スリザリンの面汚し   作:減らず口

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アズカバンの囚人編
朝は不機嫌


 ある晴れた日の朝、フィニアスは自室の窓辺で茶色の羽をしたふくろうから日刊予言者新聞を受け取ると、あくびを一つ漏らした。眠い目を擦りながら椅子に腰を下ろし、大儀そうに新聞を広げる。霞む目を瞬かせて紙面の文字を追うが、起き抜けのまだ働いていない頭は内容をほとんど理解してはいない。

 

 起床してすぐに新聞に目を通すのは日課であるが、果たして意味のある習慣なのだろうか。毎朝自問自答しているのだが、結局次の朝も同じように繰り返してしまうのだった。

 

 いくつかの記事にぼんやり目を走らせては捲りを繰り返していたフィニアスの手が止まった。そして文化面に小さく載ったその記事を一瞥するや、渋面を作ると乱暴に新聞を机に放り出し、まるで新聞から逃げるように茶を淹れに立ち上がった。机の上に広げたままの紙面の片隅を占めていたのはこんな記事である。

 

「シリーズ 英国魔法使いの庭10選~第1回 ホグワーツ魔法魔術学校庭園 母の想い出を胸に~

 

 我らが母校に庭園?そう首を傾げた読者もきっと多いに違いない。ホグワーツに素晴らしい庭園がある、と聞いたとき、記者も古い記憶を辿ってみたがそれらしい物は覚えがなかった。

 それもそのはず、つい二年前までそれは単なる「草むら」としか認識されていなかったのである。これを立派な庭へと蘇らせたのが、二年前から管理人兼庭師として同校に奉職しているフィニアス・ペティボーン氏である……」

 

 一緒に載せられた写真には少し固くなりながら庭仕事をするフィニアスの姿が写っている。予言者新聞の記者から取材の申し込みのふくろう便が届いたのは、夏休みが始まってすぐのことだった。断るつもりで返事を書き始めたのを偶然ハグリッドが見つけ、学校中に吹聴、その噂を耳にしたダンブルドアが校長権限で取材にオーケーを出してしまったのだ。

 

 取材当日、渋々といった様子で出迎えたフィニアスに、まだ新人臭さの抜けない記者は端から萎縮してしまっていた。それでもどうにかこうにか必要な情報を聞き出し、写真を一枚撮るや逃げるように帰っていったのだった。

 

 そしてその記事がこの程紙面に載った、という次第なのである。自分などの名前が新聞に載るなんておこがましい、フィニアスはそう思った。取材を断ろうと思っていたのもそれが理由であった。「スリザリンの面汚し」が臆面もなく得意顔を晒している――休み明けにそんな中傷が飛び交うかもしれないとも危惧した。

 

 そしてフィニアスはふと、休みが明けたらハーマイオニー・グレンジャーとセドリック・ディゴリーに礼を言わねばならないな、と考えた。今の美しい庭があるのは常々仕事を手伝ってくれている彼らの功績でもある。この手柄を独り占めする権利は自分には無いのだ。特にディゴリーにはバジリスクに石にされていた間の庭の世話を肩代わりしてもらっている。またあのまぶしい笑顔に相対しなければいけないと思うと、今から後ろめたいような気分になるが、致し方がない。

 

フィニアスは再び記事に目を落とした。

 

……ホグワーツの庭造りのモデルになる庭園があるのか、との記者の問いにペティボーン氏は「これは生まれ育った屋敷の庭を参考にしているのです。母が庭造りに熱心でした」と答えた。ペティボーン氏の母ウィニフレッド・ペティボーン夫人は、氏が十六歳の年に亡くなっている。……

 

 そこまで読み進めてフィニアスは新聞紙を投げだした。記者に母とのことを無理やり聞き出された時、これは書いてくれるなと釘を刺したはずだった――目を輝かせていた記者の様子から、無理だろうとは思っていたが――これがもう一つ、取材を受けたくなかった理由だった。

 

ホグワーツで働き始めてから二年が過ぎ、完成には程遠いものの、ホグワーツの庭園は少しずつフィニアスの思い描いた姿、すなわち在りし日の母ウィニフレッドの庭の姿に近づいてきていた。フィニアスが母校の庭園を借りて試みていたのは、母の庭の再現であった。早くに亡くした肉親を、庭造りを通して今一度そばに感じたいという密かな願望を新聞記者などに暴かれるのは我慢ならなかったのだ。学校の庭園を私物化していることへの後ろめたさもあった。

 

 フィニアスはひとしきり憂鬱な気分を味わった後、ようやく他の記事にも目を通そうという気になった。魔法ゲーム・スポーツ部でまた不祥事か、お役所は相変わらずだな――

 

 この日、ささやかな新聞記事のお陰で朝からすっかり気が滅入ってしまったフィニアスであったが、午後からマグルのロンドンに出かける楽しみに集中することで、昼食の席につく頃までにはだいぶ気分を持ち直していた。さっさと食事を済ませて出掛けるつもりで、マグル式のさっぱりとした装いに着替えて食堂に入ると、マダム・ポンフリーが眉根に皺を寄せて窓をピシャリと閉めているところであった。テーブルには食べかけの食事がそのままになっている。

 

「ああフィニアス!良いところに」

 

 窓からふくろうを追い出したところなのだろうか、振り向いた彼女の手には手紙が握られている。何か、とフィニアスが尋ねる前にマダムはそれを押し付けた。

 

「貴方に手紙です。まったく食事をしている頭の上をふくろうが飛ぶなんて。不衛生だわ!」

 

 フィニアスは頭から湯気を立てながら昼食を再開させたマダムの前に腰を下ろした。椅子に尻がつくかつかないかという内に、出来立ての料理が皿の上にあらわれる。フィニアスはフォークを取りながら封筒を裏返したが、差出人を見て肩を落とした――聖マンゴ魔法疾患傷害病院 癒師 ミリアム・ストラウト――ああ、またか。

 

 サラダをつつくのを諦めて封筒を開き、素っ気なく一枚だけ出てきた便箋に目を通す。三十秒もかからず読み終えたフィニアスは、うんざりした顔で再びフォークを手に取った。あからさまに表情を歪めたフィニアスに、マダム・ポンフリーが心配げに声をかけた。

 

「何か悪い知らせでも?」

 

 自分はそんなに難しい顔をしていたか、とフィニアスは少し驚きながらも、軽く笑って否定する。

 

「いえいえ、そんな重大な話じゃありません」

 

 実際、手紙の内容は大したことではなかった。ただ恐ろしく面倒な仕事をフィニアスに依頼してきているだけである。フィニアスはため息とともに続けた。

 

「ただ一つ悪いことと言えば、午後の予定を変更せねばならないということでしょうか――」

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