スリザリンの面汚し   作:減らず口

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職員会議

「今日ようやく、九月からの防衛術の教授が見つかったことを報告できる。引き受けて下さったのは本校の卒業生でもあるリーマス・ルーピンじゃ」

 

 こうダンブルドアが言った時、広い会議室の中で驚いているのはフィニアスだけのようだった。発言した本人はいつも通りニコニコしていたし、テーブルを囲んでいる教授たちを見渡すと嬉しそうな者はごく僅か、大概が渋い顔をしていたが、反論する気はまるで無いようだった。セブルス・スネイプでさえ眉間に深いシワを寄せ、胸の前で固く腕を組んでいたが、口を開く気配は無かった。

 

 フィニアスは机の上に放り出してあった資料を慌ててめくった。そこには間違いなく旧友の名前が記されていた。

 

 ダンブルドアが再び口を開くまで、淀んだ沈黙が十秒ほど続いた。

 

「先生方には事前に説明しておる通り、新教授はちょっとした持病を抱えていらっしゃる」

 

 ここでスネイプが鼻で笑ったが、ダンブルドアはたしなめるような視線を送っただけだった。

 

「これに関して幾つか解決すべき課題があったが、有り難くも皆の協力を得ることができた。特にスネイプ先生。極めて複雑で繊細な脱狼薬を調合する時間を毎月割いて下さることになった」

 

 どうやらルーピンが教授に就任することは、既に根回し済みであったらしい。フィニアスは不機嫌そうなスネイプの横顔を遠くから眺めながら、そう悟った。知らなかったのは自分ばかりというわけだ。フィニアスは、早鐘のように脈打つ心臓から送り出される熱い血液が身体中を巡るのを感じた。会議室の白けた空気の中で、自分の周りだけ熱を帯びているようだった。

 

 まさか、リーマスと再会することになるなんて。もう二度と会うことなどないと思っていたのに。

 

 長年離ればなれになっていた旧友と再び仕事ができる――嬉しいことではないか――フィニアスはそう自分に言い聞かせようとした。しかし、どうしても、素直に再会を喜ぶことはできなかった。

 

 

***

 

 

 学生時代、フィニアス・ペティボーンとリーマス・ルーピンは親友だった。最初に二人を引き合わせたのはちょっとした偶然だったが、その絆を深めたのは絶望という共通の病だった。力を失った魔法使いと人狼は、酒とバタービールを片手に慰めあった。フィニアスはスリザリンに居場所が無かったし、リーマスはシリウスたち寮の友人に正体を隠し続けることに疲弊していたのだ。

 

 しかし、年を経るごとにリーマスの中でグリフィンドールの友人の存在は段々大きくなっていった。たった一人の友人、それも人狼のために危険な動物もどきを習得するなんて、誰が想像するだろうか?それはフィニアスには絶対に真似の出来ないことだった。結局、リーマスは自分ではなく、彼らを選んだ。彼らと共に不死鳥の騎士団で戦うことを決めたのだ。一度は失った希望がそこにはあると思ったのだろう。

 

 その時初めてフィニアスは裏切りという言葉を実感として味わった。父に勘当された時も、それを機に親しかった寮の友人が掌を返した時も、裏切りだとは思わなかった。スクイブに成り果てた自分、何の後ろ楯も無い自分は見捨てられて当然だった。だがリーマスとは暗闇の中で手に手を取り合ったはずなのだ。それはフィニアスにとっては絶対に壊れることのない絆だった――やがて抱くようになる独りよがりな恋慕を除いたとしても。

 

 しかし、リーマスは同寮の友という一条の光を探り当ててから、フィニアスの惑溺する絶望を嫌い始めた。きっと、リーマスの中に燻っていたグリフィンドールの精神がそれを受け付けなかったのだろう。フィニアスが当時すがっていた自衛的な諦念はいかにも狡猾で、言わばスリザリン的に見えたのかもしれない。

 

 人狼に向けられる世間の冷酷な目を考えると、リーマスの掴んでいる光は馬鹿馬鹿しいくらいに細いよすがだったが、リーマスはその微かな光を追い求める事を決意した――これを背信と言わずして何と言おう。リーマスのいつもは青白い頬が、騎士団の話をする時だけはほんのり紅潮していたのをフィニアスは苦い思い出として覚えている。

 

 そしてその数年後、リーマスは全てを失った。不信と裏切り、その先の犠牲――

 

 

***

 

 

 フィニアスは先日シリウス・ブラックの脱獄を報じる予言者新聞の号外を手にした時から、ずっと呪われたような気分に悩まされていた。何故こうも過去を呼び覚ますような出来事が続くのだろう。こんな気乗りのしないままで、九月一日、リーマスと再び顔を合わせて何と言えばよいのだろうか。

 

「シリウス・ブラックがこのホグワーツに向かっているのではないか、という情報を魔法省は得ているようじゃ」

 

 いつの間にか議題は次に移っていた。資料をめくって出てきたのは、「学校敷地内への吸魂鬼の受け入れについて」だった。校長は珍しく表情を曇らせている。

 

「あのような生き物を学校の警備に当たらせることには強く反対したのじゃが、ブラックはハリー・ポッターをその手にかけるつもりで脱獄した、とも言われておる。もはや吸魂鬼受け入れを拒否することは出来ぬ」

 

 ふと、フィニアスはシリウス・ブラックの裁判の時垣間見たリーマスの顔を思い出した。それはぞっとするほど穏やかな顔だった。法廷でフィニアスがシリウスは無実だと証言し、その証言が裁判官たちに一笑に伏され、その後は流れ作業のように被告の有罪が決定していく様を彼はただじっと見つめていた。

 

 その時のリーマスの窶れた顔は、被告の裏切りに対する鮮烈な怒りよりもむしろ、すりきれた哀しみに支配されていた。希望を探す苦難の旅から解放され、ゆっくりと諦観の境地に憩うことが出来るのを歓迎しているようにすら見えた――

 

「同窓会の準備は捗っているんでしょうな?」

 

 横から、季節に似合わぬジメジメした声がかかった。セブルス・スネイプだった。フィニアスが思い出に耽っている間に会議は既に終わったらしく、部屋は二人以外もぬけの殻である。

 

「何だって?」

 

 リーマス・ルーピンが舞い戻ってくることで、スネイプのかつての憎しみが再び燃え上がるのは想像に難くなかった。そしてそのルーピンと仲が良かったフィニアスに一つ二つ難癖をつけたとしても、決して驚くことではなかった。

 

 しかし、過去のわだかまりに囚われていたフィニアスは、至極現実的な一つの問題について自分が盲目になっていることに気付いていなかった。

 

「スクイブに狼人間とは、脱獄囚の友人をもてなすには申し分のない役者が揃ったものですな」

 

 冷然とした中に不信と憎しみを滾らせているスネイプの言葉に、フィニアスはハッとなった。シリウス・ブラックはホグワーツを目指していると言われているのだ。そして自分は過去に法廷で彼を庇っている。リーマスは闇に近いと言われる人狼で、しかも彼の親友だった。

 

 そうだ。私たちはシリウス・ブラックの協力者だと疑われてもおかしくない場所に立っているのだ。状況次第ではアズカバン行きになることだって有り得る――どっぷりひたっていた過去の饐えた匂いの中に、官能を直接刺激する生々しい臭気が急速に混じり始めた。

 

「我輩はダンブルドアほど人間が出来てはいない。疑わしい者がいれば疑ってしまう。せいぜい気を付けることですな」

 

「心当たりの無いことをどう気を付けるのか是非教えてもらいたいものだね――」

 

 どうにかこうにか切り返したフィニアスは、薄笑いを浮かべながら黒いローブを翻して去っていくスネイプの後姿を呆然と見送ることしかできなかった。

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