ほとんどの生徒がフィニアスに対して無関心以上の反応を示さない中で、数人の例外がいたことを忘れてはならない。十月三十一日はそんな中で訪れた。
朝から城じゅうに甘いカボチャの香りが漂うハロウィンの日。生徒はお菓子とイタズラにそわそわし、教職員はそんな生徒たちが羽目を外さないよう目を光らせている。フィニアスが午前中の仕事から戻り、食堂に向かおうとホールに差し掛かった時、廊下の曲がり角で二人の生徒が待ち構えていたように飛び出してきた。
「ペティボーンさん、トリック・オア・トリート!」
フィニアスに向かって満面の笑みで手を突き出している二人の少年はどちらも燃えるような赤毛の持ち主である。さらに特筆すべきはその顔が瓜二つと言ってよい程似ているという点であった。
当代のホグワーツいちの問題児、フレッドとジョージ・ウィーズリーである。趣向を凝らしたイタズラで入学直後から教職員を手玉にとってきたことはフィニアスも知るところであった。彼らの柔軟で斬新な発想は、頭の凝り固まった大人には中々の強敵であった。そして、規則違反を重ねるこの双子は当然管理人の天敵でもあった。確かにフィルチは彼らの入学当初から目の敵にしていた。一方で、フィニアスはというと、何故だかこの二人に懐かれてしまっていた。
彼らのイタズラに引っ掛かると、フィルチは目に見えて機嫌が悪くなる。すると同僚として、フィニアスは非常に仕事がしづらくなる。それは困ると、イタズラをあらかじめ防いでいるうちに、フィニアスの存在に興味を抱いた双子に懐かれてしまったのだった。フィニアスとしては面倒ごとを減らすつもりでいたのが、かえって頭痛の種を増やしてしまった形だった。
フィニアスはローブのポケットからキャンデーを取り出すと、数個ずつそれぞれの手にのせた。この日のためにかねてより用意していたキャンデーである。
「はい、ハッピー・ハロウィン。早く広間に行かないと、お昼を食いはぐれるよ」
おざなりな調子のフィニアスがすぐに踵を返そうとしたので、二人は頬をふくらませた。
「ペティボーンさんは準備が良すぎるよ!なあ、ジョージ?」
「そうさ!年に一度のハロウィンなんだから楽しまないと!」
フィニアスはため息をつくと、キャンデーが入っていない方のローブのポケットをまさぐった。取り出した手には汚い色をした数個の小さな球体が乗っていた。
「楽しむって、飾りつけ前のジャック・オ・ランタンにクソ爆弾を仕掛けることがかい?」
フィニアスの視線の先には、ハロウィンの飾りつけのためのジャック・オ・ランタンが山と積み上げられていた。一つ一つ目と口がくりぬかれ、あとは蝋燭を入れて大広間に浮かべるのを待つばかりである。赤毛の双子はお互いを見つめて目をぱちくりさせていたが、直ぐに二人同時にフィニアスに詰め寄った。
「どうして分かったんです!?」
「もしかしたら、と思ってさっき調べたんだよ。カボチャが積み上げてあればなにかを仕掛ける死角ができるし、あのジャック・オ・ランタンに私かフィルチさんが触ることは分かっているからね」
双子は肩を落としていかにも哀れっぽく嘆いてみせた。
「ペティボーンさんが来てから、どうもイタズラが上手くいかない」
「そう、色々仕掛けても誰かが引っ掛かる前にペティボーンさんが見つけてしまうからな」
フィニアスはちょっと笑って答えた。
「君たちの考えそうなことは大体わかるよ。学生時代の同級生に同じようなことをする連中がいたからね」
フィニアスはイタズラが大好きだったグリフィンドールの同級生の事を思い出していた。
ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラック。フィニアスが魔力を失い、スリザリンの同級生から酷いいやがらせを受けていたとき、かつては対立していたはずのフィニアスを助けてくれたのがこの二人だった。きっと、他寮のこととはいえ陰湿ないじめを見て、グリフィンドールらしい正義感が刺激されたのだろう。もっとも当時のフィニアスには彼らの好意を素直に受けとる心の余裕はなかったのであるが。
ともあれ、スリザリン生たちが様々なイタズラの手法をもって撃退されるのを見ていたおかげで、今ウィーズリーの双子のイタズラを見抜くことができるのである。当時は考えもしなかった、思わぬ副産物であった。
ただ、不思議なのは双子の仕掛けた罠を発見することは出来ても、彼らがそれらを仕掛けている現場をどうしても押さえられないことであった。どうやって人の目を盗んで犯行に及んでいるのか――ジェームズたちの時にはあの地図があった――あれがあれば誰にも姿を見られずに城を徘徊するのは簡単だ。まさか――いや、それはない、あの地図はフィルチに没収されたのだ。とっくに処分されているはずだ。
「今度はペティボーンさんにも見つけられないようなのを考えますから、期待していてくださいね!」
別れ際にフレッドだかジョージだかが楽しそうに宣言していった。フィニアスは再び出そうになるため息を止めることはできなかった。
***
その日の午後一杯、フィニアスはフィルチやハグリッドとともにハロウィンの飾りつけにかかりっきりであった。最後に蝋燭を点したジャック・オ・ランタンを大広間に浮かべた時には、夕食の時間までもう間もなかった。
ようやく仕事が一段落したフィニアスが一旦事務室に戻ろうとしていた時のこと。廊下を曲がった瞬間、お腹の辺りにドンとぶつかるものがあった。見ると、小さな女子生徒が正面からぶつかって来たのだった。勢いよく走って来たのだろうか、大人にぶつかって転びそうになる少女を支える。
「大丈夫かい?」
顔を上げた少女の頬は涙に濡れていた。それを見たフィニアスが驚いたのが分かったのか、彼女は赤くなって慌てて顔を伏せた。
「――はい。大丈夫です、ごめんなさい、前を見ていなくて――失礼します」
そのまま栗色の豊かな髪を振り乱して走り去ろうとする女子生徒の腕をフィニアスは咄嗟に捕まえた。泣いている生徒を引き留めるなど、自分から厄介ごとに巻き込まれようとしているのも同然なのは分かっていたが、考えるより先に体の方が動いてしまっていた。
「大丈夫じゃないだろう、ミス・グレンジャー」
動きを止めた少女は、ハッとしてフィニアスを見つめた。
「私の名前、知ってるんですか?」
「え、ああ、お友達に呼ばれているのを聞いたことがあって」
己の過去をマルフォイ少年に暴露された時、スリザリン生と口論していたグリフィンドール生の中に彼女がいたのを覚えていたのだ。フィニアスは当たり障りのない答えを選んだつもりだったが、これを聞いたミス・グレンジャーは俄に顔を歪めると、ワッと火が着いたように再び泣き出してしまった。
「わ、私に友達なんていないわ!私、みんなに嫌われてるの。頭でっかちの知ったかぶりだって!私、私――」
とうとう胸に抱えていた思いが爆発したらしい少女に抱きつかれてしまった。その場からどうにも逃げられなくなってしまったフィニアスは、仕方なく彼女をなだめながら人目につかない場所に移動することにした。
――今日は厄日だ。ウィーズリーの双子に絡まれた挙げ句、泣きじゃくる一年生の相手までしなければならないとは。フィニアスは自分の人の好さを恨みながら、三たびため息をついた。
***
フィルチが見回りに出掛けた後の事務室で、フィニアスはハーマイオニー・グレンジャーの話を自分でも驚くほど辛抱強く聞いていた。ソファに腰かける彼女の隣に陣取り、溜め込んだ思いを訥々と吐露するのに耳を傾けた。やがて、彼女は言いたいことを出しきってしまったのか、後には繰り返す小さな嗚咽だけが残った。
結局、ミス・グレンジャーを苦しめていたのは同級生の子供っぽさと彼女の融通のきかなさとが原因の喧嘩であるとフィニアスは結論づけた。彼女の頑固さは、フィニアスにある人を思い起こさせた。赤い髪に緑の瞳の、今は亡き同級生だ。その強固な正義感によって何人の人が救われ、どれだけの人が傷ついたのだろうか。
相手が少し落ち着いたのを見計らって、フィニアスは紅茶をいれに席を立つ。
「さあ、どうぞ」
紅茶を勧めておきながら、一方で、どうやってこの子をここから帰そうかと思案を巡らせた。静かな部屋にカップとソーサーの触れあう音が響く。ややあって、ハーマイオニーが沈黙を破った。
「ありがとうございました。話を聞いて下さって。私、両親はどちらもマグルだから、こっちに知り合いがいなくて。ペティボーンさんだけです。私の話聞いてくれたの」
「それは、どういたしまして」
いよいよまずくなってきた、とフィニアスは思った。ミス・グレンジャーの顔には感謝の色がありありと浮かんでいる。このまま変に好感をもたれると厄介だ。それは分かっているのだが――
「あの、またここに来てもいいですか?」
「え、ああ、私なんかで良いのなら。ほら、私の噂は聞いているだろう。だから、あまり頼りにならないとは思うけど」
――どうも、誰かから必要とされているのが嬉しいのだ。フィニアスの謙遜あるいは自虐を聞いたハーマイオニーは身を乗り出して力説してくれた。
「そんなことないです!みんなは色々噂してたけど。ペティボーンさんは優しいし、フィルチ――さんみたいに怖くないし、それに、フレッドとジョージのイタズラを見つける名人だなんて、すごいわ!」
フィニアスも最後のには思わず苦笑してしまったが、こうも思う。
ミス・グレンジャーがいくら勉強熱心とはいえ、マグル生まれである以上、スクイブの立場を感覚的に理解できるようになるのはまだ先のことだろう。そして、彼女が完全な魔女としてスクイブへの然るべき態度も身に付けたその時もまだ自分を頼りにしてくれるかは分からないのだ。
「随分高い評価だね、ありがとう。だけど、いつまでも私を頼ってちゃ駄目だよ。寮にも友達を作らないと」
少女の眉に不安がよぎった。
「君は、はじめての魔法使いの生活で、頑張らなきゃって気を張り詰めているんじゃないかい?君は十分頑張っていると思うよ――先生方からも君がとても優秀だって聞いてる。だから、もう少し肩の力を抜いて笑ってごらん。そうしたら、周りの人も、君の素顔がとってもチャーミングだってことが分かるはずさ」
ハーマイオニーが赤くなってうつむいた時、丁度よく時計が六時を告げた。
「さあ、そろそろ大広間に行かないと夕飯を食べ損ねるよ」
ハーマイオニーが笑って立ち上がってくれたので、フィニアスはようやく一息つくことができた。事務室を出て、未だ照れながらも小さく手を振って去っていく彼女に声をかけた。
「そうそう、夕飯に行く前に洗面所で顔を洗ってスッキリしておいで。このままだと顔が涙で台無しだよ」
彼女がうなずき返したのをフィニアスは確かに見た。