スリザリンの面汚し   作:減らず口

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ため息だらけのハッピー・ハロウィン(続き)

 フィニアスが二人分のティーカップを洗っていると、事務室の扉を荒々しく叩く音がした。濡れた手をふきふき扉を開けると、敷居から一インチと離れていない所にマクゴナガルが立っていた。眉間にシワを寄せ、苛立ちで体を小刻みに揺すっている。

 

「マクゴナガル先生、何か御用――」

 

「先程野生のトロールが城の地下に侵入したと報告がありました」

 

 フィニアスが喋り終わるのを待たずにピシリと言ったマクゴナガルは、苛立ってはいるが取り乱してはいないようだった。

 

 「今広間の生徒たちを寮に帰しているところです。私たちはトロールを探しに行きます。貴方は校内に生徒が残っていないか確認を。もし生徒を見つけたら寮に送り届けてください」

 

 それだけ伝えると、マクゴナガルは足早に去っていった。マクゴナガルは気づかなかったが、フィニアスの顔は蒼白だった。彼は手に持っていたタオルを床に叩きつけると、戸口に突進し、扉を蹴破るようにして廊下に出た。

 

 フィニアスが真っ先に思い出したのはハーマイオニー・グレンジャーであった。彼女がこの部屋を出てからほとんど時間は経っていない。それでも真っ直ぐ大広間へ向かっていれば、今頃パンプキンパイを頬張っていただろう。それなら、他の生徒と一緒に避難できているはずだ。だが――だが、まだトイレにいたら!

 

 ハーマイオニーに洗面所に行くように勧めたのはフィニアスである。もし彼女が長々と鏡をのぞきこんでいたとしたら、トロールが侵入したことを知らないはずだ。身だしなみを整えるのに女性がいかに時間をかけるものかをフィニアスはよく承知していた。いや、フィニアスが知っているのはマグル女性の、しかも妙齢の女性の場合だけだ。十一歳の魔女は意外に容姿には無頓着かも知れない。

 

 トイレに向かって走り出す。辺りには百年間洗っていない靴下のような酷い臭いが漂っている。昔読んだ教科書に書いてあったトロールの臭いだ。悪臭はトイレに近づくにつれて益々強烈になっていく。

 

 嫌な予感が胸に湧き上がって来るのを抑えながら、廊下の角を曲がって女子トイレのある廊下に出たとき、女の子の甲高い悲鳴が空気を裂いてフィニアスの耳に届いた。その直後に何か重いものが破壊される凄まじい音が響く。また悲鳴。

 

 やっぱりまだここにいたか!

 

 トロールに気づかれないように女子トイレをそっと覗きこむと、入口に近い壁際にハーマイオニー・グレンジャーがへたりこんでいた。十二フィートのトロールは何が不満なのか、持ち主同様に不細工な棍棒を振り回して破壊行動に勤しんでいる。幸いハーマイオニーは周りの瓦礫が上手く死角を作っているらしく、まだトロールの直接の攻撃対象にはなっていない。

 

 フィニアスは何か役に立つものはないかとローブをまさぐった。こんな時こそ杖が使えれば――フィニアスはホグワーツに戻ってはじめて、劣等感以外の理由で魔法が使えない自分を呪った。

 

 その間にも、トロールは派手に器物損壊を繰返し、その度に上がる悲鳴の出所をその濁った目で探していた。何か無いか、何か無いか――ローブのポケットに突っ込んだフィニアスの指に何かが触れた。取り出すと、今朝方ウィーズリーの双子から没収したクソ爆弾だった。

 

 その時、ハーマイオニーを守っていた瓦礫が、トロールの一撃によってついに崩されてしまった。怪物と少女の間を隔てるものはもう何もなかった。フィニアスは戸口から腕をつきだして、クソ爆弾をトイレの奥、ハーマイオニーの居るのとは逆方向に放り投げた。乾いた破裂音とともに、トロールのものとも、トイレのものとも違う刺激的な悪臭が漂い始めた。

 

 音と臭いに反応したトロールは一瞬動きを止め、方向を変えると、棍棒でクソ爆弾が破裂した辺りを念入りに殴り付け始めた。フィニアスの思惑どおり、トロールの注意がハーマイオニーから逸れた。

 

「グレンジャー!」

 

 何度目かの呼び掛けで、ハーマイオニーの視線が此方を向いた。目には涙が溜まり顔は恐怖で歪んでいる。フィニアスはトロールがまだ此方に背を向けていることを確認しつつ、ハーマイオニーに手招きした。しかし、彼女は腰が抜けて立ち上がれないのか、泣きそうな顔で首を振るばかりであった。フィニアスの額に汗が伝った。

 

 いくら床を攻撃しても何の手応えもないことにようやく気づいたトロールがおもむろに振り返った。その視線の先にはハーマイオニーがいた。トロールの原始的な脳味噌はこの無力な少女が敵であると認識したようだった。

 

 トロールが棍棒を振り上げた。ハーマイオニーが声にならない悲鳴をあげる。フィニアスは横っ跳びに飛び出した。運動神経には自信があった。テニスコートの端に落ちるボールを追いかける要領だ。そのままの勢いでハーマイオニーの体を抱えてトロールの一撃から跳びすさる。

 

 フィニアスの足許スレスレの所に棍棒がめり込み、砕けた床の残骸が土煙とともに飛び散った。攻撃を上手くかわしてホッとしたのも束の間、フィニアスの右目のあたりに衝撃とともに痛みが炸裂した。鋭く尖った破片の一つが当たったのだ。

 

「ペティボーンさん!?」

 

 突き刺す痛みにハーマイオニーの悲鳴が重なって、フィニアスの脳天をゆさぶった。

 

 ――早く、逃げなくては!

 

 分かっていたが、一瞬行動が遅れた。

 

 流れる血が目に入り、視界はせばめられてはいたが、トロールが腕を振り上げる影は辛うじて判別することができた。もう逃げる時間はない。ハーマイオニーがローブにしがみつく。

 

 トロールの棍棒が降り下ろされる刹那、フィニアスは洗面台の陰にハーマイオニーを押しこみ、自分はその上に覆い被さった。遠心力のついた凶器が、無防備なフィニアスの背中に襲いかかった。

 

 瞬間、フィニアスの頭は、衝撃と痛みと轟音と悲鳴とが渾然一体となったカオスに包まれた。目の前で火花が散り、ぐわんぐわんと耳鳴りがした。しかし、電光のようなセンセーションはすぐに去り、一秒もたたないうちにフィニアスの意識は真っ暗闇へと垂直落下していったのだった。

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