートルは、顔のニキビあと以外は五体満足の姿をしている。肉食蜘蛛の餌になりかけたのなら、少なくとも「血みどろマートル」か、下手すれば「首なしマートル」になっていなければおかしい。

 

 フィニアスの疑いは、ハーマイオニーの告白で確信に変わった。パーセルマウスのハリー・ポッターにしか聞き取れない不思議な声。

 

 フィニアスは一抱えもある事典のページに広がるけし粒のように小さな字をあたうる限りの速さで追った。開いているのは「魔法生物大全」の爬虫類の巻である。ページをめくる度に風が起こり、フィニアスの前髪が揺れた。向かい合う席ではハーマイオニー・グレンジャーが同じように、厳しいがどこか高揚した表情で事典を睨み付けている。

 

 スリザリンの怪物は何らかの蛇であるとして――目は弛みなく動かしながら、一方で頭の中でも様々な考えが飛び回っていた――では継承者は一体誰なのだろうか?これで、ハグリッドは継承者ではないことになる。トム・リドルは間違っていたのだ。しかし、蜘蛛がスリザリンの怪物として不自然なことくらい誰かが気付きそうなものだが――

 

「ペティボーンさん!あったわ、これよ!バジリスク――」

 

 フィニアスはハーマイオニーが示す箇所を覗き込んだ。

 

「――バジリスクはその一睨みで殺す。その眼光に捉えられた者は即、死に至る――蜘蛛はその前から逃げ出す。バジリスクは彼らの天敵であるからである――」

 

 目を合わせただけで死に至るのであれば、マートルが傷一つないままゴーストになったのも納得できる。それに、バジリスクが活動を始めたからホグワーツ中の蜘蛛が逃げ出したのだ。

 

「でも、どうしてみんな殺されずに石になったのかしら?」

 

 ハーマイオニーの提示した疑問に二人はしばし頭をひねった。ほどなくフィニアスが声を上げた。

 

「確かクリービーという生徒はカメラを持っていた。きっとレンズ越しにバジリスクの目を見たんだ。だから石になっただけで済んだ。フィンチ‐フレッチリーはゴースト越しだ。なんて運がいいんだ!それもそうだが、そんな巨大な蛇がどうやって人目に付かずに移動できたんだろう――?」

 

 これにはハーマイオニーに思い当たる節があったようだった。

 

「パイプだわ!」

 

「パイプ?」

 

「バジリスクはパイプを使って移動していたんだわ!ハリーは声を聞いたとき、壁の方をいつも探していたのよ。早く先生に伝えに行かないと!ああでもマダム・ピンスがいないと貸し出し手続きが出来ないわ!勝手に持ち出せないように本には魔法がかかってるし――」

 

 やきもきする気持ちはフィニアスも同じだった。しかし、こんな事態に至ってまで校則を考えている自分に俄に呆れてしまった。ここで規則を破らずしていつ破るというんだ。

 

「このページだけ千切っていこう」

 

 フィニアスの言葉が思いがけなかったのか、ハーマイオニーは一瞬目を丸くした。しかし、手早く余白に「パイプ」と書き込むと、存外潔くページを引き千切った。そのまま飛び出そうとする彼女をフィニアスは引き止めた。

 

「グレンジャー、君、鏡を持っていないか?」

 

「鏡?持ってるけど」

 

「なら、廊下の角を曲がるたびに鏡で先を映してバジリスクがいないか確認するんだ。もし角の向こうにバジリスクがいたとしても鏡越しなら目を見ても死ぬことはない。出会ってしまったなら、下手に目を閉じたりせず潔く石になってしまった方がかえって安全だ。目を閉じたまま凶暴な大蛇と戦っても勝ち目は無いし、さすがの蛇の王も人間サイズの石を喜んで食べたりはしないだろうからね」

 

 ハーマイオニーは真実にたどり着いた興奮のおかげで、自分が襲われるかもしれないという可能性の方はすっかり失念していたようだった。フィニアスの忠告を聞いて、ハーマイオニーの顔が恐怖で微かに歪んだ。

 

「そうね、名案だわ」

 

「残念ながら君も私も真っ先に継承者に狙われる種類の人間だからね」

 

 

***

 

 

 二人は人っ子一人歩いていない城を急いだ。図書館から教授たちの集まるクィディッチ競技場までは距離がある。廊下の曲がり角に来るたびに鏡で先を確認しながら、二人とも無言のまま足を動かし続けた。廊下はしんと静まり返っている。ローブの擦れる音だけが二人の耳に入る全てであった。その静寂を破って、ハーマイオニーがふと口を開いた。

 

「あの、ペティボーンさん、」

 

 思いつめたような様子に、フィニアスは少し驚いて聞き返した。

 

「どうかしたかい?」

 

「あのね、私、言いたいことがあって――あら?」

 

 立ち止まったハーマイオニーの視線を辿ると、廊下の先に人影があるのが目に入った。小さい、長い赤毛の人影だ。

 

「ジニー! ペティボーンさん、あれジニーだわ。あなた、クィディッチに行かずにこんなところで何してるの?」

 

 きっと医務室に行くのだろう、とフィニアスは思った。うつむき加減でふらふらと歩くジニーは遠目にも分かるほど憔悴しているようだった。しかし、その手に見覚えのある黒い本を持っているのを見えた時、フィニアスの胸に不吉な予感がよぎった。

 

 もしかしてトム・リドルは犯人を間違えたのではなく、ハグリッドに故意に罪を着せたのではないだろうか。アクロマンチュラがスリザリンの怪物であるというちゃちな嘘も計画的にやれば周りを納得させられるかもしれない。もしそうなら、ジニー・ウィーズリーが持っているあの日記は決して良い類いの物とは言えないだろう。

 

 前を歩くジニーは角を左に曲がり、姿を消した。

 

「ペティボーンさん、私、ジニーに鏡のこと教えてくるわ!」

 

 フィニアスが自分の閃きに気をとられている隙に、ハーマイオニーは駆け出していった。

 

「――グレンジャー、待て!」

 

 フィニアスも脱兎のごとく走り出した。曲がり角で鏡を覗いたハーマイオニーが凍りつくのが見えた。比喩ではない。本当に硬く石のように弾力を失った彼女の体がバタリと倒れたのだ。死角から何かがズルズルと重苦しく這いずる音が聞こえた。背を向けて逃げても間に合わないだろう。もう自ら石になるしか助かる道は無い。

 

 フィニアスはハーマイオニーが落とした手鏡を拾い上げた。覚悟は決めたつもりだったが、冷や汗は止まらなかった。歯を食い縛り、鏡を見つめながら震える足で一歩踏み出した。

 

 最後にフィニアスが見たのは、小さな鏡の半分を埋めた黄色い眼球と、その窶れた顔に不釣り合いなジニー・ウィーズリーの冷たい微笑みだった。

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