スリザリンの面汚し   作:減らず口

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再会

 篠突く雨の激しさに十歩先も見えないホグズミード駅の軒先で、フィニアスはホグワーツ特急が到着するのを待っていた。道の脇には生徒が乗るはずの馬車が並び、ハグリッドはローブをしとどに濡らしながら、落ち着かなげなセストラルを宥めている。フィニアスはその横で、町へ続く泥道がけぶる雨の中へ消えるあたりを眺めていた。

 

 間近に迫ったリーマス・ルーピンとの再会を思うと、フィニアスは嬉しいのか、恐ろしいのか、悲しいのか、自分で自分の感情が判別できなかった。思考がままならない。濡れて身体にまとわりつく重いローブを頭から何枚も被ったような、不自由な心持ちがした。

 

 荒れ狂う嵐がせめてもの慰めだった。土砂降りの雨に閉じ込められ、時おり吹き付ける雨混じりの風に身を晒していると、どことない安心感があった。もしこれが美しい青空だったらどうだろう。広々とした高い空が、とりとめのない明るさでフィニアスの苦悩を破廉恥に暴きたてたに違いない。

 

 風が一際激しさを増し、轟きながら駅舎をごうごうと揺らす。雨垂れが足並みを乱してバタバタと飛び散った。触発されたセストラルのか細い鳴き声が続き、そこにハグリッドの低い呟きが重なった。

 

 汽笛が雨音の隙間から響いた。その音が意外に近くから聞こえたことにフィニアスは驚いた。雨の弾幕が汽車の足音を消していたのだ。果たして五分もしないうちにホグワーツ特急はホグズミード駅に到着した。

 

 駅は俄に騒がしくなった。賑やかに蒸気を上げる汽車のまわりで活動的に働く駅員たちの姿は全て知っている通りで、それが因縁深い旧友と再会するという未知に面したフィニアスの心を励ました。

 

 いよいよ列車の扉という扉が開き、生徒たちが雪崩をうって出てきた。フィニアスが訝しく思ったことに、いつもは騒がしく走り回る生徒たちが、何故かみな青白い顔を不安に歪めているのだ。彼らの動きは緩慢で、口々に何かとりとめもなく話し合っている。

 

 生徒たちを馬車に乗せるのにたいした手間はかからなかった。誰も彼も温かく明かりのともった馬車に我先に乗り込んだ。嵐のせいだろう、フィニアスは思った。

 

 生徒を乗せた馬車が去り、ハグリッドも新入生を引き連れていってしまった。残ったのはフィニアスと馬車が一台だけだった。

 

 リーマス・ルーピンは中々姿を現さなかった。フィニアスはじっと駅の出口を見つめていた。ひょっとして列車に乗り損なったのではないのか――鼻先に漂い始めたトラブルの匂いがフィニアスを過去の泥沼から僅かにひっぱりあげてくれた。どうしようか、ホグワーツにふくろうを飛ばそうか――

 

 目の前に浮上してきた問題にフィニアスがこれ幸いと飛び付こうとした矢先に、車掌に伴われて一人の男が現れた。大きなトランクを手に下げて、プラットホームから降りてきたのは紛れもなくリーマス・ルーピンだった。

 

 

***

 

 

 最初に言葉を交わしたとき、リーマス・ルーピンの意外に屈託のない様子にフィニアスはそこはかとない敗北感を味わった。

 

「待たせてごめん」

 

「列車に乗り損なったのかと思ったぞ」

 

「吸魂鬼が列車に乗り込んできてね。皆怯えるし、気絶する生徒までいたから、念のため駅のふくろうをホグワーツに飛ばしてたんだ」

 

「吸魂鬼が列車に?」

 

 ルーピンがトランクを荷台に載せるのを手伝っている間、フィニアスはとても熱心な聞き手だった。吸魂鬼の話題が続く限り、二人の間にある十二年の溝を埋める作業に着手する必要がないのだから。

 

 しかし、フィニアスがどれだけ先伸ばしにしようとも、話の途切れる瞬間はやってくる。

 

 荷物を積み終わった二人は、身を屈めて雨を避けながら馬車に乗り込んだ。バタバタと豪雨の中を走って馬車に飛び込むのもフィニアスにとっては気の紛れる出来事だった。しかし扉を閉めた瞬間、耳を打つ雨音ははたと遮られ、雨粒が屋根を打ちつける音だけが暖かい車内を包んだ。二人は隣り合わせに前を向いて腰を下ろした。

 

 馬車が動き出した。

 

 フィニアスは吸魂鬼の話を再開させる気にはなれなかったが、それはリーマスも同じであるようだった。二人は前を向いてじっと座ったまま、お互いの暖かさと息遣いにじっと感じ入っているようだった。

 

 実際にリーマスと顔を合わせてフィニアスがすぐに気付いたことがある。それは自分がリーマス・ルーピンを相変わらず慕っているということであり、こうして居心地の悪い思いをしているのも、彼が自分のことをどう思っているのかを知りたくてたまらない――それはつまり知りたくない、ということなのだが――からだ、ということであった。

 

 馬車は規則正しく揺れ続けた。フィニアスは窓の外を眺めようとしたが、黒い窓に映る憂鬱げな自分の顔に邪魔をされてしまった。いつの間にか日は暮れ、人家もない道は真っ暗闇だった。

 

「聞いたよ、バジリスクに襲われたって」

 

 フィニアスに久しぶりに会ったリーマスとしては当然触れるべき話題だっただろう。自分が恐れる話題でなかったことにフィニアスは少しホッとして、いささか饒舌になって答えた。

 

「大したことなかったよ。バジリスクを見たのも一瞬だったし、すぐに石にされてしまって、後のことは何も覚えていないし。後遺症もなかった」

 

「無事で本当に良かった。ついこないだダンブルドアに聞いて驚いたんだ。新聞にも載らなかったし、ホグワーツの事情を教えてくれる知人もいないから」

 

「そうか。で、君は、どうだったんだい」

 

 繋げる言葉を模索しているうちに、つい口にしてしまった。この魔法界で、人狼がそう愉快な生活を送れるはずがないことは百も承知なのに。フィニアスが自分の失言を後悔する様子を感じ取ったのか、リーマスは苦笑を漏らした。

 

「うん、まあまあだよ。取りあえずはね。ただ職が定まらないから、中々貯金も出来なくてね。老後が心配だったけど、ホグワーツに就職できたから少しは安心かな」

 

「そうだな」

 

 フィニアスは無理矢理に笑った。頭のなかで「老後」という言葉が奇妙な残響を引きずっていた。フィニアスには年老いて穏やかに暮らす人狼というものが想像できなかった。リーマスに長生きしてほしくないわけでは決してない。ただ、人狼と老後というものが不釣り合いに思えたのだ。

 

「今思えば」

 

 リーマスが再び口を開いた。

 

「ヴォルデモートと戦っていた頃のほうがいくらか幸せだったかもしれない。ちょっとは魔法界の役に立っていると思ったら、周りの目もあまり気にならなかったし、少なくとも死に場所には困らなかった。魔法使いとしてのね――」

 

 「死に場所」という言葉にぎょっとしたフィニアスが思わず見たリーマスの横顔には、遠目では気付かなかった細かい皺が刻まれ、豊かな鳶色の頭髪にも白髪が目立った。それらの苦難の印が全て平和な時代につけられたものであるとは思えなかったが、フィニアスは口を閉ざした。

 

 それからしばらく無言が続いた。

 

「フィニアスは見えるんだっけ?」

 

「見えるって?」

 

「セストラル」

 

 フィニアスはそれを聞いた途端、車内を映す窓の上に、荒れ果てた大地と、血みどろになって死喰人と戦うリーマスと、その足許の顔のない死体の山の幻覚を見た。

 

「いや、まだ見えないんだ」

 

 答えながらフィニアスは、自分の過去が外で吹き荒れる嵐に弄ばれるカラカラという虚しい音を聞いたような気がした。

 

「そう。あ、城が見えてきたよ」

 

 リーマスは子供のように窓に額を擦り付けて夜闇の向こうに浮かぶホグワーツの明かりに見入っている。

 

 十五年の月日はフィニアスが考えていたよりもずっと二人の人生を遠くに引き離していた。馬車を下りる頃には、フィニアスは自分の恋心は余りに場違いなのではないかと感じ始めていた。

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