ルーピンは庭園や管理人室を時折訪れては、何事もなかったかのように世間話を一方的にして去っていく。フィニアスはそれを無視するふりをしていたが、ルーピンはフィニアスがちゃんと傾聴していることに気付いている。フィニアスは見透かしたようなルーピンの顔つきに苛立ちながらも、完全に拒絶することもできなかった。そのような日々は、再び満月が近づきルーピンが伏せる時間が増えるまで続いた。
ルーピンとは対照的に、セドリック・ディゴリーはあの日以来、庭園にふっつりと姿を見せなくなった。かつては煩わしいとさえ感じていたセドリックの存在だったが、いざいなくなってみると、一抹の寂しさが心の片隅に巣食っていることにフィニアスは気付いた。まるで初歩的な恋の駆け引きに右往左往するうぶな少年にでもなったようだった。ふくろう試験の準備とクィディッチの練習があるのだから、庭仕事の手伝いなどで油を売っていられないのだろう。フィニアスはそう思うことでどうにか平静を保っていた。
十一月末の土曜日の午後、寒空の下フィニアスはクィディッチ競技場へ足早に向かっていた。レイブンクロー対ハッフルパフの試合がもう間もなく始まる時間である。もう周りには人影はなく、その代わりにはち切れんばかりの緊張と熱気が競技場からあふれている。フィニアスは次第に息が浅くなり、季節柄ありえない汗が頬を伝うのを感じた。
フィニアスがクィディッチの試合を観戦するのは、ホグワーツで働くようになって初めてのことである。二十年近く前、フィニアスが突如魔力を失ったのはまさにこの場所、スリザリンチームのシーカーとして出場していた試合中のことだった。おろしたてピカピカのコメットから落下したのと同時に、魔法使いとしての転落も始まったのだ。その瞬間の、嵐に飲まれるような恐怖はいまだ鮮明にフィニアスの脳裡に焼き付き、その足を競技場から遠のかせていた。
今もフィニアスがクィディッチ競技場に向かう足取りは重い。フィニアスがクィディッチ観戦に向かう決心をしたのは、フィニアスが恐怖のあまりクィディッチ競技場に近づくこともできないと思っているらしいリーマス・ルーピンへの反発と、セドリック・ディゴリーへの罪悪感からである。
フィニアスが誰にも見られないようにそっと職員席の最後列に腰を下ろしたとき、ちょうど試合開始のホイッスルが鳴り響いた。十四人の選手たちのシルエットがピッチに散らばる。抜けるような青空に溶け込むようなレイブンクローの選手たちとは対照的に、ハッフルパフのカナリアイエローのユニフォームは、陽光を浴びて目がつぶれそうなほどに輝いていた。
目まぐるしく動き回る選手たちの中で、セドリック・ディゴリーはすぐに見つかった。ピッチのひと際高いところを緩やかに旋回している。その眼は金色の獲物を探しながらも、注意深く戦況を見渡している。なるべく大差をつけてレイブンクローに勝利したいのだろう。まずはゴールに存分にクワッフルを喰わせなければ、スニッチに手を出すわけにはいかないのだ。
ピッチの反対側では、レイブンクローチームの一人――小柄な少女――が同じようにゆっくりと箒を操っている。間違いなくシーカーだろう。敏捷そうな、いかにもシーカー向きの選手だ。セドリックもこの選手もまだスニッチを見つけてはいないようだった。リー・ジョーダンの姦しい実況にも、彼らの名前はまだ出てきていない。しかし、目まぐるしく移り変わる眼下の戦況とは反対に、静かではあるが、今にもはち切れそうに緊張した膜が二人のシーカーを包んでいるのが分かった。
いつの間にかフィニアス自身もその膜の中にいた。
シーカーが凶暴なブラッジャーの一撃に怯えることなくスニッチの後を追いかけることができるのは、チームメイトへの絶対の信頼があるからだ。それでもシーカーが孤独なポジションであることに変わりはない。最後の最後の局面まで、クアッフルをめぐる熱狂に背を向けなければならない。そのせいだろうか、味方ではなく敵のシーカーとの間に奇妙な連帯感が生まれるのだ。フィニアスは、自身の短い選手生活の中で対峙したシーカーたちを思い出していた――同学年のレイブンクローのシーカー、グレアム・ハーパー――当時最新のニンバスを得意げに乗り回していたが、敵ではなかった――ジェシカ・ローソン、ハッフルパフのエースだった――女子のわりに大柄で、長い腕を生かした競り合いに強かった――
その時、爆発的な歓声がフィニアスの夢想を吹き飛ばした。流れるようなパスから見事なゴールを決めたのはレイブンクローチームだった。どうもハッフルパフチームは調子が良くないらしい。その後もかみ合わないプレーが続き、あれよあれよという間に気付けば結構な点差をつけられていた。もう猶予はない。今こそシーカーがスニッチを奪い取らなければならない時だ。セドリックも同じ考えだったようだ。
先に動いたのはレイブンクローのシーカー――リー・ジョーダンが連呼するところによるとチョウ・チャン――だった。セドリックは遅れた。ああ、稲妻でさえ一歩しか動けないようなわずかな間であるが、試合を決定づけるに十分な要素だ。腕の長さにも満たないのに何故か詰められない差を詰めようと必死に追いかける時のあの感覚――終わりの見えない闇夜を追い抜き、その先の朝日を渇望するような――
気づけばフィニアスは立ち上がっていた。目で追うだけでは足りなかった。セドリックが飛んでいるその場所に少しでも近づこうとしていた。立ち上がった拍子に前の席を蹴り飛ばし、振り返ったスプラウトが目を剥いたのにも気づかなかった。チョウ・チャンがスニッチを掴んだその瞬間も、フィニアスの心は体を離れ、セドリックの鼻先を漂っていた。あまりに近づきすぎたので、全力を出し切ったセドリックが肩を上下させて呼吸するその熱い息が感じられるほどだった。
観客が三々五々競技場を後にし始めても、フィニアスはその場を動くことがなかなかできなかった。不思議なことに、最も愛していたがゆえに最も憎んでいたはずのクィディッチは、セドリック・ディゴリーの体を通してもう一度フィニアスの心臓に激しい炎を灯した。その炎に熱された血は、試合が終わった後も鼓動のたびに体中に送り出され、からだを温めた。レイブンクローの勝利に上機嫌のフリットウィックが、ぼんやり突っ立っているフィニアスの様子を見て怪訝な顔で通り過ぎていった。
寒空の下で、ほてった体を持て余したフィニアスは、ふとセドリックに会いに行くことを考えた。負けてしまった選手に向かって何を話すつもりなのか自分でもわからなかったが、居ても立っても居られなかったのだ。あの時、大人げない言葉を投げつけてしまったことを謝りたかったのかもしれない。
この時間ならまだ選手たちは残っているに違いない。果たしてフィニアスが観客席を出て、競技場の裏手に回ると、勝利の喜びの冷めやらぬレイブンクローチームの一団とその取り巻きとにすれ違った。そのすぐ後に、負けたにもかかわらず屈託のない様子のハッフルパフチームが競技場から出てきた。しかし、その中にセドリックの姿を認めたフィニアスが声をかけようとした途端、チームの奮闘をねぎらう生徒たちがあっという間に周りを取り囲んでしまった。人垣の中にいるセドリックはフィニアスがいることにも気付いていないようだった。フィニアスはにぎやかな生徒たちの群れが通り過ぎるのをなすすべもなく眺めていた。
風は急に強さを増してきたようだった。