スリザリンの面汚し   作:減らず口

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月夜は明るく

 毎日スネイプから届けられる脱狼薬は、リーマス・ルーピンの只でさえ青白い顔から日に日に血の気を奪っていた。そして十一月に入ってすぐの金曜日の朝、ついにリーマスはベッドから起き上がることが出来なくなった。

 

 その晩、夜の見回りをフィルチに押し付けることに無事成功したフィニアスは、ひっそりとリーマスの部屋へ向かった。就寝時間を僅かに過ぎて、廊下は静まり返っている。丸々とした月が、フィニアスの足許を照らし出していた。

 

 月明かりの投げ掛ける影の中で、忍び寄る満月の晩をひとり迎えようとしているリーマスの姿をフィニアスは思い描いた――枕の上の顔は、やつれきっている。呼び覚まされつつある獣の本能が、深い眠りを許さないのだ。ベッドに近付く者は誰であれ、容赦ない警戒の視線で貫かれる――

 

 しかし、見舞いに来たのがフィニアスだと分かると、落ち窪んだ眼窩に微かに穏やかな光が戻るのだ。そしてほんの少しだけはにかむように微笑み、それから涙を流した――。

 

 昔もそうだった。リーマスは満月までの数日間、フィニアスが医務室を訪れるのをいつも待っていた。勿論グリフィンドールの友人も見舞いに来ていた。彼らの励ましの言葉に笑顔で「大丈夫、心配しないで」と答えた。だが、心細さを我慢せず、恐怖のまま泣きじゃくったのはフィニアスの前でだけだった。

 

 しかし、それもグリフィンドールの連中が動物もどきを修得してからは、なくなってしまった。リーマスは満月を前にしても泣かなくなった。

 

 でも、今日この日を彼とともに迎えるのは私だ。フィニアスはこの考えに、心ならずも充足感を覚えながら、廊下の角を曲がった。リーマスの寝室はすぐそこだ。すぐ側に行くからな――。

 

「おや、君もルーピンに用かね?」

 

 目指す部屋から今まさに出てきたのは、セブルス・スネイプだった。手で空のゴブレットを弄んでいる。月光の作り出した黒い影が顔を半分隠しているせいで、その表情は声から読み取るしかなかった。しかし、からかうような、それでいて抜け目のない視線は、間違いなくフィニアスを捕らえている。

 

 フィニアスは何気なさを装って答えた。

 

「寝込んでいると聞いてね。ちょっと様子を見に来たんだ」

 

 スネイプの声に嘲りの色が広がった。

 

「長居はおすすめしない。奴の体調のためにも、貴様の評判をこれ以上落とさないためにも」

 

「ご忠告どうも」

 

 ハロウィンの晩にホグワーツに押し入ったブラックを手引きしたのではないかと、スネイプがリーマスとフィニアスを疑っているのは間違いなかった。例によってダンブルドアが、その鋭い眼差しで無言のうちに疑惑の声を封殺していたものの、スネイプの胸の内は明らかだった――時さえ来れば、いつでも貴様をアズカバンへ送り込んでやる――

 

 スネイプは憎しみと喜びの混じった一瞥を残して去っていった。

 

 フィニアスは一抹の不安を覚えた。本当のところ自分は全くのシロだし、ダンブルドアは根拠のない猜疑心が城に蔓延することは決して望まない。しかし、ダンブルドアの力とて完全でないことは去年の出来事が示している。無実の罪でハグリッドは一時アズカバンの虜となったのだ。

 

 フィニアスが部屋に入ると、横になっていたリーマスは枕を背にベッドに半身を起こした。その憔悴した鈍い動きを眺めていると、ふと不安の雲はかき消され、また昔の思い出がフィニアスの心を鈍く照らし始めた。

 

 フィニアスはベッドのふちに腰かけた。

 

「具合はどう?」

 

「最悪だよ。何と言っても、口の中が苦いのがね。脱狼薬は甘くできないのが辛いよね」

 

「薬だから仕方ない。水を取ってこようか」

 

 リーマスは首を振った。

 

「いや、このままここにいてほしいな」

 

 そう言ったものの、リーマスはそれきり苦しい息をつくばかりで黙りこんでしまった。フィニアスはリーマスの手を握りながら、汗でその額にはりついた鳶色の渦をじっと見詰めていた。

 

「――こうして誰かが側にいてくれる夜は久しぶりだよ」

 

 突然リーマスが口を開いた。

 

「そうか」

 

「学生の頃はジェームズ達がいてくれて――動物もどきの姿で一緒に外を駆け回って――」

 

 リーマスは目を閉じたまま、口許は微笑んでいる。

 

「楽しかったなあ、とんでもないことしてた訳だけど。ずっと昔のことなのに、今でも満月が近づくと思い出すんだ」

 

 その思い出は辛い中のささやかな心の慰めなのだろう。フィニアスは少しく自負を砕かれた気がした。昔見せてくれた涙はなんだったんだ――?それに、今、君の側にいるのは私なのに――

 

 フィニアスはリーマスの手を強く握り直した。空いた手で、額にまとわりつく髪をそっとかきあげてやる。

 

「今晩は朝までこうしていようか」

 

 リーマスのうっすら開いた瞼の隙間から、きらりと物欲しそうな光が漏れた。フィニアスの胸が鳴った。

 

「ほんと?」

 

「勿論だ」

 

「昔みたいだね」

 

 しかし、ふとリーマスはため息をついた。

 

「ありがとう。でも止めたほうがいい。ブラックの件では君も僕もあまりよい立場とは言えないんだ。疑われるような行動は避けないと。とくにセブルスあたりは何を言い出すか分からないから――今日は帰った方がいいよ――僕も眠りたい」

 

 言い切ったリーマスは苦しげに咳き込んだ。そして、もう話は終わったとばかりに目を閉じてしまった。フィニアスは躊躇した。本当にリーマスが一人になることを望んでいるとは思えなかったからだ。

 

 だが、いつまで待ってもリーマスは目を開こうとしなかった。といって、規則正しい寝息が聞こえてくることもなかった。やがてフィニアスが諦めて部屋を辞すまで、根比べのような時間が続いた。

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