スリザリンの面汚し   作:減らず口

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庭のエピソード

 果たしてフィニアス・ペティボーンの過去の噂はホグワーツ城という閉ざされた空間の中であっという間に広がっていった。生徒たちの押し殺したひそひそ声が石造りの壁の至るところで跳ね返り、城じゅうに反響していた。一つ一つの声は小さくとも、そうして幾重にも重れば嫌でもフィニアスの耳に入ってきた。

 

 世間から後ろ指を指されるという、マグル界に逃げていた間にすっかり忘れてしまった感覚がフィニアスの中で再び揺り起こされた。好奇と軽蔑の波状攻撃に連日さらされるフィニアスが人の目から解放されるのは夜、自室に帰った後だけだった。その唯一の心安らぐ時間をより充実したものにするために、フィニアスは再びアルコールに頼るようになった。

 

 秋の色が段々濃くなっていく十月も同じように過ぎていった。単調な仕事と、物見高い視線、ブランデー。その繰返し。

 

 とは言え、一ヶ月も経つと大抵の生徒はこの噂に飽きてしまったようだった。結局、最後まで辛抱強くこの話題を繰り返していたのは他ならぬスリザリン生だった。フィニアスの姿を見かける度に、クスクス笑いと共にあからさまな蔑みの視線を浴びせた。それはまるで、自分達がこの「面汚し」とは違うことを見せつけようとしているかのようだった。そしてそのあとに残ったのは、灰色の澱の漂う淀んだ空気だけだった。

 

 フィニアスがそんな空気から逃れることのできる唯一の場所がホグワーツの庭園だった。とはいえ、咲き乱れる花の色や香りがフィニアスの傷つきがちな心を癒した、というわけではない。なぜならフィニアスが着任した時のホグワーツの庭園は、長年手入れをされることもなく忘れ去られた場所であり、ひと月たった今でもまだ人の心を潤しうる代物とは到底言えなかったからである。

 

 九月のはじめ、ハグリッドに伴われて初めてこの庭に足を踏み入れた時、無残に荒れ果てた有様にフィニアスは驚いた。粗暴な雑草に支配され、かつては青々としたツタをまとっていたであろう石壁も、まるで墓石のように虚しげだった。しかし同時に、目の前の風景に重ね合わせるように、この庭が美しく生まれ変わった姿がはっきりと見えたのである。それは、この庭の未来の姿であると同時に、フィニアスの心の中に眠る過去の姿でもあった。

 

 

***

 

 

 フィニアスが生まれ育った屋敷は、とある森の中にあった。もともとは五百年ほど前に、当時のペティボーン家の当主がマグルの目から逃れるための別邸として建てたものであった。やがて、魔法使いがマグルの前から完全に姿を消すに至って本邸は手放され、それからはこの小ぶりな屋敷がペティボーン一族の代々の住まいとなったのだった。

 

この家は狭いながらも庭を持っていた。日の光の届きにくい森の中にあって、石造りの陰鬱な屋敷は薄闇に沈みがちであったが、この庭だけはいつもたっぷりとした陽光で満たされていた。魔法で作り出された光であったが、それだけに庭に咲きほこる花々を最も美しく見せる理想的な明るさと、それを最も心穏やかに楽しむことのできる温かさが、年間を通じて維持されていたのだった。ひとたび日が沈めば、ほのかな月明かりの中で、風に運ばれる花の香を楽しむこともできた。

 

フィニアスの幼少期の記憶では、この屋敷を訪れる客は多くなかったが、こと庭にはごく限られた者だけが入ることが許された。庭を家族だけの親密な空間にすることを望んだのはフィニアスの母ウィニフレッドだった。自分と夫、息子、そしてなぜか家族以外では執事だったパークスが唯一庭に立ち入ることが許された――いや、それどころか、庭造りの実働部隊の中心を担っていたのはパークスだった。

 

ウィニフレッドは庭造りに熱心だった。生まれつき病弱で、遠出ができなかったからかもしれない。そこで土を掘ることすらままならなかった彼女の代わりに力仕事を請け負ったのがパークスだった。はかなげな美貌に反して、造園に関しては妥協のない指揮官だったウィニフレッドの指示のままに、パークスは普段と変わらない不愛想な顔に汗を垂らして甲斐甲斐しく動き回った。時に理不尽な命令さえ平気で飛ばす女主人に振り回されていたにも関わらず、パークスの仏頂面がどこか楽し気だったのをフィニアスは記憶している。そして、父キャドマスはそんな三人の姿を部屋の窓からただ眺めるだけで、自分自身は決して庭に降りてこようとはしなかった。

 

一方フィニアスはといえば、大人たちの周りを走り回りながら、こまごまとした雑用を手伝うのが常だった。湿った土の匂いと母の低いやさしい声は風の中で溶け合う。額から流れる汗さえ心地よく、いつまでも無心に働くことができた。手や顔を泥だらけにして植えた株が花を咲かせれば、その喜びはいや増した――母が喜ぶから。うまくすれば、泥だらけの汚れた顔をその手で拭ってもらえるかもしれないから。

 

――そうだ、あの頃の屋敷の庭とそっくり同じものをここに造ろう。――曲がりくねった小道に沿って並ぶいびつな形の花壇には、勿忘草を植えよう。キングサリのパーゴラの下のベンチに腰掛ければ、蜜蜂の奏でる心地よい羽音に包まれることができる。それに、あの石壁には白いバラが似合う。夏には緑のカーテンに花が咲き誇る――どれもこれもあの庭に欠かせなかったものだ――。

 

 鼻の頭に夕立の最初の一しずくが落ちてきて、フィニアスの夢想は破られた。

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